大河ドラマ『豊臣兄弟』の第20回放送は何かとインパクトありましたね。
竹中直人さん演じる松永久秀が爆死!
息を呑むとはまさにこのことであり、竹中直人さん迫真の演技に圧倒された方も多いでしょう。

一方、史実の松永久秀ファンにとっては、なかなか苦い展開だったかもしれません。
近年、再評価が進み、実際の久秀は「梟雄ではなく、自爆もしていない」という見方が広まってきたところで、今回の描写。
大河視聴者の目にはどう映ったか?
これはもう、今後、松永久秀といえば「竹中さんの爆死!」というのが代名詞になるでしょう。
史実ではどんな最期だったのか?
という点につきましては、こちらの別記事「松永久秀が平蜘蛛と共に爆死したというのは本当か?」をご覧いただき、今回はドラマを中心に振り返ります。
注目は「本物か、偽物か、そんなことはどうでもいい」という、なんだか思わせぶりなセリフです。
死罪を言い渡された秀吉
北陸へ攻め込んだ柴田勝家率いる織田軍。
羽柴秀吉の勝手な戦線離脱により、勝家らが上杉謙信に大敗を喫したことが明かされます。
織田信長は当然、秀吉に対して激怒です。
蟄居(ちっきょ・監禁)のうえ死罪を命じるのですが、すぐに切腹とはならず「追って沙汰を言い渡す」ことになりました。
秀吉が閉じ込められたのが、なんだか不思議な場所で、畳のある部屋。
牢なり、蔵なり、他に閉じ込めておく場所はなかったん?
そんな疑問も湧いてきますが、もしかしたら「畳の上に小便を漏らしても部屋から出さない」というシーンを見せたかったのかもしれませんね。
本作は、こういう暴投スレスレの描写が好物ですので。

信長は反対意見をされたらキレる?
小一郎(豊臣秀長)は丹羽長秀やら明智光秀に兄の助命を乞い、北陸では前田利家が「おやじ」と話しかけながら勝家にそれとなく打診します。
しかし、誰もが素っ気ない返事。
戦線離脱は重大違反であり、とばっちりを喰らってはたまりませんからね。
信長の性格も影響しているのでしょう。
宣教師・フロイスは著書『日本史』の中で「キレやすく、自分の命令に反対意見を言われることが許せない性格」だと記しています。
確かに『信長公記』でも、家臣の誰かが信長に対して意見するシーンは少ない。
朝倉義景を追撃するときに佐久間信盛が珍しく反論しておりますが、その後、佐久間が織田家から追放されるときに、信長がそのことをずっと根に持っていたことが記されています。

『長篠合戦図屏風』の佐久間信盛/wikimedia commons
こうなると信長の周りには「イエスマン」しか残らず、組織は崩壊へと向かいそうなもの。
しかし、それでも構わず突き進むのが信長でした。
常に自らが先頭に立ち、誰よりも早く行動することで、家臣たちを問答無用で引っ張ったのでしょう。
その最終着地点が本能寺かもしれませんが……それにしても史実の秀吉は、よくぞそんな状況で戦線離脱などできたものですよね。
北陸に残って上杉謙信と戦えば、確実に殺される悪寒でもあったのか。
信長なら戦線離脱してもその後の働き次第で許してもらえる確信があったのか。
確かに織田信長は「反対意見を言われるとキレやすい性格」だったのかもしれませんが、一方で、裏切り者などに対しては非常に寛容な一面もあります。
当時の秀吉には「武功で取り返す!」という自負でもあったのかもしれませんね。

絵・富永商太
ともかく打つ手を失ってしまった豊臣秀長は、寧々や慶の助力を得て、羽柴家一同の血判状を提出します。
しかし、にべもなくそれを踏みつける信長。
こんなときこそ寧々一人で手紙を出してもよかったかもしれませんね。
寧々は「夫(秀吉)が浮気ばかりでどうにかしてほしい」と信長に手紙を送り、「あなたほど素晴らしい女性はいないんだから、そんなことは放って、武将の妻らしくしなさい」という返事を信長から貰っています。
しかもその返信には「天下布武」の朱印も入っていました。
なんで天下布武やねん!
そうツッコミたくなる話だけに、書状は偽物では?という指摘があります。
本物だとしたら、信長もなかなか茶目っ気のある方ですよね。妻(寧々)が持っていた信長からの返信を見て、当時の秀吉は腰を抜かしたことでしょう。
松永久秀の謀反と命を懸けた談判
織田信長の怒りを解くにはどうすればよいか?
助命活動はすべて封じられ、今度こそ八方塞がりと思われていたところで、事態は急変します。
松永久秀が謀反――。
大和の信貴山城に久秀がこもり、反信長の挙兵をしたのです。

松永久秀像(高槻市立しろあと歴史館蔵)/wikimedia commons
そこで豊臣兄弟に下された指令が「平蜘蛛の茶釜を渡せば不問にいたすゆえ、久秀を説得してまいれ」というものでした。
要は、久秀を口説き落とせば戦線離脱の罪はチャラ、ってことですね。
そんなもんやるしかないでしょ。
ちなみに、史実で松永久秀との交渉役を任されたのは松井友閑(ゆうかん)であることが『信長公記』からは伺えます。
「本物か、偽物か、そんなことはどうでもいい!」という松永久秀の叫び声が早くも聞こえてきそうだ!
「平蜘蛛」の真実と久秀の最期
松永久秀との交渉に出向いた豊臣兄弟。
二人が現れると、久秀は呆気なく「平蜘蛛の茶釜」を差し出してきました。
しかも二つ。
一体どっちが本物なんだよ~!

