徳川慶喜が水戸藩の武田耕雲斎に手紙を送り、渋沢栄一と渋沢成一郎(渋沢喜作)が同志を探すべく京を出発。
すると、そこへ平岡円四郎が通りかかります。
「たまたま」と言いながら見送りにきたようですね。一緒に茶を飲もうと誘ってくれます。
円四郎はいい働き手を集めるように声をかけてきます。
攘夷だのなんだの上っ面はどうでもいい。国のことを真剣に考えているかどうか、正直かどうか。そんな人材が欲しい。
同時に、武家への憧れを語る栄一たちには、元々は武士でないことを忘れるなと円四郎が諭します。無理に死ぬのを生業にするな。生き延びろという意味です。
円四郎を狙う怪しい人影があるようですが……。
天狗党の挙兵で揺れる水戸藩
血洗島村では栄一からの文を千代が読み、市郎右衛門とゑいに「一橋家家臣になった」ことを伝えています。
皆は攘夷と倒幕を捨てたことに驚いています。これで八州周り(=同心・現在の警察)に追われなくなったと理解している。
要するに犯罪者でなくなったということですね。
千代とゑいは、関東に来た栄一と再会できるのかとうれしく思っています。
しかし、栄一と喜作の思いは阻まれます。
水戸が大変なことになっていました。天狗党の挙兵によって、藩主の徳川慶篤が責任を問われているのです。
天狗党の主張は頑なにこれ。
「幕府に攘夷実行を迫る!」
このあたりは複雑怪奇です。
アンチ天狗党である水戸藩・諸生党の家老たちは藤田小四郎の討伐を言い出します。
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結果、武田耕雲斎まで巻き込まれ、隠居をさせられるのでした。
一方、血洗島村の尾高家でも、惇忠や平九郎が知らせを聞いています。
大義名分にこだわる惇忠。「尊王攘夷」は大義名分ではないでしょうか。
なんでも天狗党が金子(きんす)を強奪したとか。これはちょっとおかしいんですね。
というのも、天狗党は……
【大義名分のためだ、金を出して当然である!】
と掲げていました。大義名分をかざして、正義で殴るところが天狗党の問題点なのですが。
しかし、惇忠もまた陣屋に捕まってしまいます。
母親ら女性たちが祈るしかできないでいると、なんと自宅へ取り調べまで来て、平九郎まで捕まってしまうのでした。
千代は正直に答えろと指示を出すのが精一杯。
泣き叫ぶ家族が痛々しいですね。
真田範之助から天狗党に誘われ
一方、京都では【池田屋事件】が勃発。
割とノーガードで陰謀を口走る志士に向かい新選組が襲いかかります。
池田屋の裏口には、土方がものすごいスピードで到着し、素早く相手を斬り殺しました。
憎悪は増幅し、その矛先が向かったのが慶喜です。
慶喜の命令で志士が殺されているのではないか? 側にいる円四郎の責任では? そんな不穏な噂が流れるのです。
水戸藩士は危険思想に陥るものが出ています。
自分の意見が通らないから、もう平岡円四郎を殺す。そう言い始めました。
そのころ栄一と喜作は平岡邸に到着。妻のやすに円四郎のことを報告しています。掛け軸の小鳥の話をしているのでした。
やすは川路聖謨に円四郎のことを話し、和やかな時間が流れます。
栄一と喜作は、江戸と関東で四十人ほど一橋家に仕えたい者を集めていました。
楽しいスカウト活動は玄武館道場にも及び、真田範之助と再会。
その範之助は、栄一らを筑波山への同行を誘ってきました。そうです。玄武館は天狗党の乱に参加しようとしていたのです。
範之助の方も、二人が一橋家に仕官したとは知りませんから、失望し、激怒します。
そりゃそうですよね。天狗党は幕府のやり方が手ぬるいから挙兵している。その幕府側に仕官するとは裏切りに他なりません。
恥ずかしくないのか!と責められる栄一。
しかし二人は、一橋家のおかげで世間を知ることができた、国をよりよくするために、一橋家で働かないか?と逆にスカウトしています。
共に新しい国を作らないか?という理屈も相手には通じません。怒って出て行ってしまいます。
むざむざと死に急がない栄一と、逆に死地へ向かう範之助の対比が浮かびますね。
攘夷のために兵を集め、一橋家を強くしたい。そんな思いは通じるのか? こんな形で道を違えることを嘆く栄一です。
語り合う慶喜と円四郎
尾高平九郎が桑の実を食べさせあう――アオハルサービス。血なまぐさい幕末シーンを和らげるほっこりシーンってやつでしょうか。
栄一と喜作は、自分たちの勇姿を我が子に見せたいと張り切っていますが……そこへ手紙が届きます。
差出人は父の渋沢市郎右衛門でした。
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血洗島には来ないほうがいいと止められてしまいます。
尾高惇忠が牢屋に入れられてしまった。天狗党への協力を疑われ、栄一たちのこともよく思われていない。こんな近くにいると会えないとは悲しいことです。
幕府はそんな天狗党に対して、鎮圧命令を出します。
水戸藩はドロ沼の内部抗争が生じていました。
藩主の慶篤はイマイチ乗り気がない。ここで貞芳院がしっかりするよう喝を入れてきます。
かくして武田耕雲斎が呼ばれます。
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そのころ徳川慶喜と平岡円四郎は、水戸での乱に弱っていました。
これではあてにした連中が来られないと困惑する慶喜。栄一は兵を集められるのかと尋ねています。大丈夫、あっしの人を見る目は確かだと答えるしかない円四郎。
慶喜は謹厳実直に国を守りたいと誠実に語ります。
なんだか輝きを見たそうで……スピリチュアルですね。とっぴな色男のようなセリフだと惚れ惚れする円四郎です。
「それがしは、殿の作る新しい世を心待ちにしております。平岡円四郎は、尽未来際のお力添えいたします」
しかし、慶喜はそういう期待が嫌だと語る。東照大権現こと徳川家康を持ち出し、円四郎は励まします。家康に似ているというのです。
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夢でもあったことはないけれど、御神君に恥ずかしくない世にしたいと語る慶喜。その心意気を褒める円四郎。
「平岡円四郎、尽未来際お供つかまつります!」
天狗党のこともあるし、なかなか大変。そんな時代に、円四郎はどうするのか。江戸では、妻やすも何かを思うようです。
円四郎、斬られる
「へへっ」
慶喜との会合を終え、ご機嫌な円四郎。外は雨が降ってきました。
傘を借りてきてくれと声をかけると、いきなり切られてしまいます。
反対派の水戸藩士です。
血しぶきが飛び、なんとか立っていようとするも、その場に倒れてしまう円四郎。
ほどなくして絶命してしまいます。
一報を聞いた慶喜は慌てて外へ飛び出し、血塗れの円四郎を抱きしめるしかない。
総評
号泣!
