べらぼう感想あらすじレビュー

背景は喜多川歌麿『ポッピンを吹く娘』/wikipediaより引用

べらぼう感想あらすじ

『べらぼう』感想あらすじレビュー第35回間違凧文武二道~黄表紙オタクは大爆発五秒前

2025/09/16

松平定信が、自らの政道を皮肉った黄表紙『文武二道万石通』(ぶんぶにどうまんごくどおし)を読んでいます。

著者は朋誠堂喜三二。

版元は耕書堂。

物語の舞台は鎌倉時代です。

源頼朝の指示により、忠臣である畠山重忠が、鎌倉武士を文に秀でたもの、武に秀でたもの、そのどちらもできない「ぬらくら」に分ける……と、ここまで読んだ定信は破顔一笑、感激しています。

定信は畠山重忠の着物に書かれた梅鉢の紋に目を留める。

「これはもしや!」

そう言いながらはしゃぎ始め、水野為長に挿絵を見せました。自分のことを描いているとピンときたわけですな。

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅

 


「神」に言及されて浮かれる黄表紙オタクの越中守

「あいや、殿でございますか!」

「喜三二の神が私をうがってくださったのか!」

推しの本に自分が出てくれば、そりゃあファンとしては盛り上がりますな。

一方で役立たずの「ぬらくら」は田沼一派として描かれております。

そしてついには徳川家基にみたてられた源頼朝が、こう説教として言い放つわけです。

「文とも武っとも言ってみろ!」

定信は大はしゃぎ。彼からすれば、むしろエールを送ってもらったようなもんでした。

取りようによっては、定信をおちょくっているのではないか?と為長は気づいているようですが……。

しかし黄表紙オタクの定信は、これはジャンルとして面白くなければならないと反論。

そしてこうきたぜ。

「肝要なるは蔦重大明神がそれがしを励ましておるということ。大明神は私がぬらくら武士どをも鍛え直し、田沼病におかされた世を見事立て直すことをお望みだ! 天明八年戊申、私は一層励まねばならぬ!」

九郎助稲荷が「違います!」「ものすごく違います!」とツッコミを入れていますが、届きゃしねえんですな。

ちなみに本作に出てくる黄表紙の内容は『べらぼうな笑い 〜黄表紙・江戸の奇想天外物語!』で解説されております。

鵯越えで馬を背負う畠山重忠:歌川国芳/wikipediaより引用

それにしても、なぜ鎌倉武士が出てくるのか、なぜ「うがち」とわかるのか。

この点、ちぃと説明させていただきやす。

徳川家康は『吾妻鏡』を収集し、関東に幕府を築く際の手本にしたとされます。

日本史は、西日本政権と東日本政権があります。鎌倉時代と江戸時代が東で、それ以外は西ですね。

では明治維新以降はどちらなのか?

首都は東京で、現在皇居もありますが、では東日本政権か?というと、そうではありません。

明治以降のインフラ整備速度は西高東低で、現在もその影響が残っています。

大河ドラマもこの傾向が顕著で、それこそ近年においても『鎌倉殿の13人』と『べらぼう』、そして再来年『逆賊の幕臣』が東で、他は西です。

このように日本史は西高東低傾向が強い。

ゆえに江戸文化は、自分たちと同じ東日本政権である鎌倉時代をモチーフとしたものが多くなるわけです。

次に、梅鉢の紋を見て、自分をうがっていると見抜いたこと。これが江戸時代の読みときに必須となる要素です。

要は家紋ですな。

松平定信や武士が自分の家紋を知っているのは当然として、黄表紙を楽しむ大勢の江戸っ子たちまでなぜ知っているのか?

『武鑑』の効用です。

『武鑑』とはいわば「武士名鑑」であり、ドラマの中でも日光社参の行列を見る江戸っ子が手にしていました。本物と書籍を見比べて楽しんでいたんですね。

これまた定番のベストセラーで、しかも実用書ですから手堅い売上となりました。

取り扱う版元も地本問屋ではなく書物問屋であり、定番商品でした。須原屋市兵衛が暖簾分けしてもらった、いわば親にあたる元祖須原屋が扱っていたのです。

しかし同時にツッコミたくなりません?

そんな支配者たちの名鑑を見て確認して「やっぱりこの家がいい!」って、そんな推し活のノリでよいのか。

いくらなんでも武家をおちょくってはまずいのでは?

