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【『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』】
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名前を奪われて
トランボの分け与える性格は、投獄と出獄を経てから発揮されます。
偽名でB級映画の脚本を量産することを決意。もらった仕事を仲間に分け与え、リライトを担当することにしたのです。
租税濫造しても才気あふれるトランボは、ともかく面白いものを書いてしまいます。
それでも偽名で執筆するB級脚本の単価は安く、一日中休みなくタイプライターと向き合う生活になってしまうのでした。
さらにこの作業には家族の協力が不可欠です。
まだ十代の息子や娘も、電話の応対や原稿運びを手伝うことになりいます。ときには、デートの約束すら犠牲になることも。
悔しいのはそれだけではありません。
『ローマの休日』は別人名義。
『黒い牡牛』は偽名。
アカデミー賞という最高の栄誉を受賞しても、トランボは授賞式をテレビで見るしかありません。
名前を盗まれる屈辱を味わうしかありませんでした。
しかし、このあたりからおかしさに気づくようになります。
トランボって、そもそもなんで脚本家として追放されたんでしたっけ?
共産党員である彼の書く作品は、悪影響を与えるとみなされていませんでしたか?
悪影響を与えるどころか、皆に愛されているではないですか。
弾圧のための弾圧という愚かしさ
トランボが隠れ潜む日々は、終わりを告げます。
隠しきれない才能を求めた俳優のカール・ダグラスと、監督のオットー・プレミンジャーが、洞窟から引きずり出すように彼を表に出すのです。
彼を目の敵にするジャーナリストはたちまち群がり、ダグラスに翻意を求めます。
が、彼はそれを軽くあしらい、脅しにも屈しません。
それにしても、この脅迫を仕掛けてくるヘッダ・ホッパーの醜悪さときたらありません。
演じるヘレン・ミレンはエレガントで美しい女性ですが、権力を笠に着ていやらしく微笑む姿は、まさに醜悪。そして、滑稽でもあります。
振り回す権力がもはやないのに脅しをかけてくる姿は、ハリセンを武器としているような馬鹿馬鹿しさがあるのです。
こうなってくると、そもそもホッパーのような人間は何から何を守りたかったのか、と思えてきます。
彼女らが何をしようと、トランボは映画の脚本をこっそりと書き続け、多くの人々がそれを見ました。見ただけではなく、感動しました。
そこに、どんな悪影響があったのでしょう?
『ローマの休日』で感動した観客は共産主義者になりましたか?
『黒い牡牛』のヒットのせいで、アメリカにソ連のスパイが溢れるような状況になったのでしょうか?
結局のところホッパーのような人は、弾圧を娯楽として弄び、お手軽に振るうことのできる権力の斧としていたに過ぎません。
そんなくだらないおもちゃの斧ですら、トランボのような人々を傷つけ、死に追いやったと思うとあきれ果ててしまいます。
本作はトランボの精神力や偉業を讃えるだけにはとどまらず、言論弾圧の馬鹿馬鹿しさも描いています。
こういう黒歴史があるからこそ、ハリウッドでは言論の自由があるのだと実感できる作品です。
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著:武者震之助
【参考】
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(字幕版)』※amazonプライムでレンタル400円(→amazon)2024年7月17日現在