青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第28回 感想あらすじレビュー「篤太夫と八百万の神々」

2021/09/27

明治2年(1869年)夏――。

各地の藩が領地と領民を天皇に返還する名目で【版籍奉還】が実施。

栄一がいた駿府藩は、静岡藩と名称を変えました。

戊辰戦争も終結し、慶喜の謹慎も解けます。これから先の史実は趣味の時間に没頭する生活です。

戊辰戦争
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新政府の呼び出しで東京へ

前島密も出てきました。

1円切手の人ですね。彼が説明セリフで全てを語ってくれます。

かと思ったら、ここで美賀君と徳信院タイムで、なんだか時間稼ぎのような回想場面が多い気が……。

美賀君(慶喜の正妻)は嫉妬深かったのか?夫の周辺女性エピソードと併せて考察

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一方、栄一は政府に呼び出されます。

静岡で慶喜に忠義を尽くしたいという栄一。【商法会所】改め【常平倉】の仕事もある。

けれども、栄一に召喚状をもってきた大久保一翁が、他ならぬ慶喜が政府への出仕を推していると伝えてきます。

そこで栄一は向山、杉浦、田辺らを家に呼び、意見を求めました。

なんでも、大蔵省を仕切っているのは佐賀の伊達宗城で、大隈重信が仕切っているらしい。

彼らは渋沢栄一をスカウトしたがっているとか。

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となると、これを断ったらまずいかもしれない。全国から人が集まっているし、まずいかも。そう杉浦は言います。

ならば自分から掛け合ってみよう。

と、栄一は東京へ向かうわけですが……。

 


英国に頭が上がらない伊藤博文が

栄一の東京への旅路。

偶然、美賀君の顔を見るのですが、本作の時代考証は大丈夫でしょうか。

普通この手の貴婦人は顔を見せないようにします。

幕末から明治にかけては、襖の前でぼーっと突っ立っている人もいました。

なぜかというと、使用人が開ける癖が抜けなかったのですね。

そのため、この美賀君も、栄一も、現代人にしか見えない。

栄一が江戸城に到着しました。

この幕末明治の江戸城も、なかなかえげつない話があります。というのも、江戸城に入るとそこで慰霊祭をしたのです。

味方の戦死者を弔うといえば感動的ですが、ごりごりと強奪するように開城しておいてえげつないものでした。

そして伊藤博文に会い、なぜか大事なことを歩きながら話す。本作には序盤からその傾向があります。

しかも、伊藤は英国公使館焼き討ちをドヤ顔で話すのですが、この話は幕末のヤンチャ武勇伝(というのもどうなのか?)として割とよく出てくるネタです。

なぜか? 器物損壊止まりでそこまで生々しくないから。実際には人命を奪った恐ろしい話もあるのですが、それは後述するとして……。

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それにしても伊藤博文に重厚感がありません。

キツい言い方をすれば小者感が凄い。

実際のところ、イギリス公使館を焼き討ち等の倍返しをされ、下関戦争でイギリスに殴られまくり、パークスが目を光らせる中で倒幕を達成したものだから、すっかり頭が上がらなくなっていたのです。

「オイ、文明国のやり方わかってんだろうな?」

パークスからそうギロリと睨まれ、怒鳴られると「ひぃー!」とビビるしかない。そんな状態です。

実際に伊藤は「パークスが先生で、俺らは生徒……」と振り返っています。

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実は、幕末の来日外国人が著した手記の類って、アジア・太平洋戦争前は読めないものも結構ありました。

なぜなら、ありのままに手記を読むと「うわー、明治政府ってイギリスのパシリ?」とバレてしまいバツが悪かったのです。

このあたり幕臣と各国大使の方が大人同士のお付き合いを出来ていました。

 

コントのような三条と大隈

「ああー、いそがしや、いそがしや!」と歩いていく三条実美もなんなんでしょうね。

本作の公家は揃いも揃ってコントのような扱いで、まるでリスペクトが感じられません。

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そして大隈重信が出てきました。

ご存知、総理経験者かつ早稲田大学の創設者で、今なおシンパもいるはず。

そんな彼にいきなり変顔をさせるって……。

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妻の大隈綾子がお茶を持ってきました。

渋沢千代でしたらまだわかりますが、この手の女中仕事を綾子がするものでしょうか。

栄一は眼光鋭く(言い換えれば悪い目つきで)腕組みをしています。

出仕を断るにしても、そこは紳士的な態度でいるべき……というか誰だってそうするでしょう。

徳川の立場を考えて、わざわざ東京へ出向いて丁重にお断りするはずなのに、なんだかおかしな話。こうした小さな所作からもリアリティが失われてしまっています。

さらに栄一は問い詰めます。

「ナポレオン3世からもらった馬がなぜここにあるのか?」

「繋がれたままだから貰った」

大隈が飄々と答える。江戸から逃げ出した慶喜が所有権を主張できるのかどうか。微妙なところで、栄一は声を張り上げ、冷淡に「辞任する」と叩きつけました。

静岡で務めがあるそうですが、だからその徳川家の立場を悪くしないためここにいるんでしょ!

