三浦庄司がわざとらしいほど泣きながら、松平武元の遺品から例の手袋を取り戻そうとしております。
しかし、その手袋はついに見当たらなかったようです。
一体どこへ消えたのか。
消えた手袋
「手袋が、ない!」
三浦庄司からそう聞かされ愕然とする田沼意次。
息子の田沼意知は「その犯人が白眉毛こと武元を毒殺したのか」と疑っています。
下手人もこれ以上探られたくないだろうから、これ以上は出てこないだろうと考える意次。
三浦が「弱みがどこにあるのかわからないのはどうか」と言うと、意次も冷静なようで動転しています。酒を注ぎすぎて盃から溢れても、なお注ぎ続けています。
意次の懸念の先には、己のみならず、主人である上様がいる。触れた者が必ず死ぬ手袋の呪いが、主人まで及んではならぬと考えたのです。
この不審な状況に対し、城中の疑惑の目は意次へ向けられます。
幕閣も、大奥の女中も、ここぞとばかりに噂をしているのですが、江戸期の口コミパワーはなかなかすごいものでして、家基の母であるお知保にも話が伝わります。
松平武元は生前、お知保の疑念を晴らすと語っておりました。それができていない危険性が浮かんできますね。
高岳も、広まる噂を嗜めることすらできておりません。手袋が怪しいとなれば、高岳も危うくなるところです。
こうして手袋の行方がわからぬまま苛立つ徳川家治に対し、意次がそのことを告げます。
「偽りを申すな!」
穏やかな家治がそう激昂しても、意次は「偽りは申しませぬ」と返しつつ、謝るほかありません。

徳川家治/wikipediaより引用
家治は意次の誠意を信じているだけに、そう言われると認めるほかないのでした。
意次は、家治以外にも、無念の幕引きを謝らねばならぬ者がいます。
平賀源内です。
「どのみち公(おおやけ)には病死とするほかない」
そう告げると、源内は手袋を調べたのかと引き下がります。毒はでなかった。意次はそうして諦めさせようとするも、源内は一歩も引かず、なおも自分が手袋を調べたいと言い出します。
巷では田沼様がやったという噂が立っていると続ける源内。彼なりに恩人への嫌疑を晴らしたいのでしょう。
しかし、意次は取り付く島もない。
「この件はもう終わったのだ!」
立ち上がり、こう続けます。
「忘れろ。それがお前のためでもある。ご苦労であった」
「……そりゃ口止めでございますか?」
喰ってかかってくる源内に、ずいぶん働いてもらったと小判を置く意次。
「じゃあこんなもんじゃ足りませんよ! 俺が今までどれだけあなた様に知恵をお授けしてきたことか! そのおかげであなた様は覚えもめでたくご老中。俺は山師どころか今やイカサマ師だ! そりゃあ、あなた様が俺の手柄をぶんどってるからじゃねえですかね!」
泣きそうな声で、助けを求めるように叫ぶ源内に対し、意次は冷たく突き放します。
「さまざましくじったのはお前の力不足だろう! 俺は誰よりもお前に賭けてきた。薬草、作物、鉱山、エレキテル! 金を払い、身銭を切った! どれだけお前の後押してきたか! ぶんどられたのは俺の方だ!」
こうまで言われ、源内の目から玉のように涙が落ちてゆきます。
もう泣き笑うしかない。彼は小判を掴むと、それを畳に叩きつけ、撒き散らし、相手を睨みます。
「こんなはした金で、俺の口に戸は立てられませんぜ」
血走った目で睨みつけ、襖を開けると、源内は去ってゆきました。唖然として見るしかない意次。
源内が帰宅すると、平秩東作が「長屋を出て行けと言われているのか?」と話しかけ、さらに「手袋は評判の五郎蔵のものじゃねえか」と言ってきました。
なんでも五郎蔵は田沼から急ぎの注文を受けているとか。
源内は笑い飛ばします。
「へえ何だい……そういうことかい、田沼様は」
するとそこへ久五郎という男がやっていて、平賀源内はあなた様かと訪ねてくるのでした。
鬼外先生はどうしちまったんだ?
蔦屋重三郎はそのころ、芝居と富本豊前太夫の浄瑠璃を見ていました。
ここで少々、日本の芸能について。
大阪万博の中国館では京劇パフォーマンスがありました。
京劇は歌舞伎と比較されることも多いのですが、違いとして歌劇という点があります。役者は歌でセリフを高らかに読み上げることが特徴なのです。
その点、歌舞伎だと歌は別。それぞれ異なった魅力があり、特徴もある。そう比較することで見えてくるものがありますね。
話を蔦重に戻しましょう。
彼は舞台に大満足だったようで、座元の挨拶が何かに使えやしねえか?と、りつと話しております。
するとそこへ、りつの夫の友人で浄瑠璃作家・烏亭焉馬がやってきました。
大工の棟梁で芝居好きなんだそうで。大工は江戸では赤字にならねえ商売ナンバーワンすね。
木造建築だらけの江戸は火災が多い。となると、大工が建て直しをしなくちゃならねえ。てなわけで、絶対に食いっぱぐれねえ職業でやんす。火事の多さがその理由だと思うと、ちょっと嫌んなるけどな。
でも、なぜ烏亭焉馬が来たのか?というと、芝居に吉原を出すため取材をしたいそうです。
すかさず「その話にうちの名前を出して欲しい」と条件を出す蔦重。話の筋の邪魔にならないようサラッと入れろとのことで、抜け目ないですね。
名見崎徳治は、うまいことを考えたと蔦重を誉めています。
富本豊前太夫も、俺に合いそうな浄瑠璃を書くように言って欲しいと言い出した。何気ない場面のようで、江戸はネットワークが大事だとわかってきますね。