と、その顛末は次回以降描かれることになりますので、楽しみに待ちっておきましょう。

 


田沼時代は平賀源内 これからは柴野栗山

松平定信は、11代将軍・徳川家斉の教育係として、柴野栗山を連れてきました。

柴野は、前半のキーパーソンであった平賀源内の対比とみてとれます。

柴野栗山の肖像画

柴野栗山/wikipediaより引用

同じ四国、さして身分の高くない家の出身、学問で大出世を遂げる。

ここまでは同じですが、平賀源内が自由奔放であったのに対して、柴野栗山は使いようによっては人を縛り付ける儒教を極めたがゆえにここまで上り詰めた。

立身出世の理想としては、栗山がはるかに勝ります。

しかし現代の知名度でいけば、源内が圧倒的に上回っていて、実に対照的といえる。

市中で動き回り、困窮に追い詰められた源内に対し、彼はどうなのか。

栗山初登場の場面で、源内を追い詰めた一橋治済がいることには大きな意義を感じます。

その栗山の視線を感じた治済は、彼を二度見し、こう言います。

「わしの顔に何かついておるか?」

「ご無礼をお許しください。ご尊顔に思わず見惚れてしまいましてございまする」

「顔は……まぁ、顔はなぁ」

家斉は、なぜ栗山が推挙されたのかと尋ねます。

なんでも『栗山上書』があまりに素晴らしかったのだとか。では、どう素晴らしかったのかというと、田沼病根絶にピッタリなのだそうです。嫌な予感しかしませんね。

栗山について地本問屋の連中は知らないかもしれませんが、書物問屋の須原屋や、儒教が好きなおていさんなら知っているかもしれませんぜ。

続けて家斉が、治療のためには何をするのかと問いかけると、孔子の教え――儒教を学ぶ場を置くことを提案します。

江戸府内に弓術指南所を置き、湯島聖堂も改築するそうです。

松平定信は、蔦重の黄表紙に背中を押されたと思っちまったってことですな。

さて、ここで重要なのが「湯島聖堂の改築」でしょう。改築工事が後の昌平黌こと、昌平坂学問所へとつながります。

儒教とは

現在の湯島聖堂大成殿

これが江戸後期の最高学府となりまして、優秀な幕臣のみならず、各藩のエリートたちもここで学びます。幕末には「あの昌平黌で優秀だった某」といった説明がしばしばなされますね。

ちなみに長州藩の松下村塾は、あくまで個人経営の私塾なので、厳密に言うと学歴に含めて良いのか疑問を感じます。

江戸後期の最高学府はあくまで昌平黌。

『逆賊の幕臣』では、主役の小栗忠順以下、大勢の学府出身者が出てくることでしょう。

そこまで知れば、書店で並びがちな「儒教に支配された中国韓国の悲劇」というのがおかしいということもご理解いただけるはず。

日本を儒教圏に含めないのは日本国内のみ。何か偏向した独自性のある歴史観の持ち主が語っていることであり、差別と偏見によるこじつけでしょう。

一般的に中国・韓国・ベトナム・日本は、儒教文化圏とされます。

そもそも松平定信の政治は徳川吉宗に続き、明朝初代皇帝である朱元璋を踏襲していることも考えておきたいところです。

 

蔦重が文武を後押ししてしまった

そのころ耕書堂では『文武二道』が大ヒット中でした。

一丁先(100メートル)ほどの列までできているとかで、ていたちは本を綴じる製本作業に集中しています。

思わず蔦重も、みの吉に「持ってけ泥棒!」とかっこつけながら、まだ綴じていない本に綴じ糸つけて一冊手渡します。

「太っ腹ですね!」

「おう!」

しかし蔦重が「お代はもらえよ」と念押しすると、みの吉は「持ってけ泥棒ではない?」と戸惑います。

「言葉のあやだ、べらぼうめ!」

そう送り出す蔦重。ていも驚くほどの大ヒットです。これが世の中の流れを変えるのではないか……と蔦重も浮かれています。

ていが街を歩いていると、読売が何か語っております。

街中では真新しい弓を抱えて歩く武士や、『論語』を口ずさむ武士が行き交っていました。

武士が語る『論語』を耳にしたおていさんはこうだ。

「まだ一巻の『学而』(がくじ)……」

寺子屋の場面で子どもたちが読み上げる、定番中の定番。現代の教育テレビ番組ならば「中学生の基礎英語レベル1」みてぇな難易度でして、出来の悪い武士ですな。

蔦重は耕書堂で歌麿と向き合っています。

どうにも浮かない顔をしている蔦重。

理由は黄表紙でした。

確かに売れ行きは好調ですが、どうにも誤解されている様子。

おていさんが見たように文武は浸透してゆくし、読者たちも田沼一派はやはり「ぬらくら」だと受け取り、松平定信を応援しているようなのです。

要は、ふんどし批判が伝わっていない、そう困惑する蔦重。まぁ、そういうことはありますわな。

一方で歌麿が絵を入れた狂歌絵本も売れ行き好調とのこと。なんても歌麿の絵は、お城の絵師は真っ青になりかねない出来なのだとか。

『画本虫撰(えほんむしえらみ)』けら・はさみむし/国立国会図書館蔵

『画本虫撰(えほんむしえらみ)』けら・はさみむし/国立国会図書館蔵

そんな豪華なのに倹約令で価格が抑えられているものだから、客としてはたまらない。熊野屋も満足げに手にして喜んでいます……って、おい、倹約令がコスパあげてんじゃねえか!