久秀は賭けを提案し、以下のようにルールを説明します。
◆二つのうちどちらが本物の平蜘蛛か?
・豊臣兄弟が的中できたら久秀は恥を承知で信長に降参
・逆に不正解だったら兄弟の首を取って織田信長のもとへ送り返す
まさに命を賭けた場面で、突如、秀長が立ち上がり、一つの平蜘蛛を床に叩きつけようとします。
「やめろ!」
思わず本気の表情で秀長を制止する久秀。
秀長は「ならばこっちが偽物じゃ~!」として、もう一つの平蜘蛛を掲げて、床に叩きつけました。
なるほど、本物を壊そうとすれば久秀も慌てて制止するだろうから、その逆を壊してしまえばいい――確かにこれは良いアイデアですね。
兄弟の粘り強い説得の末、ついに久秀は秀吉たちに平蜘蛛を渡すことを承諾。
別室で準備をしていると、突如、「ドーン!」という爆発音が鳴り響きます。
え?
もしかしてこれは……ついにやっちまったか!
令和のボンバーマン久秀じゃあ!
驚愕のラストシーン
信貴山城の天主で炎に包まれる竹中直人。
慌てて現場までやってきた豊臣兄弟に対し、久秀は驚きの説明をします。
平蜘蛛は二つとも偽物であり、それを知らずに眺めている信長をあの世から笑ってやる!とのこと。
混乱する兄弟に対し、久秀は畳み掛けます。
「どちらが本物で偽物か、そんなことはどうでもいい!」
ん? それって、どういうこと?
本物か偽物か、どうでもいいということは、世の中すべてがどうでもいいってこと?

松永久秀と信貴山城炎上のイメージ
個人的には、単にカッコつけただけの“雰囲気台詞”かと思ったのですが、この言葉、放送後のSNSでは次のように話題になっておりました。
史実でも、創作でも、そんなことはどうでもいい!
本物≒史実
偽物≒創作
竹中久秀の口を借りて、脚本家がそんな主張をしているというのです。
ほほぅ!
確かにその可能性を感じさせますね!
松永久秀の自爆シーンは、戦国ファンの間では非常に有名であり、最近では「さすがに史実じゃないよなw」という風潮が強いように感じていました。
同時に、大河ドラマで自爆シーンは流せない、史実重視の視聴者は黙っていない、という空気感だったようにも思います。
だからこそ前もって
「史実でも、創作でも、そんなことはどうでもいい!」
と松永久秀に言わせた、という観測ですね。
思えば大河ドラマ『どうする家康』でも、ムロツヨシさん演じる秀吉が、アンチに対して批判を匂わせるような台詞があり、放送後に話題となりました。
今回の「本物と偽物」は実際のところどうなのか?
脚本家さんがわざわざ語るとも思えないので、真相は永遠に闇の中となりそうですね。
問題は「豊臣兄弟の脚本家は、史実厨に攻撃されることを念頭に防御を用意しておいた――それを視聴者に指摘されている」ということかもしれません。
一体どれが本物の平蜘蛛なのか?
織田信長が“何か”を眺めていると、お市の方がやってきました。

「いつ見ても美しいものですね。本物の名器というものは」
ん? 本物?
そう思ったら、2人の視線の先には、なにやら本物らしき平蜘蛛があるじゃないですか。
一体どういうことなんだ? というと「松永久秀が本物の平蜘蛛を所有していない」ことを信長は知った上で、豊臣兄弟に「久秀の説得工作を命じた」ようです。
要は、北陸戦線を離脱した豊臣秀吉を許すための口実を作った、という展開ですね。
しかし、疑問はまだあります。
信長は、ドコから平蜘蛛を入手したのか?
確かに信長は茶器が大好きで、しかも巧みに政治利用するほど、蒐集にのめり込んでいました。
最初は、永禄十一年(1568年)に上洛してから。
高価な茶器を求める信長の収集活動は「名物狩り」とも呼ばれ、例えば堺の豪商など有力者に相応の金銀を支払ったりして、日本経済の活性化に役立っていました。
劇中の平蜘蛛は、おそらくそうした一連の活動で織田家へなだれ込んできたものですかね。
「本物か偽物か≒史実か創作か」となる?
「本物か、偽物か、そんなことはどうでもいい」
この台詞が脚本家さんにとって「史実と創作」を意図しているならば、今年の脚本家さんは少々勘違いされているのかもしれません。
大河ドラマファンで史実重視の方は、
・史実じゃないから怒る
わけではなく
・史実を変えてまでツマラン描写になってるから怒る
のだと思われます。
「変な創作を入れるぐらいだったら、頼むから普通に史実だけを追ってください! それでも十分面白いですから!」
そんな感想ですね。
色々と挑戦的だった2025年『べらぼう』や2024年『光る君へ』と比較して、今年は明らかに否定的な声を見ます。
私個人がどう思っているのか?と問われたら、過去の特級呪物クラスではないよなぁ……とは思いつつ、2023年『どうする家康』の弟分のような印象を受けます。
・民放ドラマの話題作を手掛けた、別に歴史が好きでもない脚本家さん
そんな脚本家さんの特徴だと感じるのが、時折、ぶっこまれるエゲつない描写です。
今回ですと、豊臣秀吉が畳に小便を漏らすシーンですね。