平四郎ロス!
退場するなんて悲しい!
そんな声も飛び交っていそうですが、その悲しみの涙は、天狗党が暴れ回ったせいで大根や芋のように斬られた犠牲者たちにも注いでいただければと。
天狗党幹部・ 田中愿蔵(げんぞう)は収奪に応じない栃木宿を焼き払い、地元の人が「愿蔵火事」と呼ぶ火災によって237軒が焼け落ちました。
以降、栃木の人々は二度と焼けないように家を土蔵作りにするようにしたとも言います。
歴史は色々ありますよね。
先週は三島通庸で、今週は天狗党。
民衆を苦しめる暴力とは何か?
そう問いかける輝きを感じます。
何が円四郎を殺したか?
さて、円四郎の死でドラマは盛り上がったことと思います。
ただ、このドラマは動機や背景をぼかし過ぎていて、実在した人間の死にもかかわらずイベント感覚で扱っているところに違和感があります。
何が円四郎を殺したのか?
慶喜の側近で凶刃に倒れるのは、何も円四郎だけでもない。
中根長十郎と原市之進もほぼ同時期に暗殺されています。
ここまで側近が暗殺されるというのは、一橋家に問題があるとも考えられるのではないでしょうか。
・「君側の奸」理論
「君側の奸」とは、主君をたぶらかし悪い方向へ向かわせる奸臣のこと。
日本史でわかりやすい例といえば、豊臣 秀吉と石田 三成、そして武断派とされる武将たちの関係です。
秀吉自身への政策に不満があるけれど、ぶつけるわけにはいかない。その怒りが三成に向かう。
戦国時代は下剋上もありました。
『麒麟がくる』の明智 光秀は、主君である信長の命よりも麒麟の到来という仁政を重んじてああなった。
そういう思考回路を徹底して排除したのが、江戸時代です。
この先の長州征討でも、幕府の要求はあくまで家老のみの首です。毛利の殿様の首は求めておりません。
勝海舟は西郷隆盛に「島津の殿様の首を要求されたらどうします?」と問いかけ、江戸城無血開城を実現した。
会津戦争は「西軍が松平容保の首を求める」という、当時の規範としてはありえないことをしたため、あの悲劇となりました。
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・慶喜の犠牲になった
慶喜は影武者を犠牲にして生き延びていた――とは、私個人の見解でもなく、野口武彦氏『慶喜のカリスマ』(→amazon)にあった表現です。
慶喜のあだ名は「二心殿」。
言行不一致で周囲は常に振り回され、ストレスが溜まっていました。
それを前述の通り慶喜にぶつけるわけにもいかないので、側近にぶつける。
劇中、慶喜の犠牲者は今後も積み重なってゆくことでしょう。ただし、それが描かれるかどうかはわかりません。
・暴力世直し体質
水戸藩の暴力性は際立っています。
天狗党の悪事もぼかされていますが、一言でいえばリアル『北斗の拳』。
さまざまな理由が積み重なり、彼らは暴力で解決することを正当化してしまいました。
なまじ【桜田門外の変】がうまくいったものだから、暴力解決をしようとしてしまう。
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どの勢力だろうと、幕末には血生臭い粛清やら何やらが起きています。新選組ばかりが大仰に取り沙汰され、彼らだけが異常扱いされますが、それは違います。
とりわけ水戸藩周辺の気の荒さ、暴力気質は著しい。
「(幕末の諸勢力はそれぞれ暴力傾向があったが)それを踏まえても、残忍惨毒、水戸ほど酷い勢力はなかった。」(吉田東伍『倒叙日本史』より)
斉昭が死を惜しんでいた藤田東湖も、見た目がかなりいかつくて暴力団組織幹部のようにゴツかったそうです。
水戸藩はワイルドだったんですね。
・殿がコントロールできない
そういう状況であっても、殿が家臣を抑えることはできます。島津久光はこの能力がとても優れていた主君です。
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斉昭の場合、壮年の頃はさておき、晩年には家臣団をどうにもできず困惑していました。
斉昭の息子たちはさらにひどい。
慶篤は別名「よかろう様」。優柔不断でフラフラするから、水戸藩内で分裂していた天狗党と諸生党の犠牲が大きくなったのです。
慶喜はそこまで優柔不断とは言えないものの、コントロール能力を自己保身に全部使い切る大変悪しき傾向が……。
さて、もう少し踏み込んでみましょう。
慶喜のあだ名「二心殿」にヒントあり
本作では「茶歌ポン」なんて井伊直弼のユニークなあだ名を出してきました。
じゃあ負けじとパワーワードを探してきましたよ。
まずは「豚一」。豚とはひどいようで、当時まで珍しい肉食、豚を食べる一橋ということ。今回は豚ではなく「ニシン」を考えてみましょう。
こんな川柳がありまして。
かずのこは無事でにしんがへたりたる
カズノコは食べられるけど、ニシンはもうダメだな。
これはどういうことか?
