熱々の鉄板を前にして、ホックホクのあいつを口に運んだときの幸せときたら……あぁ、今日は早く帰って、熱いビールと一緒に!
なんて今からお腹が鳴ってしまいそうですが、個人的にはちょっと苦い体験もあります。
「お好み焼きの本場は関西やで。関東はもんじゃ焼きやって? 見た目がアレやね」
ぐぬぬぬぬ……。
悔しいけれども「粉もん文化(※小麦粉をベースとした食物文化)」で関西にはかなわない。そう考えてしまうのは、私だけではないでしょう。
お好み焼きのルーツは関西! 関西こそが本場!
屈するしかないものでした。しかし……。
【この時点での認識】
関東:文字焼き→もんじゃ焼き
関西:お好み焼き
衝撃的なまでに面白い――『お好み焼きの物語』(近代食文化研究会→link)。
先入観が一発でひっくり返る渾身の一冊を紹介させていただきます。
なお、10月10日は「お好み焼きの日」です。
広島の有名企業・オタフクソースが制定したもので、由来は「10(ジュー)10(ジュー)」という音から。
となると、お好み焼きは大阪じゃなくて広島がオリジンなのか???と思ってしまいそうになるが、ともかく本書を読み進めてみましょう。
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わかりにくいぞ「食文化」
食文化を調べることは楽しいものです。
それぞれの国に、それぞれの歴史がある。痛感するのは「この国には、この食べ物!」と思い込むことが如何に危険か――ということでしょう。
たとえば「米といえば日本だ!」という思いは、日本人なら少なからず抱きがちです。
なんせ「瑞穂の国」という言葉があるぐらいですからね。我々ほど米を愛し、米に愛されている国民はいないとすら思いかねません。
実際は……そうとも言い切れないのです。
日本の米が世界一だと考えているのは実のところ日本人だけかもしれない。
というのも、当然、国によって味の好みも料理も違うからです。
米ひとつとっても非常に奥深く難しい食文化について、本書は重要な指摘をします。
「食の歴史研究は、江戸時代までが多い」
「その理由は、明治以降は一気に史料が増え、追い切ることが難しくなるから」
むむ。
言われてみれば、そうかもしれません。
当方のサイト内で【和食】と検索しても、数多の結果が出るほど。
日本各地で見れば、それはもう追いきれない深い歴史があるのです。
大きな声が通る食の歴史
そして重要なのがこちら。
本書が指摘する点として、食文化については
【声が大きいほうの歴史が通りやすい】
ということもあります。
言い換えれば発信力となりましょうか。
・地域の食文化
・ご当地グルメ
・企業間の利益競争
と、食べ物は、複雑な要素が絡み合って評価が揺れ動き、正確には伝わりにくい。それゆえ難しいのです。
むろん、ご当地グルメを否定はしません。私も大好きです。
ただ、どうしても地域間競争を生み出す要因があり、結果的に宣伝力で勝利した自治体の語るストーリーが採用されてしまうことは認めねばならぬところ。
一例を挙げますと【ずんだ餅】でしょう。
「あ〜、宮城名物の! あの伊達政宗さんが作ったんですよね!」
仙台と言えば独眼竜。
誰もが黙ってしまう場面ですが、実はそうではないと現在では証明されています。
そんな嘘(というか間違い)が罷り通ってしまうのは、すべて声の大きさのため。
そして……関西人が高らかに宣言するお好み焼きも、実はルーツは違うと示されるのです。
お好み焼きのルーツは東京下町にあり!
なんだなんだ、やぶさかではないぞ。
これまでさんざん関西人に好き勝手いわれ、挙句の果てには「関東もんはもんじゃ焼きやってwww」と馬鹿にされてきたことが、全部、違っていたのか?
「だったら証明せいや、このアホンダラ!」
そう地元の方に叱られそうですが、実際、そのことを説明するとなると、ものすごく長くなってします。
そんな方に向けては、本書をスッと差し出しましょう。
私同様、関西人にお好み焼きでマウンティングされた人は、絶対に本書を買わないといけません。
本記事に、その説をつらつらと記すことはできません。そんなことをしたら、筆者に失礼です。
ただし、これだけはハッキリさせておきます。
冒頭のお好み焼き東西論は全くの勘違いなのです。
「西高東低」か? 食文化の戦い
本書は大変な力作です。
もう、熱が熱い――と変な言い回しをしたくなるほどの意欲作。
タイトルのお好み焼きだけではなく、明治以降の近代史を食からアプローチするという実にユニークな取り組みをしてくれます。
そして本書こそ、長年抱いて来た私の疑問点をきっぱりと大量の史実で解き明かしてくれます。
東西食文化の違いは、実は大きなもの。私はそれを大阪で痛感しました。
単語の意味すら通じない。そんなことがしばしばあったのです。
以下、私が知った例です。
関東:冷やし中華
関西:冷麺
「冷やし中華のことを冷麺って呼ぶんですか?」
「冷やした麺や、そらそうやろ」
「じゃあ韓国風の冷麺とどう区別するんですか?」
「んなもん、見たらわかるで」
関東:さつま揚げ
関西:天ぷら
「天ぷらとさつま揚げ、どうやって区別するんですか?」
「んなもん、見たらわかるで」
関東:肉まん
関西:豚まん→辛子がついてくる(※大阪のみ、九州は酢醤油もつく)
「豚肉ってわざわざ言う必要あります?」
「なんでやねん、肉ゆうたら牛肉やろ。せやから豚ってつけとるんや」
「あとこの辛子は何ですか?」
「つけへんの? つけた方がうまいに決まっとるやんか!」
他にも以下のようなものがございます。
・納豆への嫌悪感が強い(※山形名物「納豆汁」を説明した時の、あの顔は忘れられません!)
・ネギがほぼ青いところしかない
・ところてんの味付けが黒蜜主流(※東日本では辛子酢醤油が主流、四国はだし汁はもあり)
・圧倒的に牛肉の存在感が強い。牛すじが簡単に買える(※東日本で牛肉優勢なのは、芋煮会で牛肉を大量消費する山形県のみ)
・つけ汁の色が全体的に関東よりも薄い
そして最も重要な点がこれ。
「食の本場は、関西やで!」という自信です。
彼らの端々に現れる、それが当然やんか、という自負。そんな大阪人が関東を罵倒しがちなのが「うどんや蕎麦の汁」ですね。
「東京の真っ黒けのうどんなんか食えるかいな!」
「あんなん醤油地獄や!」
「ありえへん!」
何も、そこまで言わんでも……と思うのは私だけではないでしょう。
薄口か、濃口か。そういう醤油由来の違いです。
しかし、プライドってすごいなあ、と素直に感動もしました。地元の食を愛する。それは決して悪いことだとは思わないからです。
ただ、そのプライドの源泉は何なのか?
という疑問があって、これが明治維新にまで遡ることができると本書で確認できました。
ざざっとまとめると、こうなります。
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