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【白居易】
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誰もが白居易の詩を知っている、大ブームが起きる
しかも白居易の詩は大ブームを築き上げます。
彼はその辺にいる老婆に詩を詠んで聞かせ、理解できるようにしてから仕上げていたとか。
詠みやすいし、人柄の良さも反映されているし、描かれる女性像はあまりに魅力的。
だからでしょう。中国を超えてアジア中に白楽天ブームが到来しました。
元稹はこう記しています。
王侯貴族から馬丁まで口ずさんでいる。
宮廷、役所、道観(道教寺院)、仏寺、駅舎……ありとあらゆるところに白居易の詩が貼り付けられている。
書き写したもの、彫ったものが売れる!
そうした作品を茶や酒と交換する者がいる。
妓楼では妓女たちが「私は白居易さまの詩が詠めるんですよ」と花代をあげるようにねだってくる。
まさしく大ブームですが、一体なぜここまで人々に受け容れられたのか?
まずわかりやすい。お婆さんに感想を聞いて、納得してもらえるまで書き直していたという苦労が実を結んだのでしょう。
そして艶詩、つまりは恋愛ものが多い。ロマンチックなのです。
中国では、伝統的に漢詩は崇高な理想を詠むべきだという建前がありました。
これは日本でも反映されており、気宇壮大な心や理想論を語るならば漢詩、切ない恋心を詠むならば和歌にするという慣習がありました。
一方で白居易は、ロマンスを詠みあげるのだから、これはもうたまらない! しかもキャッチーで、出てくる女性は魅力的!
そんな甘い白居易の詩に、誰もが夢中になりました。
ただし、恋愛ものや難易度が低いものがチャラチャラしていると軽蔑されるのは、今も昔も同じでして。
『水都百景録』でも実装された晩唐の杜牧は、友人の言葉としてこう書き留めています。
何がむかつくかって、元和以来の元稹と白居易の詩風だね。
チャラチャラして甘ったるくてけしからん。
あんなの読んでいたら人は堕落するぞ。
蘇軾(1036−1011・号は蘇東坡)が「柳子玉を祭る文」でこう評しています。
「元軽白俗」(元稹は軽薄で、白居易は通俗的)
柳子玉を持ち上げるため、比較に持ち出された記述ではありますが、それにしてもなかなか痛烈ですよね。
ただ、当時から本人も、その辺の批評は気にしていたのでしょう。
新楽府では政治批判もするし、きっちりと世の中を考えているという文章もたくさん残しました。
人間的に問題はないし、官僚としても優秀。家庭人としても親孝行で妻子思いで優しい。愛されるだけの条件はいくつもそろっています。
文人だからといって破滅的にエキセントリックに生きる必要もなく、彼は悪くありません。
『水都百景録』では冠に花をつけ、定規を手にしています。
優秀な官僚でありながら、艶詩も得意とする。そんな彼の個性がよく現れた画像です。
さらに冒険では彼の恋物語が……艶詩を得意とする彼らしいロマンスが楽しめます。
このゲームは悲恋が多いので、そこは心の準備をしておきましょう。
日本でも愛された『長恨歌』
白居易ブームは漢字文化圏全体に及んでいました。
朝鮮半島、越南(ベトナム)、そして日本――ここまで広い範囲で絶賛された作家は、彼が初かもしれません。
本人も人気があると理解していたとかで、実際、日本で最も知られた漢詩は白居易の『長恨歌』のような気がします。
清少納言は「梨花一枝 春雨を帯(お)ぶ」という句について考えました。
あの地味な梨の花が、楊貴妃の悲しむ顔にたとえられるってどういうこと?
そこで梨の花をじっと観察して、そこにある哀愁をたたえたような美しさを感じ、『枕草子』「木の花は」に記したのです。
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一方、紫式部は『源氏物語』で、光源氏の母を楊貴妃にたとえました。
彼女の名前を出すことで、読者も「あの悲劇の美女か……」と想像できるほど浸透していたからですね。
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楊貴妃の人気は留まるところを知らず、挙句の果てには「生きて日本に逃げて来たんだよ!」とか「唐を傾けるため日本が送り込んだんだよ!」といった無茶苦茶な伝説まで広がり、山口県長門市にある二尊院には、楊貴妃の墓まであります。
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「いったい日本人はどんだけ楊貴妃が好きなんだよ……」
そう突っ込まれるほど浸透し、それは現代作品まで続いています。
例えば昭和30年(1955年)には京マチ子主演『楊貴妃』という映画が作られ、2017年の映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』では白居易を黄軒(ホアン・シュアン/吹き替えは高橋一生さん)が演じ、染谷将太さん演じる空海とバディとなって事件を推理しました。
日中合作映画の題材に選ばれるほど、楊貴妃伝説はまだまだ健在なんですね。
大河ドラマとも無縁とは言い切れないでしょう。
2021年『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一は、パリの女性を見て興奮し、こんな言葉を残しています。
そのあたりのすれ違う婦人ですら、楊貴妃や西施にも劣らぬ美女ばかりである!
実際のドラマでこうした場面はありませんでしたが、楊貴妃は幕末明治期の知識人も挙げる固有名詞になっていました。
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意外かもしれませんが2022年『鎌倉殿の13人』にも縁がありますよ。
北条義時の妹・実衣(阿波局)が結城朝光から琵琶を習う場面のことです。
朝光は絶世の美女こそ琵琶が似合うと言い、その例として楊貴妃を挙げると、実衣が朝光にときめいてしまいました。
今年の『どうする家康』はさすがに不明ながら、2024年『光る君へ』であれば、紫式部が『長恨歌』を詠む場面が出てくるものと思われます。
前述の通り、桐壺更衣は楊貴妃になぞらえられた美女ですので。
ただし、いくら楊貴妃が美女だといっても、本人の肖像画もなければ、出会った人の証言も限られています。
それなのに、温泉で玉のような肌を洗い、梨の花のように泣く……といったように人々が美女の姿を思い浮かべてきたのは、白居易の作品があればこそでしょう。
楊貴妃は玄宗を惑わし、政務放棄させ、唐という帝国を傾けた悪女ともいえます。
にもかかわらず人々は悪女としての楊貴妃よりも、哀れな犠牲者としての思い浮かべるようになりました。
九条兼実は、後白河院の寵姫である丹後局を、帝王を惑わす妖女であるという意味を込めて楊貴妃にたとえました。
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それが戦国時代になり、荒木村重が見捨てた妻・だしが処刑された頃には、悲運の美女として褒める意味でたとえられています。
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歴史的に、日本人にも長く深く愛されてきた『長恨歌』。
楊貴妃の美貌や愛は、彼女の姿をいきいきと残した白居易の文才ゆえに現在まで残りました。
漢文の授業で書き下しをこなして、あまりの長さに嫌気がさした方もおられるかもしれませんが、今ではスマホでその世界観を楽しむことができます。
当時と比べ、我々はどれだけボーダレス時代の恩恵を受けることができるようになったか。
ここは日本に住む者として先祖返りをして、白居易と小蛮の悲恋をじっくりと味わいましょう。
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【参考文献】
川合康三『白楽天』(→amazon)
井波律子『奇人と異才の中国史』(→amazon)
他