『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』/amazonより引用

おんな城主直虎感想あらすじ

『おんな城主 直虎』感想レビュー第9回「桶狭間に死す」 国衆たち、等身大の右往左往


ストッパー直盛がいなくなるや、暴走を始める奥山朝利

奥山朝利は、小野政次憎しで暴走しそうな予感を漂わせています。直盛というストッパーが亡くなったからか、桶狭間の敗戦で心のタガが外れてしまったのでしょうか。そんな朝利が不安で仕方ないのは、小野家に寡婦として残っている娘・なつと孫の亥之助の存在です。何としても憎い小野家から、娘と孫を取り戻したい朝利。
そんな朝利から書状が届いた政次は、なつと今後について話し合うことに。
面倒くさいからすぐさま実家に帰れ、と言わない政次の温情を感じます。政次は、直親と違って、人の心がわかる性格なんですね。

政次から今後をどうするか聞かれたなつは、千賀からは小野家に残るように言われてもいるし、亥之助も小野家になじんでいるのでこのまま留まりたいと告げます。
政次は片手を額にあて、ちょっとうつむきます。そして顔を上げると、目が涙で光っているのです。この自由自在に涙目にできる高橋一生さん、凄いです。『軍師官兵衛』の家臣・井上之房役ではさほど印象に残らなかったのに、化けましたねえ。今年の演出や脚本が秀逸ということもあるのでしょう。

政次は涙ぐみながら、しみじみと「ありがたい言葉だな。亥之助は玄蕃に瓜二つだからの」とつぶやきます。
政次が弟・玄蕃のために嘆き悲しむ場面はごく短いものですが、その短い場面の中に想いをしっかりこめるのは見事だと思います。
このしみじみとした場面のあとに、邪推でヒートアップする朝利が映ったら嫌だなあ、と思っていると案の定です。小野家から来た書状をベリベリと破り「守らねばならん!」と何度も繰り返す朝利の姿。これには息子の孫一郎も引いています。私もげんなりしました。

 


保護を頼まれても即答せず 南渓和尚、ちょい冷たくありません?

南渓和尚は安骨大導師(葬儀の手伝い)として駿府に向かい、妹の佐名の元を訪れます。庭では元康の嫡男・竹千代が遊んでいます。
佐名は井伊家の女性として、今川家の情報を兄に伝えます。瀬名が事情通なのも、母の佐名ともども井伊のために働くという意識があるからなのでしょう。
この場面で佐名演じる花總まりさんが裲襠をすっとひるがえして歩く場面があるのですが、ほんの一瞬なのに気品があふれていて、これが宝塚の女帝の風格か、と見とれてしまいました。

今川家は「分裂し、弔い合戦どころではない」と佐名から聞き安堵する南渓。しかし、佐名はどこか暗く、浮かない表情です。
それというのも、娘・瀬名の夫である松平元康が、姑である佐名と妻子の瀬名&竹千代を駿府に置いたまま、三河に留まり続けているのです。
元康の三河駐留は、名目上では三河を守るためですが、旧領を手にしているからには叛旗を翻す可能性もあるわけです。いわば、かつおぶしの番を猫にやらせるようなものですね。
そうなれば、今川氏真は裏切り者の身内として、「佐名・瀬名・竹千代」を処刑することでしょう。

最悪の事態を恐れる佐名は、いざというときは瀬名竹千代を井伊谷に保護してくれるよう頼むのですが、南渓は渋い顔をしています。さんざん佐名に苦労をかけておいて、その佐名から頼まれたら嫌な顔をする南渓。この人、実は結構酷いと思います。

次郎は、夫の死を嘆く暇すらなく働き続ける母の身を案じています。
疲れて眠ってしまった母の机の下に、母からの自分宛の書状を見つけた次郎。少し迷いますが、中身を開けて読み始めます。

書状にあふれていたのは、千賀から見た直盛の優しい姿と、娘を溺愛する心でした。
井伊のために身を犠牲にする心は父譲りであると、千賀は次郎に優しく語りかけます。生前の直盛が、美しく成長した次郎を誇りに思い千賀にだけは自慢していたこと。世がおさまり、穏やかになったら娘に辻が花を着せてやりたい、そうしたらばその姿は月より美しいだろうと話していたこと。戦国乱世といえど、世の中の大半は彼のような、愛するものと穏やかに暮らすことを願う人だったんだろうな、としみじみしていました。ベタなんですけれども、あざといんですけれども、ジンときましたよ。