『江戸花柳橋名取 二代目富本豊前掾』/wikipediaより引用
しかし、蔦重が「鬼外先生に頼んだらどうか?」と提案すると……二人は顔を見合わせ、どこか乗り気でない。
そしてこんな噂話を始めました。
「もう鬼外先生はいかれちまったんじゃないかね」
「近頃じゃ“不吉の家”に住み始めたらしいしな」
“不吉の家”とは?
蔦重が不思議がっていると、なんでも以前は検校が住んでいた家だそうで、鳥山ではなく神山検校だとか。
巷じゃ狐が憑いてんじゃねえかと言い出していると返す豊前太夫の言葉に、暗い顔になる蔦重です。
“不吉の家”に、“狐憑き”が棲む
“不吉の家”とは何なのか?
という、ただの迷信だけとも限りません。
まず江戸は、住宅事情が厳しく、ごちゃごちゃしています。
庶民は長屋のような狭いところに住むことが多く、しっかりした住宅を持っている階層は武士です。江戸となると旗本御家人ですな。
彼らは一応、格式を保たねばならないので、立派な屋敷を持っている。
しかし当時は、ここまで描かれてきたように金がない武士が増えていて、家屋敷を売りに出すこともあります。武士の地位と家屋敷がセットになっていることもあります。
検校が立派な家に住んでいたとなれば、そうした没落武家の屋敷でも買い取ったんじゃないかという気がしますね。

幕末に愛宕山から撮影された江戸の武家町/wikipediaより引用
元の持ち主である武士が没落。
次の検校も没落。
となると、あれは“不吉の家”じゃねえか?という噂にもなるのでしょう。
湿気が多いとか、日当たりが悪いとか、結核患者が続出したとか、そういった理由も考えられますわな。
そんないわくつき物件に住む源内先生。どうにも嫌な予感がしますね。
“狐憑き”については、現代なら鬱病といった分類がなされることもあります。

法橋玉山画『玉山画譜』にある狐憑きの画/wikipediaより引用
ちなみに幕末明治となり、西洋由来の概念が入ってくると「精神病」という呼ばれ方をします。
物珍しいのか一種のブームになったようで、大仰な言われようをすることも多い。
こうした謂れなきことを散々キャッチフレーズ扱いされている浮世絵師として、幕末から明治にかけて活躍した月岡芳年がおります。

月岡芳年/wikipediaより引用
「血みどろ絵」や「無惨絵」と呼ばれるジャンルを手掛けたこと。
気鬱の病でスランプを迎えたこと。
死因すら精神病とされることがあります。そんな事情からか、サイコパス扱いすらされる気の毒な人物なのです。

月岡芳年『英名二十八衆句』/wikipediaより引用
浮世絵師は発注する版元と買う顧客がいなければ作品が成立しません。
幕末に芳年が残酷な絵を手掛けたのは、彼がそうしたかったというより、世相がそれだけ殺伐としていたあらわれなのでしょう。
芳年の師匠である歌川国芳は「喧嘩や火事は現場を見て描け!」と教えていました。
生真面目な芳年はそれを律儀に守り、上野戦争でもスケッチをしてしていただけのことです。
気鬱のスランプは、力作が思うように売れなかったからのこととされています。
死因にしても色々なことが言われていて、精神病と確定しているわけでもないのに誤認識されているわけでして。
幕末明治まで話が飛んでしまいましたが、後世さまざまなことが噂されてゆくという点では平賀源内も同じです。
ドラマの脚色は当然あるものの、源内は追い詰められても致し方ないと思えることも多くあった。
彼自身、自嘲とも思えることを語っています。
マルチな才能に恵まれていた。とはいえ、何か一つを極めたとはいえない。
生まれた時代の制限もあったのでしょう。
彼の知識や発想は、近代以降ならば存分に活かせたように思えます。
源内は確かにおかしい
蔦重は“不吉の家”に向かいます。
何かの臭いを察知しながら蔦重が屋敷の中へ案内されていくと、匂いの正体は煙草の香りだと思ったようです。源内が煙管で吸っています。
奥へ向かい、源内に挨拶をする蔦重。
「おお〜蔦重じゃねえか!」
「ご無沙汰しております」
すると入れ替わりで丈右衛門という武士が去ってゆきました。
なんでも彼は旗本の用人で、家の普請をするそうです。源内は「田沼様が肝煎りで送ってきたのだろう」とろくに身元を確認していません。
どうにもおかしい。
エレキテルの効能については、むやみやたらと自分が正しいと主張するのでなく、杉田玄白あたりに聞けば納得の答えが得られるはず。
源内は、そういう確認をしなくなっている。彼がそう信じているのも、意次への信愛あってのことなのでしょうか。
源内が「ここんとこいろいろあったからよ」というと、蔦重は家移りもその結果かと確認しています。
源内は吹き出し、家賃がタダだからだろ!と返答。
なんでも誰も住んでいないと家が傷むため、長屋を追い出されそうになっている源内先生がならちょうどいいと頼んできたそうです。
事情を説明するのが、久五郎という男です。
大工とのことですが、源内が「煙草屋な!」と呑気に笑っています。なんでも、うまい煙草を毎日持ってきてくれるんだそうで。

