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【菅原孝標女】
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二度目の出仕で、リアル光源氏と束の間の遭遇
そんな彼女にも、姉の忘形見である姪がまたも出仕の機会をもたらします。姪の後見を務めるために出仕することとなったのです。
幼かった佑子内親王も、今はあの藤壺の主。
そうです、『源氏物語』読者ならば憧れてやまない聖地そのものです。
光源氏の心を魅了してやまない藤壺の宮の居場所にして、紫式部の職場でした。
そんな物語の聖地としてだけでなく、秀逸な歌人が出入りする華やかなサロンでもあり、百人一首に選ばれた祐子内親王家紀伊もここに仕えています。
となると風流な貴公子も立ち寄る。
もはや色めいた逢瀬がなくとも、語り合うことができる。それが平安貴族です。
そんな忘れられないプラトニックラブが、ちぐさに訪れます。
ある時雨の夜のこと――女房同士おしゃべりをしていていると、廊下を歩く誰かの足音。涼やかな貴公子の声音が聞こえてくる。
彼は月の下では顔がはっきり見えてしまうからと、御簾越しに語り合います。
話題は、春と秋、どちらが優れているか。『源氏物語』でもおなじみの「春秋優越論」です。
貴公子はここでちぐさが詠みあげた和歌を賞賛し、春の夜を迎えるたびにこのことを思い出すと語ります。
嗚呼、一度きりとはいえ、リアル光源氏と言葉を交わしてしまった――そう感激するちぐさ。
そしてその一年後、管弦の会の帰り道、貴公子は足を止め、時雨のたびにあなたを思い出していたと語りかけるのでした。
それきりで、再会することもなく、終わってしまいます。
貴公子の正体は源資通(すけみち)でした。
管弦に秀で、歌を愛した源資通の麗しい姿は、ちぐさの胸に永遠にとどまり、『更級日記』を通して今も私たちの前に甦ります。
繰り返しますが、『更級日記』に夫のことはあまり出てきません。
連れ添った夫よりも、推しの具現化の方が印象に残ってしまう。そんなオタク心理のリアルがそこにはあるのです。
平凡な、されど輝きもあった人生を振り返って
二度目の出仕のあと、ちぐさの興味関心は移ってゆきます。
今も昔も熟年女子の興味関心といえば旅。
現在も、日本各地に、女人が仏事に励んだと伝えられる寺社が残されています。
昔の女性は信心深かったのか?
そうでもあり、それだけでもありません。日々の家事から解放されて、女友達とおしゃべりに励む旅はいつの時代も楽しいもの。
赤裸々にそんな本音を言えない時代は「仏事です」と名目をつけたのです。
少女時代の初々しい旅路とは異なるようで、女友達と枕を並べ、月を見て語る旅は楽しいものでした。
オタクらしく、宇治に旅したときは、『源氏物語』の舞台だと胸を躍らせるちぐさです。
そのあと夫は任地である信濃に向かい、息子の仲俊がついていきました。
しかし晴れやかに見送ったのに、康平元年(1058年)、夫は任地で亡くなってしまいます。喪服で付き添う我が子をみて世の儚さを知るちぐさ。
彼女が50を過ぎてから記した『更級日記』――そこで冷静に人生を振り返っています。
物語、物語、物語……そんなことにうつつを抜かして夢ばかりを見ていたけれど、現実を見るべきだった。平凡でしょうもない人生だった。
そう月をみながらしみじみと、人生を振り返るところで終わります。
彼女の人生は素敵だった
現実を見るべきだった――そう嘆いたちぐさですが、果たしてそうでしょうか?
大好きな物語を全巻コンプリートする。
物語の舞台である聖地に出仕する。
物語から抜け出てきたような貴公子と、歌を詠み合う。
十分充実していたのではありませんか?
本人だってこう記していたはずです。
「大好きな物語を読めるなんて、后になるよりも幸せ!」
何かに夢中になったときの輝きを、彼女は理解していたのです。それで十分幸せではないでしょうか。
170年後、藤原定家が書き写した『更級日記』は、男性貴族の残した日記よりも普及し読み継がれることになります。
辛辣さのない素直な記述は愛されました。それだけ流行していたからこそ、前述したように、日記に登場する藤原行成の娘の浮世絵が描かれたのでしょう。
そして『光る君へ』に出る理由も『更級日記』を読めばわかります。
こんな熱心な『源氏物語』ファンはそうそういない。
どう読み、受け止めたか、ちぐさの反応を抜きにしては終われない。
今まで連綿と続いていく、物語を愛することの熱さ。そして書くことの素晴らしさを伝えてくれるのがちぐさなのです。
書いたからこそ、彼女の人生が残りました。これもひとつの奇跡なのです。
女性が書くことの素晴らしさを伝えてきた『光る君へ』。その最後のバトンを引き継いで、ちぐさはこのドラマに幕を引くのでした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
『更級日記』
他