鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第42回「夢のゆくえ」

2022/11/07

源実朝は夢を見ています。するとそこへあの人が――。

「私だよ、上皇様だよ」

源頼朝の夢に現れた祖父の後白河院を彷彿とさせるようなフランクな口調で、共に日本を治めようと実朝に語りかけます。

北条には決して惑わさないように、義時は食わせ物であると念押しして一言。

「さらばじゃ」

思わず荒い息遣いで目覚めてしまう実朝に、隣で寝ていた千世も驚いています。

面白い場面のようで、歴史的に実に重要ではないでしょうか。

当事者たちはどこまで自覚しているのやら。振り返ってみれば、後白河院のときも、武士である頼朝の救いを得なければどうしようもなかった。

そして後鳥羽院も、武家の棟梁・実朝を頼りにしようとしている。

天皇に絶対的な権力があれば、たとえ夢の中だろうが頼んで来ないでしょう。武士という力が育っている証拠でもあります。

 


政を動かし始める実朝

「義時に異を唱えることができるのは、お前だけだ」

「鎌倉殿のためにこの身を捧げます」

実朝に頼られ、即座に忠誠を誓うのは北条泰時。

彼は諫言することこそ、よりよいことだと学んでいます。

というのも、まだ幼い金剛のころから、泰時は『貞観政要』を愛読書としていました。

この中には魏徴(ぎちょう)という、諌めることが仕事の「諌議大夫」が出てきます。

唐太宗が何かするたびに「いかがなものか」と口を挟む役割です。別にひねくれているわけでもなく、そうすることでよりよい政治になるから責務を感じつつ諫言していたのです。

東洋では、こういう諫言をする人物は重宝されます。褒美を取らせることすらある。

貞観政要
家康も泰時も一条天皇も愛読していた『貞観政要』には一体何が書かれているのか

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徳川吉宗は目安箱に激辛意見が届けられた際、感心して回覧したそうです。

自分は意見を聞く度量がある。どんどん色々言ってくれ!

そんなアピールは大切。むろん、その意見は内容がしっかりしていて、単なる誹謗中傷ではない保証が必要です。

北条泰時は、東洋的な好人物であり、そんな泰時を黙らせようとする人がいたら問題ありです。

かくして源実朝、北条泰時、三善康信と、北条義時、三浦義村、大江広元の三者と、すれ違う彼らが対立する構図となりました。

ナレーションの長澤まさみさんも、次のように語っています。

和田一族は義時によって滅ぼされる。

しかし、そのことが実朝を覚醒させた。

強大な義時に対抗するため、実朝が頼ったのは後鳥羽上皇。

義時ら宿老を前にして、源実朝がある提案をしました。

今年は日照りが続いたから、将軍家領だけでも年貢を三分の一にしたい――。

広元は、気持ちはわかると言いつつも否定的です。義時と義村も、御家人が反発するんじゃないか?として、反対。

これに対し、実朝の意を汲んだ泰時が、所領を区切りつつ年ごとに減らすと提案します。三善康信がその原案を用意していましたが……。

「お前はどういう立場でここにいるのか!」

義時がドスの利いた声で泰時を睨みつけると、実朝が自身の一存だとフォローします。

実朝の援護を受けて、泰時も黙っていられないのでしょう。

義時が頼朝の義弟ということで側にいたように、鎌倉殿の従兄弟ということで実朝の横にいると返します。しれっとして、泰時も随分と口が達者になりましたね。

 


執権 北条義時

北条義時は自邸で酒を飲んでいます。

隣にいるのは妻ののえ。野心あふれる彼女は、義時が執権になるようせっついてきます。

執権になれば誰も文句は言えない! 名乗ればいい!

そう煽る、煽る。

「名乗ってしまおうよ!」

誰かと思えば、のえの外祖父・二階堂行政だ。隠居してやることがないんだってよ。

しかも、義時が執権にならなければ、孫を嫁がせた意味がないとのたまう。

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でも、なぜ義時は執権を避けようとするのか?

というと、父の北条時政を思い出すからなんだとか。

政を恣(ほしいまま)にして鎌倉を追われた男にはなりたくないとこぼすと、のえは、考えすぎ、執権義時いいじゃないとさらに煽る。行政もノリノリだ。

結局、義時も決意を固めるようですが、果たしてそんなことでよいのでしょうか。

伏線である気もします。夫を人としてではなく、権力の器として愛した妻は今後どうなるのか。

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なぜ義時の妻・伊賀の方は「伊賀氏の変」を起こした?政子が幕府を守る

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「よう執権殿!」

執権になった義時をいきなりイジり始めるのは三浦義村です。

その方が都合がよいとかなんとか、義時がゴニョゴニョ言い訳していると、遅かったくらいだと突っこんでいます。

義時をからかう義村は、やはり根性が悪い。執権職という重責をどこまで本気で分かち合おうとしているのか、これではわかりません。

嗚呼、北条義時よ。

権力の頂点に上り詰めて、妻も盟友も露骨な野心と利害でくっついているだけとは、一体何のために生まれて、生きてきたのやら……。

仏の眼差しを注いでくれた八重はもういない。同じ目をした泰時は実朝を見ている。

地獄のような人生です。

最低最悪、こんな男の人生を一年かけて見せられるとは、これぞ新境地ですね。

 

