『鬼滅の刃』は、大きな特徴があります。
そのひとつが、舞台が大正時代ということ。
20年にも満たない短い時代ゆえ、明治や昭和という時代ほど印象を残すわけでもない――しかし敢えてそんな時代を舞台とするからこそ、この作品には独特の雰囲気があるとも言える。
では、それは一体どんな時代だったのか?
『鬼滅の刃』と共に振り返ってみましょう。

『鬼滅の刃』23巻(→amazon)
炭治郎のささやかな幸せ
『鬼滅の刃』は、炭治郎が家族のために炭を売りに行く場面から始まります。
優しい母。
無邪気な弟妹。
素朴な幸福。
いつの時代も変わらない、そんな家族像があります――なんて思っていると、うっかり見過ごしてしまうかもしれません。
炭治郎は、鬼に生活を崩される前からすでに、今日の常識からすると過酷な生活を送っているとわかります。
・貧困と児童労働
まだ幼く、未成年である炭治郎が炭を売る。
あれだけの量を、山道担いでゆくのは想像を絶するほど厳しいことであり、なにより危険です。禰豆子も幼いのに、弟妹の面倒を見ています。
そういうものなのか……と受け流しそうになりますが、教育の機会を損失した厳しい環境だとわかります。
貧しく、山奥で、江戸時代とそう変わらない生涯を送る。そんなつつましい大正期の日本人像がそこにはあります。
・貧しくとも子沢山
父を失い、まだ幼い長男が出稼ぎをしている。
そんな環境なのに、 竈門家は子どもが多いように思えます。無計画だったのでしょうか?
そういう単純な話でもありません。
炭十郎の若くしての死は予想できたことではないからには、仕方のないことです。
大正時代は、国力を上げるため出産が推奨される一方、産児制限はないに等しい状態でした。
結果、育てきれぬ子どもがあふれたり、出産を繰り返した女性の心身が痛めつけられてしまう悲しい歴史もあったのです。
1920年代にマーガレット・サンガーが来日し、石本静枝らと共に女性を守るための産児制限が訴えられました。
その努力が実るのは、もっと後のこと。
炭治郎、厳しい時代に放り出される
ささやかな少年時代は、早すぎる終わりを迎え、炭治郎は過酷な大正時代を歩むこととなります。
・近代国家
鬼に日常すら壊され、鬼殺隊になるために修行に励む炭治郎。
彼の周囲にいる人生の先輩たちは、厳しいというよりもしばきあげるようにして炭治郎を鍛えます。
男なら弱音を吐くな!
強くなければ生きる価値なし!
そんな言動には、気持ちが暗くなるほどの叩き上げスパルタ思想が滲んでいます。
これも明治以降に広まったことです。
ナポレオン戦争を経て、人類は、王侯貴族の血筋でなかろうが、庶民だってしばきあげれば強い将兵が得られると気づきました。

