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【青天を衝け第16回感想あらすじレビュー】
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何が円四郎を殺したか?
さて、円四郎の死でドラマは盛り上がったことと思います。
ただ、このドラマは動機や背景をぼかし過ぎていて、実在した人間の死にもかかわらずイベント感覚で扱っているところに違和感があります。
何が円四郎を殺したのか?
慶喜の側近で凶刃に倒れるのは、何も円四郎だけでもない。
中根長十郎と原市之進もほぼ同時期に暗殺されています。
ここまで側近が暗殺されるというのは、一橋家に問題があるとも考えられるのではないでしょうか。
・「君側の奸」理論
「君側の奸」とは、主君をたぶらかし悪い方向へ向かわせる奸臣のこと。
日本史でわかりやすい例といえば、豊臣秀吉と石田三成、そして武断派とされる武将たちの関係です。
秀吉自身への政策に不満があるけれど、ぶつけるわけにはいかない。その怒りが三成に向かう。
戦国時代は下剋上もありました。
『麒麟がくる』の明智光秀は、主君である信長の命よりも麒麟の到来という仁政を重んじてああなった。
そういう思考回路を徹底して排除したのが、江戸時代です。
この先の長州征討でも、幕府の要求はあくまで家老のみの首です。毛利の殿様の首は求めておりません。
勝海舟は西郷隆盛に「島津の殿様の首を要求されたらどうします?」と問いかけ、江戸城無血開城を実現した。
会津戦争は「西軍が松平容保の首を求める」という、当時の規範としてはありえないことをしたため、あの悲劇となりました。
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・慶喜の犠牲になった
慶喜は影武者を犠牲にして生き延びていた――とは、私個人の見解でもなく、野口武彦氏『慶喜のカリスマ』(→amazon)にあった表現です。
慶喜のあだ名は「二心殿」。
言行不一致で周囲は常に振り回され、ストレスが溜まっていました。
それを前述の通り慶喜にぶつけるわけにもいかないので、側近にぶつける。
劇中、慶喜の犠牲者は今後も積み重なってゆくことでしょう。ただし、それが描かれるかどうかはわかりません。
・暴力世直し体質
水戸藩の暴力性は際立っています。
天狗党の悪事もぼかされていますが、一言でいえばリアル『北斗の拳』。
さまざまな理由が積み重なり、彼らは暴力で解決することを正当化してしまいました。
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どの勢力だろうと、幕末には血生臭い粛清やら何やらが起きています。新選組ばかりが大仰に取り沙汰され、彼らだけが異常扱いされますが、それは違います。
とりわけ水戸藩周辺の気の荒さ、暴力気質は著しい。
「(幕末の諸勢力はそれぞれ暴力傾向があったが)それを踏まえても、残忍惨毒、水戸ほど酷い勢力はなかった。」(吉田東伍『倒叙日本史』より)
斉昭が死を惜しんでいた藤田東湖も、見た目がかなりいかつくて暴力団組織幹部のようにゴツかったそうです。
水戸藩はワイルドだったんですね。
・殿がコントロールできない
そういう状況であっても、殿が家臣を抑えることはできます。島津久光はこの能力がとても優れていた主君です。
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斉昭の場合、壮年の頃はさておき、晩年には家臣団をどうにもできず困惑していました。
斉昭の息子たちはさらにひどい。
慶篤は別名「よかろう様」。優柔不断でフラフラするから、水戸藩内で分裂していた天狗党と諸生党の犠牲が大きくなったのです。
慶喜はそこまで優柔不断とは言えないものの、コントロール能力を自己保身に全部使い切る大変悪しき傾向が……。
さて、もう少し踏み込んでみましょう。
慶喜のあだ名「二心殿」にヒントあり
本作では「茶歌ポン」なんて井伊直弼のユニークなあだ名を出してきました。
じゃあ負けじとパワーワードを探してきましたよ。
まずは「豚一」。豚とはひどいようで、当時まで珍しい肉食、豚を食べる一橋ということ。今回は豚ではなく「ニシン」を考えてみましょう。
こんな川柳がありまして。
かずのこは無事でにしんがへたりたる
カズノコは食べられるけど、ニシンはもうダメだな。
これはどういうことか?