卑怯にも政治を奪ったとの主張にしても、明治政府からしてみれば慶喜主体で大政奉還を推し進めた経緯がある。

そもそもは大政奉還後も徳川が政治の主体を担う目論見もあったし、栄一にしたって「幕府はもうダメだ!」とさんざん喚いていました。なんせ慶喜が将軍になったらかなり落ち込んでいましたよね。

極め付きは大隈さんの「あーるあーるあーる!」でしょうか。

最初からコント仕立てのドラマだったら問題ないかもしれませんが、栄一が出仕するかどうか、大河ドラマの緊迫した場面のハズですよね……。

栄一って、結局「事後諸葛亮」なんですよね。

何かが起きた後で「お気づきになりましたか……」みたいなことをしたり顔で語る者のことで、「下種の知恵は後から」とも表現されます。

「ああすればよかった! こうすればよかった! 俺にはわかってた!」

って、皆さんの会社や学校でもいたりしませんか?

 


八百万の神

栄一の変顔が続きます。

そして大隈から出てきたのが「八百万の神」という言葉。

史実準拠とはいえ、本作は蚕ダンス以来、オカルト大好きな兆候があってどうしても気になってしまう。

栄一は静岡に戻り、千代に相談します。

なんでも大隈に言い負かされたそうで、家族連れで出仕することにしたんですね。

「ああもう〜」と、部屋でごろごろする姿が、どうにも明治らしくない。

当時の人はだらしない姿を絶対見せない気概がありました。妻の前でゴロゴロ……なぜこんな明治人になってしまった、栄一よ……。

ついでに東京での渋沢成一郎の消息も把握したところ、投獄されていたようです。打首の可能性もあるとかで、やつれた姿で牢獄に囚われています。

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もとより死を覚悟してきたと言いながら、自分は日本にいなくて助かってよかった、もう一人の俺だと言い出す栄一。

そしてあらためて慶喜に意見を求めに行きます。

このころ元会津藩の藩士たちは斗南藩で過酷な生活を強いられたり、その他の東北諸藩は北海道へ送り込まれてヒグマの恐怖に怯えてたり。

幕臣・佐幕派は誰もが生死の境をさまよっていましたが、そんなこと描かれるわけもなく、史実の慶喜は駿府で趣味や女中との子作りに励んでいました。

栄一は静岡で力を蓄え、日本を新しくする!と話、それを慶喜は嗜めます。

当たり前です。元将軍の慶喜が「日本を刷新!」的な発言をしたら、処刑されても仕方ありません。

明治維新後、西南戦争まで、日本がどれだけ内乱と内戦を繰り返してきたか……。

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二人の関係性は?

案の定、慶喜に叱られる栄一。

栄一は情けない倒幕の顛末を聞きますが、しらを切られます。

基本的にこの辺りの話は信憑性が疑わしいので御注意ください。

実際のところ二人の関係性は以下のようなものでした。

◆江戸時代

渋沢栄一は幕臣でもほとんど活躍しておらず関係性は薄い。さしたる働きがないからそもそも大河登場も少ない。

◆明治初期

栄一「(慶喜に対して)うわっ……流石に情けなさすぎ! 実弟なのに昭武様にも冷たすぎない?」

慶喜「ノーコメント」

実際の栄一は、再会後の慶喜に失望していいました。

◆明治後期

栄一からのアプローチでしつこく何度も何度も頼み込み、利害関係が一致してコンビ結成。

栄一「俺の主君を立派だったってことにして、明君に仕えた武士としてアピールしちゃお」

慶喜「金も権力も筆力もある。こいつの力さえ使えば、名誉回復できるかも」

明治になって一定の時間が過ぎ、幕末のことを書きやすい時期になり、渋沢栄一が慶喜のことをキレイにまとめた――そんな経緯があり、以下の記事にまとめておりますので、よろしければ併せてご覧ください。