姉の政子にキレる実衣

実衣(阿波局)が姉の北条政子に対し、実朝のことを語っています。

これからは御家人たち任せにせず、自分で政治をする――そう義時たちに対して宣言していた。

政子は不安な表情です。というのも自身の息子であり、実朝の兄である源頼家を思い出し、不幸な最期を迎えないか心配なのです。

私がついているからと自信満々の実衣を無視するかのように、政子はさらに実朝と義時の不和も心配しています。

ついには私が支えようか……と言葉にすると、実衣が憎々しげな顔でキレ始めました。

「まただわ! 私が何かしようとすると、いつも姉上が邪魔してくる!」

そんなに信用できないのか!と腹を立てる彼女に、政子はこの一件を任せることにします。

それにしても、実衣のふてぶてしさよ。

確たる意志を伴いながら憎い顔ができるところが彼女の強みであり、かわいいだけとか、綺麗なだけとか、そんなところにとどまらないチャーミングさが持ち味ですね。

阿波局イメージイラスト
義時の妹・阿波局は野心家?実朝を将軍にするため景時に仕掛けた陰謀

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もう今年も終わるから、将来の大河のことも考えてしまいます。

宮澤エマさんは、お江も春日局もできる斉藤由貴さんの後継者になれそうです。大河の常連になっていただきたい。

実朝を前にして、御家人一同が政を進めようとすると、大江広元が文書を読む手を止めました。

なんでも目の調子が悪いのだとか。

そこで代わりに三善康信が読み上げるのですが……。

伊豆の長岡七郎が、米の取れ高が半分なのに、将軍領だけ年貢が三分の一に引き下げられたことを不公平に思っているのだとか。

将軍領だけ温情をかけるから贔屓だと訴えられる――そう指摘された実朝は、少し慌てながら、泰時を派遣して伊豆の不作を調べさせると言います。

と、既に弟の時房を派遣している!と義時が厳しい目つきで遮ります。

さすがは執権殿だと褒められるわけですが、越権行為だと叱り飛ばせないのが実朝であり、やはり侮られています。

凍りつきそうな座を実衣が慰めます。

いろいろ試してみて見つからなければ次の手を考えればよい。それが大事なことだとフォローするのですが、鎌倉殿を攻めているわけではない、と前置きをいれて義時がさらに凄む。

周りの者たちがもっとしっかりせよと申しておる!

泰時へ牽制を入れたのでしょう。しかし画面を見ていた視聴者の皆様も、義時の恐ろしさに背筋が一瞬ゾッとしたかもしれません。

次に参りましょうと実衣が促しています。

 


陳和卿とは前世からの縁がある!?

考えが甘かった……。

将軍領の年貢減について北条泰時が詫びていると、源実朝は上皇が贈ってきたという掛け軸を眺めています。

聖徳太子像でした。

聖徳太子は尊い身の上に案ずるわけでもなく、功徳を積んで道を示した。それを目標とすると実朝が語ります。

すると、源仲章が京都から戻ってきたと康信に告げられます。

仲章は、宋の国の匠・陳和卿を連れてきていました。

東大寺大仏殿を再建した人物であり、かつて頼朝が面会を望んだところ「人を殺しすぎている」と断わられていた相手でもありますね。

陳和卿
陳和卿が源実朝と夢見た船は交易が狙いだった?“希望”は由比ヶ浜に座礁

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実朝の顔を見た陳和卿は、いきなり泣き始めました。

なんでも初対面でなく、前世で出会ったことがあるとのこと。実朝の前世が医王山の長老で、陳和卿はその弟子だったというのです。

「長老様、おひさしゅうございます」

涙まで流して感動する陳和卿を見て、実朝も何か気づいたか、ハッとした表情となりました。

なんでもこの光景を以前夢に見ていたとか。夢日記をつけていた実朝は、確かにそんな記録があったのを確認すると、陳和卿に向き合います。

「何か言いたいことがあるのではないか? 船にまつわることで」

「大きな船を作りましょう! 誰も見たことのない大きな船を。それで宋へ渡り、交易を行うのです」

実朝は聖徳太子の遣隋使を思い出しました。すかさず陳和卿に船を作れるかと問うと、「もちろん」と返す陳和卿。

「すぐに取り掛かってくれ」

前のめりで計画に取り掛かってしまう実朝ですが、一体どういうことなのか。隣にいた泰時が怪訝な表情を浮かべています。

 