カズノコは和宮として、ニシンは誰か?
徳川慶喜です。なぜかというと慶喜は「二心殿」と呼ばれていたからですね。
攘夷か、開国か。ブレブレだからあまりにたちが悪い。呆れ果てた周囲が「二心殿」とこっそり呼びました。それを含んだ関連番組も放送して、無理矢理持ち上げていましたね。
でも、二心殿なんざろくな意味じゃない。
要するに信頼できないわけです。
和宮は兄・孝明天皇の意を受けて攘夷を貫こうとするけど、慶喜は全然ダメ。そう失望されていた。
「そうは言っても攘夷なんて無理でしょ?」
という意見はその通りですよね。幕府の井伊直弼あたりは見抜いていました。
しかし斉昭は、政局を自分がコントロールしたいがために、水戸学由来の尊王攘夷をぶん回し、政局を引っ掻き回した。
斉昭のしょうもない攘夷に、現実的な幕府閣僚はこう返しています。
「そんな異人が上陸した程度でキリスト教に乗っ取られるわけありませんよね」
「別に住み着いたってよいのでは?」
「感情論で語られても困ります」
幕府首脳陣がいくら制しても斉昭は暴れ続ける。
そして朝廷を無理矢理引っ張り込み、一致団結しなければいけない時に、我が子・慶喜を将軍にしようと運動した。
最終的には斉昭の毒気を浴びた水戸藩士が井伊直弼を暗殺し、暴力が蔓延する時代を呼び寄せてしまいます。
池田屋事件前後の5W1H
以下は公式サイトのあらすじです。
一方京都では土方歳三(町田啓太)ら新選組が池田屋を襲撃。
攘夷(じょうい)派志士の怒りは、禁裏御守衛総督(きんりごしゅえいそうとく)の慶喜(草彅 剛)と側近・円四郎に向かっていく。
この時点で大変問題があります。
まず、なぜ土方歳三が新選組の代表であるかのように書くのか?
あくまで局長は近藤勇であり、近藤は池田屋へ真っ先に突入し、孤軍奮闘した事実があります。
それなのにあくまで副長、遅れて到着した土方をメインにするのはおかしい。
「本能寺に宿泊している織田信長を、明智秀満ら明智勢が襲撃した」
こういう文章があったら、まちがっているとわかると思います。秀満でなく、襲撃を決めたのは光秀です。
今回は、近藤を土方と記すミスを公式が堂々としている。
それに因果関係がおかしい。
新選組がなぜ、池田屋を襲撃したか?
それは攘夷派志士に不審な動きがあったからとされています。
このあと、過激な長州藩士の一団が京都で戦闘を行い(禁門の変)、どんどん焼けとよばれる大火災が発生しました。
あれほどの戦闘行為を行える武備をそうおいそれとは準備できない。孝明天皇誘拐云々はさておき、何らかの武力行為を行う予感を新撰組が察知したとしてもおかしくはない。
以下に二つの文章を用意させていただきました。同じ事件でも印象はかなり異なりませんか?
◆テロリストが京都のホテルに集結しているとの情報を掴み、特殊警察がホテルに逮捕へ向かった。
→京都でテロを計画なんてひどいな。警察はよくやった。
◆京都で特殊警察がホテルを襲撃。宿泊客は怒った。
→なんで特殊警察が襲ってくるの? そりゃお客様は怒るでしょ!
全然違いますよね?
NHKは公式サイト上で【テロと大火災を起こし、御所に大砲を撃ち込んだ側が気の毒】と誘導しているように見えてきます。
天狗党がらみでの尾高家の苦難も「幕府が横暴だ」と言いたげですが、かなり苦しい言い訳としか思えません。史実での栄一のことを踏まえると、幕府の対応は当然だと思います。
さてこのあと起こる「禁門の変」では、幼い明治天皇も怯えるばかりだったそうです。
自宅を襲撃されて孝明天皇は当然激怒しますよね。
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どういうわけか『青天を衝け』は公式サイトの案内、公式Twitterの投稿、そしてプロットそのものまで5W1Hを曖昧にします。
なぜこんなものが通るのかわからない。
この「禁門の変」がややこしいことになっています。
守備側で亡くなった会津藩士が、天皇を守るために戦った戦死者が祀られる側から外されていて揉めたんですね。
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『八重の桜』に出てきた高木時尾の父もこのとき戦死しています。
抗議を受けて合祀されましたが、襲撃側、つまりは孝明天皇のいる方へ大砲を向けた側も合祀されているのですね。
このへんが幕末明治のなかなか興味深いところ。
本作のおかしなところは、知識や技量不足でおかしくなっているのではなく、「あえてわかりにくくしている」ような、不可解さがつきまといます。
小四郎はなぜ挙兵したのか
さて、こうしてまとめると見えてくることもあります。
どうして藤田小四郎は挙兵したのでしょうか?
