明治2年(1869年)夏――。
各地の藩が領地と領民を天皇に返還する名目で【版籍奉還】が実施。
栄一がいた駿府藩は、静岡藩と名称を変えました。
戊辰戦争も終結し、慶喜の謹慎も解けます。これから先の史実は趣味の時間に没頭する生活です。
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新政府の呼び出しで東京へ
前島密も出てきました。
1円切手の人ですね。彼が説明セリフで全てを語ってくれます。
かと思ったら、ここで美賀君と徳信院タイムで、なんだか時間稼ぎのような回想場面が多い気が……。
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一方、栄一は政府に呼び出されます。
静岡で慶喜に忠義を尽くしたいという栄一。【商法会所】改め【常平倉】の仕事もある。
けれども、栄一に召喚状をもってきた大久保一翁が、他ならぬ慶喜が政府への出仕を推していると伝えてきます。
そこで栄一は向山、杉浦、田辺らを家に呼び、意見を求めました。
なんでも、大蔵省を仕切っているのは佐賀の伊達宗城で、大隈重信が仕切っているらしい。
彼らは渋沢栄一をスカウトしたがっているとか。
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となると、これを断ったらまずいかもしれない。全国から人が集まっているし、まずいかも。そう杉浦は言います。
ならば自分から掛け合ってみよう。
と、栄一は東京へ向かうわけですが……。
英国に頭が上がらない伊藤博文が
栄一の東京への旅路。
偶然、美賀君の顔を見るのですが、本作の時代考証は大丈夫でしょうか。
普通この手の貴婦人は顔を見せないようにします。
幕末から明治にかけては、襖の前でぼーっと突っ立っている人もいました。
なぜかというと、使用人が開ける癖が抜けなかったのですね。
そのため、この美賀君も、栄一も、現代人にしか見えない。
栄一が江戸城に到着しました。
この幕末明治の江戸城も、なかなかえげつない話があります。というのも、江戸城に入るとそこで慰霊祭をしたのです。
味方の戦死者を弔うといえば感動的ですが、ごりごりと強奪するように開城しておいてえげつないものでした。
そして伊藤博文に会い、なぜか大事なことを歩きながら話す。本作には序盤からその傾向があります。
しかも、伊藤は英国公使館焼き討ちをドヤ顔で話すのですが、この話は幕末のヤンチャ武勇伝(というのもどうなのか?)として割とよく出てくるネタです。
なぜか? 器物損壊止まりでそこまで生々しくないから。実際には人命を奪った恐ろしい話もあるのですが、それは後述するとして……。
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それにしても伊藤博文に重厚感がありません。
キツい言い方をすれば小者感が凄い。
実際のところ、イギリス公使館を焼き討ち等の倍返しをされ、下関戦争でイギリスに殴られまくり、パークスが目を光らせる中で倒幕を達成したものだから、すっかり頭が上がらなくなっていたのです。
「オイ、文明国のやり方わかってんだろうな?」
パークスからそうギロリと睨まれ、怒鳴られると「ひぃー!」とビビるしかない。そんな状態です。
実際に伊藤は「パークスが先生で、俺らは生徒……」と振り返っています。
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実は、幕末の来日外国人が著した手記の類って、アジア・太平洋戦争前は読めないものも結構ありました。
なぜなら、ありのままに手記を読むと「うわー、明治政府ってイギリスのパシリ?」とバレてしまいバツが悪かったのです。
このあたり幕臣と各国大使の方が大人同士のお付き合いを出来ていました。
コントのような三条と大隈
「ああー、いそがしや、いそがしや!」と歩いていく三条実美もなんなんでしょうね。
本作の公家は揃いも揃ってコントのような扱いで、まるでリスペクトが感じられません。
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そして大隈重信が出てきました。
ご存知、総理経験者かつ早稲田大学の創設者で、今なおシンパもいるはず。
そんな彼にいきなり変顔をさせるって……。
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妻の大隈綾子がお茶を持ってきました。
渋沢千代でしたらまだわかりますが、この手の女中仕事を綾子がするものでしょうか。
栄一は眼光鋭く(言い換えれば悪い目つきで)腕組みをしています。
出仕を断るにしても、そこは紳士的な態度でいるべき……というか誰だってそうするでしょう。
徳川の立場を考えて、わざわざ東京へ出向いて丁重にお断りするはずなのに、なんだかおかしな話。こうした小さな所作からもリアリティが失われてしまっています。
さらに栄一は問い詰めます。
「ナポレオン3世からもらった馬がなぜここにあるのか?」
「繋がれたままだから貰った」
大隈が飄々と答える。江戸から逃げ出した慶喜が所有権を主張できるのかどうか。微妙なところで、栄一は声を張り上げ、冷淡に「辞任する」と叩きつけました。
静岡で務めがあるそうですが、だからその徳川家の立場を悪くしないためここにいるんでしょ!