政子に覚悟を促す丹後局

北条時房が兄の義時に、伊豆で隠居生活をしている時政のことを話しています。

なんでも最近は足を悪くして歩けないのだとか。見舞いの品でも持ち、あらためて覗いてこようかと思っているようです。

無言の圧力をかける義時。

「やめておきます!」

「太郎に行かせよ」

「かしこまりました」

ギスギスした兄弟のやりとりですね。そそくさと兄の盃に酒を注ぐ時房から見えてくるのは、壊れてしまった家族関係です。

仲の良かった大家族も、もはや元には戻れない。割れた器のような姿がそこにはあります。

そんな家族の長女である北条政子のもとへは、京都から珍しい人がやってきました。

丹後局です。暇を持て余し、修行と称して諸国を回っているとか。

丹後局
丹後局こと高階栄子は後白河法皇の寵姫|現代にまで伝わる悪女説

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丹後局は政子に共感を抱いています。

大きな力を持つ方の側に仕えた似た者同士。困ったことがあるならば遠慮なくおっしゃい。

そう語られ、政子は思いのほどを搾り出します。たまに心の芯が折れそうになるときがある。

丹後局は「でしょうね」と納得。

四人の子のうち三人を亡くした。背負うものが多すぎる。弱音を吐く政子に、丹後局は頼朝と一緒になってから何年経ったか?と尋ねました。

四十年だと政子が返すと、丹後局が語気を強めて、まだそんなことを言っているのか!と突き放します。

「いい加減、覚悟を決めるのです! あの源頼朝と結ばれたというのはそういうこと。人並みの人生など望んではなりませぬ!」

「申し訳ありません」

思わず、咄嗟に謝ってしまう政子。尼御台という立場なのに、未だ権力に慣れておらず、叱咤されることをありがたがっているような謙虚さがあります。

「何のために生まれてきたのか。何のために辛い思いをするのか。いずれわかる時がきます。いずれ」

丹後局も叱咤するだけでなく励ますように語る。

確かに二人は、権力者のそばにいた女性ですが、状況はかなり異なります。

丹後局は、相手の後白河院がどんな存在であるか、最初からわかっていた。

しかし、伊豆の田舎で化粧していたころの政子は、頼朝がどうなるかなんて先のことまで理解していたとは思えません。

流人から征夷大将軍となった男なんて頼朝だけであり、そんな運命は誰だって想像できなかったことでしょう。

政子はたった一人しか味わえない、運命の転変を味わっています。

いわば特異な例ですが、それを指摘して余計に悩ませるのではなく、普遍的な悩みと聞いてあげる方がよいと思えます。

その点、丹後局は、なんだかんだで優しい。

同じ女性政治家の対決でも、後鳥羽院のそばにいる藤原兼子はもっと冷たい相手です。

藤原兼子
藤原兼子は後鳥羽上皇の乳母から出世して政子と対談|鎌倉と京都を動かす

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普請と言えば八田知家

義時は実朝の計画にイラ立ちを隠せません。

聖徳太子にならって宋の国に使者を派遣するなんて、余計なことをするな――そんな義時の心の内をはかるのが三浦義村。

それだけ大きな船となれば、鎌倉殿の威光となる。

権力は強まる。

しかし、その鎌倉殿のそばにいた北条泰時が、陳和卿に抱いた懸念を語り始めます。

実朝を見ていきなり泣き始めた陳和卿は、夢の話で信頼を得た。

ところが、その話の元となる実朝の夢日記は、出入りする者なら誰でも見られる。

つまりほぼインチキ……となれば、誰がそうした細工をしたのか。

陳和卿は鎌倉に着いたばかりでそんな余裕はなく、一人だけ可能な人間がいました。

源仲章です。

源仲章イメージイラスト
源仲章は義時の代わりに殺された?実朝暗殺に巻き込まれた後鳥羽院の忠臣

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その瞬間、義時は西の方、つまりは上皇が糸を引いていると察知し、船は坂東のためにはならぬ、完成させるわけにはいかぬと断言。

父の強行な姿勢を見て、今更ながら泰時も慌てていますが、知らせてくれたことに感謝する義時です。

とにかく船を完成させねばならない。

そんな思いに駆られたのでしょう、泰時は、八田知家に「陳和卿を手伝って欲しい」と申し出ます。

そいつの腕を信じてもいいのか?と尋ねる知家に、泰時はこう返す。

「普請といえば八田殿」

世話役だと理解した知家は、この一件を快諾。

確かに知家は源平合戦におらず、土木工事は得意だったのでしょう。陳和卿の描いた図面を見て興味津々、任されたら全力を尽くす――そんな素敵な個性が見えてきます。

その頃京都では、後鳥羽院がほくそ笑んでいました。

実朝が船を作っていると聞かされ、思いのほか早かったと嬉しそうだ。

造船が成功すれば実朝の価値が高まり、逆に北条の影が薄くなるとホクホク顔。

しかし兼子は不思議がっています。上皇様はなぜそんなにも北条を目の敵にするのかと。

北条ごときが将軍に指図するのが気に入らないようですが、そこで慈円がこう語ります。

「人が最も恐れるものは、最も己に似たもの……」

慈円がそう口にした瞬間、後鳥羽院が抜き払った刀をつきつけます。鼻先につきつけられ、「親譲の大事な鼻だ」と返す慈円。

確かに後鳥羽院と義時は似てきている。

自分の思い通りにならないものを強引に排除しようとするところがそっくりだ。

刀を抜いてしまう後鳥羽院は、果たして理解しているのでしょうか。似たもの同士の権力者が二人以上いれば必ずぶつかる。ぶつかったら最後は武力がある方が勝つ。

個人的武勇でしたら、後鳥羽院も有しています。

後鳥羽上皇
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だからこそ白刃をかざしているのでしょう。

しかし、軍勢を率いるとなれば話は別。

武力同士がぶつかる時、血筋の良さなんて全く関係ない。相手が取るに足らぬ虫ケラのような血筋でも、危険なものは危険なのです。

 

