戦国史を現代風に大胆アレンジして楽しむマンガ『戦国ブギウギNEO』の第26話。
美濃攻略から近江へ。信長の義弟・長政の裏切りに遭い窮地に陥った織田軍はその後、紆余曲折を経てようやく小谷城の攻略に成功します。
働きを認められた秀吉は旧浅井領を与えられ、新たに長浜城を拠点とするわけですが、何より足りないのは家臣! というわけで、さっそく漫画で確認してまいりましょう!
閉店

◆美濃の斎藤氏攻略から近江の浅井氏攻略へ。
大活躍だった秀吉に対して、お市の方が良い感情を持つことは考えにくいですよね。
しかし、彼女の長女である茶々(淀殿)が後に秀吉の妻となるわけで……戦国の世とは色々とややこしいです。
ヒラ君

◆賤ヶ岳七本槍の一人・平野長泰。
尾張国津島の出身とされる武将であり、近江に移ってから父の縁を通じて秀吉に仕えたと考えられています。
賤ヶ岳の戦い後に5,000石の所領をゲット!
その他に際立った功績は無くても、ちゃっかり徳川政権でも生き延びました。
清洲の思い出

◆大丈夫だよ、寧々さん。
あなたのコミュ力が秀吉を裏から支え、後に豊臣政権が成立するのだから。
そうでなければ妻の座から引きずり降ろされてたのでは? と指摘する研究者もいます。
なんせ政権維持に「使えない」と判断されたら冷酷な豊臣秀吉だけにクビにされるリスクもあり、逆に残されるということは「使える」ということであり。
シビアな世界っすわ。
長浜の客

彼らもまた長浜の秀吉に仕え始めたとされる豊臣恩顧の武将たちですね。
長浜城の人柱

◆まだ迷信が信じられていた時代。
城と人柱伝説は、他にも松江城なども有名ですが、長浜城にもありました。
「おきく」と「おかね」という美女が埋められたというものですね。
信長さんの安土城ですら「お静」という女性の人柱伝説が残っているのだから恐ろしいことです。
なぜか怪談話が多い松江城については、以下、堀尾吉晴の記事からご参照ください!
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尾張の戦国武将・堀尾吉晴の生涯|秀吉に信頼された豊臣三中老とはどんな存在?
続きを見る
羽柴家臣団については、こちらから!
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下層階級出身で譜代家臣のいない秀吉|どうやって羽柴家臣団を作ったか?
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※著者・アニィたかはしの『大河ブギウギ豊臣兄弟編Youtube』はこちらから👇️
文:五十嵐利休



