2014年の本屋大賞に選ばれ、戦国ファンの間で話題になった『村上海賊の娘』。
『のぼうの城』でお馴染み、作家・和田竜さんの小説です。
織田信長と戦った村上水軍、その女性戦士が主人公という話ですが、実は村上水軍 vs 織田軍の前の時代、もう一人の「村上海賊の娘」がおりました。
彼女の場合は【村上水軍vs村上水軍】という戦いの中に、悲恋を育てていった実在の人物として、地元、愛媛県で語り継がれています。
名前は鶴姫――。
一体この姫の何が悲恋なのか?
歴史を振り返ってみましょう。
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瀬戸内海のジャンヌ・ダルク=”海賊”兼”神官”の娘
NHK大河ドラマ「八重の桜」の山本八重は、幕末のジャンヌ・ダルクと呼ばれています。
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ただし、八重は、新島襄と幸せに……って、そんなのジャンヌじゃない!!!
フランスvsイギリスの百年戦争に、突如さっそうと現れたジャンヌ・ダルクは、大活躍からわずか2年で処刑されてしまいます。
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一方、本稿の主人公である瀬戸内海のジャンヌ・ダルクは?
瀬戸内海に浮かぶ大三島(愛媛県今治市)――。
伊予国一の宮の大山祇(おおやまつみ)神社があります。
ここの神社の宝物館には、とりわけ小さく、胴体にくびれがあって異彩を放つ甲(胴丸)こと「紺糸裾素懸威胴丸」が展示されております。
以前も書いたが、大山祇神社の紺糸裾素懸威胴丸が鶴姫所用だというのは、昭和41年から出た新しい話。ボン・キュッ・ボンに見える胴の形からそういう話ができたが、室町末期の胴丸・腹巻は徒立攻城戦に特化した結果、大体あんな形になった。甲冑が残る毛利元就や武田勝頼も実は女の子でしたってか? pic.twitter.com/Q1XAXC1MJd
— よろいぐるい (@yoroi_gurui) July 8, 2017
今回はその持ち主と伝えられる乙女武将のロマンチックかつ悲劇の恋を行く末について書き記したいと思います。
実在した?聖戦士少女
鶴姫は1500年代に実在した武人で、現存する重要文化財の中でも唯一無二の女性専用甲冑を残した人物です。
16世紀の四国地方はというと、豪族や海賊が入り乱れて4つの国で割拠、そのうち伊予国(愛媛)は河野氏(越智氏)の治めていました。
鶴姫はその河野氏の部下にあたる大祝家の娘でした。
大祝家とは、大山祇神社の神主です。
兄で嫡男の安舎が戦死を遂げた後は、陣頭に立ってそんな少女が水軍との戦いに勝利を収めたのです。
しかも、当時16歳の少女。
鶴姫はまさにジャンヌ・ダルクのような「聖少女」だったのです。
現在では、戦国BASARA3にも登場するほど知名度があがってきています。
が、愛媛県民からみた鶴姫というのは「瀬戸内のジャンヌ・ダルク」という強い少女よりも「悲恋の女武将」というイメージが強い。
と、言いますのも数年前に鶴姫が主人公のミュージカルが松山市で発表され、これがかなり好評で、市民に「鶴姫=悲恋」というイメージが浸透しているのです。
もちろん創作ベースではありますが、伊予っ子に流れる「瀬戸内海のジャンヌ・ダルク」の物語は以下のようになります。
兄の安舎が戦死したために、女の身でありながら戦に赴き、そこで貴公子・越智安成と出会い恋に落ちます。
結婚まで約束した仲であったにも関わらず、彼女が出陣する直前に戦死してしまうのです。
ミュージカルではこうでした。
安成とようやく結ばれることになる結婚を前に母君が美しい着物を用意し、鶴姫はそれを見て早く彼に見せたいという思いに駆られます。
しかし、その着物を試着していた矢先、安成の戦死が伝えられる……。
当時、恋愛から結婚に発展することがあったのか?
実際はもっとシビアな世界だったと思われますが、彼女の悲劇は現代の女性の心に刺さるのです。
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