朝廷ばかり向いていると頼家のように

由比ヶ浜で進められている大船の造船作業。

作りかけの船を前にして、知家が陳和卿に質問しています。

船の帆に竹を使うというが大丈夫なのか。

知家からすれば、帆は筵(むしろ)で作るもの。重さで折れたりしないのか、と問いかけると陳和卿は硬い方がいい、頑丈に作ればよいと言い切ります。

こうして進められる造船作業を止めたい一心の義時は、姉の政子と対峙していました。

「わかるように話しなさい」

苛立つ政子を前にして、義時が淡々と語ります。

頼朝は西と一線を画し、鎌倉を武士の都にすることを考えていた。それなのに鎌倉殿は今、上皇様の言いなりである。

だから何だ?と政子が跳ね返すように答えると、義時は「頼朝の意志に戻す」と言い出します。

鎌倉殿は表舞台から降りてもらい、政は宿老が決める。それが実朝のためであり、このままでは敵が増えると説明する。

「あなたのような」

政子がそう言うと、義時は淡々と自分はまだいいという。

これ以上、朝廷を第一とすれば、いずれ坂東の御家人全てを敵に回すと言い切り、ついには「あのお方のようになって欲しくない」と……。

政子は悟ります。

義時の言うとおりにせねば、いずれ実朝は源頼家のようになると脅迫じみたことを念押ししてきた。

ここのやりとりは日本の歴史を考える上でも重要かもしれません。

つまり、この時点で坂東武者には天皇の威光が及んでいないと。

そんな母と叔父のやりとりなど露知らず、源実朝は泰時に向かって夢を語っています。

いずれ宋に渡りたい――。

鎌倉殿自らなのかと驚く泰時に対し、医王山に詣でてお釈迦様のお骨をいただきたいという希望も告げています。

同時に、宋へ渡るときには泰時もついてきてほしい、さらには千世も来て欲しいとのこと。

私も連れて行ってくれるのかと喜ぶ千世。海が怖いかと実朝に聞かれ、彼女はこう返します。

「とんでもない。千世はいつでも鎌倉殿のおそばにいとうございます」

この夫妻は、子はできぬさだめで、他とはちがうけれど、彼らなりの敬愛があります。

そしてこの話なのですが、ちょっと変だと思いませんか。

インド生まれのお釈迦様の骨が、どうして中国にあるのか?

日本の仏教は中国大陸を経由しておりますので、その影響が大きかった。そして中国とは行き来があるけれども、インドとなるとそれがない。

ゆえに色々曖昧になっています。

仏教を信じているけど、発祥の地はなんとなくイメージでしか掴めていないんですね。

時代がくだると、水戸の徳川斉昭がこんな考えに至ります。

「仏教って天竺のもので、そもそも日本にそぐわないのではないか?」

そして領内の寺の鐘を鋳潰して、大砲を作ってしまった。そんな水戸から思想の影響を受けた明治政府上層部は、廃仏毀釈を進めて禍根を残しています。

 

政子に心酔する広元よ

船の建造は止めていただきたい。御家人の間で不満が出ている。

兄・義時の意を受けたのでしょう。北条時房が神妙な面持ちで源実朝に大船建造の中止を願い出ています。

むろん実朝もそう簡単に引き下がれません。

聖徳太子を持ち出し、功徳を積むためにも船に乗って医王山に行きたいと語ります。

北条政子の意見が求められ、彼女は答える。

徳を高めるのも大事だけれども、そればかり求めていると疲れてしまわないか。ゆっくり時をかけて立派な鎌倉殿になるように……。

実朝はムッとし、結局、兄上と同じではないかと吐き捨てる。

そして船の中止を命じると、実朝の本心を慮ったのでしょう、三善康信がせめて船は作るべきだと反論。

ここで泰時が提案します。

船に御家人の名前を記すのはどうか。そうすれば鎌倉殿のためだけではなく、御家人たちと共に作り上げたことになる。

建造の中止を提言したはずの北条時房も、思わず「いい案だ」と感心してしまいます。

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康信も、どうか鎌倉殿のためにも船を建造させて欲しい、と政子に訴える。