煙管を吸う花魁を描いた喜多川歌麿の作品/wikipediaより引用
蔦重はここで本題に入ります。
耕書堂にずらっと並べる新作に、源内の作品も欲しいとのこと。どんなのがいいか?と乗り気の源内に対し、芝居になりそうな話はどうかと蔦重が提案します。
「源内さん、手袋ですよ!」
すると、何処からか平秩東作の声が聞こえてきます。ただし、源内にしか聞こえていない。
蔦重の言葉は耳に入らないようで、手袋の話を進める源内。
手にしたものが次から次へと死ぬ手袋がある。しかし、その実、その謂れに乗っかった悪党が気に食わねえ奴を殺してまわっているという筋を語る。
面白そうではありますが、事情を知らねえ側からすれば、なんだかおかしいってもんじゃねえかい? 蔦重がもっと敏感で江戸市中のゴシップを集めていたら止めたかもしれません。
それにこの時点で色々とおかしい。箇条書きにしてみましょう。
・こんな広い物件に、家賃無料で簡単に住ませてもらえるものだろうか?
・源内は丈右衛門も、久五郎も、身元をろくに確認していない
・煙草屋ではなく大工が持ち込む煙草がやたらと美味いだけでなく、臭いが強いという特徴がある
・幻聴が聞こえる
こうした要素から「煙草がおかしいな」と浮かんできますね。
正体はアヘンでは?という推理も見かけましたが、臭いの強さや日本での歴史を踏まえると確率は低そうに思えます。
あっしの見立てとしちゃァ、大麻ですかね。気持ちよくなって依存してしまい、幻聴や幻覚作用が出てくる。吸引経験者ならすぐにわかるほど臭いも独特。
「あほう薬」として、忍者が敵の撹乱に用いていた程です。
そんなお馴染みの毒となりゃァ、本草学者の源内先生が気づかねえわけがない……ただし、それも彼の脳がスッキリしていればの話でして。
蔦重は“まぁさん”こと朋誠堂喜三二と作品の打ち合わせをしております。

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用
恩が恩を呼ぶめでてえ話だ、共に考えた人も喜ぶと、蔦重の筋書きを褒めております。
書名は『伊達模様見立蓬莱』となるようです。
「このたびはまこと傷み諸白!」
「諸白よりとびきりの傾城をひとつ」
「もちろんでさぁ」
そうおねだりする喜三二。快諾する蔦重。
その前に直しがあると蔦重がいうと、絵を描いていた北尾政演が「早くしてよ、まぁさん! 上がらねえと大門くぐれねえんだからさ!」と振り向いて言います。