卑怯にも政治を奪ったとの主張にしても、明治政府からしてみれば慶喜主体で大政奉還を推し進めた経緯がある。
そもそもは大政奉還後も徳川が政治の主体を担う目論見もあったし、栄一にしたって「幕府はもうダメだ!」とさんざん喚いていました。なんせ慶喜が将軍になったらかなり落ち込んでいましたよね。
極め付きは大隈さんの「あーるあーるあーる!」でしょうか。
最初からコント仕立てのドラマだったら問題ないかもしれませんが、栄一が出仕するかどうか、大河ドラマの緊迫した場面のハズですよね……。
栄一って、結局「事後諸葛亮」なんですよね。
何かが起きた後で「お気づきになりましたか……」みたいなことをしたり顔で語る者のことで、「下種の知恵は後から」とも表現されます。
「ああすればよかった! こうすればよかった! 俺にはわかってた!」
って、皆さんの会社や学校でもいたりしませんか?
八百万の神
栄一の変顔が続きます。
そして大隈から出てきたのが「八百万の神」という言葉。
史実準拠とはいえ、本作は蚕ダンス以来、オカルト大好きな兆候があってどうしても気になってしまう。
栄一は静岡に戻り、千代に相談します。
なんでも大隈に言い負かされたそうで、家族連れで出仕することにしたんですね。
「ああもう〜」と、部屋でごろごろする姿が、どうにも明治らしくない。
当時の人はだらしない姿を絶対見せない気概がありました。妻の前でゴロゴロ……なぜこんな明治人になってしまった、栄一よ……。
ついでに東京での渋沢成一郎の消息も把握したところ、投獄されていたようです。打首の可能性もあるとかで、やつれた姿で牢獄に囚われています。
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もとより死を覚悟してきたと言いながら、自分は日本にいなくて助かってよかった、もう一人の俺だと言い出す栄一。
そしてあらためて慶喜に意見を求めに行きます。
このころ元会津藩の藩士たちは斗南藩で過酷な生活を強いられたり、その他の東北諸藩は北海道へ送り込まれてヒグマの恐怖に怯えてたり。
幕臣・佐幕派は誰もが生死の境をさまよっていましたが、そんなこと描かれるわけもなく、史実の慶喜は駿府で趣味や女中との子作りに励んでいました。
栄一は静岡で力を蓄え、日本を新しくする!と話、それを慶喜は嗜めます。
当たり前です。元将軍の慶喜が「日本を刷新!」的な発言をしたら、処刑されても仕方ありません。
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二人の関係性は?
案の定、慶喜に叱られる栄一。
栄一は情けない倒幕の顛末を聞きますが、しらを切られます。
基本的にこの辺りの話は信憑性が疑わしいので御注意ください。
実際のところ二人の関係性は以下のようなものでした。
◆江戸時代
渋沢栄一は幕臣でもほとんど活躍しておらず関係性は薄い。さしたる働きがないからそもそも大河登場も少ない。
◆明治初期
栄一「(慶喜に対して)うわっ……流石に情けなさすぎ! 実弟なのに昭武様にも冷たすぎない?」
慶喜「ノーコメント」
実際の栄一は、再会後の慶喜に失望していいました。
◆明治後期
栄一からのアプローチでしつこく何度も何度も頼み込み、利害関係が一致してコンビ結成。
栄一「俺の主君を立派だったってことにして、明君に仕えた武士としてアピールしちゃお」
慶喜「金も権力も筆力もある。こいつの力さえ使えば、名誉回復できるかも」
明治になって一定の時間が過ぎ、幕末のことを書きやすい時期になり、渋沢栄一が慶喜のことをキレイにまとめた――そんな経緯があり、以下の記事にまとめておりますので、よろしければ併せてご覧ください。
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個人的には、本作をホメ称える方たちがいても、仕方ないとは思います。
前述の通り戊辰戦争に始まり、斗南藩や北海道へ追いやられた幕臣・佐幕派は地獄でしたが、『青天を衝け』では一切無視され過酷な状況は全く説明されていません。
山田太一氏が大河ドラマ『獅子の時代』で主役を架空の会津藩士と薩摩藩士にしたのも仕方のない話。渋沢栄一を登場させるにしたって、とても英雄像として描けなかったのでしょう。
そして再び回想シーン。
新政府で力を発揮することで、徳川の力を見せたい――。
そんな理論武装をした栄一ですが、生々しい話をすれば金のある人生を求めにいったとも受け取れます。
彼は「こんな腐った幕府倒れてしまえ!」とテロ行為を計画し、慶喜が将軍になると「やばっ、倒される側になっちまった!」とアタフタしていた程で、忠義はドコに?といった話。
真面目な幕臣からすれば、許しがたいステルス倒幕派でした。
本作を『八重の桜』と同じ分類をする意見もあるようで、会津側からすれば「このおんつぁげす、そっだごどすんでねえ!」案件です。
ともかく政府に仕える理論武装も完了し、いよいよ出仕!
杉浦とのイケメンハグタイムを経て、千代とうたとのほのぼの家族団らんを迎えます。
史実の渋沢は女癖が酷く、千代はこの先、妻妾生活が待っているんですけどね……。
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