2020年春、こんな事件がありました。
◆「自民党総裁として申し訳ない」馳氏視察への抗議に首相(→link)
男性政治家が女性支援団体の支援に訪れたところ、その言動に問題があり、安倍首相が謝罪するほどの事態に至ったというものです。
この手の騒動が持ち上がると、こんな気持ちも湧き上がってきたりしませんか?
「じゃあ男は女を助けるなってこと?」
「どうすればいいのよ。めんどくせえな〜」
普段から、女性支援の書物なり、コンテンツなりに目を通すのは面倒だ。SNSで質問するにも、ハードルが高い。
そんな方に一つオススメなのがこれ。
映画『マッドマックス 怒りのデスロード』を見よう!
と同時にもうひとつ、歴史サイトならではの作品を紹介させていただきます。
山田風太郎原作&せがわまさき作画の
『Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖~』(→amazon)
です!
ハチャメチャな剣術ワールドを楽しめることもさることながら、同時に『十兵衛流 #HeForShe』を学べてしまう、この名作。
何言ってるかわからない?
すみません、これから解説させていただきます!
あらすじ:女の城を穢した者は女の手により
江戸時代初期、寛永19年(1642年)――。
陸奥の要衝・会津を治める加藤明成は、暴虐の限りを尽くしていた。
主君を見限った国家老・堀主水は、一族郎党ともども会津から退転する。
この【会津騒動】では、下剋上を根絶したい幕府の意向もあり、堀一族の男が処断されたが女に罪はない。剃髪し、仏門に入ることで許されるはずであった。
堀一族の女たちは、鎌倉の東慶寺に入る。
この尼寺を襲ったのが「会津七本槍」と呼ばれる猛者たちであった。
東慶寺は女の城であり、女を守るべきものである。それを男である「会津七本槍」が汚した――。
寺を保護する天樹院(千姫※本項ではわかりやすく千姫とします)はこのことに激怒。
堀一族の女七人で、必ずや七本槍を討ち果たせ。されど、女七人であれほどの武芸者を斃せるのか?
仇討ちを果たすために七人の女を鍛え上げ、尼寺を穢した者どもに天誅を加えるのだ。
と、その助っ人に選ばれたのが柳生十兵衛三厳であった。
千姫の意地と誇り~この世にはアジールがある
歴史に詳しい方であれば、あらすじを読んだ時点で、突っ込みたい気持ちが湧いてくるかもしれません。
「千姫って、当時の将軍・徳川家光の姉でしょ? だったら家光に頼んで処罰すればいいじゃん」
実はこのことを、十兵衛を遣わした沢庵も言っているのです。
それでも千姫は、断固として女自身の手による仇討ちを主張します。
なぜか?
千姫の意地と誇りがある。彼女は山田風太郎作品で複数登場しておりますが、女性としてはほぼ最強の知恵と勇気があります。
『くノ一忍法帖』では、千姫が豊臣の誇りを背景に、忍法勝負を仕掛けております。
せがわまさき作画の若き千姫は『山風短』にも登場しますので、興味がある方は是非お読みいただければ。
史実の千姫も、男たちの思惑で人生を無茶苦茶にされています。
親のいいつけで嫁いだ先の夫・豊臣秀頼だけでなくその子も殺され、豊臣家は滅亡。何もかも失った彼女にも意地と誇りがありました。
秀頼の血を引く天秀尼を守り抜き、尼寺に入れた。それが東慶寺なのです。
東慶寺とは、千姫の意地と誇りでした。
女の意地と誇りなんてどうでもいいでしょ。そういう意地悪な見方に、千姫は断固立ち向かうことにしたのです。
他に、東慶寺には女のためのアジール(聖域)という意味もありました。
宗教的な場所であるから、俗世のルールは通じない。ここに逃げ込めば、暴虐から守られる。そんな縁切寺としての意味がある。当時のシェルターですね。
アジールは過去のもののようで、保護団体というシェルターは存在する。
※『駆け込み女と駆け出し男』
そういう、暴虐から逃げてきた人々がいる場所に、部外者がズケズケと入っていけばどうなるか?