本作では、史実にはない慶喜から武田耕雲斎へ送られた、天狗党を呼び寄せる書状のせいでねじ曲がってしまいました。
小四郎らは、慶喜が上洛時に子飼いの兵士として呼び寄せています。そして京都で、小四郎は栄一らとともに攘夷派志士と様々な活動を行っていました。
その中には暗殺も含まれています。
それが一旦水戸に戻される。そんな小四郎の元に、京都における攘夷派の不利が伝わってくる。
ならば水戸から挙兵し、京都に上洛を成し遂げ、攘夷派の巻き返しをはかるのだ!
そういう意図があった。
関ヶ原の戦いにたとえるのであれば、京都の攘夷派が石田三成、小四郎ら天狗党は上杉景勝といったところでしょう。
ここまでまとめますと、見えてくることがあります。
・ただでさえ攘夷派に不快感を覚え、禁門の変で怒りが頂点に達した孝明天皇が、天狗党に理解を示すことはありえない
・朝廷がそうするとすれば、攘夷派と密かに通じた公卿の個人的な謀略の類である
・小四郎らの頭にある目的はパワーゲームの勝利に過ぎず、民のことは二の次だ
ここを踏まえて、本当に彼らの行いがよいのかどうか考えたいところです。
そしてもうひとつ、本作が5W1Hを無茶苦茶にし、あらすじの文章まで骨抜きにしている理由も見えてきます。
因果関係を探られると困るんですね。
小ネタやイケメン、裸といったノイズが多いのもこれでわかる。プロットを曖昧にし、史実を直視して欲しくない流れになっている。
もうひとつ『西郷どん』と『青天を衝け』にはおかしな傾向があります。
栄一と小四郎と親しいはずの攘夷派志士が、具体的にどの藩が多いのかがわからない。
答えは長州藩です。
この長州藩の動きをよくわからなくする工夫は『西郷どん』でもありました。禁門の変では、薩摩藩と敵対した勢力は長州藩であったにもかかわらず……
「会津にそそのかされたせいで、薩摩は長州を攻撃してしまった!」
「でも薩長同盟で仲直り! 正義の長州藩とタッグを組むなんてスゴイ!」
という展開でした。いや、薩長は明治以降も呉越同舟、仲が悪かったわけですが。
なぜこれほど長州藩に配慮しているのか?
『花燃ゆ』は何度も脚本家が交代しました。出来の悪さや視聴率低下のせいとされましたが、奇妙なことに、交代のたびに長州藩の政治的動向がぼかされる傾向が強くなっています。
孝明天皇の意思が見えない
『青天を衝け』は様々な嘘をついています。
本作についての批判をするなとは言われますが、こうも無茶苦茶だとそこへ突っ込まないと話が進みません。
栄一と喜作のコンビは、既に尊王攘夷から足を洗ったように思える。これを信じてよいのか判断が難しい。
それに動機が「一橋家で知ったから」というのも単純化し過ぎでしょう。
前後の事件を考えてみますと……。
今回の時系列の前に【姉小路公知暗殺事件】がありました。薩摩藩士・田中新兵衛が犯人ではないかとされ、自害を遂げてしまい、真相究明はできない。
それでも島津久光の動きは素早い。姉小路公知ほどの大物殺害に薩摩藩が関与していたとされると、立場が危うくなります。
孝明天皇も、長州藩士ら尊王攘夷派の「奉勅攘夷」には、ほとほと嫌気がさしていた。
会津藩は、この孝明天皇の叡慮を尊重する筆頭です。
なんとか朝廷の信頼を回復したい薩摩藩。利害抜きに孝明天皇に忠義を尽くす会津藩。
この二藩が手を握り、長州藩を追い出す【八月十八日の政変】が起きるのです。
長州藩としても黙ってはいられないわけで、巻き返しをはかろうとしていたところ、その不穏な動きを察知した新選組が急襲し、【池田屋事件】が起こる。
そして【禁門の変】へ。
長州藩は御所に撃ち込むという暴挙をやらかし、薩摩藩と会津藩がこれを撃退した。
ここで慶喜と天狗党のことも考えてみますと……。
天狗党が挙兵した動機は、尊王攘夷を掲げる長州藩士らが危機に陥っているからこそ救いたいというものがありました。
要は【禁門の変】あたりと連動しているのです。
そんな長州藩過激派、孝明天皇も嫌う一派と通じているとはどういうことだ?
幕府はそう認識したからこそ、天狗党に厳しく当たる。
「国を思う」だのなんだの口先で言われたところで、やってることは国家反逆行為です。
いわばテロリスト集団と将軍後見職の慶喜が通じているって、マズイですよね。
ゆえに慶喜が冷たく天狗党を突き放すことはリスク管理としては正解です。
なぜ『青天を衝け』ではそこをキッチリ描かないのか?