北尾政演(山東京伝)/wikipediaより引用
このあと蔦重は草稿を北尾重政に持ち込んでいます。
「これ、全部私がやんのかい?」
驚く重政に、礼を格別弾むというと、重政も乗り気に。最後の頁に何やら工夫があるようです。
「芝居の幕開け」
源内の原稿を芝居に見立てるってことですかね。
エレキテルは効かず、煙草が効く
源内の家で、丈右衛門が酒を勧めています。しかし源内は下戸なのだそうで断ります。
丈右衛門は源内の引いた図面を見て、これならかかり(工事費)が三分の一で済むと感心している。
得意げに、こんなものは俺にかかればお茶のこさいさいと返す源内です。
すると丈右衛門が、主人から源内に頼めと言われたけれど……と少々不安げな口調で「案じていた」と付け加えます。
遠回しに近頃とみにお疲れだと聞いていたと声を落とす丈右衛門。
「そりゃどういう意味ですかい?」
そう源内がいうと、相手はエレキテルが効かなくて大変だっただろうと言います。
「エレキテルは効くんですよ! 効かねえのは弥七の!」
そう憤っている源内に対し、医者も効かないとのこと、と続ける丈右衛門。
口調は丁寧なのに、怒りを煽っているように思えます。
「おい! おおおおお……お前誰に向かってものいってんだ! そ、その辺のヤブ医者にゃあエレキテルの仕組みがわかんねえだけなんだよ!」
久五郎が止めに入り、笑顔で煙管を差し出す。あえて口元をアップにすることで、ただの煙草ではないことが示されております。
震える手で煙管を持ちながら、咳き込む源内。
「ちょいときつくねえかこれ?」
シラを切る久五郎。それでもうまそうに吸い続ける源内。トロリとした目をして深々と息を吐きます。
一仕事終えたとばかりに、丈右衛門は帰ると告げ、久五郎がその姿を送っていくのでした。
この場面での源内は、あまりにリアルで恐ろしいものがありました。
元気なときは、他人の肩書きを気にせず、己のものをひけらかさなかった。思えば蔦重と初めて会ったときは、クレジットでまで名前が出ずに伏せていたものです。
それが今や己の名声をひけらかすようになっている。相手に敬意が足りないと上から攻撃的な態度を取る。
私にも経験があります。昔はあけっぴろげに話っていた相手が、何かがきっかけでやたらと自分が上だと言い、こちらの話を聞かなくなった。理屈で語れなくなるとそうなるようです。
目を覚ますと、血塗りの刀と死体があった
一人部屋に残された源内の耳に、人々の声が入ってきます。
「エレキテルってイカサマなの?」
「平賀源内なんてえらそうなことを言っているけど、その実、何一つ成し遂げちゃいないんだよ」
「しくじりばかりでさ」
「やることなすこと薄っぺら」
「見るに堪えないよ」
「イカサマ」
「イカサマ」
「イカサマ!」
脳内に聞こえる声に怒り、声の主を探そうするも、そんなものはいない。
誰もいない家を探し回る源内。
笑い出す源内。
「どこだ〜……出てこ〜い……」
そうふらふらと歩き回るうちに紙を踏み、ついにあの男、弥七の声がします。
「エレキテルなんて大したことねえ。誰でも作れんだよ」
血走った源内の目から涙がこぼれ落ち、源内は弥七の名を呼びます。
そしてエレキテルによりかかり泣きじゃくってしまう。

平賀源内作とされるエレキテル(複製)/wikipediaより引用
「俺の図面……図面。おい弥七、俺の図面返せ!」
部屋の中で叫びまわり、紙を撒き散らしていると、久五郎がやってきました。
錯乱して弥七だと思い、迫る源内。
「おおお……俺の図面返しやがれ」
「ず、図面ならそこに!」
「それじゃねえ! エレキテルの図面だ! エレキテルだよ、エレキテル!」
そう叫ぶ源内が刀で背中を峰打ちにされ、倒れ込んでしまう。戻ってきた丈右衛門の仕業でした。
「いい具合に効きましたねぇ、話も、煙草も」
話は丈右衛門で、煙草が久五郎という仕組みでした。丈右衛門は源内の脈を探りつつ「正気であるとは思えんな」と言います。
「あとは自害に見せかけるだけでございますねえ」
久五郎がそう言うと、振り向きざまに相手を一刀のもとに切り捨てる丈右衛門。効果音がいいですね。
「すまぬなぁ。そろそろそなたも始末せよとの命でな」
一仕事終えたようにそう言い捨てます。口の軽い江戸っ子大工なんざ放置できませんもんね。
丈右衛門を演じたのは『麒麟がくる』で斎藤道三から毒茶を飲まされた役の矢野聖人さん。本作では、謀殺される側からする側へ回りました。
翌朝、目覚めた源内は室内の変異に気づきます。
血塗られた刀。
久五郎の遺骸。
狂気から醒めてさらなる狂気へ突き落とされ、彼は叫び出しました。
源内は人を斬ったのか?
三浦庄司が慌てて、奉行所からの知らせとして「源内が人を斬った!」と意次に報告します。
荒らされた室内はすでに奉行所が調べていました。
そこへ蔦重が走ってきます。
横浜流星さんのダッシュはすっかりお馴染みですが、実は超絶技巧があります。
今回もクレジットに「インティマシーコーディネーター」として浅田智穂さんが入っております。
性的な場面はないのにどういうことか?
この職掌は、演じる側がどこまで肌を見せるか、話あう役割も果たします。
というのも江戸時代、こと町人男性を考えるうえで、肌の露出度は大変重要でして。
着流し姿は生足チラリズムが半端ねえ。チラリどころかモロだしになりやす。
スリットが長く、生地が薄いロングスカートのようなもんですんで、走ったり強風が吹けば脚が出るわけです。
なもんで、今年の大河は町人のエネルギッシュな動きを、露出させすぎずに出すことが一つの課題なんだとか。
それこそ猛ダッシュなんて、何も考えなかったらえれぇことになりまさ。
この場面一つでどんだけ考えているかってことです。風が吹いたらもう大変よ。
2027年大河ドラマ『逆賊の幕臣』でも、このことは関係してくるでしょう。
遣米使節団参加者は、船の甲板を着流し姿で歩きます。すると潮風に煽られ、脚がモロに見えてしまう。
見慣れていないアメリカ人は「木の棒が2本あるぜ」と驚いていたそうです。こうした経験から、彼らは「洋服を着る時代にしなきゃいけねえなあ」と痛感したそうで。
世界的にみて、これだけ生足を見せる伝統衣装はそうそうないですね。スコットランドのキルトといい勝負でしょうか。