それでも義時は冷静に、何が一番大切か鎌倉殿に考えて欲しいと言うのですが……義時にも少しおかしなところがあります。

義時は何かにつけ頼朝を持ち出します。

その頼朝は最晩年、宋との貿易をしてみたいと言っていましたが、それを忘れてしまったのか。あるいはフリをしているだけなのか。

彼の理屈は分裂しています。

あるときは頼朝のやり方を持ち出す。そうかと思えば亡くなった兄・北条宗時の言葉を持ち出し、坂東は坂東武者のものだと言い出す。

意図的に嘘をついて使い分けているのか。それともそんな天命が聞こえているのか。

終盤に突入し、義時がまるで暗い闇の淵そのものに思えてきます。何かが詰まっているようで、何もない、深くぽっかりと開いた穴のような……。

だからでしょうか。北条政子も、義時だけではなく大江広元に意見を求め、こんなアドバイスを受けています。

確かに頼朝は朝廷の干渉を拒んだけれども、時代は変わった。いま頼朝が生きていればどうなのか。

広元は、一方で義時の言うこともわかる、と立場を重んじながら結論を出します。

「あとは尼御台のお気持ちひとつ……」

「私が決めるのですか」

そんなことは決められないと政子が迷っていると、逃げられぬと広元は言います。

頼朝が世を去ってどれほど月日が流れようと、妻であったことに変わりはない。あの方の思いを引き継ぐのはあなた。逃げてはならない。

そう自分の言葉に酔ったように語る広元。政子はとうに腹を決めたはずなのに駄目だと言いつつ、皆を集めるように命じます。

「はっ」

広元の声が完全に心酔していますね。京都から来た彼は、鎌倉の坂東武者と違い、冷静で理知的な判断を常としてきました。

しかし、政子に近づくとカッと酔ったように燃え上がる。

この場面は広元の艶っぽさが頂点に達していて、抑制しつつも溢れ出てしまう興奮と情熱が、見ている者も酔わせてしまいそう。

自分で書いた物語に酔いしれているようで、今まさに理想の君主を前にして、自分も歴史という舞台に立っている――そんな興奮が感じられます。

漢籍に詳しい広元のことなので、

「尼御台が武則天なら、私は狄仁傑!(てきじんけつ・武則天の忠臣、小説および映画ディー判事シリーズも有名)」

とでも思っていそうなところです。

セクシーさというのは人それぞれで、大江広元は政子の前において「忠臣である」と噛み締めている時が、最も輝きます。

政子は、あくまで頼朝未亡人であることが重要なので、政子が自分のことなどよりずっと実朝を気にかけていることが当たり前で、むしろときめくところ。

そんな政子が自分に頼ってくることが、ともかくうれしい。

栗原英雄さんが流石の演技です。

 

知家最後の仕事

かくして続行された大船の建造は、予定通り4月にできると知家が報告しています。

船が完成したら、丸太のコロにのせ、皆で海まで引っ張るのだとか。

実は知家にとっては、この造船が最後の仕事になるそうです。

あとは隠居する予定とのこと。

康信が「まだ若い」と引き留めますが、若く見えるがあんたと同世代だと返し、最後にやりがいのある仕事に出会えたと満足しています。この船が完成すれば思い残すことはないと。

そうです。八田知家は三善康信と同年代なんですね。奇跡の若作りで、いつ引退するのだろうかとは思っていました。

そんな驚きの若さは横に置いて、結局、知家のセクシーさとは何だったのか?という点を考えたい。

胸筋?

確かにそれも一つかもしれませんが、もっと別のことです。

大江広元は、政子に対する忠臣であることに酔いしれるとセクシー。

知家の場合、チャレンジすること、奮起して頑張るところがセクシー。

知家は時代の変わり目に生きた。自分の親世代はやらなかったようなことをどんどんやる羽目になる。

それを嫌がるのではなくて、前向きに取り組んでいくところが若さになり、セクシーさになったと思えてきます。

宋の技術者から学ぶなんて、もう俺も歳だと諦めていたらできない。そこで、新たに学び、チャレンジしていく姿勢が素敵なんですね。

演じる市原隼人さんにとってもそうなんじゃないかと思えます。

時代劇で鎌倉時代。

八田知家を一から作ることそのものが挑戦なれど、それを楽しんだことが魅力になったのではないでしょうか。

しかし……。

建保5年(1217年)4月17日――ついに完成した大船。

海へ出そう、と由比ヶ浜の砂の上を転がしていくはずが、途中で止まってしまいます。

何がどうしたのか?

設計図を見て、値が違う!と嘆く陳和卿。

実は夜陰に乗じて北条時房とトウが造船の作業現場へ忍び込み、設計図に細工を施していました。

数値を書き換え、当初の計算より重くなるように設定したのでしょう。

船が動かず、知家も、康信も、必死になって引っ張ります。

しかし、ついにはコロが折れてしまい、船は浜に沈むばかり。

なぜか三浦義村も引っ張っていたようですが、午の刻から申の刻まで船を引くも、結局、出航は叶いませんでした。

重さの勘定を間違ったかと冷たく言い放つ義時。

唖然とする実朝に、政子は優しく寄り添います。

その後、船は浜辺で朽ち果てた姿を晒し続けたという――。

なんと哀しいナレーションでしょうか。

実朝の独りよがりに終わってしまった……と虚しさが心に広がりますが、しかし、無駄になっただけではないとも思いたい。

船に名を刻み、共に引っ張った御家人の心には何かが残った。

そしてこの後、日宋貿易が実現したとき、彼らは実朝の正しさを実感するでしょう。

食卓に並ぶ磁器。猫。香木。仏典。書籍。

海を越えてやってきた物に囲まれつつ彼らがこの船を思い出すのならば、意味がなかったわけでもないのです。

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実朝の大御所宣言

政子が実朝を励ましています。

船の失敗ぐらいで挫けてどうするのか。やるならとことんやれ。

それでも自信を喪失し、御家人たちを跳ね返す力がないと嘆く実朝に、政子は言います。

「母は考えました。あなたが鎌倉の揺るぎない主となる手を」

いったい母の策とは?

