明智家 歴史書籍紹介

麒麟がくるオススメ本『征夷大将軍になり損ねた男たち』鎌倉殿の13人にも対応!

大河ドラマが始まり、ストーリーが進んでくると、悩ましくなるのが「オススメ本」。

『どの一冊を買おうか?』
とアマゾンで検索をかければ次から次へとレコメンドが上がってきて、時間ばかりが過ぎていく。

特に、今年の作品『麒麟がくる』で歴史に興味を持った――そんな初心者の方ならなおさらだろう。

そこでオススメしたいのが『征夷大将軍になり損ねた男たち』(TOP画像参照→amazon)。

文字通り「敗者の歴史」から教訓を学び取ろうというテーマの一冊だが、本書がナイスなのは「重要人物の事績がコンパクト」にまとめられていることだ。

織田信長豊臣秀吉といった有名どころから、『麒麟がくる』でメジャーになりそうな三好長慶、さらには三谷幸喜氏の脚本作品で早くも話題になっている2022年大河『鎌倉殿の13人』の主要キャラ多数など、痒いところに手が届くラインナップとなっている。

では、実際にどんな人物がクローズアップされているか?

時代毎に見てみよう。

 

麒麟がくる関連人物

今、皆さんが最も気になっている歴史キャラといえば、やはり『麒麟がくる』の関連人物であろう。

本書に掲載されているのは以下の5名。

麒麟がくる関連人物

明智光秀

足利義維あしかがよしつな

三好長慶

織田信長

足利義尋あしかがぎじん(15代将軍・足利義昭の息子)

パッと見て「ん?」となる人物も含まれているかもしれないが、上から見ていこう。

明智光秀

光秀については「(秀吉を相手に)敗死しなければ将軍になっていたのか」という、誰もが興味をそそられる歴史IFに取り組んでいる。

天正十年(1582年)6月2日、本能寺に襲いかかった明智軍。

当時、畿内周辺には、すぐさま敵になりそうな有力武将はおらず、一定の時間をかければ平定できる――そんな状況であり、光秀と昵懇の仲であった公家・吉田兼見の話も盛り込みながら、著者は将軍就任の可能性を探る。

「はじめに」という本書プロローグで触れられているのは、その後の足利義維・三好長慶・織田信長・豊臣秀吉の項目で「戦国史」の流れが描かれるからであろう。

実のところ、光秀の歴史の多くは闇に包まれており、信頼できる史料が少ない。

ゆえに周辺武将の事績などから人物像が描かれることが多く、この一冊では「将軍になれなかった他の武将」に着目することで、当時の全体像を把握できるようになっている。

足利義維

例えば足利義維などは、通常の歴史コンテンツには滅多に登場しない人物である。

しかし、実は当時の将軍候補として担がれた重要人物であり、『麒麟がくる』にも登場する細川晴元と密接に関わっている。

普通、戦国史というと武田信玄や織田信長、あるいは伊達政宗真田幸村真田信繁)を思い浮かべる人が多いが、京都が戦乱に巻き込まれた1467年応仁の乱(応仁・文明の乱)から織田信長が上洛する永禄十一年(1568年)までの約100年間、畿内では足利氏を中心に細川氏、山名氏、三好氏、畠山氏らの諸勢力が熾烈な争いを続けていた。

彼らの争いを全て書こうとすればキリがない。

では、どの辺から注目すれば信長登場のクライマックスに至りやすいか?と考えると足利義維&周辺武将となる。

その周辺武将にいたのが細川晴元であり、晴元に続いてキーマンとなるのが次の“将軍になれなかった男・三好長慶”だ。

三好長慶

三好長慶と言えば、俗に「日本の副王」という渾名がつけられるなど、信長以前の「天下人」として戦国ファンには知られた人物である。

三好長慶/wikipediaより引用

しかし、大河ドラマで初めて知った――という方も少なくないであろう。

そんな状況を想定したのであろうか。本書では三好氏の出自(鎌倉幕府御家人・小笠原氏の支族)というフォローも入れながら、将軍になれなかった足利義維の歴史から繋がるように話が進められる。

相次ぐ戦乱により将軍も管領も不在となった京都。

そこで「実質的な天下人であった長慶」と記す本書では、松永久秀足利義輝といった『麒麟がくる』の注目人物を取り上げながら、知られざる三好長慶の事績に触れていく。

なぜ長慶は「実質的」で終わったのか?