月岡芳年『芳年武者无類』/wikipediaより引用
さて、蔦重はなぜ猛ダッシュして向かったのか?
源内の草稿を回収することも目的でした。
「これか」と同心が血のついた草稿を差し出してくると、一枚しかない。もう少しあると食い下がる蔦重ですが、これしか見当たらなかったと突き放されます。
蔦重は不信感を覚えています。源内は牢内で菰を被り震えるばかり。
蔦重は須原屋を訪ね、草稿を見せました。あの手袋のことが書いてある。
手袋は消えた。草稿も一枚しか残っていない。
しかし、破滅を呼ぶ力は残っている。なかなかゾッとさせられる場面ですよ。
格子越しに向き合う二人
晩になり、牢内にいる源内のもとへ意次がそっとやってきました。
「田沼様?」
気づいた源内。格子越しに二人は向き合います。
「どうしてこんなことに?」
「俺にもわかんねんですよ……」
記憶にあるのは、丈右衛門に噛みついたところまで。意次が、その名を初めて聞いたような反応をすると、源内は田沼様が回してくれた普請話の用人だと主張します。
理解が追いつかない意次が変異を察知し、目にあたたかい憐れみを浮かべ、詳しい話を聞かせて欲しいと言います。
「いなかったのかもしれません。そんな男はいなかったのかも」
「何を言っている! お前のことを疑っているわけではない!」
「けど……お、俺には分かんねえんですよ田沼様。俺には声が聞こえるのに、そこには誰もいねえし……覚えがないのに、人を殺してて……俺ゃもう何が夢で、現(うつつ)だか……」
「夢ではない。俺はここにいる、源内……」
意次はそう言い、格子ごしに手を握り、頭を引き寄せます。
子どものように泣きじゃくる源内。

平賀源内/wikipediaより引用
意次はこのあと、三浦庄司から松本の用人に「丈右衛門」がいるとの報告を受けていました。
何者かが丈右衛門を名乗り、偽りの普請を頼んだということかと理解する意次。松本を呼び、奉行所に申し出るよう命じます。
しかし意知は冷静に、そんなことをすれば松本殿を巻き込んでしまうと言うのです。
「源内の命がかかっておるのだ!」
「次は松本殿の命がかかることになりませぬか?」
「源内を見殺しにせよというのか?」
「ここで手を出せば再び、幕は開いてしまうと申し上げております!」
そうきっぱりと反論する田沼意知。渡辺謙さんに一歩も引かぬ宮沢氷魚さんが見事です。それだけでなく、冷静なようで惑乱している渡辺謙さんが実に素晴らしい。
我が子の反論を受け、意次はようやく己の動揺を自覚しました。
損得勘定を超えて突き動かされるその姿は、まさに愛ゆえにそうしているように思えます。
牢内で凍えた手に息を吐きかけ、源内がこう詠みます。
あめつちの 手をちぢめたる 氷かな
これが彼の辞世とされます。
すると牢の外に白湯を入れた椀がひとつ、置かれます。それは果たして救いだったのか、それとも……。
二人の永訣
意次のもとに、蔦重たちが出向いていました。
源内の無実を主張し、頼んでいた原稿が一枚しか残っていなかったと告げる。あの場に誰かがいた証しだと続け、その原稿に目をやる意次。
須原屋も不可解なことがあると続けます。
源内は刀を売り出し、竹光しか身につけていなかった。酒に酔っての凶行と言うが、そもそも下戸である。
こうした事実を踏まえて、きちんとした裁判をと頭を下げます。
しかし意次は、源内の原稿を読み、顔色を変えながら、ひとまず奉行所に回すとだけ淡々と告げ、さらにはこう付け加える。
「かようなものが証となるかどうか……」
「田沼様はどうお思いなのですか? 源内先生が、飲めぬ酒を飲み、竹光を刀に持ち替え、人を殺めたそんなことがあるとお思いですか?」
「この前、源内に会うてきた。やつはもう、我らが知る源内ではなかった。今の奴ならやりかねん。それが今のわしの見立てだ」
思わず絶句してしまう蔦重。源内がおかしいことくらいはわかっちゃいる。でもだからって……。
そこに意知が入ってきました。
「たった今、知らせが参り、平賀源内が獄死したと」
そう言われ、皆が呆然としてしまう。
意次は立ち上がり、こう言い立ち去ろうとします。
「この度のこと、まこと無念であった」
「田沼様は源内先生に死んで欲しかったんじゃねえんですか。源内先生言ってましたよ、いろいろあった、だから、気、回して、普請の話も回してきたって!」
蔦重は、須原屋にたしなめられ、「無礼者!」と取り押さえられようとしても、なおも叫びます。
「源内先生に何かまずいこと握られてたんじゃねえすか!」
「ありがた山、察しがいいな」
襖から手を離し、蔦重に一歩近づきすごむ意次。

