市川左團次による水野十郎左衛門/Wikipediaより引用

徳川家 江戸時代 その日、歴史が動いた

旗本奴・水野成之の懲りない最期!どんなヤツかと思えば祖父はあの水野勝成さん

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寛文四年(1664年)3月27日は、旗本奴(はたもとやっこ)の水野成之が切腹した日です。

祖父は、あの水野勝成さん。
戦国一のリアル暴れん坊として戦国ファンにはお馴染みの方なのですが、さすがそのお孫さんだけあって……。

まずは「旗本奴」自体があまり馴染みのない単語かと思いますので、その説明からはじめましょう。

 

祖父・親子三代そろって傾奇者だったようで

「旗本奴」とは、幕府に直接仕え、将軍にお目見えができる「旗本」のうち、大人になってもヤンチャをし続けた人々のこと。
家を継げない次男や三男が多かったと云われています。

成之は長男ですが、父親も旗本奴だったそうなので、これは血筋のなせる業というかなんというか。カーチャンの苦労が偲ばれますね。

旗本奴が派手な格好や奇抜な格好を好んだところからすると、昭和の暴走族とも似ているでしょうか。
20歳あたりで卒業するのが相場だと思うのですが、旗本奴の場合は厨二病が治りきらなかったんですね。

町中を暴れまわるので当然迷惑な存在であり、町人たちからすればそれでも「お武家様」ですから、そうそう逆らうことはできませんでした。

しかも、祖父は初代福山藩主・水野勝成の孫ですからね。

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勝成自身のヤンチャはレベルの違う凄まじさですが、それは戦場に関わっていたからこそ。十分な功績も上げたからこそ許されましたし、何より勝成本人が徳川家康のイトコという立場ですから、次第に落ち着き、福山藩主になってからは名君とまで称されます。

一方、成之の場合は、かなり状況が違います。

戦国から江戸幕府に変わり、少しずつ社会制度を固めていく中で、将軍のお膝元で武士が良からぬことをやっていれば、いずれしょっぴかれるのは当たり前のこと……と思いますよね?

成之以前にも、慶長十七年(1612年)には300人ほどの旗本奴が斬首刑に遭っておりました。

 

有名な町奴・幡随院長兵衛をブッコロス

ところがどっこい、成之は確実に人をブッコロしていながら、お咎めを受けていません。

旗本奴と同様に町で暴れ回る町人のことを「町奴」というのですが、成之とその乱暴な仲間たちは、とある町奴の一派と対立。
そして、町奴の中でも、大学受験に登場するほどの有名人・幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)を呼び出して、ブッコロしてしまったのです。

完全に暴力団です。
しかも将軍配下の旗本奴は、町奴と比べてかなりタチが悪いでしょう。

長兵衛をコロしてしまった後も、成之の行動には全く改善がみられませんでしたが、それから7年後にとうとう年貢の納め時がやってきます。
行跡怠慢、つまり「お前の行動はけしからん」という理由で母親の実家にお預けになり、それでも態度が改まらないので、ついにお呼び出しがかかってしまったのです。

 

2歳の息子も処刑され家名は一時断絶 30年後に弟が……

が、成之はそれも屁の河童。
反省するどころか服装もだらしないままで現れたため、お偉いさんの怒りを買い、即日切腹となってしまいました。

しかも切腹の作法さえ守らず、最後の最後まで公儀に逆らったそうで。
享年35でしたが、その歳になってまでこのヤンチャぶりというのは……さすがに、アイタタタ。

可哀想に、成之の嫡子・百助もたった2歳で処刑されています。

弟の忠丘も連座して一度お預けの身になっていますが、30年近く経ってから許され、旗本として復帰しました。
そのとき忠丘は既に60歳近くになっていますので、文字通り人生の半分を兄のせいでめちゃくちゃにされたことになります。
忠丘カワイソス(`;ω;´)

 

早い段階で更生できていれば……

ちなみに、同じ旗本奴でも、早いうちに更生して(?)比較的まともな一生を送った人もいます。
三代将軍・徳川家光の小姓だった、加賀爪直澄(かがつめ なおずみ)という人です。

彼は成之の仲間だったのですが、小姓を務めた後、将軍の親衛隊である「書院番」のトップや、旗本たちのリーダーである「大番頭」などを歴任。
最終的に父の領地を継いだ分と自分で稼いだ分を合わせて、1万石超の立派な大名になっています。

直澄の例を見ると、ことさら忠丘が哀れです。

よく「親と上司は選べない」といわれますが、きょうだい関係もまたどうにもならないものですよね……。

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
水野成之/Wikipedia
旗本奴/Wikipedia
かぶき者/Wikipedia
数寄者/Wikipedia
加賀爪直澄/Wikipedia

 



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