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【漫画『Y十M~柳生忍法帖~』レビュー】
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女性の苦労は世を超えて……
十兵衛はどうしてそんなに優しいの?
うまれつき?
家庭環境?
実は父親とは性格面で似ていないことが、本作ではわかります。
父の柳生宗矩は堅物なサラリーマンタイプ。
そんな剣術師範という公務員ゆえのストレスを、最悪の形で発揮させるのが映画『魔界転生』であり、漫画版『 十 〜忍法魔界転生〜』ですが、それは別の作品としまして。
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十兵衛について言えることは、彼は女性なりの苦難をふまえていることは確かなのです。
江戸初期と現在も、女性の苦労は同じこと――。
こう書くと「それは飛躍しすぎでしょ!」と突っ込まれることはわかります。けれども、生々しいものはあるのです。
◆美女はイージーに生きられるのか?
「いいよなぁ、女は。美人ならイージーでしょ」
こういうことは言われます。けれども、それは美女は奢ってもらえたり、親切にしてもらえるという誤解が前提にあればのこと。
本作悪役側の反応を見ていると、美貌は呪いであるとわかります。
東慶寺で堀一族の女が七人残された時、会津七本槍は喜んでしまう。たった七人でも、会津で噂になった美女なら嬲り殺し甲斐があるとウハウハ。
堀一族の女はそこから復讐へ向かうわけですが、そうできない女性たちも本作では多く出てきます。
美貌であるがゆえに、売られてしまう。囚われてしまう。人生を無茶苦茶にされてしまう。
全然イージーじゃない!
これには、なまじ美貌は性欲だけではなく、支配欲を刺激するという構造もあり、ゲスな男は美女を無茶苦茶にすることで快感を得る。そう描かれているのです。
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◆ゴシップネタに悩まされる
最強の女性・千姫も悪質なゴシップに悩まされ、それを悪利用されてしまいます。
「千姫っているだろ。あのババア、未亡人になって肉欲をもてあまして、イケメンを吉田御殿に連れ込んではいやらしいことしているらしいぜ!」
こういうネタ。切ないことに、それを元にしてフィクションも作られたのですから、洒落になっていないものがあります。
千姫本人の問題というよりも、
「ババアはきっと性欲もてあましてウッハウハなんだぜ!」
という低劣な偏見由来なんですね。
千姫ほど身分の高い女性でも、そんなゲスゴシップに悩まされる。そういう嫌な歴史が、そこにはあります。
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◆子どもを産む機械扱いをされ、人格を否定される
本作の特徴として、悪の側に立つ女性も、女性ならではの悩みと苦しみに囚われていることがあります。
加藤明成の愛妾・おゆら。
彼女は明成の残酷な性格を煽る、残酷な性格の持ち主として描かれています。
まさに悪女!……ではあるのですが、悲哀に満ちた悪女なのです。
彼女は、父・芦名銅伯の意思によって、明成の愛妾とされました。
おゆらの父・芦名銅伯は、伊達政宗に滅ぼされた芦名家の家臣です。
加藤明成に取り入り、おゆら経由で芦名の血を引く会津の殿様を生み出すために利用されました。
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あれほど淫乱でありながら、おゆらは恋心がどういうものかすら知らない。そんな悪女の悲哀を、十兵衛は見逃すことはできない。
十兵衛は、そんな女の悲哀をウェットになりすぎずに、それでいて真剣に受け止めます。
そういう十兵衛だからこそ、そりゃみんな誘惑されるんだろうな。そう教えてくれる本作です。
ゲスな敵たちからも学ぼう
十兵衛は素晴らしい!
それだけではなく、十兵衛に敵対する者どもは、ホモソーシャル(男性同士の社会)、家父長制の悪しき部分が発露された存在と言えます。
◆女のアジールを破るな
当時はアジール。現在ならばシェルター。
そういう困った女の避難場所にズカズカ踏み込むだけで、どういう裁きが必要か。千姫筆頭に本作は証明してくれます。
十兵衛と七人の女に襲われない令和はマシだな!
◆女の貧しさにつけ込んででウッハウハ〜するな
序盤の悪役に「京人形」を加藤家に売る悪徳商人が出てきます。
ここでいう京人形とは、困窮した公家の姫君たちのこと。そんな姫君をエログロで無茶苦茶にできるぜーッ! そう商品化してウハウハするのです。
そういうことを言い出すとどうなるのか?
令和でも処断されそうな流れです。
「ギスギスして嫌な世の中だよな〜。こんなことも言えないのかよ〜」
いや、令和はいいんです。せいぜい仕事を失うくらいです。
柳生十兵衛がいたら、今頃……!
◆「『困っている女性が風俗に』大変不適切で深く反省」遅すぎる見解表明と問題意識の希薄さ(→link)
◆女体で遊ぶな
女体盛りとか。人間椅子とか。女性の肉体をおもちゃにして遊ぶようなことを、ゲスはやらかしがち。
本作でも、ゲスな悪役は「女人袈裟」というどうしようもねえ遊びをやらかします。
あまりにアホすぎるビジュアルと発想なのですが、そういうゲスごっこをしたらどうなるか? お確かめください。
だいたいそもそも、女体盛りとか、そういう遊びはばかばかしいと思いませんか?
本作で目を覚そう!
◆女性の尊厳を踏みつける正義はありえない
大義の前であれば、女は犠牲になっても仕方ない。芦名一族のおゆらの利用からして、そういう身勝手さはあります。
一族のためならば、女が犠牲になろうといいでしょ。根っこにはそういうものがあります。
本作のややこしい点は、これを敵側だけではなく、味方の沢庵も言い出すというところにあります。
芦名銅伯を打倒すると、徳川幕府のある人物にも被害が及んでしまう。
どういうことか?
読んでのお楽しみです。
そういう構図があるがゆえに、沢庵ですら七人の女と十兵衛を止めようとする。幕府のためならば、この復讐はやめろとわざわざ言いにきます。
それに対して、十兵衛はこう断言します。
血迷われたか老師?
拙者 女たちをみすみすなぶり殺しの運命に落とすつもりは断じてござらぬ
あの女たちを見殺しにして なんの士道? なんの仏法?
仏法なくして なんのための 天海僧正!
士道なくしてなんのための徳川家でござるか?
もし あの可憐な女たちを 殺さずんば僧正も死なれる 徳川家も滅びると仰せあるなら……よろしい
僧正も死なれて結構! 徳川家も滅んで結構!
(9巻)
これぞ究極の #HeForShe ですね。
十兵衛はカッコいい。最高です。そして何がいいって、本作はエンタメとしてしびれるほどに面白く、勉強しているとは思えないところなのです。
バトル漫画としても、歴史物としても面白い。男女ともに魅力的だ。
そして見ていると、何かに目覚めてしまう。そういう理想的な教材が、本作なのです。
巣篭もり生活をしつつ、勉強をしたい。歴史を学ぶにはぶっ飛んでいるようで、もっと大事な何かが学べる。
エロい何かに引っ張られそうになった時。
「もしかしてこれって、会津七本槍ぽいかも?」
「このままでは十兵衛たちに斬られる側だ!」
そう自問自答できる。
誘惑に負けそうな時、十兵衛の「んふっ」という笑い顔を思い出す。
女叩きをしそうになった時、相手が千姫や堀一族の女、そしておゆらではないかと踏みとどまる。
それだけでも世界はよくなるかもしれません。さあ、この作品を読んで『十兵衛流 #HeForShe』を実践してみましょう。
文:武者震之助
【参考】
『Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖~』(→amazon)