田沼意次/wikipediaより引用
「俺と源内の間には、漏れてまずい話など山ほどある! 何を口走るかわからぬ狐憑きは恐ろしいからな」
蔦重は睨みつけ、こう言います。
「忘八……この忘八が!」
そう吐き捨てるも、意次は去ってゆくだけでした。
七ツ星と源内軒の敵討ちは叶わず
意次は、草稿を焼き捨てさせるよう三浦に命じます。
そこにはこう書かれていました。
近頃お江戸に流れしは、死を呼ぶ手袋の噂。
そこに目をつけたるは稀代の悪党。
その噂を――。
三浦庄司から、源内の声に代わります。
あちらこちらで人殺し。
だが、その鬼畜の所業に気づいたる男がいた。
その名も七ツ星の龍。
しかし悪党も大したもの。
なんとその龍こそ人殺しに仕立てあげる。
危うしの七ツ星。
そこに現れたるは古き友なる源内軒。
これより幕を開けたるは、そんな二人の痛快なる敵討ち。
七ツ星とは田沼の家紋です。
実現できぬ夢を源内は託していました。あの手袋の真相究明をすることを願っていたのです。
「源内、言うたではないか……。お前のために忘れよと……」
声をふるわせ、そう嘆く意次。
意次は、己が源内の命を奪ってしまったのだと悟ったのです。
この筋書き通りに事件を追うことができたら、真っ直ぐに駆け抜けられたらどれほどよかったか、幸せだったか。
それができぬどころか、その夢のせいで、己との友愛のせいで、源内は死んでしまった!
意次はただただ、嘆くほかありません。
凍えながら、白湯に気づいた前の源内はどう思っていたのか?
己の権勢に流され、くたびれているその姿。
江戸っ子たちからすれば、田沼意次は権力の狗。
平賀源内は狐憑きに過ぎないでしょう。
しかし、この二人の過ごしてきた歳月。夢見た世界。誓い合った志。そうしたものを振り返ってみれば、濁ったものの奥に、おぼろげながら純情が浮かび上がってきます。
この二人は死場所と時は違う。しかし、牢内で格子越しに向き合っていた姿は哀切そのもので、心中を前にしたもののように思えてくるのです。
毒の化身は笑い、敵と芋を食らう
そのころ悪党こと一橋治済はしみじみと言います。
「薩摩の芋は、うまいのう」
サツマイモを頬張る彼の前の庭では、何かが焼かれています。
源内の草稿でした。
かくして真相は闇の中へ。
なぜ治済が食べているのがサツマイモなのか?
ここもなかなか重要でして、サツマイモ栽培が江戸で定着したのも本草学の功績あってのこと。薩摩では「唐芋」と呼びます。中国渡来ということですね。
中国がらみで源内が服用させられた煙草は、薩摩ルートから輸入したアヘンだという考察もあります。
これは誤解があると思いますので、補足でも。
・ミステリのセオリーとして、足がつきやすいあまりに特徴的な毒物や凶器は使いません。フィクションでは誤誘導のためにすることはありますが
・アヘンは清でも広範に広まっていたか、検証が必要。アヘン戦争まではまだ時間がある
・煙草の葉に混ぜる。入手が容易ならば、大麻の方が蓋然性が高いのではないか?
・大麻の方が臭いが強い傾向にある
というのがあっしの見立てですぜ。麻薬に詳しいように思われかねないのも、ちっと困りもんでやんすが……。
ともかく、サツマイモは一橋治済を考える上でも興味深いものです。
彼の嫡男にして後の11代将軍・徳川家斉の正室である広大院は薩摩出身。
徳川家では外戚の介入を防ぐため、大名から妻を娶ることはしなかった。
にもかかわらず、家基が急死し、一橋から将軍を迎えたばかりにこの規制が突破されてしまいます。
さらにはこの前例を持ち出されたせいで、幕末にも薩摩藩が政治介入する足掛かりにされました。
てなわけで一橋治済がうまそうにサツマイモを食べている絵面は強烈なんですね。
2027年『逆賊の幕臣』に登場する小栗忠順以下幕臣が見たら「あァ〜……」と絶句しそうな、毒に満ち満ちた場面なんですよ。