端的に結論を結びながら、先へ続く。そう織田信長の時代到来だ。

織田信長

日本で最も人気のある戦国武将は誰か?

そう問われたら、ほぼ100%の確率で1位となる織田信長。『信長公記』をはじめ各種史料からその実像に迫る試みがされているが、本書が注目したのは当然ながら「征夷大将軍」という肩書である。

征夷大将軍とは?
正確には「令外官りょうげのかん」の一つであり、この語句を少し詳しく説明すると「律令制で定められた新設の官職」となり……要は、朝廷のオシゴトの一つ、かつその枠組みの中に武家が取り込まれる意味も含む。あくまで形式ではあるのだが、鎌倉時代室町時代と続いてきた公家と武家の共存システムだ。

足利義昭を京都から追放し、さらに存在感を増す信長を、その中に取り込むのは朝廷にとって死活問題。

そこで「太政大臣・関白・征夷大将軍」のいずれかに任命するという「三職推任」の構想が持ち上がるのだが、信長はどんな反応だったのか……。その考察は本書に譲り、先へ進もう。

足利義尋である。

足利義尋

足利義尋もまた一般的にはマイナーな人物であろう。

ゆえに「とっつきにくい」と思われるかもしれないがご安心を。話の趣旨としては、まず織田信長と足利義昭の対立があり、京都を追い出されるまでの流れが記されている。

細川藤孝三淵藤英伊勢貞興といった明智光秀(麒麟がくる)にとっても重要な人物を絡ませながら、毛利家を頼るところまでが描かれるのだ。

正直、「足利義尋の詳細を知りたい」というコアなファンには物足りないかもしれないが、大河ドラマを補完したい方には十分であろうか。なんせ当時は赤ん坊の歳であり、書く情報が限られるという事情もある。

ともかく義昭が逃避先に選んだ毛利氏にも織田軍の脅威は迫る。

その先頭に立っていたのが豊臣秀吉だ。

豊臣秀吉

庶民層から天下人へと昇りつめた、他に類を見ない出世人の豊臣秀吉。

近衛前久の猶子となることで、「征夷大将軍」ではなく「関白」に就任した。

豊臣秀吉/wikipediaより引用

将軍にはなれなかったのか? ならなかったのか?
公家に憧れていたから関白なのか?

これまた戦国史で抱く素朴な疑問の一つであり、本書から答えを引用させてもらうと……。

十一月、秀吉は従三位権大納言に叙任されて公卿となった。この際、征夷大将軍の兼任を勧められたがこれを断ったとされている。
(中略)現状からは秀吉が征夷大将軍を望めばなれたのである。(本書より引用)

よく「源氏じゃないから」とか「足利義昭の猶子を断られたから」といった理由で説明のされがちな秀吉の征夷大将軍未就任問題。要は、秀吉の方から拒否したのであった。

となると戦国ファンは「拒否した理由(将軍職より関白の方が上だから等)」を詮索したくなるが、それを端的に語るには難しいというのもあるのだろう。

『麒麟がくる』に直接関わる人物紹介はここまで。いったん目次をご覧に入れたい。



 

47名の登場武将ラインナップ(目次)

本書のラインナップは以下の通り。目次に沿いながら説明していこう。

はじめに

明智光秀は将軍宣下を受けていたのか

第一章(15名)

【武家の棟梁“将軍”になり損ねた平安末期・鎌倉時代の人物】

◆武田信義(甲斐源氏の棟梁・源頼朝に従った源氏の一派)

◆武田有義(甲斐源氏・梶原景時の変に連座)

鎌倉法印貞暁かまくらほういんじょうぎょう頼朝の庶子)