 


じれったさが心に残り、どうしても捨て置けない政次の性格

目覚めた千賀に、今夜は月見でもしましょうかと次郎が声を掛けると、そこへ直親としのが訪れたとの知らせがあります。
二人が告げたのは、待望の跡継ぎをしのが懐妊したという吉報です。
この子(のちの井伊直政)は、きっと直盛の生まれ変わりに違いないと、しのは千賀に告げます。失われるものと生まれてくるものと、つながってゆく命のリレーがそこにはあります。この場面でやっと千賀は、声をあげて泣くことができたのでした。次郎はうれしいような、切ないような、少し複雑な顔です。

めでたいムードはここまでです。
奥山邸に小野政次が訪れ、酒を酌み交わしておりました。

話題はなつと亥之助のことです。亡き直盛と結んだ弟となつの縁を大事にしたいと語る政次に、朝利は「きれい事言いやがって、本当は亥之助を人質にしたいんだろう」と言ってはならないことを吐き捨てます。
ここまで言われて政次の怒りのスイッチが入ってしまいます。政次の穏やかな表情が一転。冷酷で相手をいたぶることすら厭わない、そしてあれほどなりたくなかった亡き父を思わせる顔に豹変します。

政次は言葉尻をとらえます。
つまり亥之助を戻したら、あなたは小野の人質を手に入れたと思うということですか、そんなことを思っていると知ったらお方様も他の人もガッカリでしょうね、こんな大変な時に自分のことしか考えていないあなたって最低ですね、と容赦ない言葉を返す政次。煽る顔つきと、立て板に水のようにまくしたてる政次。人の心がわかる温情を持ちながらも、その洞察力を相手の傷をえぐるために使ってしまう政次。この昨年の石田三成にも通じる不器用さ。このあたりのさじ加減が絶妙です。

ただひたすら冷酷で嫌な奴であるとか、またその反対で何も悪くないのに周囲から一方的に嫌われる可哀相なタイプであったらば、小野政次という人物にここまでじれったさややるせなさを感じないと思うのです。
気持ちはわかる、でもここまで言わなくてもいいじゃあないか、そう肩を叩いて言いたくなってしまう、実にじれったくて心のどこかに突き刺さってしまう、そんな力があります。
高橋一生さんが演じる小野政次……これは絶対に見続けないと損をすると言いたくなる、そんな魅力が既に宿っています。演者、脚本、演出が計算されつくした巧みな演奏をしてところに、さらに魔法の杖を一振りしたような、すさまじい人物ができあがっています。

 

「奥山殿を……斬ってしまった!」

一通り嫌味を言ってうまくやりこめ、すっきりとした政次。
冷酷な仮面を外し、穏やかな微笑みを浮かべつつそのまま帰ろうとします。その政次に、朝利が脇差で斬りかかります。

先週のしのと今週の朝利を見ていると、父娘なんだなあ、性格が似ているんだなあと思います。
二人ともまず特定の人物への憎悪が先にあり、理由は後付けなのです。先週懐妊騒動で次郎を恨み刺殺までしようとしたしのと、今週の何となく気にくわないという理由がこじれて政次に斬りかかる朝利は、本当にそっくりです。負傷している状態で、自分より健康で若い相手に脇差で斬りかかる朝利は、娘よりも短絡的で始末が悪いと言えなくもありません。

その晩、しのの懐妊に感謝して祈りを捧げていた次郎は、血まみれの政次が座り込んでいるところを発見します。

「奥山殿を……斬ってしまった!」
ああ、「奥山殿がいきなり斬りかかってきた」ではなく、「斬ってしまった」という政次の性格ときたら。

直親ならおそらくこうは言わないと思うんですよね。事態は、どんどん悪化しています。
本当の地獄はこれからです。桶狭間敗北という結果は巨大過ぎて、その全貌を誰もまだつかみ切れていません。

