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金子みすゞ/wikipediaより引用




女性 その日、歴史が動いた 明治・大正・昭和時代

詩人金子みすゞご生誕 なぜ詩人は死を選んだのか

更新日:

 

多くの欧米人が日本に入ってきた幕末頃、切腹に作法があることについて驚かれたことがよくあったそうです。
「自殺」になぜ礼儀がいるのかと思われたのでしょうね。
確かに、武士や切腹でなくても「身の潔白を証明するため」「何かに対する抗議のため」という理由で死を選ぶというのは、日本を含めたアジアの人に特有の死生観なのかもしれません。欧米圏でも例がないわけではないんですが。
実は、小学校の教科書などで有名なあの詩人もそうした道を選んでいました。

明治三十六年(1903年)のあす4月11日、金子みすゞが誕生しました。

若くして亡くなったことは有名ですが、その理由が自殺であったということは意外とご存じない方が多いのではないでしょうか?
今と比べて平均寿命も栄養状態も悪かった時代に、なぜ彼女は自ら死を選んだのでしょう?
その生涯を追いかけてみました。

 

西條八十の童謡に感銘を受け「私も書いてみたい」

みすゞの本名はテルといい、現在の山口県長門市で生まれました。
お父さんは清(当時の中国)で本屋さんを営んでいましたが、彼女が3歳のときに現地で亡くなっています。

稼ぎ頭を失った一家は、地元で本屋さんを始めました。
みすゞは女学校を卒業するまでは祖母の元で暮らし、その後は本屋さんを手伝っていたそうです。
元から本が好きだったらしいので、天国に感じられたかもしれませんね。

そしてあるとき西條八十の童謡に感銘を受け、「私も書いてみたい」と思ったのが詩作のきっかけになりました。
そして20歳のとき、憧れの西條が選者をしている雑誌に投稿してみたところ、見事目に留まり掲載。
その魅力は直ちに広まり、今度は自身が全国の少年少女や若手詩人の憧れの的になりました。

 

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結婚相手がロクデナシのDV男だった

結婚したのは23歳のときで、相手は父が経営していた書店に勤める男性でした。
そこそこの地位についていたそうですが、この人が女性問題を起こして本屋さんを追われてしまいます。
この時代のことですから、みすゞも夫に従わざるをえなくなりますが、ここからが悲運の始まりでした。

旦那が何を血迷ったのか「お前のやっていることは気に食わん!今すぐやめろ!!」と当り散らしてきたのです。
どう見てもDVです。本当にありがたくありません。

しかも詩を通してできた友人達との交流まで禁じるわ、みすゞによそでもらってきた病気を移すわで真性のロクデナシでした。今だったら多分裁判勝てるんじゃないでしょうか。
さすがにこれほどまでの仕打ちを受けてはおとなしいみすゞも黙っておらず、離婚を願い出ます。

このとき二人の間には娘がいました。
もちろんみすゞは手元で育てたいと思い、娘の親権をくれるよう交渉したのですが、夫ははねつけてきます。
一度了承したくせに後から「やっぱやーめた!娘の親権は俺のもの!!」と言い出したそうなので、クズの見本みたいな奴ですね本当に。
この頃の法律(旧民法)では「親権者は子と家を同じくする父」というのが原則でしたので、この辺が理由なのかもしれませんが。

26歳という若さで毒を飲み……

小さい頃からあまり恵まれた環境とはいえず、子供まで成した相手からのこの仕打ち。
みすゞが生きることへの希望を完全に失ったことは想像に難くありません。
そして、26歳という若さで毒を飲んでしまったのです。

娘については、母親宛の遺書の中で「お母さんの手元で育ててください」と書かれていました。元夫へ宛てた遺書もあり、あの優しい詩を書いた人にしてはかなり辛辣な言葉が書かれています。
本当は面と向かって言ってやりたかったのでしょうね。もしくは、口頭ではなく書面に残すことで、もう言いなりにはならないという意思をわからせたかったのでしょうか。

娘さんはその後無事成長され、2012年にみすゞの生涯がドラマ化された際、試写会に招かれていたそうです。
当時はわずか3歳だったので、やはり当時の記憶はないとのことですが、ドラマ化がお母さんの気持ちを知るきっかけになったとか。
切なイイ話……でいいんですかね。
みすゞの詩については著作権がちょっと複雑なことになっているようなので、残念ながらここでご紹介できません。でも「大漁」などのタイトルをうっすら覚えているという方もおられるのではないでしょうか。
お手元に小学校の教科書がある方は、そのあたりを手がかりにめくってみるとみすゞが見ていた優しい世界に再び出会えるかもしれません。

 

長月 七紀・記




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参考:金子みすゞ/wikipedia
http://nontenpcan.okoshi-yasu.com/kaneko-m/about-misuzu-menu.html

 





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