一幡いちまん源頼家の長男・幻の三代将軍)

公暁くぎょう(源実朝を暗殺した源頼家の次男)

栄実えいじつ(二度も将軍に推されながら自害した頼家の庶子)

禅暁ぜんぎょう北条氏の犠牲になった頼家の庶子)

平賀朝雅ひらがともまさ北条家の権力争いに巻き込まれて誅殺された源氏一門のトップ)

阿野時元あのときもと(実朝亡き後の将軍を狙い失敗→自害)

北条義時(鎌倉殿の13人主役・桓武平氏である平直方の子孫を称する※別説あり)

源頼茂みなもとのよりしげ(摂津源氏の嫡流)

一条実雅いちじょうさねまさ(北条義時の娘婿)

頼仁親王よりひとしんのう(父の後鳥羽上皇に将軍職を阻まれた親王)

安達宗景あだちむねかげ(北条に寄りながら源氏に改姓し霜月騒動で死亡)

平資宗たいらのすけむね(讒言により将軍就任を疑われ平禅門へいぜんもんの乱で死す)

第一章を読んでいて、あらためて驚かされるのが圧倒的な「惨死」の多さである。

少し疑われただけで征伐される一族。

讒言によって次々に消される御家人・御内人みうちびと(北条家に仕える武士)たち。

時に、ひたすら平身低頭して従っても、一度謀反を疑われたら死も同然という殺伐した環境なのだ。

応仁の乱のような大々的な戦乱はなく、現代人が平穏なイメージを抱きがちな鎌倉幕府の成立後、実は戦国時代以上に厳しい謀殺があちこちで行われていた。彼ら鎌倉武士の前では日本三大梟雄に数えられる斎藤道三宇喜多直家ですら可愛いものだ。

三谷幸喜氏が題材に選んだだけのことはあり、この時代こそドラマにとってはネタの宝庫であり、今のうちに時代背景を把握していくと『鎌倉殿の13人』が飛躍的に楽しめるようになるであろう。

以下、目次に沿って概説を続けていこう。

第二章(13名)

【乱世に“将軍”になり損ねた室町・戦国時代の人物】

新田義貞(同族・足利氏とライバル関係にあった河内源氏)

足利直冬あしかがただふゆ足利尊氏と反目した尊氏の長子)

足利義嗣あしかがよしつぐ(皇位簒奪説を囁かれる足利義満の子)

虎山永隆こざんえいりゅう大覚寺義昭だいかくじぎしょう梶井義承かじいぎしょう足利義教あしかがよしのりが将軍に選ばれたくじ引きで外れた者たち)

足利義視あしかがよしみ(次期将軍候補から転落した足利義政の弟)

足利持氏あしかがもちうじ(籤引き将軍に不満爆発の鎌倉公方)

足利義維あしかがよしつな(将軍候補に担がれながら結局叶わず終わった堺公方)

◆三好長慶(細川氏の家臣から実質的な天下人に昇り詰める)

◆織田信長(征夷大将軍の就任を要請されるも本能寺に斃れ)

足利義尋あしかがぎじん(父・足利義昭の敗走により人質となる将軍の息子)

◆豊臣秀吉(足軽の子から関白へ、史上類を見ない出世を果たした天下人)

足利義維以下は、前述の通りとして……やはり室町時代は将軍家による終わりなき内紛が凄まじい。

骨肉の争いは源氏の血とでもいわんばかりに、とにかくすぐに不満噴出でトラブル発生。

その中で注目してみたいのが、足利義教が「将軍に選ばれた籤引き」に敗れ、表舞台から敗れ去った者たち(いずれも足利義満の子)である。

将軍を決めるのに籤引きって冗談でしょ?
と思われるかもしれないが、歴史ファンにとっては割と注目度の高い話。

足利義教/wikipediaより引用

本当に運不運が作用したのではなく、周囲から文句を言われないよう「御神託」というカタチにするための出来レース、つまり最初から足利義教に決まっていた――なんて指摘もあるけれど、実施されたのは間違いないのであろう。