北条義時や政子などを集めた実朝は、おもむろに宣言をします。

家督を譲る。鎌倉殿をやめて大御所となる――。

子ができたのか?と早合点する実衣を前にして、よい機会だからと実朝は自身の事情を説明します。

この先、子ができることはない、全ては私のせいだ。

あからさまに狼狽し、諦めないようにとせっつく実衣ですが、実朝は淡々と、外から養子を取ると宣言します。

朝廷に連なる高貴な血筋のお方を迎えるといい、上皇様にお願いするとのこと。

実衣はありえないと即座に否定。義時も、鎌倉殿は源氏からだと引きませんが、実朝も文書は残っていないと切り返す。

そして源仲章が話を進めることに……。

義時はなおも、鎌倉殿とは武士の頂に立つものだと言いますが、実朝も負けてはおらず、その鎌倉殿を大御所として支えていくと気丈な答え。

理路整然と進んでいく問答に対し、ついには義時も「どなたの言い出したことかわからぬが一人で決めてしまうとは」と実朝一人の考えでないことを見抜いています。

ここで政子がダメ押しの言葉。

「鎌倉殿の好きなようにやらせましょう」

「尼御台……」

義時も政子の策と気づいたのでしょう。

すぐに取り掛かるよう促す政子に対し、北条はどうなるのかと義時が詰め寄ります。鎌倉殿と北条が並んできた体制をこれからも維持すべきだと主張するのです。

しかし政子も最初から理論武装していたのか。力強く弟に言い返します。

「鎌倉あっての北条! 北条あっての鎌倉ではない!」

かつて自身が放った言葉を引き出され、返す理屈を失いつつある義時。政子、泰時、実朝と、的確に急所を突いてきます。

泰時に「鎌倉は、父上一人のものではない!」と言われ、義時は「黙れ!」と語気を荒くするほか術がありません。

「都のやんごとなき貴族から養子を取る。実現すればこれ以上のことはございません」

そう語る政子に、実朝は「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべ、一方で苦い顔しかできない義時。猛獣が唸り声をあげる前のような迫力があります。

最終章になってから義時が人間に見えない。伊豆にいたころのお兄ちゃんはもういない。

義盛が嘆いたように、木簡をつぶさに眺めていた彼はどこへ行ってしまったんだ?

彼の器に黒い運命が流れ込んで蠢いているようで、人ではない何かに操られているようにすら思えてくる。まるで無慈悲な運命の操り人形だ。

どすどすと義時が廊下を歩いてゆくと、源仲章が「鎌倉殿の望み通りにしかるべき人を見つける」煽るように言います。

時房が「腹の立つ顔だ!」としか言えない。

生田斗真さんもいいですよね。

言うまでもなくイケメンで、散々美貌を褒められてきたと思う。

でも、この歳になると、ムカつくとか腹が立つとか敢えて言われてみたい、そんな新境地を求める気持ちもあるのではないでしょうか。

俳優としての幅がより広がると言いましょうか。

そういう嫌な奴を楽しんで生きているのが伝わってきて、毒を持つ源仲章から目が離せない。

そして6年ぶりに公暁が鎌倉へ戻ってきました。

公暁
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鎌倉が揺れ始める――。

政子は愛情が深い女性です。

我が子のために鎌倉殿に養子を迎えると言い出した。

そうすることで北条の血と鎌倉殿を切りわける効果があるが、一方でそれは孫である公暁を追い詰めてしまう。

政子がそのことに気づいた時は手遅れなのでしょう。

 

時政、最後まで何なんだよ

北条泰時が伊豆へやってきました。

訪問先は、北条時政の館。

うつらうつらと眠っている老僧に、声をかけます。

「太郎です」

「こりゃ驚いた、よう来たなあ!」

足を痛めて歩くのに一苦労とのことですが、元気そうな時政。泰時は、義時から見舞いを言付かってきたと語りかけます。

なんでも、りくは京都へ戻ったとか。

時政は、ここの暮らしな似合わねえと理解を示しています。

りく(牧の方)
牧の方は時政を誑かした悪女なのか?鎌倉幕府を揺るがす諸悪の根源疑惑

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祖父の顔が穏やかになったと泰時も嬉しそう。政から離れて久しいけど、今が一番幸せな気がするとのことで。

「力を持つってのはしんどいなぁ」

そうしみじみと語る時政に向かって、泰時の見知らぬ女性が寄ってきました。

「何よ、じいさん、全くあってないじゃない!」

サツキという女性に対し、孫が様子を見に来たと時政が説明しています。なんでも、頼んだわけじゃねえが面倒見てくれてるんだってよ。

「よく言うわよ!」

「はぁ〜、なんだろうな。昔っから女子には苦労してねえんだよな」

おいおい、何を言ってんだ爺さん!

女子のせいで苦労って、りくの時さんざん……いや、むしろ、りくのせいで苦労したのは時政周囲の連中か。

情けねえところを見られちまったとデレデレしている時政は、確かに女子相手に苦労したかけらもない。どこかズレていて、キノコキノコとうるさい義時とはまるで違います。

しかし時政よ……畠山重忠を筆頭に大勢の御家人たちを地獄に叩き落としておいて、こんな理想の老後って、一体何様のつもりなのか。

滅法かわいらしいので、思わず微笑んでしまいそうになりますが、心の底からどす黒い思いがフツフツと湧き上がってくる。

歴史上、残酷なことをした連中は、意外と穏やかな最期を迎えているという、そんな統計を見たときの気分を思い出します。

結局、時政は追放から十年生きたってよ。

享年78。

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こうなったら、義時だけでも地獄に堕ちてもらわないと怒りの持っていきようがない。

