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【牧野富太郎】
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松村任三の助手となるも
明治26年(1893年)、31歳になった富太郎は、東京帝国大学理科大学に呼び戻されます。
矢田部退任後に主任教授となっていた松村任三から助手としてお声がかかったのです。
月給も15円得られるようになりました。
15円とは、なかなかの給料なのですが、おぼっちゃま育ちの富太郎は金銭感覚が根底からおかしく、着る物にこだわりがあり、研究に使う本は惜しまず買ってしまう。
実家の支援もなくなり、借金が積み上がってゆきました。
家庭人としての富太郎は、なかなか困ったことがあります。
まずは借金――家財道具が売りに出されるほどで、常に借金とりに追い回される日々でした。
そしてかんしゃく。
温和で分け隔てなく人と接する富太郎ですが、家族には怒りを爆発させ、ものにあたることもよくありました。
それでも寿衛子は一切反論せず、謝るばかりだったとか。
富太郎は完璧な人間からは程遠い。
研究熱心なあまり物の貸し借りにルーズなこと。学歴がないこと。感情の起伏が激しいこと。そんな欠点もあり、貧乏で無茶苦茶な生活は続いてゆきます。
当時の男性の代表的な悪癖である「(酒を)飲む、(博打を)打つ、(女を)買う」ことはないものの、別の困った面があったのですね。
そんな牧野は、明治に猛威を奮っていた「藩閥政治」のおかげで借金が帳消しになったこともあります。
法学を専門とする土方寧は、富太郎と同郷でした。
土佐藩閥かつ、佐川出身の出世頭として田中光顕がいます。
彼らが富太郎の借金をどうするか話し合い、土佐を代表する豪商・三菱の岩崎家に肩代わりをさせたのでした。
それでも富太郎の浪費癖はおさまらず、また借金は膨れあがるのですが。
富太郎は学歴もないうえに性格の不一致もあり、松村ともだんだんと仲が悪化してゆきます。
植物の命名論争も起こりました。
そんな中で、土方は『大日本植物志』の編纂事業を富太郎に推薦し、受け入れられたのです。
貧乏に直結する自費出版ではなく、帝大から費用が捻出され、大手出版社である丸善が刊行したのです。
しかし、これも松村の妨害が入り、4巻で頓挫してしまいます。
富太郎は学問の世界から浮いていました。
熱心に研究し、実力もある。松村のようなライバルですら、それを認めるしかない。
松村は富太郎を免職させるよう手回しするも、富太郎は周囲の協力もあり、妨害を切り抜けたのでした。
借金。
研究。
人間関係での対立。
それを繰り返しつつも、富太郎は帝大に居続けました。
松村の定年退任後は、富太郎を避けていた周囲も近づき始め、よりよい研究を送れたようです。
大正元年(1912年)から昭和14年(1939年)までは東京帝国大学理科大学講師をつとめています。
学生たちと植物採集に連れ出し、熱心に教える富太郎は慕われたものでした。
助手時代から数えると、彼はおよそ47年間、半世紀にわたり在籍したのでした。
「草木の精」として生きる
富太郎の人となりは、彼の書き残した文章からわかります。
植物を愛し、東京の空を桜で埋めるべきだと主張し、植樹する。
彼の自伝はその生涯よりも、植物に関する事柄が占めています。
性質。名前の由来。古今東西の伝説。
富太郎は植物のこととなると、ありとあらゆる知識を集めようとしていたことが伝わってきます。
ただ、あまりに情熱的で、彼の強烈な個性も伝わってくるのです。
大正12年(1923年)関東大震災。
昭和3年(1928年)には妻・寿衛子死去、享年55。
富太郎は愛妻を失ったあと、その名を新種の笹につけ、栽培することで慰めを得たのでした。
そして昭和16年(1941年)から昭和20年(1945年)にかけてのアジア・太平洋戦争。
そうした中でも富太郎は植物採集と研究に励み続けました。
身体頑健で、植物採取ができなくなったら人生が終わるような人物であった牧野富太郎。
彼は昭和32年(1957年)永眠しました。享年95。
牧野は自らを「草木の精」だとたとえていました。
そのためか地位にこだわりがなく、学位も周囲が進めてやっとしぶしぶ得るようなところがありました。
それでも数々の業績と名声を残したのです。
戦時中にまで『牧野日本植物図鑑』を刊行しており、その執念がうかがえます。
この「草木の精」が世を去ったあとには、植物の精緻なスケッチ、図鑑、植物園、そして愛妻の名をつけた笹が残されました。
生きている間はあまりに強引な性格で敵も多かった牧野富太郎。
その生身が消えたあとには、美しい軌跡が残されたのでした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
牧野富太郎『牧野富太郎自伝 草木とともに』(→amazon)
渋谷章『牧野富太郎』(→amazon)
コロナ・ブックス『牧野富太郎 植物博士の人生図鑑』(→amazon)
松岡司『牧野富太郎通信』(→amazon)
他