戦国史を現代風に大胆アレンジして楽しむマンガ『戦国ブギウギNEO』の第29話。
戦国史に残る最大の激戦「長篠の戦い」に注目です!
長篠といえば「鉄砲の三段撃ちなんて無かった」とか「武田軍の騎馬隊は実際どうだったん?」という話題が注目されますが、今回は四天王にスポットを当てて本編へGO!
設楽ヶ原

◆鉄砲の三段撃ちは出来すぎた話ですが、織田信長が大量に持ち込んでいたのは事実。
むろん武田軍に鉄砲が無かったわけではなく、それよりも戦の命運を分けたのは織田軍が「強固な陣」を構築したことでしょう。
鬼の土木工事で馬防柵と堀を作り、そこは事実上のお城状態。
あとは武田軍を待ち構えるだけですが……。
家臣団の覚悟

◆結果的に大敗して、後に武田家も滅亡したため、無能扱いされがちな武田勝頼。
実際、長篠の戦いに際しては、信玄時代からの重臣たちに止められたと言います。
信玄からの遺言で「風林火山の旗は使っちゃダメ」と言われ、何かと制約の課せられた、可哀想な勝頼さん……。
伝説の男たち

弟の真田昌輝と共に討死します。
そして武田軍の赤備である山県昌景も……。
実際、信長は戦況を眺めて何を思っていたんですかね。
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ナイトう

◆戦場での無傷伝説を誇る不死身の鬼美濃こと馬場信春(信房)さん。
初めて傷つけられた合戦が長篠の戦いという、凄まじい最期となりました。
内藤昌秀(内藤昌豊)さんも渋いすね……。
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海津城の昌信

◆実際の数は千丁だったのでは?とされる織田軍の鉄砲。
勇敢な武田軍は、それでも馬防柵を突破しようと試みながら、堅固な陣を崩すことができず結局、大敗してしまいます。
天正三年(1575年)のこと。
恐るべきは、この長篠の戦いで大敗した勝頼が、そのまま滅亡へ追い込まれるのではなく、なんだかんだで武田軍を復帰させていったことでしょう。
信長に滅ぼされるのは7年後の天正十年(1582年)であり、それまで広大な領土を支配し続けるのです。
詳しくは武田勝頼の生涯記事からご確認を!
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※著者・アニィたかはしの『大河ブギウギ豊臣兄弟編Youtube』はこちらから👇️
文:五十嵐利休