凄絶な最終回に期待するしかないでしょう。

そのためには、のえに頑張ってもらわないとな。

こんなに酷い結末を迎えて欲しいと願う大河主人公、今までいません。なんて斬新なんだ。

 

MVP:八田知家と大江広元

自分が一番輝ける場面は、好きなことをしているとき――そんな生き方を見た気がします。

知家は新しいものに挑んでいるとき。

彼は普請名人と言われる通り、特技が土木工事でした。戦ではそこまで活躍していない。

頼朝の火葬計画とか、道路工事とか、今回の船とか。

生粋の土木作業マイスターなのに存在感がある。武士の世の中を描いた作品で、これは凄い偉業でしょう。

亀のときも感じたのですが、人生を謳歌している人は、それだけで魅力的でセクシーなものです。

全く人生を楽しんでいない義時に対し、知家はいつでも全力で謳歌している。

彼は鎌倉時代の坂東武者でもあるのだけれども、一方で現代の由比ヶ浜でも見られそう。サーフィンを楽しんでいても違和感がない。そういう普遍的な人生の達人だと思いました。

大江広元は、そんな知家とは違い、抑制的な仕事人です。

楽しむことは二の次でストイック。

そんな広元も、理想の主君である政子の前では酔っぱらいます。

自分が描いたシナリオにくらくらきて、理想の主君に忠誠を誓う自分が好きですきでたまらなくなっている。

そこが素敵です。

 

「当事者による表象」としてMVP:陳和卿

「当事者による表象」とは、マイノリティ役を当事者が演じること。

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ハリウッドはさておき、日本ではどうか、NHKはどうなのか?というと進歩しています。

NHKでは『ファーストデイ』という、トランスジェンダー女性が主役のドラマが放映されました。

この日本語吹き替えがジェンダーレスモデルの井手上漠さんで、当事者をキャスティング。

そして大河ドラマでも実現しました。

陳和卿を演じたテイ龍進さんは台湾ルーツの方であり、南宋人を演じるのであればルーツが一致する俳優が演じる――その条件に合致します。

1971年大河ドラマ『春の坂道』では、明人の陳元贇を、香港台湾映画界で活躍する倉田保昭さんが演じました。

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活躍する場が海外だからって、ルーツは関係ない。

そう突っ込みたくなりますが、当時の感覚ではそうなったんですね。

今ならば「台湾で活躍していたし、陳和卿はディーン・フジオカさんで!」となるようなもの。

金城武さんならルーツも一致しますが、ともかくNHKは大きく進歩したと思えます。

『春の坂道』はまだ半世紀前ですので良しとしまして、最近では2018年朝の連続テレビ小説『まんぷく』を悪い例として挙げさせていただきます。

あの作品は、ヒロイン夫のモデルである安藤百福が台湾人だったのを、ドラマでは日本人ということに変えていました。

一体なぜそんな設定にしたのか?

公式サイトでは、日本の視聴者が楽しめるためとされていました。

しかしそれでは華僑ルーツだと日本人が楽しめないということにもなり、単なる人種差別となってしまいます。

NHKはもう二度とそういうことはしないと信じていますが。

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総評

11月に入り、今年もいよいよ終わりも見えてきました。

放送されるたびに、最後の出番となる方もたくさん出てきます。

そんな中で、ぶつかりあう北条義時と後鳥羽院の対立は、日本史の宿命そのものに思えて興味が尽きません。

日本人はずっと天皇を敬っていたというのは確かなのか?

そうではありません。

2023年大河ドラマ『どうする家康』の主人公である徳川家康は『吾妻鏡』をお手本にして政治を行おうとしました。北条のように天皇家を扱うことを悪としていない。

これが時代が降り、幕末のやりとりをみていくと、北条義時は極悪人扱いが定着しています。

理由は上皇と天皇を島流しにしたため。

江戸時代も後半になると、武士にまで尊王の思想が定着したということです。

こういうことが起こると危ういから、幕府は考えていました。

徳川将軍は、家光以来、京都から正室を迎えているけれども、その京都からきた相手との間に子はいない。将軍の母として干渉しないようになされています。

ところが御三家の水戸徳川家は、尊王思想に傾倒していってしまう。

水戸を発信源とする水戸学はともかく尊王を重視。

そんな水戸出身の最後の将軍である慶喜は、母が京都からきた公家のお姫様であることが誇りでした。

そして朝廷相手に戦えないとそそくさと政権を投げ出してしまいます。

武士が尊王に凝り固まったら危ないと、義時の時点でわかっていた。

それなのに、それができない将軍が出現し、武士の政権は終わることになります。

そして今回出てきた日宋貿易。

この作品では東西対決を盛り上げる陰謀として処理されていて、それはそれでよいものの、意図的に見えない部分もあります。

それは儲かること。

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平清盛や藤原秀衡が貿易を背景に儲けていると描きながら、意図的に経済的効果が見えにくくなっているとは思えました。

日宋貿易は、宋から銭が入ってきてそれを流通させられるから、ものすごく儲かる。やらない手はない!

