日本中世史のトップランナーとして知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。
今週のテーマは【後藤又兵衛の首は誰がドコへ持っていったのか?】です。
又兵衛の遺骸だけがそこにあった?
◆戦国武将 後藤又兵衛 最期を示す古文書見つかる NHK 特集ダイジェスト(→link)
◆又兵衛の最期、克明に 大坂夏の陣、豊臣方の書面発見 朝日新聞(→link)
◆最期、詳細に 岡山県立博物館、書付を確認 毎日新聞(→link)
本郷「あれ? あれれ? あれれれれ?」
姫「どうしたのよ、いったい。なにキョドってるの?」
本郷「いや、この前後藤又兵衛の最期を示す、っていう古文書を取り上げたじゃない? でさあ、ぼくは新聞報道を鵜呑みにして、いろいろ言ってたんだけれどね。今回、何の気なしに文書の写真を取り寄せて読んでみたら、えええっ! ということがでてきたんだ」
姫「あらあらあら。必ず資料を見なけりゃあ、だめじゃない。で、どのへんがヘンなの?」
本郷「とりあえず、全文を読み下しにしてみるね。脇差し、脇指し、みたいに字が異なっているのは、原文書になるべく忠実に書いたせいなんだ。というわけで、こちら」
一,後藤又兵衛討ち死の時、秀頼公より拝領の脇指し-行光-、是にて又兵衛首を討ち、秀頼公御前にて、かくの如く討ち死つかまつる次第申し上げ候へ、と申し候、長四郎と申す児姓に脇指し相渡し、申され候、長四郎脇指し請け取り候へども、又兵衛印(首級(しるし)のあて字だろう)をあげ候義は罷りならず、脇差しばかり、秀頼公へ差し上げ申し候事、
一、脇におり候小性、是は又兵衛指物のくり半月の片分れを、又兵衛討ち死つかまつり候證拠に、秀頼公へ差し上げ申し候事、
一,平右衛門義は右両人之者仕廻し候後に、其場へ参着申し候事、
姫「これだけじゃあ、よく分からないわよ」
本郷「そう言うだろうと思って、なるべく原文に忠実に訳してみました。こちら」
一、後藤又兵衛は討ち死に際して、「秀頼公より頂戴した行光の脇差、これで私の首を討ち、秀頼公の御前にて『又兵衛はこれこれこのように討ち死いたしました』と申し上げてくれ」と言った。長四郎という小姓に脇差しを渡し、言われたのだ。長四郎は脇差しを受け取ったのだが、又兵衛の首を切ることはできなかった。脇差しだけを秀頼公へ差し上げたのだった。
一、脇にいた小姓は又兵衛の指物の「刳り半月」の片割れを、又兵衛討ち死の証拠として秀頼公へ差し上げた。
一、平右衛門は両人(長四郎と脇にいた小姓)が行動した後に、その場に到着した。
姫「あら?この文書をみただけでは、又兵衛が鉄砲で撃たれたとか、さらにはどこを撃たれたとかは全く書いてないのね」
本郷「そうだね。この資料からでは、そこは分からない。まあ、彼は苦しい息の下、行光で我が首を打て、秀頼様に又兵衛はこのように討ち死にしたと報告せよ、と言ったわけだ。ところが小姓の長四郎は、何でなのかな、又兵衛の首が打てなかった。それで、行光の脇差だけを秀頼のもとに持参したんだ。戦場をかけめぐっている武士ならばあり得ないことだけど、戦いはしばらくはなかったわけだし、小姓だから、なおさら経験がないわけだし、怖じ気づいてしまったんじゃないかな」
姫「え?ということは、よ。その解釈が正しいなら、又兵衛は首を切られてないわけ?彼の首はどこへ行ったの?」
本郷「資料に明記はされていないけれど、又兵衛が望んだことは、我が首を秀頼公のもとへ持参せよ、だったはずでしょ。だけど、二人の小姓は、脇差と損傷した旗指物を又兵衛が戦死した証拠品として提出した、とある。首級は大坂城には運び込まれていない、と考えるべきでしょう」
姫「ちょっと待ってよ。戦死する武将は、我が首を敵に渡すな、と家臣に命じるのよね。長四郎じゃなくたって、だれかが首を切ったんじゃないの?」
本郷「いや、小姓の他には誰もいなかった、と推測したら、どう? 又兵衛が息を引き取るときには、経験値が足りない小姓二人の他には武士がいなかった」
姫「なるほど。それで、そこに平右衛門がやってきた。というわけね」
本郷「平右衛門は金万平右衛門。のちに春日局の元夫、稲葉正成に仕官した。彼の子孫は正成と春日局のあいだに生まれた正勝の子孫、淀藩稲葉氏につかえたそうだよ」
姫「平右衛門はおそらく、経験豊かな武士だったのよね。とすると、彼が又兵衛の首を切り、その首をどこかに埋葬して隠匿したのかしら。そのように推定するのがもっとも妥当なんじゃないかしら」
本郷「ぼくもそう思う。そうするとね、次なる問題は、平右衛門がやってきたとき、二人の小姓が、すでになくなっていたか、もしくは虫の息の又兵衛のそばにいたか、すでに立ち去っていたか、だよね」
姫「もし長四郎がいたのなら、話を聞いた平右衛門は、又兵衛の望み通り、行光で首を切り、大坂城に持ち帰ったんじゃないかしら。でも、彼がそうしたようには古文書には書かれてないわよね。とすると、二人の小姓はすでにそこにはいなかったんじゃないの?」
本郷「うん。ぼくもそう思うんだ。平右衛門がやってきた時、又兵衛の遺骸だけがそこにあった。それで、さっき言ったような始末をつけて、平右衛門は帰城した。そう考えられるわけだ。それで又兵衛の死を上に報告した後に、直接長四郎に会ったか、間接的かは分からないけれど、事の顛末を聞き知って、この書き付けを書いた。つまり文書の記手は平右衛門ではないかな」
姫「うん。今のところ、話の運びに破綻はないわね。とするとよ。行光は長四郎が持っていたのよね。つまり又兵衛の首を落としたのは、行光では、ない」
本郷「そんなんだ。そうなるね。そうすると、正しい報道をしたのは朝日と毎日。あとは間違ってたことになっちゃうんだ」
姫「うーん。やっぱり、きちんと文書を確認するのが大切なのね~」