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【信長の死因】
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死因は火傷と一酸化炭素中毒が9割
仮に信長が切腹で絶命した場合、「死んでから焼けた」で話が終わります。
では、切腹でうまく死ねなかった場合、あるいは切腹せずに死んだ場合はどうなるのでしょうか?
ここからが『焼死』の話になります。
火災による死因の統計をみると、火傷によるものが45%程度、一酸化炭素中毒・窒息によるものも同程度で、この2つが9割を占めます。
『一酸化炭素中毒』は恐ろしい症状です。
火災現場でモノが燃えると様々な有毒ガスが発生しますが、その中で死亡原因の1位を占めるのが一酸化炭素なのです。
なぜ、そんなに悪名高いのか?
一酸化炭素はどんなモノが燃えても発生し、特に酸欠で不完全燃焼をした場合に多く発生するからです。
しかも、赤血球中のヘモグロビンと結合しやすい(酸素の約250倍)上に、ヘモグロビンが酸素を放出しにくするため、凄まじい勢いで全身が酸欠に陥ります。
真っ先にやられるのが脳ですね。
さらに厄介なことに一酸化炭素は無臭でして。中毒初期(頭痛や耳鳴り)ではそれが原因と気付かれにくく、締め切った室内でジワジワと中毒になる場合、「気がつくと身体が動かない、または意識が薄れて昏睡」となります。
ある程度高濃度(1%以上)になるとわずか1〜3分で昏睡状態となるのですから、名前の割にエグいやつとご理解いただけるでしょうか。
木材建築でも一酸化炭素中毒は危ない
本能寺は言うまでもなく完全なる木材建築です。
明智に火を放たれた場合、轟々とよく燃えるため不完全燃焼とはならず、したがって一酸化炭素中毒の可能性を考えなくてもよいのでは?
そう考えるのが普通の感覚でしょう。
しかし現実は「可能性アリ」です。
急激な燃焼拡大のため空気の供給が追いつかず、極度の酸欠状態となって一酸化炭素濃度が致死量に達することもままあるのです。
正直、申し上げますと今回の信長さんのように逃げ場が無い場合、高濃度の一酸化炭素で意識が飛んだ方が楽に死ねて良いと思われます。
万が一、一酸化炭素中毒の状態で助け出された場合、治療方法としては酸素投与、場合によっては高圧酸素投与が考えられますが、いったん回復しても数ヶ月後に認知症のような状態になる場合もあるのです。
戦国時代でしたら、まぁ、手の施しようがないでしょう。
当時の建設素材は今と違って石油製品がありません。
ゆえに一酸化炭素以外の有毒ガスは少なかったと推測されます。
もしも絶妙な風通しで一酸化炭素が発生しなかった場合、信長さんはいかにして死んだと考えられるのか。
これが悲惨です。
高温による気道熱傷または皮膚熱傷で死に至る可能性が高く、とてつもなく辛い!
自殺の中で一番苦痛なのが焼身自殺だそうで、今となっては一酸化炭素中毒であったことを願うばかりです。
合戦の目的を部下に浸透させなかったのが敗因かも
さて、信長の遺体が見つからなかった理由ですが……。
当時の本能寺は外敵に備え堀や土塁を有するなどちょっとした城の様相を呈していました。そのため本能寺には火薬の貯蔵庫があり、それに引火して爆死または遺体がバラバラという説もあります。
私の考え方は別です。
「信長を討つ」という目的を殆どの部下に伏せていたため、
きちんと首級をあげられなかったこと
が最大のミスだったと思います。
信長の家臣たちに「遺体を隠したり、良く燃える場所に置いたりする隙を与えて」しまった。
結局、光秀は信長の首がなかったことから「本当に死んだのか?もし生きてたらヤバイじゃん!」となって味方を増やすことが出来ず、秀吉との【山崎の戦い】で敗北しています。
三日天下、実質的には13日後に露と消えたのでした。
なお、一般的にフィクション作品で描かれる信長の死は、多くが【敦盛を舞って】おります。
しかしこれはどこにも史料がなく、完全な創作。
『信長公記』の中にある「敦盛を好んだ」という記述、あるいは『道家祖看記』の中にある「桶狭間の出陣前に敦盛を舞った」という表現から着想を得たのでしょう。
炎をバックに敦盛を舞う信長はビジュアル的には最高ですよね!
ただ、実際は難しいはず。
人間五十………ゲボゲボ………。
下天の………ゴホッ………。
夢………バッタリ………。
燃え盛る炎の中で咳き込みながら舞うのはさすがに無理かなぁと思う次第であります。
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文/馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)
本人のamebloはコチラ♪
◆拙著『戦後国診察室2』を皆様、何卒よろしくお願いします!
【参考】
谷口克広『織田信長家臣人名辞典(吉川弘文館)』(→amazon)
谷口克広『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon)
織田信長/wikipedia
本能寺の変/wikipedia
焼死/wikipedia
法医学要点/金沢大学
有毒ガス・煙の危険性/RESCUE
火災からの避難/横浜市