将軍就任後の義教は、あろうことか「万人恐怖」と呼ばれる弾圧政治を強行し、最終的には、配下の大名邸に招かれたところで暗殺に散ってしまう。

これに対し、クジに外れた三者たちは……これがまた三者三様で何の脈絡もないのがリアルで殺伐としている。本書をご覧あれ。



次の第三章と第四章はまとめて見ておこう。

第三章(14名)

【太平の世に“将軍”になり損ねた江戸時代の人物】

結城秀康(秀吉に養子入りして将軍の資格を失った家康次男)

◆伊達政宗(奥州名門・伊達家の当主)

徳川忠長徳川秀忠夫婦に溺愛された三代将軍候補)

徳川頼宣とくがわよりのぶ御三家紀伊家の祖となった家康の十男)

有栖川宮幸仁親王ありすがわのみやゆきひとしんのう(大老・酒井忠清が推した宮将軍候補)

徳川綱教とくがわつなのり(六代将軍の候補となった綱吉の娘婿)

徳川吉通とくがわよしみち新井白石の正統論で排除された七代目将軍候補となった尾張藩主)

徳川継友とくがわつぐとも(八代将軍・吉宗に阻まれた尾張徳川家藩主の継友)

◆松平清武(大奥の権力争いに翻弄された甲府藩主・徳川綱重の二男)

徳川宗春(幕府の通達とは真逆の政策で蟄居を命じられた尾張藩主)

◆田安宗武(御三卿の一つ・田安家の初代当主)

徳川家基とくがわいえもと(十一代将軍候補だった徳川家治の嫡男は突然死を迎える)

清水重好しみずしげよし(御三卿清水家の初代当主、一橋家に将軍の座を奪われる)

松平定信田沼意次の妨害で将軍になれなかったことを恨んでいた)

第四章(4名)

【将軍に替わる“トップ”になり損ねた幕末維新の人物】

徳川慶喜とくがわよしのぶ大政奉還後の政治体制を見誤り朝敵にされた元将軍)

徳川昭武とくがわあきたけ(慶喜に次期将軍を期待されていた水戸藩主・徳川斉昭の十八男)

徳川家達とくがわいえさと(徳川宗家を継いだ幻の十六代将軍)

榎本武揚えのもとたけあき(蝦夷共和国の総裁になった秀才の元御家人)

何かあればすぐに暗殺謀殺だった中世と異なり、江戸時代はまさに政争の時代。物騒な話が減るに比例して、権力者たちの人間関係も現代の組織図に近づいている印象を受ける。

そこでビジネス(経済)に注目すると、断然面白いのが徳川宗春だ。

質素倹約を良しとする幕府の基本方針に真っ向から反対した宗春は、金は使うことにより市井の経済も景気が上向くとして、御三家の尾張徳川家という立場ながら江戸とは真逆の動きをし続けた。

結果、吉宗の怒りが頂点に達し、蟄居。

同じく重商主義だった田沼意次に恨みを持ち、寛政の改革を推し進めた松平定信も掲載されているが、

徳川宗春――徳川吉宗
田沼意次――松平定信

という図式がどことなく似ているのも非常に興味深い。

松平定信/wikipediaより引用

江戸幕府の封建体制が盤石だからこそ、経済の安定(暮らしぶり)が政権運営の安定性に直結するのであろう。

最近では田沼意次や徳川宗春の政治手腕を再評価される動きもあって、歴史も日々動いていることがわかる。

今は『麒麟がくる』が放映されていて戦国武将への注目度が非常に高い。

本サイトでのアクセスも彼らの記事ページに集中しているが、個人的には『鎌倉殿の13人』の舞台となる第一章が特にオススメ。

とっつきにくい同時代の重要人物を効率的に触れることができ、もしかしたらドハマリしていく読者もおられるのではなかろうか。

非常にコスパの良い一冊である。



文:五十嵐利休武将ジャパン編集人)

【参考】
『征夷大将軍になり損ねた男たち』(→amazon

 



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