この時期に、孝明天皇が尊王攘夷を掲げる派を嫌っていたことはタブーとされました。
なぜそんな第二次世界大戦前じみたタブーが21世紀になってまでNHKを縛っているのか、まったくもって不可解極まりないですが、そのあたりを明確明瞭に描いた大河は2013年『八重の桜』が最後となります。
天狗党とつながりがある栄一や喜作が危険人物扱いされることも、全くもって不思議ではありません。
信頼できない語り手
歴史でなくてミステリの話かよ……。そんな風に呆れられてしまうかもしれませんが、もう少々お付き合いください。
Wikipediaによれば、こう定義される概念があります。
◆信頼できない語り手
信頼できない語り手(しんらいできないかたりて、信用できない語り手、英語: Unreliable narrator)は、小説や映画などで物語を進める手法の一つ(叙述トリックの一種)で、語り手(ナレーター、語り部)の信頼性を著しく低いものにすることにより、読者や観客を惑わせたりミスリードしたりするものである。
『青天を衝け』の歪みの根――それを解く鍵はこれではないでしょうか。
さしずめ渋沢栄一はこうなる。
悪党(Pícaro)
誇張や自慢の激しい語り手である。
そして徳川慶喜はこう。
嘘つき(Liar)
健全な認知力をもつ成熟した人物だが、過去の不穏当な行動や信用に傷をつけるような行動をあいまいにするため、わざと自分自身のことを事実を曲げて語るような語り手である。
この君臣コンビが、自身の過去を語り始めたのは、明治になって結構な時間が経過してからのことです。
慶喜は、かつての家臣、とりわけ倒幕経緯に不満があり、かつ政治力のあった者との面会は避けてきた。それなのに自分は会えたと栄一は嬉しそうに語っています。
ぼちぼち、そろそろ……当時を知る者が世を去り、ほとぼりがさめたころになって、この君臣は過去の検証を始めたのです。
栄一は自慢が激しく、慶喜は自己正当化が激しい。
いくら当時を知る者の回想とはいえ、この二人の言い分を全面的には信頼できません。
明智光秀にせよ、織田信長にせよ。西郷隆盛にせよ、吉田松陰にせよ。知名度が高く、検証されているものならば、嘘をついてもすぐにバレます。
しかし渋沢栄一はそうではない。
周囲からの人気も関心もさほどなく(十年前の書物にはハッキリと忘れられつつある人物とある)、検証されないから嘘もバレにくい。
それなのに、このドラマの作り手は誠意にあふれた人物としてこの二人を扱う。
要するに、インチキ商材の売り手じみているのです。
NHKがどうして受信料でそんなあやしいものを作るのか?
その検証は流石に私の手に負えません。あくまで仮説を形成したまで。誰か、検証をしてくれませんかね。
暗殺場面のリアリティ
円四郎の死について言えば、きっと号泣されている方もいらっしゃるでしょう。
すごく感動的だったという見方もわかります。
しかし、どうにもこのドラマは、斬られてから死ぬまで雄弁すぎる。かつ演出が古く、リアリティに欠けている。
「死にたくねえぞ、殿、あなたはまだこれから……」
って、喋る時間に違和感ありませんか?
心臓発作急死の斉昭が吐血し、キスをして亡くなったあたりから諦めはついていましたが、医療考証の担当者さん、昨年の大河で張り切りすぎてお休みですかね。あるいは『おかえりモネ』に気合を入れすぎたとか。
いや、それ以上に慶喜です。
和服所作ができないまま走って駆けつけ、犯人がどこにいるかわからない状態で止まるのは危険極まりない。
テロや暗殺現場では、遺骸を捨て、負傷兵を置き去りにするのは鉄則です。
もしも誰かが助けに行けば、実行犯にとっては敵を倒すという戦果が増え、一度の暗殺でより多くを倒せて効率的になるからです。
『麒麟がくる』の斎藤道三あたりなら「それそれそれな!」と言い出しそうな仕組みですが、それが現実ですので、家臣も死ぬ気で慶喜の行動を止めなくちゃ!
どうにも『真田丸』や『麒麟がくる』にあった、リアリティのある暗殺システムが実装されていないんですね。
もうちょっと真剣に、人命を奪うことの現実を考えて欲しいと思う次第です。
暗殺者は全員水戸藩士なのか?
どうしてこんなことをつっこむかと言いますと、犯人がこう叫んでいたのです。
「きえええーい!」
これは薩摩藩士の猿叫では?
