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『光る君へ』感想あらすじレビュー第1回「約束の月」

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『光る君へ』感想あらすじレビュー第1回「約束の月」
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円融天皇の寵愛を受けるのは誰か?

まひろは鳥の世話をしているうちに、餌がないと気づきます。

いっそ外に逃してやったらどうか?と母に問いかけると、一度人に飼われた鳥は外では生きていけない、最期まで面倒を見なくてはいけないと教えられます。

しかし、最後の使用人からも辞職を告げられ、いよいよ追い詰められてきた一家。

この年、藤原遵子が先んじて入内し、そのあと藤原詮子が入内しました。

兼家は、念願の右大臣へと出世します。

円融天皇と対面する詮子。

「お上のために命を奉る」と宣言すると、大仰なところが父親に似ていると円融天皇は返します。吉田羊さんの生真面目さが滲む端正な美貌を見れば、それも納得できます。

それにしても、円融天皇も複雑な気持ちでしょうね。何かと顔を突き合わせる家臣の娘が送り込まれてくるわけですから。

円融天皇は人格者だけれども、はじけた天皇なら嫌気がさして何かやらかすのでは。

さてこの夜、安倍晴明の館に落雷がありました。

入内した詮子は寵愛を受けたようです。

しかし藤原道隆は落雷の件が気になっていて、父に伝えると「慶事の折の雨風は吉だ」という噂を流せと言われました。

困惑する道隆に兼家は続けます。

「世の流れは己で作るのだ。頭を使え、肝を据えよ。そなたは我が嫡男ぞ」

いかにも曲者らしい笑顔を見せる兼家は、嘘をつくことに罪の意識がありません。

弟の藤原道兼は、矢を射ております。相変わらずイライラしていて、その様子を見ていた時姫が一休みしないか?と声をかけると、三郎もやってきました。

お菓子を食べる親子。

なんでも姉の詮子は天皇に大事にされていると、三郎に文を届けてきたとか。時姫は喜びながらも「娘なのに雲の上にいてさみしい」と本音を漏らします。

道兼が苛立つ理由も語られます。父と兄だけで話していて自分が呼ばれないのはなぜなのか。

母の時姫は、道隆には妻子がいて一人前だとして、道兼にも早く妻を娶って欲しいようです。意中の者はいないか、道隆は自分で見つけたと語ると、道兼の苛立ちも募ってゆく。

これはコンプレックスを刺激してしまう、ダメな言い方だなぁ……女流歌人でもある高階貴子を射止めた兄との格差を思い知らされてしまう。

案の定、道兼は三郎に当たり、笑ったとケチをつけながら弟を投げ飛ばしました。時姫が止めに入ると、

「母上に免じてこれくらいにしてやる!」

と吐き捨てる兼家は、あまりにも情緒不安定だ。

さすがに母として懸念を覚えたのでしょう。時姫が夫の兼家に「道兼の暴虐ぶり」を訴えても、そんなもんでいいという調子。

道隆を穢れなき存在として役立てようとする一方、兼家は汚い仕事をやらせようとしています。時姫が驚いていると、とってつけたように三人とも大事だと言います。

優等生型の道隆。

猪突猛進型の道兼。

そして物事を見通す目をもつ三郎。

三郎がちょっとわかりにくい個性に思えますが、俯瞰するようにものごとの輪郭を見通せるという意味でしょう。

 


まひろと三郎の出会い

その三郎が「散楽に連れて行って欲しい」と百舌彦に言います。

藤原家の悪口大会には行きたくないとボヤく百舌彦。

散楽とは、政治批判コメディのようなものであり、歌って踊りながら藤原家を茶化すコントを見せます。

古今東西、エンタメというのは時の権力をおちょくるもの。

宙返りをしながら藤原家を小馬鹿にしている芸能を、三郎は面白がって見ています。

これも彼の特性かもしれませんね。

政治批判は問答無用で禁止にするか。あるいは黙って眺めて「これはこれでありだ、自分はこう見えているのか」と客観視するか、権力者の対応もそれぞれですね。

三郎は、エンタメが作った物語を、鏡のようにして見つめることのできる個性があるのでしょう。

百舌彦は隣り合った見物人の女と、そっと手を重ねています。

三郎は大いに楽しみ、次回も来ようと言い出します。

そのころ、まひろは世話をしていた鳥が逃げてしまいました。鳥を追いかけていくうちに、鴨川のほとりでまひろと三郎は出会います。

これがこのドラマ最大の見どころであり、考証的な問題点とも言えますが、物語として成立していて意味があるならばありとして見ていきたい。エンタメはそういうものと割り切って進みましょう。