危険です。
やってはならぬことなのです。
ズカズカと入って重たいものを持ってあげたからいいじゃん♪ そんな甘っちょろい見方は危険であると、本作は教えてくれます。
柳生十兵衛のHeforShe
彼が彼女のために尽くすこと――。
エマ・ワトソンのスピーチから広まった#HeForShe。
この概念の完璧な体現者が、本作の主人公である柳生十兵衛です。
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沢庵経由でこの仇討ちを頼まれたとき、十兵衛はそんなことには無理があると困惑。その上で命を捨てる覚悟で特訓するように告げます。
この時点で十兵衛は半端ない。
◆実はボランティア(志願)です
十兵衛は諸国放浪をし、剣術修行をしている。
けれども依頼内容は、彼自身の武芸者としての履歴書には書けないものです。
匿名の助力が条件なので、般若面を被った「般若侠」(はんにゃきょう・般若面を被ったナイスガイ)として行動する。
金銭的にもどこまでお得なのか、ちょっとわかりません。
あくまで十兵衛は自発的なのです。
◆セクハラは絶対にしない
女体化ゲームが花盛りです。
戦国武将が美少女化していて、アドバイスをする主人公に惚れてくる。
どの美少女を攻略しようかな♪
そういう流れが楽しいことは否定しませんが、本作の十兵衛は真逆を突っ走っています。
堀一族七人の女たちは、会津でも噂に上った美女揃い。
そんな美女を指導するうちに、「十兵衛先生……❤︎」となってもおかしくない。十兵衛はイケてますので、それも理解できる展開ではあります。
が、十兵衛はその気持ちに応じない。
それどころか自分に対して愛情を見せた女に驚くほどなのです。これは鈍感というより、彼なりの生真面目さゆえ。十兵衛は、ラッキースケベとも無縁の男でした。
エロが多いことで有名な山田風太郎作品ですので、ともかく肌が露出する場面は多い。
しかし、そういう場面でも十兵衛はちょっと気まずそうな顔になって、早く服を着なさいと指導する。最終盤は絶世の美女が愛して欲しいと迫ってくるのですが、困惑するばかりなのです。
こういう性格だからこそ、沢庵が彼を推薦したのだとわかります。ハーレムでヨダレまみれになるようでは指導ができませんし、敵にやられてしまうでしょう。
千姫も依頼の際に「女相手だからと浮かれるなよ」と釘を指しております。
十兵衛はものすごく強い。
けれども、強いだけではつとまらない。十兵衛にならないと、女の団体を助けられないのかよ!
それはそういうものです。
映画『マッドマックス 怒りのデスロード』でもありました。
主人公であるマックスが、フュリオサを助けるだけだ。なんで? マックスが女どもを直接助ければいいだろ。そういうツッコミはあった。
これはジョージ・ミラーが、フェミニズムの専門家と話してこうしたのです。
男に囚われた女が、別の男によって救われるのでは、所有権の移動であり、解放ではない。
ゆえに、マックスはああいう立ち位置なのです。
これは十兵衛も同じで、エンディングで彼が特定の誰かと結ばれることはありません。
けれども……。
◆差別しない、優しい
ネタバレになるのであっさりと書きます。
本作は最後の場面で、十兵衛はある女性への優しさを示します。その相手は敵側にいた存在であり、罪がないわけでもない。
それでも十兵衛なりに、彼女もまた逆らえぬ立場を利用された、哀れな籠の中の鳥だとわかっているのです。
そんな彼女のことを気にかけられるのは、俺だけだ。彼はそんな思いを胸に抱いています。
十兵衛の女性相手への思いは、性欲抜き。プラトニックラブですらない。支配欲がない。
ただ、助ける。義侠心を証明することを目的としているのです。
すごすぎるぜ十兵衛……って、ここで気になるのが十兵衛そのもののキャラクター。
なぜ、こういう人物になったのでしょうか?
女性の苦労は世を超えて……
十兵衛はどうしてそんなに優しいの?
うまれつき?
家庭環境?
実は父親とは性格面で似ていないことが、本作ではわかります。
父の柳生宗矩は堅物なサラリーマンタイプ。
そんな剣術師範という公務員ゆえのストレスを、最悪の形で発揮させるのが映画『魔界転生』であり、漫画版『 十 〜忍法魔界転生〜』ですが、それは別の作品としまして。
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十兵衛について言えることは、彼は女性なりの苦難をふまえていることは確かなのです。
江戸初期と現在も、女性の苦労は同じこと――。
こう書くと「それは飛躍しすぎでしょ!」と突っ込まれることはわかります。けれども、生々しいものはあるのです。
◆美女はイージーに生きられるのか?
「いいよなぁ、女は。美人ならイージーでしょ」
こういうことは言われます。けれども、それは美女は奢ってもらえたり、親切にしてもらえるという誤解が前提にあればのこと。
本作悪役側の反応を見ていると、美貌は呪いであるとわかります。
東慶寺で堀一族の女が七人残された時、会津七本槍は喜んでしまう。たった七人でも、会津で噂になった美女なら嬲り殺し甲斐があるとウハウハ。
堀一族の女はそこから復讐へ向かうわけですが、そうできない女性たちも本作では多く出てきます。
美貌であるがゆえに、売られてしまう。囚われてしまう。人生を無茶苦茶にされてしまう。
全然イージーじゃない!
