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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第16回さらば源内、見立は蓬莱】
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源内は確かにおかしい
蔦重は“不吉の家”に向かいます。
何かの臭いを察知しながら蔦重が屋敷の中へ案内されていくと、匂いの正体は煙草の香りだと思ったようです。源内が煙管で吸っています。
奥へ向かい、源内に挨拶をする蔦重。
「おお〜蔦重じゃねえか!」
「ご無沙汰しております」
すると入れ替わりで丈右衛門という武士が去ってゆきました。
なんでも彼は旗本の用人で、家の普請をするそうです。源内は「田沼様が肝煎りで送ってきたのだろう」とろくに身元を確認していません。
どうにもおかしい。
エレキテルの効能については、むやみやたらと自分が正しいと主張するのでなく、杉田玄白あたりに聞けば納得の答えが得られるはず。
源内は、そういう確認をしなくなっている。彼がそう信じているのも、意次への信愛あってのことなのでしょうか。
源内が「ここんとこいろいろあったからよ」というと、蔦重は家移りもその結果かと確認しています。
源内は吹き出し、家賃がタダだからだろ!と返答。
なんでも誰も住んでいないと家が傷むため、長屋を追い出されそうになっている源内先生がならちょうどいいと頼んできたそうです。
事情を説明するのが、久五郎という男です。
大工とのことですが、源内が「煙草屋な!」と呑気に笑っています。なんでも、うまい煙草を毎日持ってきてくれるんだそうで。

煙管を吸う花魁を描いた喜多川歌麿の作品/wikipediaより引用
蔦重はここで本題に入ります。
耕書堂にずらっと並べる新作に、源内の作品も欲しいとのこと。どんなのがいいか?と乗り気の源内に対し、芝居になりそうな話はどうかと蔦重が提案します。
「源内さん、手袋ですよ!」
すると、何処からか平秩東作の声が聞こえてきます。ただし、源内にしか聞こえていない。
蔦重の言葉は耳に入らないようで、手袋の話を進める源内。
手にしたものが次から次へと死ぬ手袋がある。しかし、その実、その謂れに乗っかった悪党が気に食わねえ奴を殺してまわっているという筋を語る。
面白そうではありますが、事情を知らねえ側からすれば、なんだかおかしいってもんじゃねえかい? 蔦重がもっと敏感で江戸市中のゴシップを集めていたら止めたかもしれません。
それにこの時点で色々とおかしい。箇条書きにしてみましょう。
・こんな広い物件に、家賃無料で簡単に住ませてもらえるものだろうか?
・源内は丈右衛門も、久五郎も、身元をろくに確認していない
・煙草屋ではなく大工が持ち込む煙草がやたらと美味いだけでなく、臭いが強いという特徴がある
・幻聴が聞こえる
こうした要素から「煙草がおかしいな」と浮かんできますね。
正体はアヘンでは?という推理も見かけましたが、臭いの強さや日本での歴史を踏まえると確率は低そうに思えます。
あっしの見立てとしちゃァ、大麻ですかね。気持ちよくなって依存してしまい、幻聴や幻覚作用が出てくる。吸引経験者ならすぐにわかるほど臭いも独特。
「あほう薬」として、忍者が敵の撹乱に用いていた程です。
そんなお馴染みの毒となりゃァ、本草学者の源内先生が気づかねえわけがない……ただし、それも彼の脳がスッキリしていればの話でして。
蔦重は“まぁさん”こと朋誠堂喜三二と作品の打ち合わせをしております。

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用
恩が恩を呼ぶめでてえ話だ、共に考えた人も喜ぶと、蔦重の筋書きを褒めております。
書名は『伊達模様見立蓬莱』となるようです。
「このたびはまこと傷み諸白!」
「諸白よりとびきりの傾城をひとつ」
「もちろんでさぁ」
そうおねだりする喜三二。快諾する蔦重。
その前に直しがあると蔦重がいうと、絵を描いていた北尾政演が「早くしてよ、まぁさん! 上がらねえと大門くぐれねえんだからさ!」と振り向いて言います。

