平安貴族にとって“牛車”とは単なる乗り物にあらず――。
大河ドラマ『光る君へ』の第19回放送をご覧になり、そんな印象を持たれませんでしたか?
藤原伊周が女性のもとへ忍ぼうとしていたところ、邸の前に「立派な牛車」がすでに停車していたことから、女性に「裏切られた!」と思い、その場から立ち去ってしまった。
しかしその後、現場へ引き返し、弟の藤原隆家が矢を放ったところ、立派な牛車の持ち主は花山法皇であることが判明。
一連の出来事は【長徳の変】というトラブルに発展していきますが、ともかくこの場面のストーリー展開は「立派な牛車を見たこと」から始まっています。
実は『源氏物語』や『和泉式部日記』など、こうした牛車を利用したエピソードは他の書物にも載っていて、単なる乗り物以上の存在だったとも言えるのです。
では一体どんな種類があって、誰がどんな風に利用していたのか?
その詳細を振り返ってみましょう。
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牛車には格があり乗れる身分も決まっている
教科書や資料集、絵画、あるいは雛人形などで。
皆さまも一度は牛車を見たことがあるかもしれません。
実は屋根のある常用の車が「ぎっしゃ」と呼ばれ、屋根のない荷運び用の車は「うしぐるま」でした。
では牛車(ぎっしゃ)のほうには、どんな種類があったのか?
というと構成している素材によって“格”が変わり、乗れる人の身分も決まっています。
唐車(からぐるま)
最も格が高いのは「唐車(からぐるま)」といい、屋根の形が特徴的なため、ひと目見ただけでそれとわかるもの。
上皇や皇后、摂関など、当時最も偉い人々だけが乗用を許されたといいます。
逆にいえば、唐車を見たら「ほぼ100%皇族か摂関が乗っている」とわかったわけですね。
檳榔毛(びろうげ)の車
次が「檳榔毛(びろうげ)の車」です。
毛とついているため、なんとなく「動物の毛を使っている」と思ってしまいますが、実は植物の名前。
檳榔(びろう)は東アジアの亜熱帯に分布する常緑高木で、国内では沖縄・九州・四国南部にしかありません。
しかし朝廷には古くから知られていた植物でもあり、仁徳天皇の御製とされる和歌にも詠み込まれています。
この檳榔の葉を割いて糸状にし煮沸したもので車体を造った牛車が、檳榔毛の車です。
煮沸の際に色が抜けるため、白っぽい色になるのが特徴だとか。
こちらは四位以上の位を持つ大臣・大納言・中納言など、摂関に継ぐ地位の人々が使っていました。
糸毛車
次に格が高いのが絹の縒糸(よりいと)で覆った「糸毛車」です。
こちらは中宮・東宮・女御などが主に使う車で、色糸で覆われていて文様が散らされるなど、見た目にも華やかなものだったようです。
網代車(あじろぐるま)
最もスタンダードなのが「網代車(あじろぐるま)」。
檜や竹を薄く削った板を組んで作ったものでした。
上記に当てはまらない貴族が一般的に使うと考えていいでしょう。
輦車(れんしゃ)
他に、女御となる女性が入内する際などに使われる「輦車(れんしゃ)」というものもありました。
これは牛ではなく人が引く車。
それだけでもなんとなく特別扱いだというのがわかりますね。
ちなみに天皇は牛車には乗らず「輿(こし)」を使うので、詳細は後述します。
牛車で身分を偽って……
「牛車の種類で使える身分が決まっている」
ということは、全く関係ないクラスの牛車に乗っていれば、自身の身分や素性を偽ることもできます。
平安時代の例でいえば、和泉式部に惚れ込んでしまった敦道親王が有名でしょうか。
こっそり通うために粗末な車を使用したり、女車(おんなぐるま)と呼ばれる外見に仕立てたことが『和泉式部日記』に書かれています。
「女車」とは車の種類ではなく、女性が牛車に乗る際のルールを適用した状態のことを指します。
牛車は乗り降りの便宜を図るために、四角い筒のような本体の前後にすだれをかけてありました。
女性が乗っている場合、すだれの内側にさらに布をかけて、中が見えないようにしていたのです。
さらにすだれの下から重ねた衣を覗かせて、衣装センスを誇示したりもしました。これを「出衣(いだしぎぬ)」といいます。
出衣は実際に着ているものではなく、出衣のために飾りとして用意することが多かったので、敦道親王はこれを利用して、女性が乗っているように見せかけたわけです。
愛の力のなせる技でしょうかね。
車種についても、本来の敦道親王であれば檳榔毛の車を用いるのがふさわしいでしょう。
しかし、最もスタンダードで出回っている数も多い(誰が乗っているかわかりにくい)網代車を使ったのではないかと考えられています。
『源氏物語』の光源氏も、女性の元へ通う際にたびたび網代車を用いていました。
また「葵」の帖で六条御息所が身分を隠して行列見物をしようと、古びた網代車を使ったために葵の上の従者に侮られ、かの有名な「車争い」のシーンも生まれています。
財政的に豊かな貴族の場合、色々な牛車を家に用意しておき、場合によって使い分けるということも珍しくなかった。
ゆえに、フィクション・ノンフィクション問わず、色々なドラマが生まれたんですね。
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