過去には、朝倉義景の首を背後からいきなり切り落としたり、浅井長政に一人で自害させようとしたり。
戦国時代の過酷さを表すのに「とにかく過激なシーンでわからせたれ!」という場面が多い気がします。『どうする家康』でも同様の描写を見かけました。
それなら歴史に詳しくない脚本家さんでも、簡単に脚本に盛り込むことができます。
逆に、非常に難しいのが、言葉のやりとりだけで背筋をゾッとさせるようなシーンですね。
例えば、同時代を描いた大河ドラマ『麒麟がくる』が顕著かもしれません。
あの作品では、染谷将太さん演じる織田信長が少しずつ周囲の人物たちと感覚がズレていく様が何とも不気味でした。

大河ドラマ『麒麟がくる』の織田信長イメージ
気がつけば、長谷川博己さん演じる明智光秀しか諫言できないようになっており、染谷信長もその辺をわかっているのか、光秀の話には一応耳を傾ける。
しかし、吉田鋼太郎さん演じる松永久秀を徐々に追い込んでいく頃から、信長は「自分自身ですら感情のコントロールが利かなくなっているのでは?」という、権力者の孤独な姿を見せつけたものです。
殴る蹴るの暴力的な恐怖はない。
それよりも怖い「今度はいったい何を言い出すんだ?」という、冷たい緊張感が徐々に増えていく。
それが染谷将太さん演じる織田信長であり、その背後で暗躍する秀吉も、実に嫌な雰囲気を醸し出していました。
一方『豊臣兄弟』はどうか?
人間内部からにじみ出る、心の動きがほとんど感じられません。
秀吉は底抜けに明るい。
秀長は人柄だけは好いように見える。
信長は最初から家臣を殴る蹴る、ときには投げ飛ばす。
初回から20回放送まで、ずっと同じ。
劇中では20年ぐらいの年月が経過しているはずですが、全キャラの印象が最初と変わってない気がしませんか?

時折ぶっこまれるコントのようなやりとりが、現代の舞台のように見えるのも、キャラが初回からずっと変わってないからかもしれません。20年経っても終始同じノリというのは、さすがに妙です。
「本物か偽物か、そんなことはどうでもいい」
はい、これは確かにそうだと思います。ドラマですから。
しかし、ドラマである以上「面白いかツマランか、そんなことはどうでもいい」とは言い切れないでしょう。
★
なお、今回の竹中直人さんは本当にインパクトがあり、目を奪われたのは事実です。
面白かったと思います。
しかし、大河ドラマ『麒麟がくる』の吉田鋼太郎さんもまた、自爆の仕掛けなどなくとも、凄まじい死に様の松永久秀を魅せております。
一世一代の気迫と申しましょうか。
そんな姿は今も月額980円のNHKオンデマンド(amazonプライム)でご覧になれるのでオススメです。
なお、松永と筒井がなぜあれほど激しく憎み合うのか?という点については別記事「なぜ筒井 順慶と松永 久秀は激しく対立したのか?」をご覧ください。
◆『豊臣兄弟』総合ガイド|秀吉と秀長の生涯・家臣団・政権運営等の解説
参考文献
- 和田裕弘『豊臣秀長「天下人の賢弟」の実像』(2025年10月 中央公論新社)
- 柴裕之編著『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究14』(2024年11月 戎光祥出版)
- 河内将芳『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(2025年 戎光祥出版)
- 岡田正人編著『織田信長総合事典』(1999年 雄山閣出版)
- 谷口克広『信長と消えた家臣たち 失脚・粛清・謀反』(2007年 中公新書)
- 黒田基樹『羽柴秀長とその家臣たち 秀吉兄弟の天下一統を支えた18人』(2025年10月 KADOKAWA)
- 黒田基樹『秀吉を天下人にした男 羽柴秀長 大大名との外交と領国統治』(2025年9月 講談社)