今年はいいカメラを使っていることもわかります。手前の人物はクリアに、奥の背景はきれいにぼかした豪華な絵が特徴。やはり大河はこうでないと。

外へ逃げたらあの鳥は生きていけない――そう落ち込んでいるまひろに、逃げたかったのだろうから諦めろと三郎が言います。

そして泣きそうなまひろに、足で文字を書くところを見せる。

サービス精神が旺盛で、咄嗟に何かできる。こういう瞬発力はモテる男の条件ですよね。そういうところが道兼を苛立たせるのでしょう。

しかし、名前よりも漢文を書いて欲しいと言い出すまひろ。

『蒙求』を地面に記し、続きを促します。

驚いた三郎は、自分は貴族の子でないから名前だけ書ければいいと誤魔化す。そして女子なのにどうして漢文が書けるのかとまひろに問いかけます。

私は帝の血を引く姫だからと咄嗟に嘘をつくまひろ。なんでも、母は宮中の女房で、帝の手がついて身籠り、身分が低いから宮中を追われたのだと。漢文は寵愛を受けているうちに教わった。

まひろの嘘は、子どもらしからぬようで、実際は彼女の世界から作り出された嘘です。

帝が漢籍に詳しいというのは、あくまで父・為時の理想でしょう。もしも帝が漢籍を大好きならば、彼の持つ知識の価値はもっと高くてもよいはず。

三郎は、そんなまひろの嘘に付き合い、敬語になって、文字通りお姫様扱いをしてみせます。

まひろは気取って、姫であることは誰にも内緒だと言うのでした。

三郎はお詫びに餅菓子を渡します。まひろはそれをかじり、貴族でもないのになぜこんな美味しい菓子を持っているのかと不審を覚えています。やはり彼女は幼い頃から観察眼と推理力が高いのですね。

紫式部藤原道長の関係は、フィクションだからのこと。

しかし、幼い頃から見せる才知の片鱗は、両者ともなかなかよいところを突いているからこそ、話として成立すると思えます。

もしも、まひろが三郎にうっとりしたり、餅を食べてニコニコしているだけだったら、何かが違います。紫式部は小さいころから面倒臭い女でないと。

百舌彦が探しにくると、三郎は散楽がある日を指定し、再びここへ来るよう伝えて去ってゆくのでした。

場面変わって、円融天皇の執務です。議案は安倍晴明館の落雷火災について。藤原兼家は飢饉や災害ではないとして負傷者への見舞金を牽制するも、円融天皇は施しを決めます。

優しいからなのか、それとも兼家への反発なのか。

さらにこの後の天皇は、藤原遵子のもとへ渡ります。

するとヒソヒソと、檜扇で口元を隠した女房たちが噂にしています。おかわいそう、一人勝ちはよくないなどなど、この檜扇がいいですね。

本作は、こういうものが好きで好きで好きで仕方ない、そんな誰かが妥協せずにこういう小道具を作っています。

どうせこんなものまで注目されないよな。でも自分が凝りたいからそうするんだ! という情熱が伝わってきます。素晴らしい仕事ぶりです。

衣装にせよ、小道具にせよ、セットにせよ、VFXにせよ。

見た瞬間に胸がふわふわと温かくなりますね。

 


為時を籠絡する兼家

苛立つ藤原兼家は、ふとしたはずみで藤原為時からの書状を目にしました。

何かを思いつき、呼び出される為時と、ニコニコした笑顔の兼家。

段田安則さんが胡散臭さを全開にしてきました。

愛想よく、漢詩の会を開かなくてすまんと詫びる兼家に対し、為時は、自分こそ右大臣の就任を祝えなかったと頭を下げます。

そんな為時に対し、正月の除目で、申し文は評判だったと嘘をついている。兼家にしてみれば、目の前の為時が機嫌よくなればいいだけで、実際はどうでもよい存在だってことがよくわかりますね。帝は怒ってましたからね。

そして、一風変わった東宮である「師貞親王の漢文指導をしないか?」と持ち掛けます。漢文無双だとしておだてながら、禄は右大臣として出す――そう不気味なほど親しげに言うには理由がありました。

扇で床をトントンと叩き、

「近う、近う」

と、為時の籠絡にかかり、漢文の指導をしながら東宮の様子を逐一知らせるように実質命令されました。

要はスパイになれということです。春宮坊には話をつけておくとか。

哀れ為時。兼家の鉄砲玉にされました。というのも、この東宮は藤原兼家にとって邪魔者だったからです。

円融天皇の先代は、兄である冷泉天皇でした。冷泉天皇を譲位させ、円融天皇を即位させた際は、皇統の中継ぎとされました。円融天皇のあとは冷泉天皇の子を即位させるという流れです。

しかし前述の通り、兼家は娘の詮子を円融天皇に入内させた。となると、円融天皇の子を天皇にすることが権力を得るには必須となる。

つまり、円融天皇の東宮なんて邪魔者でしかない。

どうにかして失脚させたい東宮を監視するため、金がなくて断れない為時を送り込んだ。

卑劣な男ですね。道兼には汚い仕事をさせ、為時は使い捨てにしようとしています。

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