これには、なまじ美貌は性欲だけではなく、支配欲を刺激するという構造もあり、ゲスな男は美女を無茶苦茶にすることで快感を得る。そう描かれているのです。
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◆ゴシップネタに悩まされる
最強の女性・千姫も悪質なゴシップに悩まされ、それを悪利用されてしまいます。
「千姫っているだろ。あのババア、未亡人になって肉欲をもてあまして、イケメンを吉田御殿に連れ込んではいやらしいことしているらしいぜ!」
こういうネタ。切ないことに、それを元にしてフィクションも作られたのですから、洒落になっていないものがあります。
千姫本人の問題というよりも、
「ババアはきっと性欲もてあましてウッハウハなんだぜ!」
という低劣な偏見由来なんですね。
千姫ほど身分の高い女性でも、そんなゲスゴシップに悩まされる。そういう嫌な歴史が、そこにはあります。
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◆子どもを産む機械扱いをされ、人格を否定される
本作の特徴として、悪の側に立つ女性も、女性ならではの悩みと苦しみに囚われていることがあります。
加藤明成の愛妾・おゆら。
彼女は明成の残酷な性格を煽る、残酷な性格の持ち主として描かれています。
まさに悪女!……ではあるのですが、悲哀に満ちた悪女なのです。
彼女は、父・芦名銅伯の意思によって、明成の愛妾とされました。
おゆらの父・芦名銅伯は、伊達政宗に滅ぼされた芦名家の家臣です。
加藤明成に取り入り、おゆら経由で芦名の血を引く会津の殿様を生み出すために利用されました。
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あれほど淫乱でありながら、おゆらは恋心がどういうものかすら知らない。そんな悪女の悲哀を、十兵衛は見逃すことはできない。
十兵衛は、そんな女の悲哀をウェットになりすぎずに、それでいて真剣に受け止めます。
そういう十兵衛だからこそ、そりゃみんな誘惑されるんだろうな。そう教えてくれる本作です。
ゲスな敵たちからも学ぼう
十兵衛は素晴らしい!
それだけではなく、十兵衛に敵対する者どもは、ホモソーシャル(男性同士の社会)、家父長制の悪しき部分が発露された存在と言えます。
◆女のアジールを破るな
当時はアジール。現在ならばシェルター。
そういう困った女の避難場所にズカズカ踏み込むだけで、どういう裁きが必要か。千姫筆頭に本作は証明してくれます。
十兵衛と七人の女に襲われない令和はマシだな!
◆女の貧しさにつけ込んででウッハウハ〜するな
序盤の悪役に「京人形」を加藤家に売る悪徳商人が出てきます。
ここでいう京人形とは、困窮した公家の姫君たちのこと。そんな姫君をエログロで無茶苦茶にできるぜーッ! そう商品化してウハウハするのです。
そういうことを言い出すとどうなるのか?
令和でも処断されそうな流れです。
「ギスギスして嫌な世の中だよな〜。こんなことも言えないのかよ〜」
いや、令和はいいんです。せいぜい仕事を失うくらいです。
柳生十兵衛がいたら、今頃……!
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◆女体で遊ぶな
女体盛りとか。人間椅子とか。女性の肉体をおもちゃにして遊ぶようなことを、ゲスはやらかしがち。
本作でも、ゲスな悪役は「女人袈裟」というどうしようもねえ遊びをやらかします。
あまりにアホすぎるビジュアルと発想なのですが、そういうゲスごっこをしたらどうなるか? お確かめください。
だいたいそもそも、女体盛りとか、そういう遊びはばかばかしいと思いませんか?
本作で目を覚そう!
◆女性の尊厳を踏みつける正義はありえない
大義の前であれば、女は犠牲になっても仕方ない。芦名一族のおゆらの利用からして、そういう身勝手さはあります。
一族のためならば、女が犠牲になろうといいでしょ。根っこにはそういうものがあります。
本作のややこしい点は、これを敵側だけではなく、味方の沢庵も言い出すというところにあります。
芦名銅伯を打倒すると、徳川幕府のある人物にも被害が及んでしまう。
どういうことか?
読んでのお楽しみです。
そういう構図があるがゆえに、沢庵ですら七人の女と十兵衛を止めようとする。幕府のためならば、この復讐はやめろとわざわざ言いにきます。
それに対して、十兵衛はこう断言します。
血迷われたか老師?
拙者 女たちをみすみすなぶり殺しの運命に落とすつもりは断じてござらぬ
あの女たちを見殺しにして なんの士道? なんの仏法?
仏法なくして なんのための 天海僧正!
士道なくしてなんのための徳川家でござるか?
もし あの可憐な女たちを 殺さずんば僧正も死なれる 徳川家も滅びると仰せあるなら……よろしい
僧正も死なれて結構! 徳川家も滅んで結構!
(9巻)
これぞ究極の #HeForShe ですね。
十兵衛はカッコいい。最高です。そして何がいいって、本作はエンタメとしてしびれるほどに面白く、勉強しているとは思えないところなのです。
バトル漫画としても、歴史物としても面白い。男女ともに魅力的だ。
そして見ていると、何かに目覚めてしまう。そういう理想的な教材が、本作なのです。
巣篭もり生活をしつつ、勉強をしたい。歴史を学ぶにはぶっ飛んでいるようで、もっと大事な何かが学べる。
エロい何かに引っ張られそうになった時。
「もしかしてこれって、会津七本槍ぽいかも?」
「このままでは十兵衛たちに斬られる側だ!」
そう自問自答できる。
誘惑に負けそうな時、十兵衛の「んふっ」という笑い顔を思い出す。
女叩きをしそうになった時、相手が千姫や堀一族の女、そしておゆらではないかと踏みとどまる。
それだけでも世界はよくなるかもしれません。さあ、この作品を読んで『十兵衛流 #HeForShe』を実践してみましょう。
【参考】
『Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖~』(→amazon)