徳川慶喜公伝
栄一と慶喜が残した自伝は信用できる?『徳川慶喜公伝』には何が記されたのか

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個人的には、本作をホメ称える方たちがいても、仕方ないとは思います。

前述の通り戊辰戦争に始まり、斗南藩や北海道へ追いやられた幕臣・佐幕派は地獄でしたが、『青天を衝け』では一切無視され過酷な状況は全く説明されていません。

山田太一氏が大河ドラマ『獅子の時代』で主役を架空の会津藩士と薩摩藩士にしたのも仕方のない話。渋沢栄一を登場させるにしたって、とても英雄像として描けなかったのでしょう。

そして再び回想シーン。

新政府で力を発揮することで、徳川の力を見せたい――。

そんな理論武装をした栄一ですが、生々しい話をすれば金のある人生を求めにいったとも受け取れます。

彼は「こんな腐った幕府倒れてしまえ!」とテロ行為を計画し、慶喜が将軍になると「やばっ、倒される側になっちまった!」とアタフタしていた程で、忠義はドコに?といった話。

真面目な幕臣からすれば、許しがたいステルス倒幕派でした。

本作を『八重の桜』と同じ分類をする意見もあるようで、会津側からすれば「このおんつぁげす、そっだごどすんでねえ!」案件です。

ともかく政府に仕える理論武装も完了し、いよいよ出仕!

杉浦とのイケメンハグタイムを経て、千代とうたとのほのぼの家族団らんを迎えます。

史実の渋沢は女癖が酷く、千代はこの先、妻妾生活が待っているんですけどね……。

女遊びが強烈すぎる渋沢スキャンダル 大河ドラマで描かれなかったもう一つの顔

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新政府に出仕するなり土下座

静岡では栄一ファンクラブと化した一団がエールを送っています。

すっかり褒めるだけのお仕事になってしまった川村の存在が物悲しい。

そして美賀君タイムです。妾を連れて軍艦逃亡をした夫に対し、これだけ甘えた態度を取れるのもすごい人物像になってしまいました。わざとらしくもじもじと触ろうとするあたり乙女ゲーのようで。

なぜ渋沢栄一の大河にこんなラブシーンがあるのか。

美賀君は子どもが欲しいと言いますが、彼女は30歳を過ぎていて、当時なら「お褥御免」(性生活引退)でしょう。よほど情愛が深ければ例外はあったとはいえ、慶喜と美賀君には該当しません。

むしろ30過ぎて「子作りしたい」とでも言おうものなら「肉食系ですね……」と言われて恥をかくもの。

でも仕方ない。このドラマって子作り宣言が好きなんですよね。千代が妊娠したことも、栄一がうれしそうに語っていましたし、「仕込むべ!」宣言までしていた。美賀君の子作り宣言もしつこくて、私達は一体何を見せられているのでしょうか。

美賀君は別のことを心配すべきかと思います。なんぜこの先、慶喜は、女中に20人以上の子供を産ませますので……。

場面変わって、栄一が新政府へ。

スローモーションでコート着用をしてズケズケと中へ進んでいきます。

政府の大物達が会合を開いており、ここでも島津久光がバカ殿扱いされていて辛いものがありました。

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そして松平春嶽がいます。

福井藩の経済通・由利公正は本作に出てこないでしょうね。

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同席していた大久保利通については要注意です。

大久保は渋沢栄一たちとはちょっとタイプが違う。儒教でも勢い重視に魔改造された幕末陽明学ではなく、理論重視の朱子学的な発想の持ち主です。

勢いとノリでやっちまった感のある明治維新ですが、大久保は確固たる国家ビジョンがあったと評されるところではあります。

そういうカッチリとしていて自分のやり方を通したいところが、冷たくて感じが悪いとみなされがちで、本作の大久保も「渋沢アンチ」な言動をする、いけすかない奴枠に入りそうです。

できれば維新の三傑を侮辱するようなことは避けて欲しいのですが……。

栄一は語ります。

「ここで働いている連中は5年先、10年先、100年先を見据えていない!」

うーん、それって、横浜を焼き討ちして幕府転覆を企みながら一橋家に仕えた、計画性がない人に言われても……。

「改正掛」とかなんとかプレゼンしていますが、そこに伊藤博文がやってきました。ここは大蔵省じゃないぞ……。

「大変失礼いたしました!」

と、急に土下座。ファニーな栄一の姿を笑えということでしょうか。

明治2年11月、それが渋沢栄一の初出仕でした。

 

総評

本作は予算が絞られ過ぎているのでしょうか?

