アニメ放送だけでなく、映画の興行収入もコラボ製品も、すべてが絶好調の『鬼滅の刃』。
しかし、そんな中でもグッズが売れ残り、人気投票でも順位が低迷してしまう気の毒な人物がいます。
岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)です。
彼はなぜかくも不人気なのか。
その理由を考えると、個人的にはひどく単純な結論に落ち着いてしまいます。
見た目があまりに怖い!
大柄で、白目で、涙を流していて、なんだか恐ろしいぞ……。
と、読者の年齢が低ければ低いほどそうなるのではないでしょうか。
それでも彼は最強であり、魅力的で、伝統的でありながら斬新な一面を持っています。
8月23日は、そんな悲鳴嶼行冥の生誕日。
今回は彼のことを歴史的に考察してみました。

『鬼滅の刃』15巻(→amazon)
マッチョは噛ませ犬? どうしてそうなった?
悲鳴嶼行冥は、逆に意外性があるという意見もあります。
「パワー系でモーニングスター使い、しかも最強なんて、噛ませ犬かと思っていた」
「最強なのにいきなりやられて、そこから盛り上げるのかと思っていた」
「マッチョだし、最年長だし、イケメンでもないし。これでもかというぐらい、すぐやられそうだったのに」
いやいやどうして、冷静に見れば、彼には当初から強い要素が揃っていました。
◆体格
身長と体重があればあるほど強い。
最強順位は、身長体重と比例します。ゆえに小柄なしのぶは工夫しております。
◆鈍器使い
「日輪刀」なのに鈍器って……。しかも手斧と棘鉄球とか……一体どういうこと?
そう突っ込みたくなるかもしれませんが、合理的なのです。
鋭く研いだ刀は、わりと簡単に折れます。本作でも破損させている隊士が多いものでした。
日本刀が実戦で用いられたのは、実はそこまで期間が長いわけでもありません。
日常的に暴力と隣り合わせの戦国時代は、むしろ鈍器や長柄武器を使う武士が多かった。
鈍器は、破損もしないし、リーチも長い!
堂々たる最強の武器なのです。
ただね……そこはフィクションだからさ……そんな当たり前じゃつまらないし、「刀」というお約束ってものがあるじゃない……と思われるかもしれません。

しかし、大正時代を生きている炭治郎であればどうか?
彼の返答を想像してみますと、困惑しつつ、こんな風に語りそうな気がします。
「(当時の庶民が楽しんだ)講談では、大柄な僧形が強いのは、むしろ当然のことです」
私たち現代の漫画読者が大型プレイヤーに魅力を感じないのは、かつてのお約束が変化していて、それに慣れ切ったからのこと。
大正時代の視点からすれば、行冥にはモチーフとなったキャラクターがいて、かつ問題なく【最強枠】であると推察できるのです。
僧形の怪力 それは最強の証!
悲鳴嶼行冥は、初期段階では【剃髪している構想】だったと思われます。
大柄な僧形の柱――そこから途中で髪の毛が加えられたものと推察できます。
それでも厳つい外見ではありますが、日本も含めた東洋の伝統では、典型的な人気キャラの一つでした。
ここまで申し上げれば、その代表例も自ずと頭に浮かんでくるかもしれません。
そう、弁慶です。
源義経を守った武蔵坊弁慶は、例えば『勧進帳』など歌舞伎でも大人気の演目ですし、2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でもいい味を出していました。

武蔵坊弁慶/wikipediaより引用
一致度が高いといえば『水滸伝』の魯智深あたりでしょうか。
“花和尚”という二つ名を持ちます。
この手のパワフルキャラの特徴は以下のようなところです。
『水滸伝』は中国の古典的作品ですが、日本でも大人気でした。
かつては『三国志演義』と並ぶ双璧の人気を誇り、絵画、そして刺青の題材としても大人気でした。
よろしければ
【花和尚 魯智深 鬼退治】
というキーワードで検索してみてください。
どれほど日本でも愛され、かつ鬼退治のシンボルであったか、理解いただけるかと思います(ただし、裸体画像が表示されますので各自ご注意を)。
横山光輝の漫画化も、実は『三国志』よりも先です。

『水滸伝』横山光輝(→amazon)
1973年から1974年にかけては実写版ドラマにもなり、長門勇さんが魯智深を演じています。
つまり大正時代を生きている炭治郎たちからすれば、行冥は「まるで本物の魯智深だ! 絶対に強いはずだ!」となってもおかしくはないのです。
彼らからすれば「行冥が噛ませ犬」と現代人に誤解されていると知れば、唖然とすることでしょう。
破戒僧は日本のフィクションでもおなじみであり、本来最強枠で何の不思議もないのです。
『るろうに剣心』の悠久山安慈も有名ですね。
ワニ先生は、そんな日本人とフィクションの関係を見直す作品を描いているともいえます。
御仏の慈悲ありながら戦う葛藤
僧形の戦士は、胸のうちに抱えた葛藤がポイントになります。
武装した僧兵のように迷いが吹っ切れていると、フィクションではむしろ魅力がないのか、あまり活躍の場がありません。
歴史的にも現実社会にも、悪徳坊主は存在するものですが、当然ながらその手の人物は主人公サイドにはふさわしくありません。
では正義の仏僧の葛藤とは?
お察しの通り、僧侶であるが故の悲しさです。
御仏の慈悲を唱えながら、殺傷するとは何事か――。
本人にしても悩みであり、どう克服していくのか。そこが見どころとなります。
戦いに際して一直線で悩まない! そんな伊之助のような猪突猛進タイプとは一味ちがうわけです。