カズノコは和宮として、ニシンは誰か?
徳川慶喜です。なぜかというと慶喜は「二心殿」と呼ばれていたからですね。
攘夷か、開国か。ブレブレだからあまりにたちが悪い。呆れ果てた周囲が「二心殿」とこっそり呼びました。それを含んだ関連番組も放送して、無理矢理持ち上げていましたね。
でも、二心殿なんざろくな意味じゃない。
要するに信頼できないわけです。
和宮は兄・孝明天皇の意を受けて攘夷を貫こうとするけど、慶喜は全然ダメ。そう失望されていた。
「そうは言っても攘夷なんて無理でしょ?」
という意見はその通りですよね。幕府の井伊直弼あたりは見抜いていました。
しかし斉昭は、政局を自分がコントロールしたいがために、水戸学由来の尊王攘夷をぶん回し、政局を引っ掻き回した。
斉昭のしょうもない攘夷に、現実的な幕府閣僚はこう返しています。
「そんな異人が上陸した程度でキリスト教に乗っ取られるわけありませんよね」
「別に住み着いたってよいのでは?」
「感情論で語られても困ります」
幕府首脳陣がいくら制しても斉昭は暴れ続ける。
そして朝廷を無理矢理引っ張り込み、一致団結しなければいけない時に、我が子・慶喜を将軍にしようと運動した。
最終的には斉昭の毒気を浴びた水戸藩士が井伊直弼を暗殺し、暴力が蔓延する時代を呼び寄せてしまいます。
池田屋事件前後の5W1H
以下は公式サイトのあらすじです。
一方京都では土方歳三(町田啓太)ら新選組が池田屋を襲撃。
攘夷(じょうい)派志士の怒りは、禁裏御守衛総督(きんりごしゅえいそうとく)の慶喜(草彅 剛)と側近・円四郎に向かっていく。
この時点で大変問題があります。
まず、なぜ土方歳三が新選組の代表であるかのように書くのか?
あくまで局長は近藤勇であり、近藤は池田屋へ真っ先に突入し、孤軍奮闘した事実があります。
それなのにあくまで副長、遅れて到着した土方をメインにするのはおかしい。
「本能寺に宿泊している織田信長を、明智秀満ら明智勢が襲撃した」
こういう文章があったら、まちがっているとわかると思います。秀満でなく、襲撃を決めたのは光秀です。
今回は、近藤を土方と記すミスを公式が堂々としている。
それに因果関係がおかしい。
新選組がなぜ、池田屋を襲撃したか?
それは攘夷派志士に不審な動きがあったからとされています。
このあと、過激な長州藩士の一団が京都で戦闘を行い(禁門の変)、どんどん焼けとよばれる大火災が発生しました。
あれほどの戦闘行為を行える武備をそうおいそれとは準備できない。孝明天皇誘拐云々はさておき、何らかの武力行為を行う予感を新撰組が察知したとしてもおかしくはない。
以下に二つの文章を用意させていただきました。同じ事件でも印象はかなり異なりませんか?
◆テロリストが京都のホテルに集結しているとの情報を掴み、特殊警察がホテルに逮捕へ向かった。
→京都でテロを計画なんてひどいな。警察はよくやった。
◆京都で特殊警察がホテルを襲撃。宿泊客は怒った。
→なんで特殊警察が襲ってくるの? そりゃお客様は怒るでしょ!
全然違いますよね?
