竹林の七賢/Wikipediaより引用

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竹林の七賢も何晏もロックだぜ! 三国志時代のサブカルは痛快無比

三国志と言えば、英雄、豪傑、智謀の士!

天下統一を目指して鎬(しのぎ)を削る姿はまさに乱世であり、物語の題材としては美味しいネタだらけですが、庶民にとっては地獄そのものです。

「もしアナタがそんな時代に生まれたら?」
「もしタイムスリップしたらどうなる?」

申し訳ありませんが、答えは簡単。

死ぬだけでしょう。

実際、この時代の中国は、人口の割が減ったという試算もあるほどで、生きていくだけでハードモード。

運良く生き伸びたとしても、自らの才能を発揮して例えば関羽や趙雲並に重用されるなんて、それこそプロ野球で打率王やホームラン王になるような難易度の話です。

一方、英雄として名を残すだけが価値観ではない! とばかりに独自のLIFEを謳歌した連中もおりました。

それが何晏(かあん)竹林の七賢たち。

まるで現代社会のサブカルのように、独自の世界観でその時代を楽しく生き抜いた彼ら――。

一体どんな連中だったのでしょうか。

 

ドラッグ「五石散」をキメるパリピたち

中国史における代表的ドラッグといえば、やはり阿片(アヘン)でしょう。

19世紀に起こったアヘン戦争は中国に深刻なダメージを与えました。

そのため、現在でも中国では薬物を厳しく取り締まっています。

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では、アヘンがイギリスからもたらされるまで、中国にドラッグの類いはなかったのか、と言うとそんなことはありません。

後漢の時代には、既に「五石散」または「寒石散」というドラッグがありました。

成分は以下の通りです。

・鍾乳石
・硫黄
・白石英(水晶)
・紫石英(蛍石、フローライト)
・赤石脂(黄土)

この五種類の鉱物をすりつぶして混ぜたもの、だそうです。

絶対これ、体に悪いでしょ!

他のドラッグ同様、本来は医薬品として作られた五石散は、

「キメるとテンションめっちゃあがる!」

ということが明らかになり常用する人が現れました。

高揚してハイになるってことは、アッパー系ドラッグというやつですかね。

当時は、日常が死と隣り合わせですし、王朝が廃れて出世なんて望めないし、「もうコイツで憂さ晴らしするしかないっしょ」という人々が大勢いても不思議ではありません。

実際、これを摂取すると体の内側からカッと熱くなって、真冬でも下着一丁で歩き回りたくなるほど、だそうで。

熱気を発散するためにウォーキングすることを「行散」と呼び、「散歩」の語源となった、という説もあるほど。

しかし、「五石散」を常用するようになると段々顔色が悪くなり、痩せ衰え、目はうつろになり、幽霊みたいになってしまいます。

絶対に危険だわ……というか薬物の王様と称されるヘロイン並にヤバそうですね。

 

色白メイクで俺もイケメンになりたい

不思議なのは、いかにも不健康そうな見た目が、一部の物好きたちには受け入れられたということでしょうか。

何を言ってるか、ちょっとわかりづらいかもしれません。

現代でもゴシック系メイクがやたらと色白で不健康ぽくするように、当時も「ドラッグキメてるっぽい顔色ってクールだよね!」と思う人がいたのです。

あまりに殺伐とした乱世だったため、退廃的な流行があったみたいで。

そしてそのトレンドファッションリーダーとされたのが、曹操の養子でもある何晏(かあん・何進の孫)でした。

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彼は色白で、自らの美貌にウットリしてしまうナルシストでした。

白粉(おしろい)をはたいて美肌をキープしつつ、「五石散」の副作用で美白を実現しているという話もありました。

そうなると「俺もあんなイケメンになりたい!」とフォロワーが湧いてきます。

現代でも「ドラッグをキメるとダイエットになるよ」という勧め方があるそうでうすが、このあたりも今と同じなんですね。
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