徳川治済(一橋治済)/wikipediaより引用
しかし、生田斗真さんは実にうまい役を得たもんですなァ。
少ない出番でこの禍々しさ。輝く美貌の持ち主としてキャリアを積んできて、それだけでない一面を見出したいところで、この毒の化身を大河で演じることになるとは、理想的じゃないですか。
ドラマ10『大奥』の仲間由紀恵さんといい、一橋治済役は大当たりですね。
ちなみにこの先のネタバレ気味になりますが、この毒はまだまだ回ります。
田沼意次の失脚後、書物を扱う連中はお上の厳しい規制でバタバタと倒れてゆきます。
表向きは松平定信のせいということになりますが、その背後でコイツが笑みを浮かべることも覚えておくと良さそうです。
なんなら再来年にまでコイツの毒が回ってくることも頭の隅に入れておきやしょう。
だいたい、家斉の「大御所時代」にしても、子沢山にもほどがある家斉のせいで幕府財政が逼迫したことも、コイツの毒が回ったと言えなくもないわけでして。
まったくもって凄まじい猛毒ぶりですぜ。
源内先生を生かし続けるために
蔦重が一人座りこんでいると、須原屋が語りかけてきます。
「まだ帰(けえ)れねえのかい」
「俺、信じねえことにします。源内先生が死んだって。誰も亡骸は見てねえんでしょう」
「まぁ、罪人の骸は引き渡してもらえねえからな」
「そこを逆手に取る奴がいたってなぁどうです?」
そう語る蔦重。
牢番に源内先生の熱心な読者がいて、ここはもう死んだことにしてトンズラさせる。どうせ骸は引き渡されない。どうせわかりゃしねえだろうと。
「んなことだって、“ねえ”とは言い切れねえっすよね。分かんねえなら楽しいこと考える。それが俺の流儀なんで」
須原屋にそう返す蔦重。
「じゃあ俺はな、平賀源内を生き延びさせるぜ。この須原屋が、源内先生の本を出し続けることでさ。ず〜っと、ず〜っと。ああ! それこそ俺が死んでも、源内さんの心を生かし続けることができるだろ? 伝えていかなきゃな、どこにも収まらねえ男がいたってことをよ!」
そう言われ、蔦重は泣きじゃくります。
蔦重には源内から託された「耕書堂」がある。
書を以て世を耕し、この日の本を、もっともっと豊かな国にしなければならない。その使命があるのです。
蔦重はそんな思いを胸にこう誓います。
俺も伝えていかねえとかな。もらった名と、その意味を――。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用
正月、蔦重は芝居仕立てで口上を述べ、新版の名題を披露します。
舞台上には桜の造花があり、短冊には名題が架けられている。
「皆様のお求め、ご一覧のほど、お願い奉りまする〜」
安永9年(1780年)正月――青本ほか10冊もの新作を一挙刊行。
かくして耕書堂が新たな幕開けを告げるのでした。
MVP:平賀源内
透き通っていた目が血走り、濁り、三白眼になる。
聡明だった顔が歪む。
落ちる涙。
狂う声。
一人で家の中でエレキテル設計図を探し回る場面は、大河ドラマの新たな時代を切り拓いたと思えました。安田顕さんの熱演はあまりに雄弁でした。
同じチームの『麒麟がくる』でも感じたことですが、彼らの作品は人間が壊れていく描き方が抜群にうまい。
どんな天才だろうと、英雄だろうと、精神にヒビが入ると人は壊れてゆきます。
かつてなら容易に気づいたようなことすら目が開かなくなり、自分のことしか見えなくなって周りを傷つけてしまう。本当に大事な人まで失望させてしまう。
なまじかつての輝きを知るだけに、周りはそんな人物を見ているだけで苦しくて、どうにかして救おうとしてもできない。
そんな崩れ方が圧巻です。
そしてリアリティがあるんですな。
皆さんもご経験はありませんか。
あんなに聡明な人が陰謀論者になっていたとか。同じことばかり取り憑かれたように話すようになっていたとか。そういう壊れてしまった人に思い当たることはありませんか。
この源内の壊れ方は、実にリアリティがありました。
そうして壊れて砕け散った人なのに、根底にはかつての輝きが残っているところも悲しい。
焼いてしまった原稿のなかには、田沼意次を救うための秘策があった。
そのことが切なくて、悲しくて、狂気の下には昔の魅力そのものが残っているだなんて、こんなに悲しいことがあるでしょうか?
でも、そうして残ったかつての輝きが、蔦重たちを照らしてゆく。
彼が名付けた「耕書堂」は残り、江戸の本屋さんたちはその精神をなぞってゆくのだと思うと感動しました。
読み、書によって耕された人々の知性が、近代以降の日本へ繋がってゆく――平賀源内への弔いとして、これほど見事なものはそうそうないでしょう。
参りました。
書が耕し、日本は近代へ向かう
ただ、ドラマの描き方だと怪物への体当たりのようにも思えまして。
蔦重は後に田沼政治をおちょくる本を出します。その動機づけとして源内の死があるのはわかりました。
それのみならず、政治批判精神も源内から受け継がれてゆくことがわかります。
江戸の本屋や文人たちは怯むどころか、世を風刺し、暴く書物を作り続けます。
意次に対し、真相究明を迫った須原屋市兵衛もその一人。
彼はロシアの脅威を警告する書物『三国通覧図説』等を手がける。しかし、ロシアの存在を隠し通したいための規制を受け、そのために追い詰められてしまいます。
蔦重も、財産を半分没収されてしまう。
じゃあ、諦めたのか?と言うと、版元はしぶとく粘り、いたちごっこが続きます。
時代が降ると、絶対に暴いちゃいけない事情がどんどん流れ込んできます。
たとえばこんな大事件ですね。
フランス革命――農民一揆が上様と御台所を斬首したヤバすぎる事件だ!

