土曜日に再放送に合わせて、大河ドラマ『豊臣兄弟』をマンガで振り返る――。
第12話の注目は「本圀寺の変後」でした。
秀吉が交渉を任されていた堺の会合衆は信長に屈服することになり、都へ戻った秀吉は「京都奉行」として大いに働きます。
そして女遊びにうつつを抜かし、信長に頭を踏みつけられ……ということで、さっそく本編へと参りましょう!
奉行

◆永禄十二年(1569年)1月に「本圀寺の変」が勃発して、織田信長が上洛。
史実では佐久間信盛や柴田勝家が使者となり堺の直轄化を成功すると、その後、豊臣秀吉は丹羽長秀・明智光秀・村井貞勝らと共に京都での政務を任されました。
具体的にどんな仕事だったのか?
というと相論(裁判)の裁定や権益の保証にはじまり、京都の治安や幕府との調整など。
実質的に「京都奉行という仕事」であって、当時の正式な役職名ではありません。
蹴鞠

◆蹴鞠でマウント取ってくる公家連中は、堂安律とかメッシらと一緒にプレーさせたいす!
大人の店

◆おいおい、小六(蜂須賀正勝)も遊んでる場合ちゃうやろ。
正室の大匠院さんは永禄元年(1558年)に嫡男の蜂須賀家政を産んでいるじゃあーりませんか。
上司登場

◆まさかの上司・織田信長が登場。
実際ドラマの中で秀吉は、小栗信長に顔を踏みつけられていましたね。
長持

◆そんな長持に2人はいってどうすんの?
圧切長谷部

◆この発想はなかった、無さ過ぎた……。
現在も国宝として知られる『圧切長谷部』はもともと南北朝時代に作られた歴史的な名刀。
その名を有名にした強烈なエピソードがあります。
織田信長が、無礼を働いた観内(かんない)という茶坊主を手打ちにしようとした。
しかし、薬棚の下に逃げんこんだため振り下ろすことができない。
そこで観内の身体に刀身を当ててそのまま「圧し切り」した。
ゆえにその名が付けられたというもので、想像するとかなり怖いっすね。
長女

◆我が子を守ろうとする母親の第六感は凄い。
赤児

◆豊臣秀吉と茶々(淀殿)は、それだけの年齢差だったんだよな。
そりゃ、小一郎も引くわ。
茶々については別記事「茶々(淀殿)の生涯」をご覧いただくとして、また来週もよろしくお願いします!
◆『豊臣兄弟』総合ガイド|秀吉と秀長の生涯・家臣団・政権運営等の解説
参考文献
太田牛一/中川太古『信長公記』(2013年10月 KADOKAWA)
岡田正人『織田信長総合事典』(1999年9月 雄山閣)
文:五十嵐利休
【参考】
豊臣兄弟/公式サイト

