タイタニック号の描写で良く出てくるのが、金を渡して救命艇に乗ろうとする輩。
ディカプリオ映画でも、そんなくだりがあったかと記憶します。
実はこれ、モデルとなった貴族夫妻がいます。
気の毒な事に全くの事実誤認でして、事故後に生き残った夫人が、こうした誹謗に対して怒りをしたためた手紙がオークションにかけられたことがありました(リバプール・エコー紙)。

絵葉書にも描かれたタイタニック沈没時の救命ボート/wikipediaより引用
准男爵夫人「酷いったらありゃしないわ」
怒りの手紙を書いたのはルシール・ゴードン。
旦那さんのコズモ・ダフ・ゴードンは准男爵なので、貴族夫人となります。

タイタニック号で2度も偉い目にあったダフ・ゴードン准男爵夫人(リバプール・エコー紙より引用)
で、この旦那さんともどもタイタニック号に乗り込み、例の大事故に遭遇するのですが、このとき乗り込んだ救命艇には収容の余地があったのに、乗組員に「転覆してしまったらどうする」と言いつけて、事故現場で溺れる人を見捨てさせたとされています。
何度となくこのネタは使われ、1997年の映画「タイタニック」でも出てきますし、2012年に英国のITVで制作されたミニシリーズでも取りあげられました。
しかし「そんな事はなかった!」というのです。
当事者にしたら、そりゃ怒り心頭でしょう。
1912年5月27日付けで3枚に渡る手紙を書き残しているのです。
よほど腹に据えかね、こんな文章がしたためられておりました。
「私達が助かった事についてニューヨークから嬉しいとの電報を送って頂くなんて、貴方は何て親切な方なのかしら。
帰路の際に英国に受けた待遇は、とてもじゃないけど、まともじゃなかったのよ!!!!
酷いったらありゃしないわ」
ビックリマーク、なんぼ付けてまんねん、奥さん。
新聞には「マネーボート」と書かれ
事故原因の調査はアメリカで先に行われました。
その後、1912年の5月2日から7月12日にかけて、英国でも事故調査委員会が開かれ、ナイツブリッジの自宅にも調査員が訪れていました。
文面はこんな筆跡です。

無実を訴えるゴードン准男爵夫人の手紙(リバプール・エコー紙より引用)
心無しか、筆跡が乱れている気が……。
「心底ウンザリなの」って感じですね。
40人収容の救命艇に乗ったのは12人だけ
もっとも、突っ込まれる素地はありました。
救命艇は40人まで収容可能だったのに、実際に乗ったのは12人でしかなかったからです。
その上、ルシール自身が当時の有名なファッション・デザイナーで、裕福な暮らしぶり(だからこそタイタニック号にも乗れたのでしょう)。
早い話、やっかまれていた可能性があり、当時のタブロイド紙には、こんな事が書かれたそうです。
「救命艇を漕ぐ乗組員に金を渡して早く漕ぐように命じた。その為、近海に溺れている人が助からなかった」
記事には「マネー・ボート」という見出しまで付けられたのですから、デマだとすればたまったもんじゃありませんね。
では、実際はどうだったのか?
聴取から、夫妻は救援をしようとする乗組員を邪魔した節は無かったと調査委員会は結論づけています。
しかし、救命艇が周回して乗客らを助ける事は出来たかもしれないとも見なしていたそうです。
つまり、話に尾鰭が付いて、気が付けばスキャンダルネタに化けていたという訳です。
仮に現場海域から早く去ろうとしていた事が本当だとしても、巨大船が沈没する際には周りに浮かんでいる物体が巻き込まれて一緒に沈んでしまう現象は知られていますし、そのような判断が一概に間違っているとは言えません。

折り畳み式の救命ボート(備え付けの救命ボートとは別タイプ)に乗るタイタニックの生存者/wikipediaより引用
恨みと無念の詰まった手紙
ルシールは、事故後もずっと否定的な報道をされたので、夫は傷ついていたと後に語っています。
また、RRオークションのエグゼクティブ副社長であるボビー・リビングストン氏はこう話しています。
「このような例のない内容を持つタイタニック号の著名な乗客の手紙は、滅多にお目にかかれません。あの悲劇の直後である事を思えば、特にそうだと言えます」
恨みと無念の詰まった手紙という所でしょうか。
落札したら祟られるかもしれません。
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【参考】
リバプール・エコー紙(→link)