セット、衣装、小道具の作り方がおかしく感じます。同じ場所で撮り溜めしているとわかる場面も多く、カメラワークや大仰な演技で誤魔化していませんか?

特に大隈重信が際立っておりましたが……。

◆ NHK大河「青天を衝け」覚えたての株で4億円を稼いだ栄一を政府がスカウト!変顔連発のバイプレーヤーも(→link

こちらの記事でもこんな風に書かれています。

“明治編”になっても、強烈なキャラクターたちがドラマを盛り上げていくという「青天―」の作風は変わらない。

大隈は立憲改進党設立、総理大臣就任、早稲田大学創設などの実績で知られているが、映像が多く残っている時代ではないため、大倉の熱演が新鮮な印象を与えそうだ。

(中略)

栄一以外の配役が爪痕を残すのも「青天―」の醍醐味。

肛門に中指を入れる痔の予防法を真顔で説き、最期は妻にキスして息絶えた徳川斉昭(竹中直人)や、歴史に残る写真にやたら似ているペリー(モーリー・ロバートソン)など挙げるとキリがない。

大隈重信のように現代にまで影響を残し、功績を重ねてきた方が結局“変顔”枠って、それでよいのでしょうか。

こうした持ち上げ記事を読むと、本作がどういう受容をされているかわかります。

徳川斉昭は水戸藩士に極度に暴力的な思想を吹き込み、人材枯渇を招いた元凶です。

そのことを問われるワケでもない。トイレで心臓発作を起こし急死したのに、無理やりなキスで話題作りをしている。

ペリーが目立つというのもおかしい。

徳川慶喜と関わりが深い外国人はロッシュ。

明治政府に影響を与えた外国人はパークス。

彼らが話題にのぼらず、教科書に必ず出てくるペリーを、本職でない方が演じたことだけで話題をさらう。

爪痕ではなく、わーっと盛り上がり、SNSに投稿して終わる――そういう歴史バラエティのノリを大河でしています。

それで瞬間的には盛り上がるのでしょう。しかし、同記事にはこうもあります。

第27回の世帯視聴率は12・6%だった。前週に引き続きフジテレビで「鬼滅の刃」特別編集版が放送されていることも関係しているのだろうか、12%の壁を破れないでいる。

この前は24時間テレビで、今回は『鬼滅の刃』。裏番組を言い訳にしておりますが、12%で伸び悩むということは、盛り上がってないと見る方が自然ではありませんか。

歴史を辿ると、こんな例があります。

いかに王朝なり政権なりが腐敗しきっていようと、代替となるものがなければ形骸化しつつもズルズルと存続してしまう。

日本ならば室町幕府で、中国ならば明王朝が典型例。大河もそうではないでしょうか。

時代劇最後の砦とも言えますし、唯一無二のブランドではある。が、しかし、幕末の黒船来航状態だと指摘したくなります。

かつて、こんな誇りが散々言われました。

「アジア、いや、世界でも一年かけてじっくりと歴史ドラマを作るなんて、日本だけだ!」

確かにそうだったかもしれません。予算もかつてはあったのでしょう。『独眼竜政宗』あたりは豪華でしたね。

そのころ韓国のテレビ局の人々は九州の電波を拾おうと必死でした。

「日本の大河ドラマはすごいな。我が国の歴史でもこんなドラマを作れたらいいなぁ」

中国でも、大河ドラマのようなものを作りたいとは思われていました。

しかし、それはもはや数十年前の話。

今はVODで韓流や華流の時代劇が大量にみられます。話数も長く、それこそ大河ドラマの趣がある。

東洋史は日本人にとってハードルが低く、視聴者が次々に流れている。

こうした状況を鑑みるに、大河の未来は相当厳しくなっています。

その自覚があるからこその手抜きなのでしょうか。

本作は、昭和後期から平成前半あたりでセンスが停滞していて辛いものがあります。

ドジっ子出仕。

子作り宣言。

とっくに夫婦になっていながら、高校生のように慶喜に手を伸ばす美賀君。役者の年齢もあってか、夫婦というより親子のように見えました。

さらには、顔芸とか、「あーるあーるあーる」連呼とか。

ボーイズラブ狙いみたいなイケメン同士のハグとか。

明治時代の話ではなくて、平成の学園もののようで困惑するばかりです。

今週良かった点は、家康に前説トークをやらせなかったことぐらい。

当初から嘘が目立っていた本作ですが、今週はほぼ全てが栄一&慶喜コンビの自己弁護に終始していました。

 