幕末の暗殺事件は、断片的情報による確定が多い。あれでは真相不明になってしまう。
いや、こんなこと書きたくありませんけど……史実解説の前振りということでよろしくお願いします。
スタイリッシュアクションはもう古い
池田屋事件にも注目したいと思います。
刀を持った志士たちの姿勢が全体的に軽く、重心が高い。剣道の動きはまず腰を落とすところから始めましょう。
幕末の剣術よりも、室町時代の剣術の方が再現はよほど難しい。演じる方の年齢にしても『麒麟がくる』のキャストよりも一回り若い。
それなのに、どうして昨年のような武術の動きにならないのか? 不思議でなりません。
ダメ出しをして申し訳ありません。違和感の正体がよくわかります。
池田屋の定番といえば鉢金です。
鉢巻に金属片が入ったもので、防御と汗止めの役目を果たします。長時間戦うとなると汗が目に入る。
場合によっては死活問題。鉢金をつけるかつけないか、前髪を垂らすか垂らさないか、ここでどこまで本格的かわかる。
どうも今年の土方はシャッキっとしないと思ったら、鉢金をつけていないんですね。
そして最初から違和感のある土方であった理由が、またわかりました。
村橋氏は「とにかく町田さんは動きがきれいなんです。殺陣稽古で、動いてもらったときの剣を振った姿がとても美しい。最近のアクションは、途中でなぐることがあったりつかみ合うことがあったりもするんですけど、町田さんのシーンは、相手はまったく触れられないで一太刀で死んでいく。美しい殺陣を目指して、それを演じてくださいましたね」と町田がまとう“美しさ”を絶賛。
触れられないで一太刀で死んでゆく。池田屋が屋内戦闘ということすら認識していないようなコメントにも見受けられます。
劇中ではどういうわけか、屋内からどんどん屋外の土方の方向に敵が補給されるアルゴリズムを採用していたので、わけがわかりませんでしたが。
そしてここ、「最近のアクション」として貶しているかのようなつかみかかる動きですが、むしろリアルな天然理心流がそういう泥臭い動きなのです。
八王子同心が逮捕するために生み出した実践剣法ですので、決して美しくない。
脛を狙ったり、集団攻撃をしたり、ともかく致命的な攻撃をするので敵対勢力からは嫌がられました。
特に土方はその傾向が強いとされます。
彼は道場ではそこまで強くない。ところが実践になると滅法強くなる。デタラメでも、ルールやぶりでも、ともかく殺しに行く剣術であるがゆえに土方はおそろしく強かった。
そのため、フィクションでの土方も、目潰しや足ばらいのような、汚い技を使います。
近年の作品では『ゴールデンカムイ』の土方はこのセオリーに忠実で、自らの血を目潰しに使い勝利していました。
そういう描写があると「ああ、作者は土方が本当に好きなんだな」と思えてうれしいものですが……。
そもそも、スタイリッシュで、まるでゲーム、血の一滴も飛ばないような軽い殺陣は時代遅れです。
映画『マトリックス』にせよゲーム『無双』にせよ、もう20年前のトレンド。今はむしろ泥臭く実践的な1970年以前に回帰しています。
NHKもそこは理解していますので、リメイク版『柳生一族の陰謀』や『十三人の刺客』ではそこを意識したアクションが展開されました。
『麒麟がくる』も、古武術をふまえた重々しい動きで迫力があったものです。
以前から『青天を衝け』の殺陣は古臭い、ダサい、もう飽きてしまった……とうんざりでしたが、演出担当者がこれでは仕方ないですね。
だいたい、浪岡一喜さんを起用しながら殺陣がろくにない役回りの時点で、アクションのセンスがないとしか言いようがない。完全に宝の持ち腐れです。
演じる方も田舎出身で都会に出たという自分との共通点しか語っておらず、嫌な予感がしていましたが……やはりとしか。
そしてこう最後に問いかけたい。
池田屋って人がたくさん亡くなった事件ですよ。
現場には血と切られた指や肉がボロボロと落ちていたわけです。
そういう人が亡くなった事件を、美しさだけで押し通そうとする。それがどれほど無神経なことか、想像してみたらいかがでしょう。
もういっそBGMで『にんじゃりばんばん』でも流せばよかったんじゃないですかね。『ジョン・ウィック:パラベラム』みたいでかっこいいじゃないですか。
ちなみに前述の『無双』シリーズにしたって、香港実写版は古すぎてコケました。
『戦国無双』シリーズは5作目にして衝撃的な変化を遂げています。しかも初回盤は『麒麟がくる』衣装つき。
ゲームが変わるんですよ。大河も変わりましょう!
◆ 「真・三国無双」の実写映画が中国で大コケ 「ゲームの世界を再現」と高評価も…(東方新報)(→link)
◆ 6月24日発売「戦国無双5」のパッケージ版の予約受付が本日スタート。早期購入特典にはNHK大河ドラマ「麒麟がくる」特製衣装も(→link)
バキューム土方、テレポーテーション無双
殺陣以前におかしいのは土方です。
祇園祭の夜、二組に分かれてローラー作戦をしていた。『八重の桜』ではそこを踏まえ、祭囃子と襲撃が重なって緊迫感がありました。
このとき、近藤組が池田屋に踏み込み、激戦となるのです。
劇中では割と余裕があるように思えますが。さにあらず。人数的にかなり不利です。
実質二名になった近藤と永倉が、獅子奮迅の働きをし、全身返り血で真っ赤になりつつなんとか耐え抜いた。
他に隊士がいた説もあるとはいえ、近藤と永倉の奮闘は確たる史実とされます。
それが今回は土方がテレポーテーションでもしたように突如登場し、無双する。
近藤&永倉「なんでだよ!」
脳内でこういうツッコミが響きました。
それほど瞬間登場だった土方。しかも吸い込まれるように敵がそちらに向かってゆく。バキューム土方かよ!
