縄文時代における食文化(以下の記事)で、少し虫歯の歴史にふれたところ、
-

縄文人は貝ばかり食べて「ノロウイルス食中毒」には苦しまなかったの?
続きを見る
「もっと虫歯ネタが知りたい!」とのリクエストを頂戴しました。
私の本職は内科医ですが……6月4日は日本歯科医師会が定めた「虫歯予防の日」でもありますので、さっそく虫歯の歴史を辿ってみましょう!

平安末期から鎌倉初期にかけて編纂された『病草子 歯の揺らぐ男』/国立国会図書館蔵
原因はミュースタンス菌の作り出す酸
悪魔のような虫歯菌がツルハシやドリルで歯に穴を開ける――。
皆さんは幼い頃、絵本などでそんなシーンを見たことがありませんか?
虫歯をおこす代表的な菌は『ミュースタンス菌』です。
もちろん悪魔のような姿ではないですし、歯を溶かす道具はドリルではありません。
ミュースタンス菌によって歯が溶けるのは、菌の作り出す『酸』が原因です。

ミュータンス菌/photo by Y tambe wikipediaより引用
この菌は、食品の中の『糖質を原料にして乳酸などの酸』を作り、結果、歯を溶かすのですが、このことを『う蝕(うしょく)』と言い、溶けた歯を『う歯(虫歯)』といいます。
1881年頃にこの事実が判明するまで、虫歯の原因は『歯の中の虫』だと考えられておりました。
ミュータンス菌の酸によって歯表面のエナメル質が少し溶けた程度であれば自然治癒もありますが、象牙質まで進むと痛みが進行します。
そして、う蝕が歯髄(しずい)まで到達すると歯髄炎をおこし、放置をすると歯質がもろくなって最終的にはポロッ。
読者の皆さまの中で、これを経験した方はおありでしょうか?
ちなみに私は大丈夫です♪
縄文人に虫歯が多いのはナゼ?
ともかく糖質をとらなければ酸の原料もないので虫歯にはなりません。
よって野生動物には虫歯がないとの報告があります(チンパンジーなど果物を良く食べる種には虫歯ができることがあるそうです)。
旧石器時代の人類の化石にも虫歯はあまりなかったそうです。
しかし、狩猟採集生活から、農耕生活へ移行すると虫歯は増加しはじめます。
日本の縄文人の虫歯率は約8%。
実はこれ、世界の狩猟民族が1-3%の虫歯率であるのに対しかなり高率です。
前回の記事でも触れましたが、このことからも縄文人はドングリやクリなどの『炭水化物(糖質)』を多く摂取していた食生活がうかがえます。
それが証拠に、同じ縄文人でも針葉樹林ばかりでドングリやクリがない北海道縄文人では虫歯率が2.4%と狩猟民族の平均並みまで下がります。
歴史って本当に面白いですよねー。

竪穴住居跡(三内丸山遺跡/青森県青森市大字三内字丸山)
弥生人の虫歯率は倍増でさらにドンッ!
農耕が始まると虫歯率が増えるのは世界に共通した現象であり、日本でも例外なく倍増しております。

弥生人の虫歯率は16-19%で、世界の中でもダントツ!
西洋では西暦1000年頃までは3~4%であり、どの集団も10%以下だったそうです。
それが西暦1000年ごろ、サトウキビが西洋社会に紹介されたことを契機に虫歯率が大きく増加し、24~25%ほどになったとあります。
つまり日本の弥生人は時代を1000年先取りしてたんですね~。悪い意味ですが(笑)。
ちなみに今でも日本は虫歯が多い国です。
では、日本の歴史に歯科が登場するのはいつ頃か。ご想像つきますでしょうか?
701年に初めて歯科の「耳目口歯」が登場した
日本の歴史に歯科が登場するのは?
答えは701年。
この年号にピンときた方も多いと思います。
そう、この年は大宝元年で『大宝律令』が制定されました。
日本ではじめて律(刑法)と令(行政法)がそろって成立した本格的な律令ですが、この医疾令(医療制度の法令)の中に【耳目口歯】として歯科が登場したのです。
当時は顔の器官全部まとめて一括りだった模様で、900年代の書物には「朝夕の歯磨きか食後のうがいをしたら虫歯にならないよ」と書かれており、当時から歯磨きが虫歯の予防手段として知られておりました。
現存する最古の入れ歯は仏姫さんのものです
室町時代には、なんと現在に近い形の入れ歯も存在しました!
まぁ、木製ですけどね。
現存する日本最古の入れ歯は1538年に亡くなった仏姫という尼僧のものです。
現代では街路樹などで見かける黄楊(ツゲ)で出来ており、奥歯にすり減った跡があることから食事のとき実際に使用されていたと考えられます。
もともとは仏師が片手間に作っていたようですが、安土・桃山時代以降は仏像の注文が少なくなり、彼らの中には義歯を主体に作り始める人も出てきました。
技術は当然より精巧になっており
【ロウで型を取り】
↓
【ツゲの木を削って土台を作り】
↓
【前歯には人間の歯を糸で台にくくり付け】
↓
【奥歯は金属の釘を使用しよく噛めるように】
と、本格的なものになります。
徳川家康も晩年は入れ歯を使用していた記録が残っており、『南総里見八犬伝』の著者で知られる曲亭馬琴(1767~1848年)の『馬琴日記』にも入れ歯の記述が残されております。
甘いものが好きだった馬琴は57歳で総入れ歯になったそうですよ。
大河ドラマ『べらぼう』でも触れられたら面白いですね。

歯を抜くなどして治療をしていた江戸時代の人々/国立国会図書館蔵
西洋では19世紀になってから…遅いね( ´_ゝ`)フッ
一方、西洋の入れ歯事情はどうだったのかと申しますと、19世紀以前は、はっきり言って飾りです。
当時の入れ歯は骨や象牙で出来ており、噛めないだけでなく長く使っているうちに耐えられない悪臭がしてきたそうです。
では、虫歯で歯を失った西洋人はどうやって食事をしていたのでしょうか?
貴族階級のお話ですが、自力で食物を噛めなくなった場合はペンチのような形をした肉粉砕器で肉を潰し、食事をしていたと記録されています。
西洋で現在のように実用可能な総入れ歯が考案されたのは19世紀。
入れ歯分野でも日本は200年時代を先取りしていたようですね。
やはり縄文・弥生時代から付き合いが長かったのが功を奏したんでしょうか。
あまり大威張りするようなことでもないですが(・ω<)
虫歯で歯を失うと健康を損ねる原因となります。シッカリと歯磨きをしてください。
また、ダラダラと甘いものを食べると虫歯になりやすいので間食を抑えることも大切です。
さーて、コラム書いたら小腹がすいたのでチョコレートでも食べようかな♪
あわせて読みたい関連記事
-

縄文人は貝ばかり食べて「ノロウイルス食中毒」には苦しまなかったの?
続きを見る
-

徳川家康の生涯|信長と秀吉の下で歩んだ艱難辛苦の75年を史実で振り返る
続きを見る
◆拙著『戦後国診察室2』を皆さま何卒よろしくお願いします!
【参考】
西日本新聞(→link)
ドクター江部の糖尿病徒然日記(→link)
深川歯科(→link)
長崎県歯科医師会(→link)
テーマパーク8020(→link)
神奈川県歯科医師会(→link)
義歯/wikipedia




