ちょっと前までは小学校で当たり前のように行われていた「ぎょう虫検査」。
我が国ではすっかりナリを潜めておりますが、数十年前まで「寄生虫」は大変メジャーな病気でした。
仮に感染したところで大した症状のないものも多い一方、恐ろしい症状を引き起こす厄介者もおり……。
今回は、西郷隆盛さんの、タマ(睾丸)に注目します。
テーマは「バンクロフト糸状虫」です。

軍服姿の西郷隆盛/Wikipediaより引用
犬特有の病気ではなく人から人へも感染する
本題に入る前に……。
皆さんは「フィラリア」という病気を聞いたことがありますか?
犬を飼ってる方に馴染み深いはずで、蚊を媒介にしてフィラリアという寄生虫が犬の心臓や肺動脈に住み着き、血液の流れを悪くする病気です。
ゆえに犬特有のものと勘違いされている方も多いかもしれません。
しかしフィラリアは、あくまで「糸状虫」という寄生虫の一種で、他にも数多の種類があって人にも感染します。
中でも人間のリンパ管内に寄生する『バンクロフト糸状虫』は、後遺症として象皮病を起こすことで知られております。
これのドコが西郷隆盛と関係あるのか?
バンクロフト糸状虫は、熱帯・亜熱帯を中心に世界中に広く分布。
日本でもかつては九州や西南諸島を中心として、本州でも見られる病気でした。
西郷は鹿児島の出身だけでなく、さらに南方の諸島へ島送りに遭っています。それも2度も(奄美大島と沖永良部島)。

奄美大島
そうです、彼はこのバンクロフト糸状虫にやられていたのです。
とんでもなく腫れ上がっていた
バンクロフト糸状虫は、その名の通り細長い糸のような形状をしています。

フィラリア/wikipediaより引用
・雄は約6~10㎝で体幅が約3㎜
・雌は約4㎝で体幅が約1㎜
寄生場所はリンパ管です。
そこで卵から孵化したミクロフィラリアが毛細血管に移動し、蚊に吸血されることでヒトからヒトへ感染。
まったく恐ろしい寄生虫が存在するもんです。
ここからの解説は超ザックリ飛ばしまして……要は、この寄生虫の被害に遭うと、最終的に
・陰嚢に水が溜まる陰嚢水腫(タマがめっちゃ膨らむこと)になったり
・足が象のように腫れる象皮病に至る
のです。
聞いてるだけで背筋がゾワッと寒くなりますよね。。
んで、それがどう西郷に影響したのか?
と言いますと……睾丸です。
とんでもなく膨れ上がっていたことで知られているのです。
奄美大島から戻ってスグに沖永良部島へ
西郷隆盛は文政10年(1827年)、薩摩下級藩士の家に生まれました。
11歳のとき喧嘩の仲裁で腕の神経をやられ、武芸ではなく学問に勤しむようになったのは、大河ドラマ『西郷どん』でも描かれていましたね。
彼は、渡辺謙さんが演じる藩主・島津斉彬の目にとまり、異例の抜擢で側近として活躍。
江戸の薩摩藩邸等でも手足となって働きながら、他藩の志士に、その存在や才能を知られていくようになります。
斉彬は、藩政改革や富国強兵策を行った名君として知られる開国派でした。
徳川家定に嫁いだ篤姫の義父にもあたり、【安政の大地震】後に西郷隆盛が輿入れの準備に奔走した――という話もドラマにありましたな。
ドラマの中では、篤姫と西郷のラブロマンス的なシーンもありましたが、私個人的に気になるのは、やはり西郷の睾丸に巣食った寄生虫の存在です。
隆盛は斉彬の死後、後楯を失って奄美大島に送られます。
ここではそれなりに生活をエンジョイしており、現地妻・愛加那との間に長男と長女が生まれました。

愛加那/wikipediaより引用
その後、ほどなくして薩摩へ呼び戻されますが、帰国後から少し経過して新藩主の父・島津久光(青木崇高さん)と仲違い。
今度は沖永良部島へ流されてしまいます。

沖永良部島の田皆岬(たみなみさき)
約1年半の間。
生活は困窮を極め、一時は餓死寸前のガリガリ君になったと伝わる西郷。
ここで同時に、バンクロフト糸状虫にも感染したと思われます。
ちなみに当時は、九州で大きく流行っていた寄生虫のため、どこで感染したのか、正確な場所までは不明です。
いずれにせよ感染の結果、隆盛の陰嚢は陰嚢水腫となり、人の頭くらいの大きさになってしまったのでした。デカすぎ……。
馬に乗れないほどに膨れ上がっていた
さて、大久保利通などのとりなしで再び薩摩に戻った隆盛は、倒幕運動の指導者となり【薩長同盟】に尽力。
江戸城では勝海舟との降伏交渉にあたり無血開城を実現させます。

西郷隆盛と勝海舟の会談を描いた『江戸開城談判』作:結城素明/wikipediaより引用
明治維新以降は参議、陸軍大将として国政に参加しました。
しかし、しばらくして征韓論で大久保らと対立すると、明治6年に官職を辞して薩摩に戻り、私学校で若者の教育に専念します。
こうした幕末から征韓論までの話は以下の記事に詳細がありますので、ご確認ください。
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幕末維新を最も動かした男・西郷隆盛|誕生から西南戦争まで49年の生涯
続きを見る
ともかく西郷が政府を飛び出すと、各地で不平士族の反乱が起き、彼自身もまた西南戦争へ駆り立てられるワケです。
このとき西郷は、巨大化した陰嚢のため馬に乗れず、籠を使ったと伝わります。
胴体だけの遺体に腫れた睾丸
奮闘むなしく西南戦争の敗北を避けられなくなった西郷。
その首は、別府晋介が介錯し、首は埋められました(後にきちんと埋葬されます参照)。
では、どうやって西郷の死を物理的に確認したのか?
と申しますと、胴体だけの遺体にある「睾丸の腫れ」から判断されたのです。
実際は「右肩の傷」や体型なども考慮されましたが、肥大化したタマの存在感も大きかったことでしょう。
明治天皇にも気に入られており、その後西郷は明治22年に名誉を回復しております。
一方、彼のタマを煩わせたバンクロフト糸状虫は、昭和53年の感染を最後に日本からは撲滅されました。
大河ドラマ『西郷どん』で触れられませんでしたけどね。
まぁ、当たり前か。
北斎の絵にも登場しているだと!?
ここからは完全な蛇足で……。
12世紀に書かれた『異本病草紙』には、象皮病のように下肢が腫れた女性の絵と、陰嚢が腫れ上がった男が描かれています。
おそらくやフィラリア症でしょう。
更には、同病状を絵にした世界的画家もおりまして。
葛飾北斎です。

葛飾北斎82歳のときの自画像/wikipediaより引用
文化9年(1812年)、北斎は三島で、膨らんだタマタマを見世物にしていた男の様子を絵にしております。
数十Kgはありそうな「おいなりさん」を布で吊り上げ、駕籠よろしく2人の男で担ぐ、なんともシュールなこの絵。
おそらくやバンクロフト糸状虫感染による陰嚢水腫でありましょう。
日本が誇る北斎が描写していたなんて、なんとも興味深い話ではないですか。
ぎょう虫検査がなくなった学校でも、こうした話を教えれば、生徒たちの知的好奇心も刺激されると思うんですけどね。
そうなったら「ぎょう虫ドリル」も売れるかも?なんてね。
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