『鬼滅の刃7巻(→amazon)
悲鳴嶼行冥も、慈悲と無慈悲の間での混沌とした人物像が窺えます。
柱合会議では、炭治郎にこんな反応を見せておりました。
「なんとみすぼらしい子供、生まれてきたこと自体が可哀想だから殺してやろう」
「鬼に取り憑かれているのだ、早く殺して解き放ってあげよう」
異常性のあらわれのようで、実はそうとも言い切れません。
人に過ぎぬ自分には手に負えないから、死後、御仏の慈悲に縋っていただこう――そんな仏僧としての解決策であるといえます。
歴史を見れば、仏教徒が一揆を起こした例はたくさんありました。
殺して仏に救ってもらえ、仏敵ならば仕方ない、という嫌な問題解決思想がそこにはあったのです。
行冥は異常でもなんでもなく、そんな思考ルーティーンを使っているだけとも言えます。
とはいえ、少年漫画でそれはよろしくありません。
寺から鬼殺隊へ
悲鳴嶼行冥は、身寄りのない子どもたちを寺に預けて面倒を見ていました。
宗教施設は【アジール(聖域)】として機能します。
DVや虐待から逃れるための縁切寺(駆け込み寺)が有名ですし、一旦ここに逃げ込まれたら法律ではなく、別の手段で裁かねばならない役割がありました。

縁切寺・駆け込み寺として知られる鎌倉の東慶寺/wikipediaより引用
寺に逃げ込んだ者は、とりあえず保護しなければならないシステムです。
そこを見込んで、我が子を捨てていく者もいる。
明治以降、日本では人口が飛躍的に増大しました。
江戸時代までは一生独身でも仕方なかった二男以下も結婚し、“産めよ殖やせよ”と出産を奨励されたのです。
しかし、そんな調子では貧しい家庭で子供を育てることはできない。ゆえに、持て余した子を寺に捨てる人もいた。
『鬼滅の刃』できょうだいの多い人物がたくさん登場しますが、その背景には時代の影響があったのです。
慈愛と善意の人物だった行冥は、鬼の襲撃によって運命が暗転。言いつけを守れなかった子の一人が、他の子を鬼に食わせると売りわたしたため、寺を襲われてしまいました。
4人の子が即座に倒れ、行冥は防戦しようとします。
それでも子どもたちは統制が取れない。
全力で己の拳で鬼を倒し、沙代という少女を守り抜いたものの、幼い沙代は「あの人は化け物」「みんなあの人が みんな殺した」と証言してしまう。
行冥はそのせいで犯罪者とされてしまいました。
そんな行冥を救ったのは、非合法組織である鬼殺隊でした。
フィクションにおいて非合法組織は定番ですが、鬼殺隊は官憲から見つかれば即座に廃刀令で追跡されるリアリティがあります。
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廃刀令で武士が不満を募らせたのは本当か?むしろ喜んでいた明治の人々
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「日輪刀は常人から見えない」といった設定でもないため、逮捕リスクを負いながら戦っていたのです。
魯智深が登場する『水滸伝』では、英雄好漢が集う場所【梁山泊】があります。
梁山泊には、お尋ね者となったアウトローたちが集合。
義侠精神があるにも関わらず、諸般の事情でお尋ね者になった人々を保護する場所として、機能していました。
鬼滅隊は、鬼の襲撃により居場所をなくした者たちを救う役割があります。
法や家族の力だけでは救えない者たちを助ける、彼らの場所。
小さな寺にいた行冥の経緯を見ていくと、人を救う場所としての役割にも着目したくなります。
【アジール】としての寺にすら居られなくなり、非合法組織である鬼退治の【梁山泊】に向かう行冥。
彼はそこで人を救うのみならず、閉ざされた心をも癒されました。
人を守り、救うからこそ、自分自身も救われる。
御仏の慈悲のみではなく、人間の持つ心にも救われてゆきます。鬼との戦いが、いかに熾烈で残酷であろうと、彼は己自身をも救っているのです。
かつては当たり前のように通じていた【梁山泊】という概念も、『水滸伝』の知名度低下と共に認識されにくくなっています。
そういう言葉と概念を思い起こさせ、かつ読者を古典の世界に導く――そんな物語としても『鬼滅の刃』は機能していると思えてきます。
いささか大げさかもしれませんが【古典と現代を繋ぐ作品】と申しましょうか。
『鬼滅の刃』をより深く楽しむため、少年漫画のみならず、是非とも古典文学や歴史が広まって欲しいとも願ってしまいます。
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【参考】
『鬼滅の刃』15巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)






