月性像

幕末・維新

武闘派僧侶「月性」はなぜ海防僧と呼ばれた?松陰とも親交あった42年の生涯

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松蔭よりも月性は13歳年上にあたります。

当初、直接の面識は無かったものの、松蔭が兄を通じて月性のことをよく聞いていたようで。

松蔭が野山獄中から月性に宛てた手紙には、

『十年前からその名前は承知しているが会う機会が無かった』

と前置きして、月性の建白書草稿(封事草稿)に書かれた過激な倒幕論に対して公武合体論的立場から諫める内容が記されております。

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その後、松蔭は、尊皇倒幕論者と転換しており、月性との親交もその一因と考えられます。

松蔭と月性の交流は生涯続き、松蔭は時折、月性を萩に招いて松下村塾で講演をさせ、月性もまた、松蔭の才能を認めて弟子を松下村塾で学ばせました。

久坂玄端の兄・玄機とも親交がありました。
玄機が亡くなった後、久坂玄端に松蔭の元で学ぶように勧めたのも月性なのです。

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ということは、大河ドラマ『花燃ゆ』は月性の存在なくして成立しなかったかもしれません。花燃ゆ9話には月性が松蔭に宛てた手紙がチラリ……。

ちなみに月性が松蔭の妹・文の結婚相手として推したのは玄端ではなく桂小五郎だったようですけどね。

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身分を問わず志のある者で兵制を確立すべき

月性が行った活動としましては、嘉永6年(1853年)頃、最初の建白で海防論を述べた『内海杞憂』があります。

具体的な海防対策を諭したもので、外夷に対しての防衛策として

【士農工商身分を問わず志のあるものをもって新しい兵制を確立すべきだ】

と主張、高杉晋作にも影響を与えました。

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翌年には、藩政に対する改革意見をのべた『封事草稿(藩政改革意見封事)』を起稿し、秋良淳之助の添削を経て提出しました。

このなかで月性は「長州藩こそ倒幕の主唱者たれ」と提言しております。

更には安政3年(1856年)に、西本願寺門主・広如上人への建白『護法意見封事(後に『護国論』、『仏法護国論』)』を執筆し、攘夷論が沸騰する時局下で本願寺が目指すものを門下の僧侶に説きました。

 

飲んで議論して剣や槍を振り回す……

月性は文化人としても優れており「将東游題壁」の他にも多くの詩を残しております。

詩歌を愛する僧でありますから、性格も穏やかだったかと申しますと、一言でいうと「自由で激情」の人。

遊郭で遊ぶこともあり、大酒を飲みました。

人と議論するときは一歩も退かない月性でしたが、酒が入るとそれがエスカレート、剣や槍を振り回した話も多く残っております。

有名なものを1つ挙げますと、安政3年9月の一件。

三木本の酒楼で斎藤拙堂を囲む会の際、拙堂の「海防策」が条件付きで開国や通商条約を認める内容であったことに不満を抱き、酒の勢いもあって声を荒げながら喰ってかかりました。

そのため席は殺伐としてしまい……。中村水竹という人物が、場を和ませるため当時流行していた大津絵節「あめりかが来て云々」を踊ります(いわゆるメリケン踊り)。

これを見た月性は「水竹は日本人なのに夷狄(いてき)のふるまいをするのか」と言うと、友人の剣を素早く抜いて釣り灯籠をばっさりと斬り落とし、宴席は

シーーーーーーーン…………

えぇと……、あまり一緒に飲みたくないタイプですね。

そんな月性ですが死は急に訪れます。

母・尾の上を亡くした翌年の安政5年(1585年)4月29日、萩に出かける途中の船中で急な腹痛をおぼえ、自寺へと引き返します。

病は軽快せず5月10日に帰らぬ人となりました。享年42。

死因は本当に病気であったとも、暗殺であったとも言われております。

それはちょうど安政の大獄がはじまる頃でした。

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月性は「清狂」という号を用いております。

「狂せずして狂に似たるもの」

日本の未来を憂い、周りにどう思われようと我が道を貫いた月性は、松蔭と同じく明治維新を見届けることなくこの世を去ったのでした。

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文:馬渕まり

海原 徹『月性―人間到る処青山有り (ミネルヴァ日本評伝選)』(→amazon
篠崎小竹/wikipedia
赤禰武人/wikipedia
山口きらめーる(山口県)
海防僧『月性』生誕200年プロジェクト

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