 


MVP:井伊直盛&千賀

井伊直盛という人は、いかにも悪そうな顔で胡桃を手にして何か企んでいたりするわけでもなく、ともかくひたすら聖人君子のようで大きな背中を見せているわけでもなく、凡人の中の凡人といった人でした。印象に残る彼の姿は、やや不安げに物事の成り行きをじっと見守っているところ、心静かに花を立てているところです。

他の人物と比べて嫌味やくせがなく、暖かみのある直盛。そんな彼の大きさや魅力が死後にわかるという仕掛けには、あざといと思いつつぐっと来ました。
孫一郎のために命を捨てる最期は流石にやりすぎのような気がしましたが、千賀の手紙で「誰かのために犠牲になるところは、娘にも受け継がれた彼の美質」と説明されてはっとしました。
出番がどこまでかもわかっていましたし、別れは早く訪れる覚悟もしていましたが、いざその時が来ると寂しいものですね。今までありがとうございました。

そしてその妻の千賀です。
まさに理想の、強く誇り高き武家の女性を演じています。時に冷徹に見えることもある彼女ですが、今週は彼女の優しさと慈愛が満ちあふれた回でした。千賀が亡き夫のひげを整える仕草は総集編入り確実の名場面となることでしょう。大変なときだからこそ、悲しむことすら労られることすら後回しにされてしまう、その悲哀がよく出ていたと思います。

タイミング的に結局入れられませんでしたが、退場した今川義元の春風亭昇太さんもよかったです。落語家なのになかなか喋らせない思い切った演出も安直でなくて好きです。存在感があり、こういう役者の使い方、演じ方もあるのかと楽しめました。

 

総評

歴史の転換点や岐路に立たされた時、当事者は気づかない。
そう描けるかどうかが、私の中では歴史ドラマとして最低限守って欲しいところです。昨年に続き、今年もこのチェックポイントを通過しました。

大敗してしまった。今川義元も討ち死にして、十六名も戦死者が出た。
とはいえ、井伊谷も、駿府も、これから始まるとんでもない大嵐に気づいていないように思えます。

大変なことがあったけれども、いち早く日常に戻ろうと人は考えます。正常性バイアスという心理的な動きです。これは現代だろうと戦国時代だろうと同じで、皆きっと昔のように戻れるんだと言い聞かせて生きています。
昨年の真田昌幸のように、嵐の予感に鼻をひくつかせ、火種を自らバラ撒くスタイルの人間というのは、かなり特殊なのです。

本作のおけるこうした特殊な人物は松平信康です。ピンチをチャンスにして確実に得点を重ねてゆくというのは実力者にしかできないことで、彼はそれをやってのけています。徳川家康は天下餅を座ったまま食べたのではなく、蒸すところからついてこねるところまで、しっかりとやってのけた人物です。そんな彼の歩みは、昨年と今年じっくりと描かれることになるわけです。

大事が起こってオロオロして、それでもまだ元の生活に戻れるはずだと信じている本作の人々を見ていると、何とも言えない気分になってきます。あの大震災からちょうど六年経とうとしていますが、あの頃のことも何となく思い出してしまいました。歴史の転換点だったその瞬間、何かとんでもないことが起きたと思いつつも、それでもいつか全てが元通りになるだろうと、信じていた人は多かったと思うんですよ。

今年の大河は等身大です。
等身大だからこそ、ベタと思いつつも直盛の死が心に刺さりました。縁側で娘に辻が花を着せたいと語る直盛。彼のように穏やかに生きることを願い死んでいった者たちは大勢いたのでしょう。歴史に名を残さず、地元の人や子孫だけがひっそりと弔う、そんな無数の井伊直盛が日本中にいたのでしょう。

昨年『真田丸』の最終回で、真田幸村は戦国をきれなかった者たちの無念を背負い、銃口を徳川家康に突きつけました。その時の徳川家康は、きっと井伊直盛のような穏やかに生きたかった、乱世の終結を夢みていた人々の思いを背負っていたのではないかと思います。
乱世を嘆き、穏やかな人生を夢見る人たちは、本作の中であがき、苦しみながらも歩んでゆきます。


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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link

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