四民平等どころか藩閥ガチャの明治

幕臣や賊軍とされた藩の人物は、政財官に入り込むルートを閉ざされました。

例外が教育と軍隊です。

その様子は『八重の桜』でも描かれ、山川浩と健次郎兄弟は、兄が軍、弟が教育を選びました。

山川一家は明治でも最優秀家系とされるほどでしたが、それでもルートが限られております。

浩の場合、陸軍内でも「会津のくせに目立ってんじゃねえよ」と散々嫌がらせを受け、西南戦争ではかなり無茶苦茶な作戦を命令されています。

それでも浩はなんとかしてしまうからおそろしいのですが。

敵に囲まれた城へ入るため“獅子舞”で突破!会津藩士・山川浩の戦術が無双だ

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明治の四民平等には裏があります。

地獄のような藩閥ガチャの世界でした。

 

薩長土肥――肥前佐賀藩の悲運

「薩長土肥」という言葉があります。ご存知の通り、明治維新で功績を挙げた藩のことですね。

薩摩といえば西郷隆盛と大久保利通。『西郷どん』だ!

長州といえば松下村塾、高杉晋作に木戸孝允。『花燃ゆ』だ!

土佐といえばなんといっても坂本龍馬。『龍馬伝』だ!

肥前……って誰かいたっけ?

大隈重信です!

忘れないでくださいね。同じ佐賀でも江藤新平は「佐賀の乱」で敗れる印象ばかりが強いし……。

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肥前佐賀藩は早くから西洋の技術を取り入れ、装備面では薩長より充実しており、西軍最強とされています。

ただ、明治政府の藩閥抗争で埋没。

土佐藩の場合は自由民権運動で存在感を示したものの、肥前はそうでもありません。

そうしたもろもろの要素が重なり、大河の題材にすらならない。

そして今回は顔芸枠です……。なぜこんなことに……。

 

明治政府は人がいない!

静岡に人が集まっているのは栄一のせい?

いや、違います。明治政府の無策や将軍家の威光によるものでしょう。

もやもやと誤魔化していますが、要するに将軍様を担がれて反乱でもやられたら困るということです。

こうした士族反乱は続発し、西南戦争まで続きました。

明治維新はそれほどまでに雑なスタートを切ったということの証左でもあります。

小栗忠順のような優秀な人材すら死なせてしまったものだから、渋沢栄一の出番がある。皮肉な話です。

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本作は、そんな不都合な史実をロンダリングした結果、よくわからなくなりました。

ドラマの描写を見ていると、渋沢栄一がスゴイからこそスカウトがあり、人が集まったように思えます。

しかし、大隈重信が動いていることにご注目を。彼はこう語っています。

「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」

小栗忠順は冤罪による刑死という非運をたどっています。

新政府にしてみれば、幕臣の中に小栗忠順には及ばずとも逸材がいるのではないか? という意図は当然あったことでしょう。

こうして考えてきますと、本作が小栗=ネジだけで済ませた理由も見えてきます。周囲を下げて主役を持ち上げるテクニックです。

大隈の変顔は何なのか?

なぜ大隈が栄一を欲しがるかというと、早い話が「ジェネリック小栗忠順」欲求ですよね。

でも、そのまま描くと栄一の価値が下がる。ゆえにボカす。

ただし、あまりにスカスカにするとバレちゃうから、大隈の過剰な演技と演出で中身があるように見せるというワケです。

サブタイトルにもなったここを押さえておけば話は通じます。

「日本中から今、八百万の神々が集まるのも同じさ! キミもその一人。せっかくの知識を静岡藩だけでなく、日本のために使ってみないか!」

“八百万の神々”で騙されそうになる。

こういうキャッチーなフレーズには要注意です。

そもそも幕府は、そんなことしなくとも小栗忠順なり栗本鋤雲なり、優秀な人材がおりました。

昌平黌出身を探ればよいわけだし、人材登用のシステムがあったわけです。

幕臣の栄一だって、そういうシステムのおこぼれに預かっている。

栗本鋤雲
幕府と仏国を結んだ栗本鋤雲は小栗の盟友|明治では二君に仕えず友の志を世に残す

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栄一は若い頃に習ったことをやたらと強調しますが、新政府にスカウトされるのは、やはりフランスでの経験が大きい。

そのフランス渡航の交渉や実務をこなして話を詰めたのは、くどいようですが栗本鋤雲や小栗忠順たちなのです。

では、幕府の人材登用システムを使う理由は?

