宇多天皇/wikipediaより引用

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宇多天皇の超レアケースな即位〜いったん臣籍に降りた後に皇籍へ戻り

皆さんご存知の通り、我が国の皇室は世界最古・最長の王朝です。

しかし、近年はご当人方のご尽力もあり、「はるか遠くの存在」という感じは薄れてきていますよね。

歴代天皇の中でも現代人が親しみを覚える方というのは割りといて、例えば、刀を好み、武士さながらの闘争心を持っていた後鳥羽天皇あたりは結構人気があるんじゃないでしょうか。

翌々年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも当【承久の乱】におけるキーパーソンとなるでしょう。

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しかし今回注目したいのは、別の方向で現代人に親近感が湧きそうな、とある天皇のお話です。

承平元年(931年)7月19日は、宇多天皇が薨去された日です。

以前、猫好きな歴史人物でご紹介した通り、ネット界隈では「黒猫に萌え萌えだった天皇」として有名ですね。

この方は他にも濃いというか、歴史的なエピソードがたくさんあったりします。

さっそく見ていきましょう。

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宇多天皇の逸話→イケメン業平と相撲をとった!?

宇多天皇の父は、皇室中年の星・光孝天皇でした。

しかし光孝天皇は、藤原基経の意向を考慮して、皇子全員を臣籍に降しました。

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宇多天皇もその一人で、源氏姓を名乗っていたこともあります。

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この頃のエピソードとしては、イケメン貴族・在原業平

「殿上の間(天皇が執務をする部屋の次の間・貴族の控え室みたいなところ)で相撲をとり、椅子にぶつかって手すりが折れた」

というものが残っています。

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降下していたとはいえ、何をされているんでしょう。

こんなときこそ「殿中でござる!!」とか言うべきだと思うんですけど、実際どんな叱責をされたんでしょうねぇ。

宮中の言葉だともうちょっと違う表現になりますかね、失敬。

 

基経のプッシュで皇籍に戻って即位

そうこうしているうちに光孝天皇が病気になってしまいます。

元々が55歳という当時の高齢で即位したのですから致し方ありませんし、上記の通り光孝天皇は、自分の子供に皇位を継がせるつもりはありませんでした。

ただ、他に適する人物もおらず……。

ときの有力者・藤原基経のプッシュもあり、結局、宇多天皇が後継となります。

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つまり、宇多天皇は一度臣籍に下ってから皇籍に戻り、さらに即位したというレアな経歴を持っているというわけです。

「臣籍に下ってから後々皇籍に復帰した」とか、「臣籍に下った元皇族の子供が皇籍になった」という例は他にもあるのですが、即位までした例は宇多天皇だけなので、ホントは教科書などでもっと大きく取り上げられてもいいんですよねぇ。

時代の流れにはあまり影響していないので、マイナー扱いになってしまっているのかもしれません。

 

藤原基経を「阿衡」職に任じたところ自宅でヒッキーに

そんなややこしい経緯で即位した宇多天皇でしたが、即位後もいろいろと面倒事に揉まれていきます。

父・光孝天皇の関白だった藤原基経との関係があまり良くなかったからです。

基経からすると「アイツ、うちとほとんど血縁がないから口出しにくい」という感じでしたし、宇多天皇は「私は直接政治をしたいのに、なぜ基経がこんなに出しゃばってくるんだ」と思っていたのでした。

それでも前の天皇の関白であり、政治経験の豊富な基経をいきなりクビにするわけにもいきません。

そこで宇多天皇は祖父の橘広相(ひろみ)を通して、基経に対し「阿衡(あこう)としてこれからもよろしく頼む」という命を下しました。

が、この阿衡という職に対し、とある学者が

「それって、位だけ高くて実権がない立場のことでは……ボソッ」(※イメージです)

と基経に言ってしまいます。

これを機に「であればもう仕事しません」と家に引きこもってしまい、半年も政務が山積みになるという椿事(ちんじ)が起きました。

宇多天皇は「言い方が悪かった。これまで通り仕事をしてくれ」と頼みましたが、なかなか基経の怒りは解けません。

本来であれば臣下である基経がゴネるのもおかしな話なのですが、そこは藤原氏という巨大権力のトップです。

宇多天皇が強気に出てこないとわかった基経は「そこまで言うなら、私に失礼な文を持ってきた広相を処分してください。そうしたら仕事します」と答えます。

まぁ、言ってみれば難癖ですね。

広相は何も悪くありませんし、宇多天皇もそれはわかっています。

が、広相を処分しなければどうにもならないということは、宇多天皇も他の貴族たちも重々理解していました。

さほどに基経の力が強かったのです。すると……。
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