北尾政演(山東京伝)/wikipediaより引用
このあと蔦重は草稿を北尾重政に持ち込んでいます。
「これ、全部私がやんのかい?」
驚く重政に、礼を格別弾むというと、重政も乗り気に。最後の頁に何やら工夫があるようです。
「芝居の幕開け」
源内の原稿を芝居に見立てるってことですかね。
エレキテルは効かず、煙草が効く
源内の家で、丈右衛門が酒を勧めています。しかし源内は下戸なのだそうで断ります。
丈右衛門は源内の引いた図面を見て、これならかかり(工事費)が三分の一で済むと感心している。
得意げに、こんなものは俺にかかればお茶のこさいさいと返す源内です。
すると丈右衛門が、主人から源内に頼めと言われたけれど……と少々不安げな口調で「案じていた」と付け加えます。
遠回しに近頃とみにお疲れだと聞いていたと声を落とす丈右衛門。
「そりゃどういう意味ですかい?」
そう源内がいうと、相手はエレキテルが効かなくて大変だっただろうと言います。
「エレキテルは効くんですよ! 効かねえのは弥七の!」
そう憤っている源内に対し、医者も効かないとのこと、と続ける丈右衛門。
口調は丁寧なのに、怒りを煽っているように思えます。
「おい! おおおおお……お前誰に向かってものいってんだ! そ、その辺のヤブ医者にゃあエレキテルの仕組みがわかんねえだけなんだよ!」
久五郎が止めに入り、笑顔で煙管を差し出す。あえて口元をアップにすることで、ただの煙草ではないことが示されております。
震える手で煙管を持ちながら、咳き込む源内。
「ちょいときつくねえかこれ?」
シラを切る久五郎。それでもうまそうに吸い続ける源内。トロリとした目をして深々と息を吐きます。
一仕事終えたとばかりに、丈右衛門は帰ると告げ、久五郎がその姿を送っていくのでした。
この場面での源内は、あまりにリアルで恐ろしいものがありました。
元気なときは、他人の肩書きを気にせず、己のものをひけらかさなかった。思えば蔦重と初めて会ったときは、クレジットでまで名前が出ずに伏せていたものです。
それが今や己の名声をひけらかすようになっている。相手に敬意が足りないと上から攻撃的な態度を取る。
私にも経験があります。昔はあけっぴろげに話っていた相手が、何かがきっかけでやたらと自分が上だと言い、こちらの話を聞かなくなった。理屈で語れなくなるとそうなるようです。
目を覚ますと、血塗りの刀と死体があった
一人部屋に残された源内の耳に、人々の声が入ってきます。
「エレキテルってイカサマなの?」
「平賀源内なんてえらそうなことを言っているけど、その実、何一つ成し遂げちゃいないんだよ」
「しくじりばかりでさ」
「やることなすこと薄っぺら」
「見るに堪えないよ」
「イカサマ」
「イカサマ」
「イカサマ!」
脳内に聞こえる声に怒り、声の主を探そうするも、そんなものはいない。
誰もいない家を探し回る源内。
笑い出す源内。
「どこだ〜……出てこ〜い……」
そうふらふらと歩き回るうちに紙を踏み、ついにあの男、弥七の声がします。
「エレキテルなんて大したことねえ。誰でも作れんだよ」
血走った源内の目から涙がこぼれ落ち、源内は弥七の名を呼びます。
そしてエレキテルによりかかり泣きじゃくってしまう。

平賀源内作とされるエレキテル(複製)/wikipediaより引用
「俺の図面……図面。おい弥七、俺の図面返せ!」
部屋の中で叫びまわり、紙を撒き散らしていると、久五郎がやってきました。
錯乱して弥七だと思い、迫る源内。
「おおお……俺の図面返しやがれ」
「ず、図面ならそこに!」
「それじゃねえ! エレキテルの図面だ! エレキテルだよ、エレキテル!」
そう叫ぶ源内が刀で背中を峰打ちにされ、倒れ込んでしまう。戻ってきた丈右衛門の仕業でした。
「いい具合に効きましたねぇ、話も、煙草も」
話は丈右衛門で、煙草が久五郎という仕組みでした。丈右衛門は源内の脈を探りつつ「正気であるとは思えんな」と言います。
「あとは自害に見せかけるだけでございますねえ」
久五郎がそう言うと、振り向きざまに相手を一刀のもとに切り捨てる丈右衛門。効果音がいいですね。
「すまぬなぁ。そろそろそなたも始末せよとの命でな」
一仕事終えたようにそう言い捨てます。口の軽い江戸っ子大工なんざ放置できませんもんね。
丈右衛門を演じたのは『麒麟がくる』で斎藤道三から毒茶を飲まされた役の矢野聖人さん。本作では、謀殺される側からする側へ回りました。
翌朝、目覚めた源内は室内の変異に気づきます。
血塗られた刀。
久五郎の遺骸。
狂気から醒めてさらなる狂気へ突き落とされ、彼は叫び出しました。
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