三国志その他

極寒の三国志~あまりの寒さに曹操が詠んだ詩が凍えるほどに面白い

「あんなキッツイ仕事、したくないだろうけどさ。お前を許すと軍令違反を見逃すことになるんだよな。でもお前を始末すると、管理者不行届きでこれまた処理がめんどくさい。家に戻って隠れてな。役人に注意しろよ」

曹操がひたすらめんどくさかっただけなのか。それとも優しいとか?

結局、逃げた彼は捕まったそうですけれども……この逸話からは、そんな憂鬱な作業が発生するほど、当時は寒かったと伝わって来ます。

凍結したのは、黄河だけでもないのです。

225年に曹丕が呉に出陣した際、淮水わいすい淮河わいが)が凍結。

黄河と長江に南北を挟まれる形で流れる淮水/photo by 小叫兽 wikipediaより引用

そこから船を用いて長江へ入るルートが利用できなかったとされています。

現在からすると、信じがたいほどの寒さですね。

 

道が凍結すれば、馬で進軍できますよ

このあと建安12年(207年)、曹操は北方の民族・烏桓うがん征伐に挑みます。彼らが遼東半島の公孫度と結び、許を攻撃されると危険なのです。

ところがこの遠征時、北へ向かう道がはぬかるんでいて通行できません。船を浮かべようにも浅い。

曹操がげんなりしていると、土地勘があるとしてスカウトされていた田疇でんちゅうがこう言います。

「気温が低下して道が凍結すれば、馬で進軍できますよ」
「よっしゃ、秋から冬にかけてリベンジ!」

曹操はそんな宣言を大木にデカデカと書き残したそうです。曹操のそういう性格はさておき、当時の北方の気候がわかりますね。

凍結した道を馬で通行できる。
寒いけれども、積雪は少ない。

冬は食料が不足し、特に豪雪地帯では戦いの季節にはならないとされています。日本だと越後の上杉謙信がその典型ではありますね。

あるいは【慶長出羽合戦】や【戊辰戦争】でも、東北の大名や諸藩は、積雪の季節まで待ち受ければ勝機が変わると認識していたものです。

ところが『三国志』の北方では、冬こそ進軍の季節でもあった。ここは考えたいところです。

苦労して北を制覇した曹操。次は南を目指します。そこで彼には落とし穴が待ち受けていたのです。

北で強い者は、南でそうではなくなるのも宿命。【赤壁の戦い】を目前に控えた周瑜は、曹操の軍勢には疫病が伝染するはずだと確信を込めて語っています。

北の雄は、南の気候と疫病に弱い。そんな知恵を当時の周瑜も理解していたのです。

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彼の読みは当たります。
曹操軍は疫病に苦しめられ苦戦。そのため焦燥したのか、黄蓋による偽の降伏勧告を受け入れ、火計により大敗を喫してしまうのでした。

この南北の対決は、人と人だけの戦いではない――気候や病、環境の違いとも闘っていたのです。

人口が激減する激動の時代、それが歴史の転換点に大きな影響を与えました。

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戦乱だけではない。
寒冷化した気候が背景にあり、人の力だけではどうにもならない状況だったんですね。

 

極寒の中で詩を詠む曹操「苦寒行」

そんな中でも、詩人である曹操は詩を詠み続けました。

原文でも十分味わい深いので、下段に超訳をつけてみました(茶色文字)。

その苦労を味わってみてください。

「苦寒行」206年 高幹征伐にて

北上太行山  北のかた 太行山に上れば
北方の太行山に登ったのな

艱哉何巍巍 艱 艱(かた)き哉 何ぞ巍巍ぎぎたる
マジできつい 本当に高いわ

羊腸阪詰屈 羊腸 羊腸の阪 詰屈し
羊腸坂はまんま名前通り めっちゃカーブ多い

車輪爲之摧  車輪 之が為に摧(くだ)く
そのせいで車輪ぶっ壊れるとか、洒落になってねえ

樹木何蕭瑟  樹木 何ぞ蕭瑟せうしつたる
暗い木々が本当に寂しそうでこっちまで鬱

北風聲正悲  北風 声正まさに悲し
北風吹く音が悲しいよね

對我蹲  熊羆 我に対して蹲(うずく)まり
でかい熊やヒグマすら寒そうにうずくまってるし

虎豹夾路啼 虎豹 路(みち)を夾(はさみ)て啼(な)く
虎や豹まで道挟んで寒そうに吠えてるわ

谿谷少人民  谿谷 人民少なく
こんな谷間まで来る奴そりゃいるわけねえ 人いない

雪落何霏霏 雪落つること 何ぞ霏霏(ひひ)たる
雪がブリザードでキッツい

延頸長歎息  頸(くび)を延ばして長歎息し
首を伸ばして遠くを見るとため息出てくるわな

遠行多所懷 遠行 遠行して懐(おも)う所多し
なんでこんな遠征してんのか、嫌になるよね

我心何怫鬱 我が心 何ぞ怫鬱たる
マジ鬱 勘弁してくれ

思欲一東歸  一(ひと)えに東帰せんと思欲す
もう東の家に戻りたい気持ち半端ねえわ

水深橋梁絕  水深くして橋梁絶え しかし川の水は深く
でも川深くてさ、橋ぶっ壊れているとかマジかよ

中路正徘徊  中路 正に徘徊す
もう無理! 途中で迷うしかねえし

迷惑失故路  迷惑して故路を失ひ
もう帰り道わかんねえぞオイ

薄暮無宿栖 薄暮 宿棲無し
もう日暮れなのにキャンプ地すらない

行行日已遠 行きて日已に遠く
もう長期日程予定オーバーしてるし

人馬同時饑  人馬 時を同じくして飢う
人も馬も同時に食料なくなるってつらすぎるでしょ

擔囊行取薪  嚢を担い行きて薪を取り
カバン持参で薪を集めて

斧冰持作糜  氷斧(き)りて持って糜を作る
氷切り出して溶かしてそれでおかゆ作って、食べるしかないし

悲彼東山詩  彼の東山の詩を悲しみ
東山の詩を思い起こしてんだわ

悠悠使我哀  悠悠として我をして哀しましむ
歌っているとなんか悲しみ満ちてくるよね

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文:小檜山青

【参考文献】
『環境から読み解く古代中国』原宗子
『三国志 正史と小説の狭間』満田剛
『正史三国志』

 



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