戦国史を現代風に大胆アレンジして楽しむマンガ『戦国ブギウギNEO』の第12話。
今回は、駿河侵攻を強行して今川氏真を追い出した武田信玄と、それに怒り心頭となってキレる相模の獅子こと北条氏康に注目です!
駿河侵攻

◆今川義元の跡を継いだ今川氏真。
和歌と蹴鞠を得意とする氏真を駿河から追い払うべく、武田信玄は永禄11年(1568年)12月、駿河へ攻め込みました。
北条氏康は、娘の早川殿を氏真に嫁がせていた一方、息子の北条氏政は信玄の娘・黄梅院を妻としています。
ちなみに大河ドラマ『豊臣兄弟』と照らし合わせると、織田信長が美濃を攻略したのが永禄十年(1567年)8月ですので、その約1年後のこととなりますね。
同盟破棄

◆武田信玄の娘にして、北条氏政の妻だった黄梅院。
甲相駿三国同盟により彼女は甲斐から相模へ盛大な輿入れをしておりました。天文二十三年(1554年)のことです。
息子の思惑

◆今川氏真が上杉と手を結び、信玄を滅ぼそうとしている――それを理由に、同盟を破棄して駿河へ攻め込んだ信玄。
そのせいで、命からがら娘の早川殿が逃げ出したことから、北条氏康は武田軍に激怒し、今川へ援軍を差し向けるのですが……。
徳川離反

◆駿河では、今川家の家臣たちがことごとく信玄に内応。
そのため、武田軍に攻撃されるとあっという間に陥落し、約1週間ほどで信玄は今川館を制圧しました。
マンガでも指摘がありますように、この侵攻で最も美味しかったのは徳川家康でしょう。
遠江を制した後に、掛川城にいた今川氏真と和睦して、北条とも手打ちをして、氏真と早川殿の二人は相模へ。
恋の逃避行

◆黄梅院については、離別されることなく相模で生涯を終えた――そんな見方が有力となっています。
いずれにせよ北条氏政さんはモブではなくご立派な御方です!
詳細は別記事「北条氏政の生涯」をご覧ください。
本作の著者・アニィたかはしの『大河ブギウギ豊臣兄弟編Youtube』はこちらから👇️
文:五十嵐利休