そもそもその土方だって原田左之助、斉藤一らを導いていたのに、なぜ単独無双するのか意味がわかりません。
斉藤一「……?(なぜ)」
やはり脳内斉藤が無言でとまどった。
『八重の桜』では斉藤一の扱いが大きいため(斉藤は明治以降も会津藩士と交流したためでしょう)、池田屋でも斉藤が目立ってはおりました。
しかし、あれは遅れて事件後に駆けつけた山本覚馬目線での描き方ですので、不自然でもありません。
とにかく『青天を衝け』では何から何まで間違っていて、つっこむ気力ももう……。
『麒麟がくる』でたとえるならば、毛利新介でなくて織田信長本人が今川義元とタイマンをするようなものと言いましょうか。
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池田屋でMVPを決めるとしたら、なかなか難しいところですが、土方は入らないと断言できます。
彼はあとから到着した。それまでは数名が、多勢に無勢で奮闘しました。途中で昏倒や負傷で倒れる者も出る中、近藤勇と永倉新八が踏みとどまっている。
指揮官という意味では近藤。MVPでは永倉が有力候補なのに。近藤と永倉が雑魚扱いされるなんて、そんなことあってもよいのでしょうか?
ちなみに杏さんのイチオシは永倉新八。池波正太郎もそう。
永倉をマイナー隊士扱いされるなんて、そんなこと、考えたくなかった……。おおおお、ガムシン(※がむしゃら新八、永倉のあだ名)さぁん!
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とりあえず、落ち着きまして。
私は新選組という組織単位で考えておりますので、こんな不可解なプッシュで土方を持ち上げられて、もう何も言えません。土方にも迷惑ですし、近藤や永倉をモブ扱いしたことにはもう何も言いたくない。
つらい。ただただ、つらい……。
「あなた新選組好きでしょ? 昨日の大河どうだった?」
とかなんとか誰かから聞かれたら、私は一体、どうなってしまうのでしょうか?
土方推しの理由は?
さて、なぜ土方プッシュされるのか?
理由はわかりました。こういう展開をするそうです。
池田屋事件で功績を挙げた新選組の副長で、幕臣になった栄一とある任務で出会い、同じ百姓出身ということもあって意気投合する。
鳥羽・伏見の戦いで敗れるが、官軍に抵抗して各地を転戦。
榎本武揚や栄一の従兄・喜作(高良健吾)らと箱館に渡り五稜郭を占領するが、新政府軍との壮絶な闘いの中で戦死する。
ほんとうにむちゃくちゃですね……。
確かに栄一は新選組幹部の土方を知っていると周囲に語っていました。
しかし、不倶戴天の敵同士で仲良くしているというのは違う。先週は西郷と鍋を食べ、今度は土方と意気投合ですか。
作っている側は「人気キャラと仲良くなる主人公すごいでしょ!」と言いたいのかもしれませんが、そういうのは幕末恋愛ものの乙女ゲー主人公くらいにしていただけませんか。
新選組は間者に厳しいことで有名です。
それなのに副長と栄一が意気投合するのは「士道不覚悟」。新選組の法度なら切腹ものです。
御陵衛士あたりからしたら許し難い。藤堂平助に謝れと言いたくなるほどひどい。
というのも、このころ史実の栄一は天狗党とも関与しているので、おかしいのです。
栄一は潜在的にずっと倒幕側でしょう。そういう描き方になるとみた。それなのに土方と友達?
それに今後、栄一は劇中では友達になった土方が凄絶な戦死したあと、特に慰霊もせず生きていくわけですか?
真面目に土方の慰霊に取り組んだ永倉新八あたりからすれば、「ふざけんなこの野郎」と怒鳴りつけたいくらいひどい話だと思います。
作り手全体がペラペラの意識だということがわかります。
出身地同じで百姓同士なら意気投合するなら、どうして水戸藩出身の武士同士は延々と殺し合いを続けたんですか?
人間ってそんな単純なことで一致団結できませんよね。
こういう風見鶏にして描くことで「主人公は誰からも好かれる好感度の持ち主です!」と言いたいのでしょうけれども。
リアル権現様は拒絶するだろう……
そういえば今週は家康が出てきませんでした。
円四郎が慶喜と家康の共通点については語っておりましたね。
慶喜と家康が実際に似ていたのかどうか?
私は懐疑的ですが。三河武士の良さが全部なくなったとイライラしていた福沢諭吉なら「ケッ」と笑い飛ばしそうだとは思います。
◆ なぜNHK「青天を衝け」のナビゲーターに家康? 徳川家の末裔に聞いた!(→link)
その福沢諭吉はアメリカでこんな驚きを抱いています。
人々が誰も、ワシントンの子孫が今どうしているか知らなかった! 日本じゃ考えられない!
それからおよそ150年が経過。もしも今、福沢がこのドラマ関連報道を見たら絶望することでしょう。
子孫だからといって、正しいことを言えるとは限らないない。そこはむしろ研究者に聞いた方がよい。
それでも子孫に聞きにいくのはなぜか?
売れるから。
要は読者に求められているということで、血統主義はまだまだ現役ってことですよね。取材を受けた子孫の方を批判するわけがないと。
あの家康コーナーですが、はじめのうちはくだらないと思っていたものが、段々と気持ち悪くなってきました。
自分が作った幕府倒壊を語る。育てた豚さんを解体して食べるところを実況するような不気味さがあるんですね。
天狗党なんて、斉昭が唱えた理論に乗っかって暴れ、慶篤と慶喜の兄弟が潰した。あまりに悲惨な内戦で、水戸から人材が消失したともされる。失われた人材の中には渋沢栄一以上に才気煥発な誰かもいたかもしれない。
そういう幕末屈指の惨劇を語る上で、あの軽薄なナビゲーターは適切だと思いますか?