ナポレオン/wikipediaより引用
こうした世界史的な流れをふまえ、明治時代の日本は全国民に対し、かつて武士階級のみにあった厳しい思想を植えつけてゆくのです。
近代国家とはそういうものだ――とまとめることはできましょう。
しかし、生きる側にとってはたまったものではありません。
兵士になれないほど病弱であるとか。適性がないとか。そういう人物、特に男児は精神的に追い詰められる。そんな構図が生まれてゆきます。
女性も、母たるものは我が子を戦場に散らすことが名誉だと刷り込まれていくのです。
前述の通り、貧しくとも子沢山の家庭は多い。とはいえ、国家がそうした貧困家庭の援助に乗り出すことはない。自己責任の社会でした。
本作の人物たちが吐き出す厳しい言葉は、大正時代という背景にあった思想抜きにしては理解が難しい側面はあると感じます。
・冷たい時代
鬼殺隊のような選ばれた存在以外でも、本作には「鉄拳制裁上等」の人物がさらりと出てきます。
沼鬼に捕食されてしまった里子の許婚・和巳は、かなり理不尽な目にあっております。
防ぎようもない里子失踪の現場にいただけで、鉄拳制裁を受けてしまうのです。
和巳が里子に悪いことはしていないし、防ぎようもないし、彼自身衝撃を受けている。
けれども、誰も和巳に寄り添わず、噂話でヒソヒソとしているだけ。人情がある時代であるどころか、ともかく冷たいのです。
これも【通俗道徳】が蔓延し、隣人の苦悩に冷たく、弱いものへの救済は国家としての無駄だと切り捨てられていた、そんな近代日本らしい描写だと思えます。
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・格差社会
近代とは、都市が形成されてゆく時代でもあります。
江戸時代だって、都市は十分に発展していました。
けれども明治以降、富も人もぐんぐんと吸収し、格差が生まれていく。
炭治郎は浅草を訪れ、近代都市の発展に驚き、大正という社会の格差を赤裸々に見せてきます。
明治維新は「四民平等」を掲げ、確かに江戸時代の身分制度は崩壊しました。
しかし、別の格差は残りました。
出身地による格差。
藩閥政治。
大手商人が財閥となり、政治家と結びつくこと。
江戸時代以前から日本人であった層と、明治以降日本に組み込まれた北海道のアイヌや沖縄、そしてアジアの人々。
確かに古い秩序は崩れたものの、新たな格差が生まれたのです。
大正は戦争へと向かう時代
明治という国家が成立し、大正を迎えたあと、日本は昭和へと向かってゆきます。
そして、戦争の時代へ突入――ご存知、日中戦争、太平洋戦争です。
大正生まれは太平洋戦争終結寺、19歳から33歳に属していました。日本の歴史上、戦争の犠牲者が一番多い年代でしょう。
台詞から察するに、大正年間でも大正末期の話と推察できる本作。炭治郎たち主人公は、年号が明治から大正に変わる前後に生まれたと推察できます。
彼ら自身も、彼らの子どもたちも、戦争を見ることになる世代です。
炭治郎たちは戦うために、激しい訓練を受け、命すら軽んじられるような状況に置かれます。
それは何も彼らだけのことではなく、大正生まれの日本人につきまとう、暗い宿命でもあるのです。
せっかくですので、大正末期に生まれた日本人の人生がわかる漫画作品をあげておきましょう。
・山岸涼子『負の暗示』(→amazon)
※『天人唐草 (山岸凉子スペシャルセレクション)』に収録
大正6年(1917年)に生まれた一人の青年が、いかにして精神をむしばまれ、大量殺人を犯すのか? 心理や社会状況を踏まえて描いた作品。
・水木しげる『総員玉砕せよ』(→amazon)
大正時代に生まれた作者と同年代の青年たちが、いかにして戦場で散ってゆくかを描いている。
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シリアスでハードな少年漫画の時代
『鬼滅の刃』は、たとえ主人公たちが最終回で生き延びたところで、その先は暗い――そんな時代の制約がつきまといます。
彼らの先に待ち受ける戦争を生き延びたところで、何らかの傷は彼らに残されるのだから。
『鬼滅の刃』は、シリアスでハードな漫画を求める層によいと勧められているものです。
それはその通り。のみならず、実際に人気があって大ヒットしているということを、真剣に考えなくてはいけないのではないかと思えるのです。
『鬼滅の刃』が連載されていた2010年代、テレビをつければ日本を礼賛する番組が大人気でした。
道ゆく外国人観光客に、アニメ、漫画、食事、果てはトイレにあるウォッシュレットまで称賛される、そんな番組です。
インバウンドによる景気浮揚が叫ばれ、「外国人に褒めてもらわねばならない」という、官民一体となった空気がある時代とでも申しましょうか。
書店にもコンビニにも、日本の魅力を伝える書籍や雑誌が販売されていました。
日本は素晴らしいという思想は、歴史まで標的としてゆきます。
日本が有史以来優れていて、日本人は心清らかであるというベストセラーが誕生。
そうした本では、かつて描かれてきた悲惨な歴史は言い換えられました。
「吉原の遊女が悲惨な生活だったなんて言いますが、ちゃんとお三味線やら何やらお稽古つけさせてもらえて、中には見受けされて玉の輿に乗った人もいるんだから、そんなにひどい話でもありませんよ」
「女工哀史だの、あゝ野麦峠だの言うけれど、結構いい暮らしをしていたんですよ」
こういう話にはパターンがあります。
例外的によい待遇であった例を針小棒大に扱い、誤魔化しているだけのこと。
それをいうのであれば、アメリカの黒人奴隷の中にも、主人の寵愛を得て贅沢な暮らしをできる人がいました。
そういうことを持ち出して「奴隷制度は悪くないのです」と言ったところで、まず取り上げられません。
『鬼滅の刃』の読者は、遊女がよい暮らしという話にはこう反論できるでしょう。
「じゃあ堕姫と妓夫太郎の話はありえない嘘だったっていうの?」
漫画とはいえ、すべてが嘘ではありません。
投げ込み寺こと浄閑寺が実在するからには、人の命が極めて軽く扱われた史実まで辿り着くのはそう難しいことではない。
『鬼滅の刃』は、歴史を学ぶ格好の入り口となっているのです。

葛飾応為『吉原格子先之図』/wikipediaより引用
いつの時代も少年漫画は同じようで、実はちがう
大人が、日本は素晴らしいというコンテンツに耽溺する一方で、子どもは『鬼滅の刃』に夢中になっている。
近現代史を描く定番コンテンツである朝ドラですら、2010年代の作品はモデルの人生を大幅に上方修正し、イージーに無毒化した『わろてんか』、『まんぷく』、そして『エール』のような作品がある。
能天気に大人たちが楽しんでいる一方、子どもが『鬼滅の刃』に夢中になっていることは、もっと真剣に考えた方がよいのかもしれません。
『鬼滅の刃』には、日本のそれぞれの時代において困難と直面し、鬼になってしまった存在が出てきます。
鬼という存在は、日本の歴史が追っている暗い部分を見せてくる役目を果たしているのです。
大人が日本がいつでも素晴らしかったというファンタジーにうっとりしている横で、子どもは日本の歴史が持つ暗い面を含めた『鬼滅の刃』を読んでいる――これぞ2010年代の象徴的な日本の光景なのでしょう。
子どもたちはじめ若い世代で流行しているものは、未来の社会を予兆するものでもあります。
『鬼滅の刃』を読んでいた彼らが大人となる時代、この国のものの見方や価値観はきっと現在とは違うものとなっていることでしょう。
いつの時代も少年漫画は同じようで、実はちがう。
『るろうに剣心』や『銀魂』に夢中になったかつての子どもたちとはちがう世界を、彼らはこれから作ってゆくのです。
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【参考】
『鬼滅の刃』1巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)