バスティーユ襲撃/wikipediaより引用
規制したいのに、ナポレオン伝記まで絵入りで出回るたぁ、どういうことでぇ!
アヘン戦争。やばい、やばすぎる……日本よりはるかにデカい清がイギリス相手に惨敗なんてありえん。
知られたらまずい! そう思っているのになんで軍記ものが出てんだよォ!

アヘン戦争/Wikipediaより引用
実際、そういう小説が出回って、意識の高い江戸っ子は把握できていたんですな。
そうなっちゃうんですよ。『べらぼう』のあとの時系列において、版元も、作家も、学者も、絵師も、読者も、萎縮するどころかしぶとくなっていきます。
武士は武備により国を守るから威張っていられるのに、負けるとなったら支配がもう持たない。
そういう危機意識が高まってゆき、日本人が目覚め、近代へ向かう足掛かりを辿ってゆくと、蔦重が見えてくる。
さらに遡れば平賀源内がそこにいる。
このドラマを見ている我々は、彼らの生きてきた時代の先にいる。そうはっきりと目覚めさせてくる。実に素晴らしい展開です。今回もありがた山でした。
ってなわけで、そういう江戸の情報について興味が湧いたら、再来年大河の予習もオススメしておきたいです。
放映は終わりましたが、『3ヶ月でマスターする江戸時代』のテキストを参考に、そこに出てくる先生方の本を片っ端から読むのが面白いですぜ。
こうした江戸時代専門の先生方は、しばしば当時刊行された和本を所有しております。
なんでそんなことができるかって?
それだけ流通してんのよ。
江戸期の和本は、ものによるとはいえ、買おうと思えば割と手に入りやすい。防虫対策等は苦労が多いもんですけどね。
どうです? 今年の大河が、ものすごく身近に思えてきませんか?
総評
二週連続、歴史ミステリにしやがったな!
大河ドラマ新境地じゃねえか!
歴史ミステリ仕立てといえば三谷幸喜さんの『鎌倉殿の13人』もありました。
あれは中世が舞台ですので、史料がまだしっかりと残っていないし、確たる目撃証言がなければ善児が始末するという展開ができました。
雑というよりも時代特性を活かした描き方で、あれは実におもしろいものでした。さすがは三谷さん、これぞ三谷さん。そんな名人芸です。
で、今年は森下佳子さんです。
今年の方がミステリとしては組み立てが凝っています。
近世ともなると、ある程度物的証拠や証言を元にして緻密に設計しなければなりません。
現代人からすれば江戸時代の奉行なんて原始的に思えますが、そもそも日本史上においてここまで刑法がしっかりして裁きが下されるのはやっとのことで江戸時代から。
『光る君へ』の検非違使の捜査は杜撰だったことを皆さん覚えておいででしょう。
戦国末期の豊臣 秀吉も、法の精神よりも自身の感情による処断ではないかと思われる裁きがあったものです。
そう考えてくると、江戸は進歩しているんですなァ。
公平公正な裁き。それに理屈の通じる捜査が求められていく。
予告で蔦重が「忘八が!」と叫んでいたので、あっしゃぁてっきり、親父どもに怒るんだと思っていましたがね。
それがなんと田沼意次にそうするたァてぇしたもんですよ。想像もつかんかった! お見事ですなァ。
んで、ここで周りが決めても意次が蔦重の首を取ろうなんて言い出さないあたりに、人間の進歩を見ますぜ。
江戸時代に人間の意識は、近世から近代へと向かっていったんだなと思えまさ。
証拠や捜査の手順。人間の意識。法への思い。
そういうものが現代人に近づいているからこそ、法廷ドラマやミステリのセオリーが使える。
力技も使えるようで、当時ならではの縛りも入ってくる。
ミステリ好きな脚本家なら、大河という舞台でこんなおもしれぇもんを書けて、どんだけ晴れやかな気分なのだろうかと見ていてうれしくなりましたよ。
三谷さんもこれ見て、羨ましいな〜と思ってんじゃねえかな。大河ドラマはやっぱりNHKの看板ですから。
ただうまいってだけでなく、挑む脚本がみてえんでやんす。
三谷さんが隔年くらいで大河を回し続けねえかなと思ったことがあるんすけど、森下さんも彼と鎬を削れますね。
大河は大変だし体力勝負だし、こういう外さない先生がどんどん増えていくのはよいことでしょう。
『べらぼう』は、森下さんこそ大河にうってつけの力量だと示した。
『おんな城主 直虎』の時点でそうだったといえばそうなんですけど、さらに新境地を開ける大横綱であることは揺らぎねえとわかった。
そういう新境地だと思いやすぜ!
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【参考】
べらぼう/公式サイト