何かと非現実的に思えるこの船建造にも、政治家としてきっちり意図はありました。

そこはちょっと弱かったと思えます。

 

中国史考証の進歩

本作は2012年『平清盛』以来の、日宋関係を扱う大河となります。

進歩した要素が色々ある中、中国史と船の使い方が格段に良くなったと指摘させてください。

『平清盛』ではオリジナルキャラクターである兎丸が、やたらとでかい海賊船を持っていました。

今週ご覧になってご理解いただけたと思いますが、大陸まで向かえるようなあの規模の船を海賊が持っているとは考えにくい。

何者で、どういう経緯で、何をしたらあの規模の船が手に入るのか?

作中では「宋船」と呼ばれていますが「唐船」が正しい。

『鎌倉殿の13人』では「唐船」ですね。

現代の日本人がどの時代でも中国を「中国」と呼ぶように、江戸時代までは中国は「唐」と呼ぶことが多かった。

国号としては変わるけれども、「中国の」という形容詞的な使い方では「唐の」になります。

それ以外にも色々と中国史関連考証がおかしかった。

十年前のドラマに突っ込んでもキリがないし、誰も幸せになれないのでやめておきますが。

ドラマの意図はわかります。日宋貿易を促進した平清盛の先進性を持ち出したくて、過剰に出してきていたんでしょう。ただ、そうはいっても正確でなかった。

華流ドラマも近年は倭寇描写が手ぬかりがなくなってきたし、隣国だからといって手抜き考証することには百害あって一利なしだと思います。

この点がものすごく進歩していて、今年はよいと思いました。

あとは宋が専門で大河ファンの小島毅先生が、便乗本を出してくれたらよかったのですが。

 

『鎌倉殿の13人』は世界的に話題なの?

本作がTwitterで世界的にも話題になっているとして、こんな記事が出されていました。

◆25話連続でTwitter世界トレンド1位…「鎌倉殿の13人」が世界一バズるドラマとなった理由 歴史ドラマなのに次の展開がわからない(→link

身も蓋もないことを言ってしまえば、これはアルゴリズムの問題でしょう。

Twitterは「一定の時間」に多数ツイートされると、トレンド入りする傾向がある。

そこを踏まえますと……

・海外は配信が増えている。同じ時間にドラマを視聴する傾向が薄れてきた

・日本におけるTwitterユーザーの中心は、若年期に大手掲示板実況スレッドに書き込んでいた年齢層。ゆえに鑑賞しながらつぶやく習慣がある

この2点です。

これは必ずしもドラマの出来には関係ありません。

世界規模ならば『イカゲーム』や『ザ・クラウン』が話題作になると思えます。『ゲーム・オブ・スローンズ』と比較すると……するだけ虚しくなるのでやめておきましょう。

そういうアルゴリズムの特性を理解しておくと、Twitterトレンドは割と作ることが楽になります。

AIにせよ、SNSトレンドにせよ、デジタルが絡むと公平だと思われがちですが、その設計をするのが人間である以上、どうしたって誰かの意図は入ります。

それでも11月にこういう記事が配信されるということは、このドラマは成功したとも言える。それで十分としたいところですが、三浦義村のような悪い顔でツッコミたくなる。

Twitterでトレンド計測していてよいものだろうか?

イーロン・マスクの買収一つで、根底からシステムが変わってしまいそうなプラットフォーム。

日本においては「匿名で好感が形成されていたからこそ伸びていた」とはよく指摘されるところで、それが変わってしまえば、どうなってしまうのか。

SNSというのは脆いものです。

一世を風靡したmixiなんて今や懐かしまれるものとなりました。

数年後には、こういうSNSトレンドに絡めた成功体験も、古い考え方とされていてもおかしくない。

では、そうではない後に残るものとは何なのか?

三谷幸喜さんがまたも大河に登板するとなれば、このドラマの成功をひっさげてのこととなる。

中川大志さん、坂口健太郎さんなど、彼ら若手世代は十年以内に大河主演を務められるだけの存在感を見せました。

このドラマが成功したか否か、それはSNSのバズの中にではなく、未来の中にあるのでしょう。

最後にSNSに関係して気になっているのが「注意資源」です。

『鬼滅の刃』では作中この手の概念を用いていると思われ、要するに「一点集中すると強く」なり「マルチタスクにすると弱く」なるというものです。

むろん個人差はありますが、炭治郎はじめみんながやたらと「全集中!」とした理由がわかります。

SNSを意識していると、ここが疎かになりがちです。

どんな風に書き込もうかな?

どうすればバズるかな?

ここをイラストにすれば受けるはず!

ツイートバズったかな?

フォロワーさんはどうつぶやいているかな?

そういうことを考えるだけで注意力が散漫になり、読み取り能力が落ちるし、自身の作品などに影響を及ぼす。

SNSでは同様に「エコーチェンバー」も懸念すべき現象でしょう。

ハッシュタグや同志のノリに浸かりすぎると、そうでない誰かを見かけただけで敵認定し、喧嘩をふっかけたくなってしまう。

ドラマの好き嫌いは個人の問題。

自分と評価が一致しない誰かに、いきなり無礼なことを言う行為に利はありません。

ドラマを楽しみたいのか。

ファンあるいはアンチ同士で過ごすのが習慣になったのか。

いつの間にか目的が変わってしまわぬよう、今後も作品と向き合っていきたいと思います。


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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-鎌倉殿の13人感想あらすじ

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