身もふたもない話ですが、明治新政府が有能な人材を放逐なり殺害したからです。

明治新政府って、みんなキラキラと坂の上にある雲をめざして頑張っているんだろうな〜なんて思われますか?

西郷隆盛は鹿児島から新政府に出仕するよう求められ、嫌がりました。

というのも、何もすることがなくてキセルをふかしているような奴らがボケーっとしている。それが実態だったからです。

会社のパソコンでソリティアやネットサーフをしているおじさん。その明治版が大量に湧いていた。これじゃ何もならん!

そりゃ西郷も「オイはこげな連中と仕事したくなか!」とキレますよ。

 

新旧紙幣はテロサー仲間

このドラマの描き方だとわかりにくい。むしろ隠蔽しておりますが、栄一と伊藤博文はテロサー(テロリストサークル)の友です。

『花燃ゆ』のヒロイン文は、“オタサーの姫”をもじった“テロサーの姫”と皮肉られました。

松下村塾はテロリスト集団だとみなされたのです。

ただ、あのドラマはそれなりの誠意があったがゆえ、ありのままのテロリストを描いてしまいました。

しかし、本作はロンダリングが激しくわかりにくい。

栄一が京都でこなしていたことだってテロサーでのウェイウェイ活動です。

ですので、誰かと再会したら

「おっ……京都でテロをしていたときの!」

「久しぶり〜」

となるわけですね。

幕末に冤罪で殺された塙忠宝という人物がおります。

大正になってから渋沢栄一は「あれを殺したのは伊藤博文なんだよ!」とバラしました。

なぜか?

塙が殺された理由は「廃帝の典故」を調べていたから。孝明天皇を廃位するつもりなのか?と難癖をつけられ殺されました。

このとき塙と同じ誤解により、中村正直暗殺計画も持ち上がります。藤田小四郎が薄井龍之に命令したのです。

中村の暗殺計画は未遂で終わりますが、藤田の天狗党と栄一は友人です。こうしたテロサー人脈で栄一は話を知ったのでしょう。

「なあ栄一〜、伊藤俊輔が塙をぶっ殺したぜ! 俺ら天狗党でも誰か殺さないとあがんないよね〜!」

「おーマジで? 誰かぶっ殺さなくっちゃ、時代は尊王攘夷だよね!」

こんなヤリトリをしていてもおかしくないのです。

新旧お札の顔が、テロサー繋がりってどういうことなのでしょう……。

伊藤と渋沢のコンビはテロサー以外でも関係はあります。

汚職、女遊び……こうして冷静になってみると、今年の大河って本当に教育上よろしくないドラマではないでしょうか。

 

投獄された忠臣たちを心配してあげて

ちらっと「あいつ投獄されてるってよ」とついでに語られる渋沢成一郎

これも冷たい話です。

ほんとうに心配なら、それこそもっと前に調べているのでは?

福沢諭吉は榎本武揚に差し入れをしていたそうですよ。

そして永井尚志もやはり忘れられている。

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大政奉還を担った永井尚志|慶喜にも龍馬にも信頼された幕臣の生涯を振り返る

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永井は箱館戦争収監者でも際立って高齢であり、それは大変な苦労をしたのですが、栄一も、慶喜も、昭武も、そんな忠臣の心配をしていない。

「やはり栄一と慶喜はスペシャル」

そんな話より、自分のために命を賭した忠臣の心配しませんか。

本作の栄一は「みんなをしあわせにする!」といいますけど、「みんな」の範囲があまりにミニマムです。

 

銀河へ飛ばした方がよい男たちが勢揃いするドラマ

美賀君が笑顔で慶喜と再会しました。

彼女は、実在の人物というより、放置していても再会すれば喜ぶ、そんな美少女ゲーの中にいそうな存在に思えてきました。

史実の彼女がニコニコしていたと思います?

どうにも嘘くさくて仕方ないのは、以下のような記録があるから。

・結婚した夫は、美人すぎる祖母こと得信院とイチャイチャしている!

・京都に行った夫は妾を作りまくってる!

・大阪から帰ってくる軍艦には火消しの娘である妾を乗せていた!

・明治になったら自分以外の女、しかも身分の低い女中2人との間に10男11女を儲ける!

『八重の桜』では山本覚馬に対して

【#あんつぁまを鴨川へ投げ込め】

なんてハッシュタグがありました。

本作は、まとめて銀河の果てに飛ばした方が良いのではないか――そう思うメンツが揃っていて圧巻です。

徳川斉昭:女中から大奥女官まで片っ端から手をつける。「精力が強すぎる」と散々言われる。こんなに下半身に人格がない大名も珍しい。

・徳川慶喜:女連れ軍艦逃亡だけでも十分恥辱。この公方様なら東京湾に沈めたところで幕臣は怒らねえ!