NHKは公式サイト上で【テロと大火災を起こし、御所に大砲を撃ち込んだ側が気の毒】と誘導しているように見えてきます。
天狗党がらみでの尾高家の苦難も「幕府が横暴だ」と言いたげですが、かなり苦しい言い訳としか思えません。史実での栄一のことを踏まえると、幕府の対応は当然だと思います。
さてこのあと起こる「禁門の変」では、幼い明治天皇も怯えるばかりだったそうです。
自宅を襲撃されて孝明天皇は当然激怒しますよね。
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どういうわけか『青天を衝け』は公式サイトの案内、公式Twitterの投稿、そしてプロットそのものまで5W1Hを曖昧にします。
なぜこんなものが通るのかわからない。
この「禁門の変」がややこしいことになっています。
守備側で亡くなった会津藩士が、天皇を守るために戦った戦死者が祀られる側から外されていて揉めたんですね。
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『八重の桜』に出てきた高木時尾の父もこのとき戦死しています。
抗議を受けて合祀されましたが、襲撃側、つまりは孝明天皇のいる方へ大砲を向けた側も合祀されているのですね。
このへんが幕末明治のなかなか興味深いところ。
本作のおかしなところは、知識や技量不足でおかしくなっているのではなく、「あえてわかりにくくしている」ような、不可解さがつきまといます。
小四郎はなぜ挙兵したのか
さて、こうしてまとめると見えてくることもあります。
どうして藤田小四郎は挙兵したのでしょうか?
本作では、史実にはない慶喜から武田耕雲斎へ送られた、天狗党を呼び寄せる書状のせいでねじ曲がってしまいました。
小四郎らは、慶喜が上洛時に子飼いの兵士として呼び寄せています。そして京都で、小四郎は栄一らとともに攘夷派志士と様々な活動を行っていました。
その中には暗殺も含まれています。
それが一旦水戸に戻される。そんな小四郎の元に、京都における攘夷派の不利が伝わってくる。
ならば水戸から挙兵し、京都に上洛を成し遂げ、攘夷派の巻き返しをはかるのだ!
そういう意図があった。
関ヶ原の戦いにたとえるのであれば、京都の攘夷派が石田三成、小四郎ら天狗党は上杉景勝といったところでしょう。
ここまでまとめますと、見えてくることがあります。
・ただでさえ攘夷派に不快感を覚え、禁門の変で怒りが頂点に達した孝明天皇が、天狗党に理解を示すことはありえない
・朝廷がそうするとすれば、攘夷派と密かに通じた公卿の個人的な謀略の類である
・小四郎らの頭にある目的はパワーゲームの勝利に過ぎず、民のことは二の次だ
ここを踏まえて、本当に彼らの行いがよいのかどうか考えたいところです。
そしてもうひとつ、本作が5W1Hを無茶苦茶にし、あらすじの文章まで骨抜きにしている理由も見えてきます。
因果関係を探られると困るんですね。
小ネタやイケメン、裸といったノイズが多いのもこれでわかる。プロットを曖昧にし、史実を直視して欲しくない流れになっている。
もうひとつ『西郷どん』と『青天を衝け』にはおかしな傾向があります。
栄一と小四郎と親しいはずの攘夷派志士が、具体的にどの藩が多いのかがわからない。
答えは長州藩です。
この長州藩の動きをよくわからなくする工夫は『西郷どん』でもありました。禁門の変では、薩摩藩と敵対した勢力は長州藩であったにもかかわらず……
「会津にそそのかされたせいで、薩摩は長州を攻撃してしまった!」
「でも薩長同盟で仲直り! 正義の長州藩とタッグを組むなんてスゴイ!」
という展開でした。いや、薩長は明治以降も呉越同舟、仲が悪かったわけですが。
なぜこれほど長州藩に配慮しているのか?
『花燃ゆ』は何度も脚本家が交代しました。出来の悪さや視聴率低下のせいとされましたが、奇妙なことに、交代のたびに長州藩の政治的動向がぼかされる傾向が強くなっています。
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