もしも会津藩祖・保科正之がチャラけた口調で「いやあ、私が制定したルールのせいで容保クンは苦労してね」と語る会津藩ものはあったら?
非難轟々でしょうし、まず企画の時点で止められると思います。
過去にはこういう事例もあります。
◆糞尿の謝罪放送でTBSが2000万円の損害! (2008年5月13日) (→link)
ではなぜ、あんな酷いナビゲーターが通るのか?
・誠意と勉強不足
やったふりはうまいけれども、理解力や敬愛がない。そういう作り手だからこそ成立する怠慢です。
・水戸藩の人材枯渇
幕末の天狗党のおかげで人材が拭底した。それは過去のことでもない。会津のようにきっちりと歴史を伝える試みが残っていれば、そんな事例があれば、こんなことにはならない。
ちなみに『西郷どん』も、島津家当主が苦言を呈しております。水戸藩はそういうことすらできない。なまじ隣人同士が血で血を洗う内戦をしたため、語ることすらできなくなったのです。
・水戸学そのものがタブー
水戸学そのものがタブー視されました。
なぜか?
第二次世界大戦に至るまで、日本を支配した皇国史観のルーツであったため。
実際に家康がいたら「お前らなんてことしてくれたんだ!」と嘆いていると思います。
これは何も私の妄想でもなく、天狗党の小四郎たちは、東照大権現から進軍しようとして、日光奉行所に断られています。参拝にとどめたのは、そうした経緯があったからですね。
リアル大権現は、そんな天狗党となかよしな慶喜なんて、好きじゃないと思います。
斉昭を演じた菅原文太さんも困惑していた
個人的な話で恐縮です。なぜこのドラマについて話が噛み合わないのか、理由がわかりました。
【天狗党の顛末がマイナーすぎるから】
今回の天狗党描写は、顛末やら何やらツッコミどころがありすぎてもう何が何やら。
栄一と慶喜周辺をキレイにしたい――そんな情熱だけは理解できます。
幕末水戸藩は、動向がわかりにくいものです。
私も自宅なり図書館なりを探してみましたが、一冊でスッキリわかるようなものはそうそうありません。
要は、断片的な情報を集めていくしかない。
天狗党の乱も、歴史にはそこまで大きな影響を与えてないので深くは突っ込まれない。
ゆえに、こういう慶喜ほっこりエピソードで感動して「いい人すぎ!」と盛り上がるのだと。
◆青天を衝け:頭に包帯の草なぎ剛“慶喜”「完全にコント」「ジワる」 猪飼勝三郎のやらかしエピソード登場(→link)
研究者の本で慶喜評価をざざっと確認しました。
温度差はあれ、人間性を褒めるものはまずない。
天狗党がフックで、鰊倉(にしんぐら)の惨劇を知っていると「慶喜がいい人って、どうしてそうなるんだ……」と困惑してきます。
※鰊倉の惨劇……斬首刑を待つ天狗党メンバーが悪臭漂う鰊倉に入れられ、別の不幸も生まれていたこと(以下、武田耕雲斎の記事に詳細があります)
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夫の塩漬け首を抱えて斬首された武田耕雲斎の妻|天狗党の乱はあまりにムゴい
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『徳川慶喜』で斉昭を演じた菅原文太さんと半藤一利さんの対談本でも、慶喜へのやりきれなさが書かれております。
できればぜひ、手に取っていただきたいと願う次第。
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菅原文太兄ぃは仙台藩士の末裔だった『仁義なき幕末維新』に見る賊軍子孫の気骨
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有害な大河ドラマ
既にこのドラマはもう取り返しのつかないことをしています。
公式ガイドブックを参照にして、天狗党の乱について解説している記事があります。
ドラマで創作された嘘を史実のように記述しており、大変有害です。
『麒麟がくる』では駒のような創作された人物がおりました。ああした人物は実在しないため、彼女の言動を史実だと信じる人はおりません。ゆえに良心的であり、かつ無害なのです。
それが栄一や喜作のような、知名度が高くなく、今後大河にも再登場しないような人物が創作で勝手な行動をすると被害甚大になりえます。
ゆえに歴史にまともに向き合う創作者であれば、そこは当然気を配るはずなのですが。
本作にはそんな最低限の常識も理性もないため、悲惨なこととなりました。
NHKは果たしてどう責任を取るつもりでしょうか?
必ずや名を正さんか
ヘラヘラと中身もなく、好感度だけで生きていくことがどれほど虚しく危険か。
NHK土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』で暴かれております。
松坂桃李さんが栄一だったら……そう思いますが、彼はこれから有望な役者さんですからね。
作品選びを慎重にして、再来年あたりいかがでしょうか?
家康が若い頃ですので、本多正信あたりを演じたらいけるんじゃないかと思いますね。はらわたが腐っていると言われても笑顔で受け流す策士。どうでしょう?
その『今ここに〜』では『論語』「必ずや名を正さんか」という引用が出てきて、最終回である人物が行う言動の説明として素晴らしい使い方をされていました。
『青天を衝け』では、当初あった漢籍推しが消えた一方、大河を皮肉っている土曜ドラマでこうなってくると、NHKでの内部闘争を想像してしまって大河ドラマよりこちらが面白くなってしまう。
一体どうしたものでしょうか。
◆『今ここにある危機とぼくの好感度について』第5回(終)(→link)
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【参考】
青天を衝け/公式サイト

















