命定め(麻疹)

徳川綱吉/wikipediaより引用

江戸時代

綱吉の命も奪った“はしか”は「命定め」と呼ばれ 江戸時代に13回も大流行

2025/03/15

毎年、春から夏にかけて大流行するはしか。

時にはワイドショーなどでも取り上げられるほどの感染者数となりますが、もしかしたら皆さんの中には「どうせ死なないし、大したことなくない?」と思っていらっしゃるかもしれません。

しかし、甘くみたらいけません。

泰平の世とされ約260年間続いた江戸時代、【命定め】という病気が計13回も大流行し、犬公方として知られる徳川綱吉も、症状からしてこの病気で亡くなったことが推測されています。

その正体が麻疹(ましん・はしか)なのです。

かつては危険だったこの病気。

徳川綱吉/Wikipediaより引用

一体なにがどうして危ないのか、見てまいりましょう。

 


一度感染すれば免疫が付き一生かからない

麻疹は発熱と皮疹を特徴とする急性感染症で、原因は麻疹ウイルスです。

非常に強い感染力を持ち、感染すると1-2週間の潜伏期の後、風邪症状と38度くらいの発熱。

この熱は一旦下がりますが、半日ほどで再び39-40度の高熱となり身体に発疹が生じます。

発疹に先立ち口の中に白い斑点ができるのが特徴的で、2度目の発熱の際、口腔粘膜の荒れのせいで痛みを生じることが多く、経口摂取の低下と併発する下痢で脱水をおこしやすくなります。

また角膜の損傷で失明したり、予後の悪い脳炎をおこしたり、意外に怖い病気なのです。

しかし、1度かかると免疫がつき、その後は一生かかりません。

予防注射がなかった頃は、幼いうちに麻疹にかかって免疫がついたことから、若い時期に趣味や色恋沙汰に没頭することを「はしかのようなもの」と表現するのはここからきています。

日本では対策に遅れをとっていましたが、昭和53年から始まった予防接種および平成18年からの追加接種の結果、平成21年には約1万人、平成23年には293人と稀な病気になりつつあります。

平成14年には年間患者数20万人(アメリカでは100人程度)でしたので、その効果は我々にも実感できるでしょう。

 


天然痘が『もがさ』で麻疹が『赤もがさ』

麻疹の死亡率は日本などの先進国では0.1%程度です。

しかし、全世界でみると3-5%と高い数字。

江戸時代以前の死亡率もこのくらいか、もう少し多かったのではと推測します。

『麻疹』という名前自体は、皮疹の色や形が麻の実に似ていることから付きましたが、もともとは中国由来の言葉です。

実際、日本で麻疹と呼ばれるようになったのは江戸時代以降で、それまでは『赤もがさ』と呼ばれておりました。

『もがさ』は天然痘のことで発熱と皮疹という症状が似ているからでしょうね。

ちなみに天然痘は【見目定め】、麻疹は【命定め】の病と呼ばれました。

もちろん死亡率は天然痘の方が格段に高く、麻疹はあばたも残しませんが、その割りにあっけなく死んでしまうことから命定めと呼ばれたんでしょう。

 

江戸時代に13回の大流行 綱吉は64歳で亡くなる

麻疹が原因で死んだ有名人は、前述の通り、犬公方こと徳川5代将軍『徳川綱吉(1646~1709)』が挙げられます。

綱吉は宝永6年1月2日、当時流行していた麻疹にかかり、同月10日に死亡しました。

享年64。

成人が麻疹にかかると子供よりも重症化しやすく後遺症も残しやすいので、このとき老年の域にあった綱吉は重症化して亡くなったんですね。

綱吉と聞いてすぐに思い出すのは【生類憐みの令】でしょうか。

実は彼の死後、すぐに廃止となっています。

ちなみにこの法律は以下の記事に詳細がある通り、動物を保護するいくつかの法を差しており、そのままズバリ同名の法があったわけではありません。

生類憐れみの令
生類憐れみの令は日本人に必要だった?倫理観を正した“悪法”に新たな評価

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麻疹で知られる傾城の年

綱吉の命を奪った麻疹は「江戸時代に13回ほど大流行した」という記録も残されています。

麻疹は先に説明した通り、一度かかれば生涯二度とかかりません。

予防注射のなかった江戸時代、流行時に麻疹にならなければ、前の流行時にかかって免疫があると推測できます。

だからでしょうか。江戸時代にこんな川柳があります。

麻疹で知られる傾城(けいせい)の年

傾城とは、美女が転じて遊女のことも指します。

彼女らが「私は18歳でありんす」と年齢をサバ読みしても、「あれ? 姐さん、麻疹にかからないけど前の流行は23年前でしたよね……」となるんですね。

昨今は梅毒なども流行していると話題です。

当時はかなり危険な病気でしたが、現在は適切な治療で治る時代。

秋に始まる『大奥』シーズン2では、どうにか赤面疱瘡をやっつけて欲しいものです。


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【参考】
麻疹/wikipedia
厚生労働省(→link
栄研化学株式会社(→link
大阪府立公衆衛生研究所(→link
徳川綱吉/wikipedia
葬仙ネットワーク(→link

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馬渕まり

総合内科専門医、糖尿病専門医、労働衛生コンサルタント。秋田大学医学部卒。 現役の医師にして生粋の歴史愛好家で、武将ジャパンでは2014年より執筆。 連載『まり先生の歴史診察室』は2冊の書籍化を果たし、全国書店に並ぶ人気シリーズとなった。 現在は医療・歴史の両分野で活動の幅を広げ、WEBメディア寄稿や講演なども行っている。エックス(旧Twitter)では歴史大喜利でも注目を集める。 ◆主な著書 『まり先生の歴史診察室』GH・2015年 『戦国診察室2』ゼネラルヘルスケア・2022年 ◆2019年10月15日放送のTBS『クイズ!オンリー1』で準優勝(※優勝はれきしクン) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001235984 ◆日刊SPA!にて「まり先生の歴史診察室」関連記事が5本掲載されています。 掲載一覧:https://nikkan-spa.jp/spa_comment_people/%e9%a6%ac%e6%b8%95%e3%81%be%e3%82%8a

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