・渋沢栄一:本来ならお札にも大河にもできないほどの性豪

・伊藤博文:明治天皇も呆れ果てた「マントヒヒ侯」。日本史上屈指の乱れぶり。

井上馨:伊藤博文とワースト候補の乱れぶり。

福地桜痴:ペンネームが「(芸者の)桜路たん萌え〜」という意味の時点でもうやばい。文才最高・人格最低最悪と散々言われた。

どうでしょう。圧巻ではありませんか?

 

こんな智略で大丈夫か? 栄一と慶喜

今年放映されたNHKの傑作ドラマに『今ここにある危機とぼくの好感度について』がありました。

主役は好感度だけ重視している。ゆえに中身のないことを連発する残念なイケメンです。

「スポーツって、体を動かすことだと思うんですよね」

こういうしょうもないことをペラペラと言うわけです。

なぜこんな話をしたかというと、本作がまさしくこれなんですよね。

好感度か?→SNSでわーっと盛り上がる口当たりによいフレーズか?

理論か?→厳しく冷たいようで、ネットでは叩かれるけれども、本質を突いたものか?

作品作りではこうした二択も突きつけられますが、ある程度のバランスが必要でしょう。

昨年の『麒麟がくる』は後者の理論を求め、好感度を犠牲にする言動をする人物が多かった。

主役の光秀からして、斎藤 道三や朝倉 義景への言動がきついこともありましたし、信長相手にもレスバトル状態になっておりました。

一方で本作は、当たり障りのない中身のないことばかりを言う。

しかもタチが悪いことに、栄一も慶喜も、マウントしてもよい相手には小馬鹿にする態度をとります。

慶喜の場合、島津久光が典型例です。

久光は幕末屈指の切れ物大名なのですが、兄・斉彬と比較され、何かとバカ殿扱いをされます。

フィクションでもそのイメージが増幅していて、悪影響が抜けない。安心して叩いて良い人物とも言え、本作でも慶喜がさんざん小馬鹿にしていました。

栄一は水戸藩士相手にそれをする。

彼が天狗党と深い繋がりがあった史実を踏まえると本当に悪質極まりない話です。

本作は、理論として正しいかどうかよりもパフォーマンス重視です。

バカにしていい相手をバカにしてウケを狙う。耳に優しい学級目標じみたコトを大仰に言わせて、「いい話だな〜」と感動させる。さすがにあざといと言わざるを得ません。

 

泣いて馬謖を斬れない慶喜

本作は漢籍理解が甘いので、勝手ながら補わせていただきます。

本作の「好感度重視でおかしくなった描写」の代表例が、天狗党関連です。

天狗党は長州藩過激派と連携していたため、慶喜は残酷極まりない処断をしました。

あれは本人の回想からすれば「泣いて馬謖を斬る」で済む話。それで十分なのに、本作は改悪しました。

「慶喜は処断するつもりはなかった! 田沼意尊が勝手にやっちゃった!」

結局のところ「泣いて馬謖を斬る」と処理できないからこそ、現代人にあわせて妙な改変をしたんじゃないでしょうか。

 

韜晦(とうかい)昼行灯を偽装する

忠臣蔵』の大石内蔵助は、主家が断絶したにもかかわらず、遊郭に入り浸り酒を飲みまくりました。

と、それは偽装で、密かに討ち入りを狙っていたのです。

諸葛孔明のライバル・司馬仲達。

彼はライバルである曹爽の目を欺くため、曹爽派が監視する前でわざとらしく粥をこぼし、すっとぼけたことを言い、ボケたふりをしました。

司馬懿
ボケ老人のフリして魏を滅ぼした司馬懿の策|諸葛亮のライバルは演技派だ

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徳川慶喜が駿府で引きこもり、趣味や子作りライフをエンジョイしたことは「貴人情けを知らず」と評され、幕臣や周囲から散々呆れられました。

これが反乱勢力に担がれないための偽装だとすれば、むしろ哀れではありませんか?

リベンジを狙うことなくひっそりと生きていくために遊び呆け、ダメ人間を演じる。それを栄一だけが見抜いた……こういう描写ではいけませんか?

