「肥満王」や「美男王」といった身体上の特徴から、「聖王」や「勇敢王」といった性質をあらわすものまで。
その中でも際だって格好良いのが、1223年7月14日に亡くなられた尊厳王フィリップ2世でしょう。
このフィリップ2世、名前が格好良いだけではなくフランス史上屈指の名君であり、各国の歴代王が手本にする存在でした。
実際に彼の知性と業績をたどってみると、その名にふさわしい素晴らしいものであり、欠点はほとんど見つかりません。
「尊厳王(Auguste)」というのはなんとなく格好良い。
では、実際にはどういう意味なのか。
“Auguste”とはアウグストゥスであり、ローマ帝国の初代皇帝です。
フィリップ2世も彼と同じ8月生まれであることから名乗り、それと同時に彼と同じくらい偉大だという意味も伴うのでした。
むろん、これで中身が伴わなかったら名前負けもよいところですが、実際に負けていないのが凄いところです。
彼の足跡を見てみましょう。
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父の前妻・アリエノールが厄介
フィリップ2世が誕生した頃、フランス王家=カペー王家の力は弱く、有力貴族に毛が生えた程度。
しかも、カペー家はこの頃とんでもない危機に直面していました。
フィリップ2世の父・ルイ7世の王妃は、かつてアリエノール・ダキテーヌという女性でした。
父の妻なのだから、フィリップ2世の母じゃないの?と思われるかもしれませんが、そうではありません。
言わば毒を持った前妻でして、彼女の足跡抜きには彼もまた語れませんので、少々説明を。
アリエノールは、有力貴族アキテーヌ公の娘でした。
彼女には兄弟がおらず、ルイ6世が彼女の後見人。そしてルイ6世の息子であるルイ7世と結婚したという経緯があります。
彼女は美しく、聡明で、そして何といってもアキテーヌ領という広大な領地の女相続人でありました。
王妃の領土も得られれば、カペー王家は安泰……と言いたいところですが、これがとんでもない展開を見せます。
当時は十字軍のまっさかり。
フランスとしては自領の統治で忙しいわけで、積極的には参加して来ませんでした。
しかし、アリエノールが何故か夫を
「ねぇ~、私たちフランスも十字軍に参加しようよぉ~」
と焚きつけてきたのです。
しかも本人まで同行する有様。これが夫妻に深刻な事態をもたらします。
この十字軍に、アリエノールの叔父にあたるアンチオキア侯レイモンが参加していました。
ルイ7世とレイモンは戦略をめぐり対立。ここでアリエノールがこう言い出します。
「ちょっと、レイモンの言うこと聞いてあげてよ!」
ルイ7世としては、断固として拒絶したい気分でした。
叔父と姪といってもレイモンとアリエノールは8才しか年が違わず、馬が合いました。馬が合う程度で済めばよいのですが、男女の関係になったという噂があったのです。
アリエノールがレイモンを庇うたびに、ルイ7世は頑なになります。
「いいわよ、わかった! 私、もう離婚するんだから!」
アリエノールは並の女じゃありません。夫がフランス王だろうと三行半を叩き付けるくらい何とも思いません。
そもそも彼女は、夫に何の未練もなかったのです。
再婚相手は宿敵かっ!
そもそもお堅く陰気なルイ7世と、奔放で陽気なアリエノールでは、性格が一致しませんでした。
「修道士と結婚したみたいで超やってらんない!」
10年間の結婚生活でアリエノールは、かように放言していたのです。
そしてアリエノールは離婚の際、自らが所有していた広大なアキテーヌ領も当然持っていきます。
まだ29才の彼女、しかも広大な領土つき。さらにはヨーロッパ一の美女となれば再婚相手もよりどりみどりです。
そんなアリエノールが選んだのは、彼女より10才年下のワイルド系貴族アンリ・ドゥ・プランタジュネでした。
彼は母国での政治的混乱を逃れてフランスにいたものの、母国に戻ればイングランド王プランタジネット家の血を引く男。
実際、政治的混乱が収まった母国に戻ると、彼はヘンリー2世として王位に座ります。
しかも、アリエノールが所有していた広大なアキテーヌ領つきです。
この再婚は英仏両国に恐ろしい事態をもたらしました。
ヘンリー2世夫妻はイングランド王でありながら、フランスにアキテーヌ公領という広大な領土を持つことになったのです。
百年戦争終結まで、イングランド王は「俺たちはフランス王を兼ねることもできるぞ!」と迷惑なことを考えていましたが、その原因はこのあたりにありました。
離婚と再婚のせいで厳しい状況に追い詰められたルイ7世。
彼は再婚し男児をもうけました。さらに王女をヘンリー2世の王子たちに嫁がせることにしました。
アリエノールとの結婚は、ヘンリー2世に広大な領土をもたらしましたが、家庭的な不幸をももたらすことになります。
愛の巣に乗り込み愛人を殺すほど
彼女は健康で多産の質でした。
ルイ7世との間には女子しか授からなかったのに、再婚すると多数の男子を産むのです。
一方で、夫婦仲は休息に冷え込んでいきます。
ヘンリー2世の度重なる浮気にアリエノールは激怒。愛の巣に乗り込んでいって、愛人を殺してしまうほどでした。
これが庶民の夫婦ならば殴り合うくらいで済んだかもしれませんが、そこは王家です。
頭の回転も抜群であるアリエノールは、息子たちの不満を焚きつけ、ヘンリー2世に対して反乱を起こさせます。
この反乱を見てほくそ笑んでいたのが、ルイ7世です。
彼はヘンリー2世の息子に娘を嫁がせています。
「まあまあ、親戚としてここは私が」
そんなふうに介入して、仲裁するふりをしながら事態をエスカレートさせ、プランタジネット家の弱体化を狙っていたのでした。
なお、当記事の主人公・フィリップ2世は、ルイ7世が再婚した王妃との間に生まれた子です。
父と同様に、プランタジネット家がギスギスした親子喧嘩に明け暮れることが、彼にとっても最善の道となるのでした。
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