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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第11回富本、仁義の馬面】
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江戸っ子なら富本節くらいは知ってるよねえ?
「なんで馬面太夫知らないんだよ! 今、人気の富本節の太夫だよ」
りつがぼやきながら、蔦重を市中に連れ出しています。
なんでも富本節はいま江戸で非常に有名で、吉原でもやっているとか。
それでもピンと来ない蔦重が次郎兵衛に尋ねます。
「やってます?」
「やってるよ! 俺もしょっちゅうやってんじゃない!」
「あれ、そうだったんだ……」
そうなんすよね。あの次郎兵衛の下手くそな演奏が富本節だったんですね。これでは魅力が伝わらないのも仕方ないか。
回想シーンが出てきても「た」と口にしたところで終わりましたから。
りつがいそいそと浄瑠璃の正本を見にゆきます。今でいう芝居のパンフレットだそうで、浄瑠璃の語りが書かれている。次郎兵衛のように自分で浄瑠璃をする人の稽古用でもあるそうです。
蔦重は「直伝」の有無に気づきました。
「直伝」とは、いわば公式本。太夫の許可を得たものであり、それが無ければ非公式となる。他ならぬ大河ドラマのガイドブックにも公式と非公式がありますよね。
りつによると「直伝」のほうが間違いがなく、よく売れるんだとか。
水も滴るいい男に、江戸の女はメロメロさ
公演に来たりつが、嬉しそうに「女人気が高い」とニコニコしています。
みんな、馬面太夫や若い役者の門之助を目当てに来ているようで、蔦重が富本の人気について尋ねると、二人はこうきました。
「富本は艶っぽくてねぇ」
「色っぽくてねぇ。まあ、聞けばわかるよ」
析(き)の音とともに幕が開き、女性ファンの「きゃ〜〜!」という声が響きます。
舞台の上にいるのは富本豊志太夫。名は午之助。蔦重は確かに馬だと納得していると、りつが前の名が「午之助」で出来過ぎだと笑っています。
本当にうっとりしていて、愛くるしいですね。彼女だけでなく、女性ファンが皆、メロメロになっております。
千種の中に恋草は
月の桂の男ぶり
(『都見物彩色紅葉』)
すると花道から、門之助が出てきました。
水も滴るような美丈夫だ! そりゃ、女人気高くなりまさぁ。
歌詞も見事で「桂男」は美男のことすね。
同じチームの『麒麟がくる』でも、この桂男神話を用いた展開がありました。センスがいいねェ、粋ってもんを理解してる仕事ぶりだ!

月岡芳年『月百姿 つきのかつら 呉剛』/wikipediaより引用
ファンサうちわ持参娘と、出待ちする蔦重
終演後、女性ファンがウキウキワクワクしながら出待ち中。今も昔もそこは変わんねえんだわ。
ここはジェンダー観点からも重要で、女性が自由に出歩けるか、女性向け娯楽があるか、なかなか大事な場面になっています。
文化成熟度のバロメータとして、女性ファンの比率もありますんで。
蔦重は、いきなり馬面太夫に頼むことにして、次郎兵衛と、りつと、待ち受けています。脚を怪我しているのに出来るのか?
「午之助様!」
「きゃ〜〜っ!」
出待ちの女性ファンがはしゃいでいる。りつも小走りに名前を呼びつつ向かっています。
そこで声をかけようとした蔦重は派手にすっ転んだ。太夫が助け起こすと……。
「お優しい〜〜〜!」
背後でファンサ団扇を持つ女性ファンが、あまりの尊さに蕩けそうになってますぜ。
しかし蔦重が、自身のことを吉原の本屋だと自己紹介すると、太夫が「吉原?」と声を険しくします。
「太夫に、吉原の祭りにおいでいただきたく……」
「悪いが、俺は吉原は好かねえんだ」
一体なぜなのか。蔦重がすがっていると、聞き覚えのある声が……。
「ご当人に聞くんじゃねえよ、べらぼうめ! 相変わらず無礼だな、てめえは!」
鱗の旦那じゃねえすか! 親しげに馬面太夫に近寄ったかと思うと、そのままどこかへ案内してゆきます。
それを追いかけてゆく女性ファン。
りつが「大事ないかい?」と蔦重に声をかけますた、馬面太夫への声とトーンが全然違いますぜ。
なんで鱗形屋がいるのか?と次郎兵衛が気にしていると、りつはこうきました。
「正本でもやるのかね?」
どうやら富本は直伝本がないとかで、もしも販売が始まったら一気に銭が落ちますね。
しかも馬面太夫には「富本豊前太夫」襲名の噂もあると次郎兵衛が思い出しました。りつもピンときます。襲名を機に直伝本を出すつもりだろう。
ここで蔦重脳内の熊吉と八五郎が喋り出します。
富本太夫の直伝本を吉原で売る。江戸の流行を知りたけりゃ、蔦屋の軒先をのぞいてみな! そういうことにすればいい!
「お呼びですかい、旦那!」
そんな妄想劇を繰り広げながら、蔦重は確認します。
「どうします? 吉原、嫌われてるみたいですけど」
次郎兵衛が驚いています。
「おう、重三、脚!」
治ってまさぁ! マジかよ。このくだらなさがたまんねえっすね。

『江戸花柳橋名取 二代目富本豊前掾』/wikipediaより引用
馬面太夫は苦労人のブレイク枠
鱗形屋が馬面太夫をもてなしております。
しかし、襲名はお流れになったそうで、名見崎徳治がぼやいている。どうやら他の流派が横槍を入れたそうで、これで何度目かと鱗形屋も恨めしそうです。
江戸っ子は、こういう浄瑠璃ゴシップも仕入れていることがわかりますね。
そしてこれが浄瑠璃の魅力のひとつでやんす。各流派で切磋琢磨していて、足の引っ張り合いにもなりながら常に面白さを保ってもいられる。
同じことが大河ドラマにも言えることかもしれません。
昔は民放でも、多くの時代劇を作っていました。映画もそう。競争の途絶えていたことが弊害になっているのでは?と感じていたところ、最近は時代劇が復活傾向にあって嬉しい限り。
徳治によると「太夫の人気が鰻登りだから潰してえ」とのことで、さらに「初代が生きていればこうはならないだろう」と続けます。
なんでも初代は太夫が11の時に亡くなっているそうです。
徳治が富本の灯を消さねえように、ちっちぇえ太夫に教えてきたんだってさ。結果、太夫も精進して、精進して、ようやっとここまで来たそうで。
徳治はすっかり親の感情ですね。
鱗形屋は商売もあり、今後どうするつもりなのかと気が気でない。
徳治はもっぺん根回しするってよ。鱗の旦那に待ってもらうよう伝えている。
いかにも日本社会らしいと言いましょうか。明確な線引きはなく、人脈とかそういうもんで回すところがありますわな。
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