史実を現代風に大胆アレンジして楽しむマンガ『戦国ブギウギ』、その完全リニューアル版・NEOの第5話。
今回は、前田利家に注目です。
信長親衛隊「赤母衣衆」のリーダーとして知られる利家ですが、実は桶狭間の戦いのとき、出仕停止の処分を受けていました。
一体なぜ?……ということで本編へと参りましょう!
丸根砦建造中

◆信秀から信長に代替わりした後、何かと反抗的だった山口教継がついに裏切り、鳴海城・大高城・沓掛城が今川方に落ちるという大ピンチを迎えていました。
以下の地図でご覧ください。
左上の黄色い拠点が織田信長の清州城で、紫色が熱田神宮。
そして下の赤い3つの拠点が左から
・大高城
・鳴海城
・沓掛城
となっています。
尾張の南部の勢力図が一気に替わってしまったのですね。
そこで信長は、それぞれの城に付城(砦)を設置して対抗します。
大高城に対しては鷲津砦と丸根砦。
鳴海城に対しては丹下砦と善照寺砦と、その先に中島砦。
こちらも地図で確認しておきましょう。
左下にある赤い拠点が大高城(今川方)で、その右にある二つの黄色い拠点が左から鷲津砦と丸根砦(いずれも織田方)。
左上にある赤い拠点が鳴海城(今川方)で、その周囲にある三つの黄色い拠点が上から丹下砦と善照寺砦と中島砦(いずれも織田方)。
右側の赤い拠点が沓掛城です。
これが桶狭間の戦い前の状況ですが、本戦へ進む前に、前田利家の動向を確認しておきましょう。
笄事件

◆前田利家は永禄元年(1558年)にまつ(篠原家)と結婚。
しかし、その翌永禄二年(1559年)事件を起こしてしまいます。
信長寵愛の同朋衆である拾阿弥に笄(こうがい)を盗まれ、いったん事態は治まるも、その後も侮辱し続けられ、ついに利家はブチ切れて拾阿弥を斬殺してしまったのです。
俗に「笄斬り」と呼ばれ、以降、利家は織田家への出仕停止の処分にされてしまいました。
なお、笄は髪を整えたり、髪型を崩さずに頭皮をかくための道具でして、しかもそれはまつの父・篠原主計の形見の品。
利家にとっては、非常に大切な物だったのですね。
ブチ切れて当然かとは思います。斬殺まですべきかどうかという話ではありますが……。
出仕停止

◆今度の戦とは「桶狭間の戦い」ですが、まだ当人たちはこの時点で知るはずもありません。
寧々さん

◆秀吉は桶狭間の翌永禄四年(1561年)、浅野長勝の娘(養女)であった寧々と結婚します。
桶狭間の戦いが、織田家にとって色々な契機となったのがわかりますね。
オケかハザマか

◆次回はいよいよ桶狭間の戦いの始まり!
1/22掲載予定ですので、引き続き『戦国ブギウギNEO』をお楽しみ下さい!
なお、ショート動画で楽しめる、アニィたかはし『大河ブギウギ豊臣兄弟編Youtube』はこちらから👇️
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文:五十嵐利休