本作は描写の一つ一つに、東洋の古典への造詣が欠けているとわかる要素があって残念です。

くどいようですが『麒麟がくる』は鉄壁だっただけに、一体どうしたことなのかと思います。

 

“弍臣”が『論語』を語る倒錯

先ほど韓流や華流時代劇について書きました。こうした儒教文化圏の国ではありえないような倒錯的なことを『青天を衝け』では展開しております。

いくら渋沢栄一が『論語』マスターだのなんだの言われたところで、この一言で反論できます。

「言うても渋沢栄一て、弍臣やんか」

なぜ渋沢栄一は新政府に出仕したのか?

それは「弐臣=二君に仕えること」を恥としなかったから。

弍臣は儒教道徳では最低の存在とされます。ゆえに歯を食いしばって出仕を拒んだ幕臣たちもいた。

福沢諭吉は「儒教なんて役立たず」と切り捨てていたものの、弐臣とみなした勝海舟と榎本武揚を『痩せ我慢の説』でケチョンケチョンに罵倒しました。

福沢と親しい栗本鋤雲も、こうした弐臣を怒鳴りつけた逸話がある。

渋沢栄一の場合、こういう手強い幕臣たちが亡くなるなり、加齢と共に大人しくなったあたりで「幕臣です」とアピールをし始めた。

本当に彼は空気を読むセンスは抜群。

当時は金と権力を得ていますから、マスコミを掌握して自分と慶喜の言い訳をバンバン流し始めた。

明治末に『論語』ブームが到来すると便乗し、自分の息のかかった学者をゴーストライターのようにして『論語』関連書籍を出版。

自分こそ儒教道徳の体現者として振る舞いました。

その影響がいまだにあるからこそ、素直に信じる人がいるのですね。

本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい

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でも、これが通じるのはあくまで日本国内での話。同じ儒教国家の中国や韓国からすれば、

「弐臣が儒教マスター状態ってウケる〜〜〜〜!」

と爆笑されかねない無茶苦茶な話。ダイエットを説きながらピザを食べている。そんなマヌケさがあります。

例えば福沢諭吉のように儒教を否定すれば格好もついたでしょう。この辺、どうにも悲しい話です。

あるいは「弍臣」なんて考え、古臭いと思いますか?

函館の五稜郭タワーには土方歳三の銅像が颯爽と立っています。榎本武揚ではありません。

箱館戦争を率いた総大将は榎本。しかし、箱館戦争を代表し、それこそ星が落ちるように散ったと人々の胸を熱くするのは、土方歳三です。

だからこそ『青天を衝け』においても、あれほど目立っていた。

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黒田清隆に才能を惜しまれ「弍臣」になった榎本武揚

函館に星となって散った土方歳三。

後者の方が、現在でも胸に響くのはどうしたことでしょう?

晋王朝の祖となった司馬仲達と、五丈原に散った諸葛孔明の対比にせよ。

不完全、挫折したがゆえに強烈な輝きをもつ生き方もあります。

近年の大河ドラマでそれを体現したのは、『真田丸』の真田幸村、『おんな城主 直虎』の小野政次、『麒麟がくる』の明智光秀と織田信長あたりでしょう。

そういう

生き延びるだけではない美しさに胸を打たれる

からこそ、大河はあるのだと思っておりましたが違うのでしょうか?

『鬼滅の刃』の方がかつての大河精神を宿しているのではないか?

暁に散った煉獄杏寿郎を思い出しつつ、首を捻ってしまいます。

 

ロス戦術はもう使えない?

先週の客寄せトシさんは立派な最期を遂げました。

◆【青天を衝け】“土方歳三”町田啓太に称賛の声「土方さんロス」「最高だった」(→link

劇中における土方の死は、史実を無視しており、ただ「イケメンが死んでしまった!」以外何も思うところがない。

昔読んだ作品での土方の死は、それこそ死の瞬間を切り取ったようで、数日間ずっと胸に残っていたものです。

そんな苦い感情を噛み締めたあと、明るく「最高!」なんて思えないし、落ち込んで食欲も失せました。

ですので「話題作りになったらイイ♪ みんなでワイワイSNSで盛り上がろう」という姿勢にはどうしても賛同できません。

しかし本作はもう「ロス戦術」に過大な期待はできません。

盛り上がるとすれば五代様ロスでしょうか。『あさが来た』でも盛り上げましたもんね。

五代様の場合、汚職政治のはてに失脚し、病死なのですが……。

いやいや、その前に、怒涛のお千代ロスが控えておりますね。

しかしこの悲しい別れは、間髪おかずに後妻の間に子ができていて、色々と複雑な感情にもなるんですけどね。

再婚をどうロンダリングするのか。匠の技に期待が高まります。


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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