結局あの狂歌絵本も、松平定信を応援するものになっちまったんです。

と、政治の話も大事ですが、歌麿の絵には「お城の絵師も真っ青になっちまう」という評判も聞き逃せませんね。

幕末には将軍・徳川家茂の上洛図、パリ万国博覧会の出展絵にも、浮世絵師が起用されます。

そんな絵の下剋上に至る過程も、ここから始まっている。再来年の大河にも浮世絵師が出ることを期待したいですね。

蔦重と歌麿が話している所へていも入ってきて、定信が将軍補佐に就任したことを知らせてきます。読売の新しい知らせとはそれでしたか。

なんでも、11代将軍・徳川家斉が成人となるまで代わりに政治を行うとのことです。

将軍になれず涙を飲んだ定信が、ついに将軍に匹敵する権力を手にしたんですね。

さらにていは、文武に励む侍たちも増えていると報告します。

街の情勢から先を読む場面は、本作とスタッフが重なる『麒麟がくる』でも、明智 光秀と朝倉 義景の対話でありました。

近きを以て遠きを知り、一を以て万を知り、微を以て明を知る――というところでしょう。

しかし蔦重がていに相談を始めると、歌麿は「じゃ、俺ゃここで」と出ていきます。

当初はこの夫妻に複雑な思いがあった歌麿ですが、自分にはないものをていが持っていること、それを蔦重が必要としていることを悟り、こうなっては自分の居場所はないと悟るようになったのでしょう。

ていとの話に夢中の蔦重は、仕事を頼むとだけ言い、見送ることもありません。

「もうほんとに、ただの抱え絵師だな……」

耕書堂の暖簾をくぐって外に出ると、歌麿は悔しそうにそう言います。

染谷将太さん、そして音響スタッフが有能であるのは、失望していても発音はクリアでしっかりと聞き取りやすいところです。

落ち込んだ心情を声音に入れるとボソボソとして聞き取りにくくなるものですが、それがありません。

 


あの娘と再会した歌麿

歌麿が鳥山石燕のもとへ帰ろうとすると、雷鳴が轟き、雨が降り始めます。

傘を持っていないため、雨宿りする歌麿。

すると一人の娘が干した洗濯物を取り込む後ろ姿が目に入ります。髷の後ろ姿と、袖からのぞく腕の白さがなんとも可憐です。

「手伝いますぜ、娘さん」

歌麿はそう言うと洗濯物を集めていく。

「あんまり濡れてねえといいな」

声をかけても、娘は無言。歌麿はその顔に見覚えがありました。

かつて彼が錯乱し、道ゆく浪人に殴りかかったとき、落ちた絵を拾い、肩を叩いて微笑んだあの娘です。

歌麿は声をかけ、自分のことを覚えているのか?と尋ねるものの、相手は無言。

そして首をかすかにふりながら、両耳に手を持ってゆきます。耳が聞こえないのでした。

娘は書付を見せてきます。

きよ 一切廿四丈

歌麿は相手が洗濯女だと納得します。

娘が身振りで何か伝えてくると、歌麿は否定します。同時に九郎助稲荷の解説も入る。

この当時、洗濯を生業(なりわい)としつつ、それだけでは食べていけずに身を売る女もおりました。

耳も聞こえぬきよは、洗濯をして生きていくしかない。それだけでは食べていけず、合間に身を売るしかない。そんな境遇の女性ということです。

確かに本作の前半を彩ってきた吉原の女郎は酷いものです。

しかし、吉原の外にも身を売る女性はたくさんおりました。かつての唐丸がそうであったように、男性もおります。

そうした人びとは歴史から消されてしまい、表舞台には出てきません。そんな存在に光を当てる意図が、この作品にはある。実に意義深いドラマではないですか。

歌麿はきよに、絵を描いて見せます。きよは納得し、あの浪人を殴りつけていた相手だとわかったのか、床を拳で打ち付けます。

話が通じて微笑みあう二人。

歌麿の顔に、かつて見たことがないほどの安らぎが見えます。

「ちょいと、きよさんのこと、描かせてもらえないかい?」

歌麿はそう頼み込み、洗濯するきよの姿を描き出します。

対象を見て描く楽しさを覚えた歌麿。

絵師ならではの、筆と紙を通した感情の確認が始まりました。

歌麿が美人画へ到達する過程がどうなるのか、気になってはいました。蔦重が導くのではなく、歌麿自身が心と向き合い、描く様が描かれてゆきます。

喜多川歌麿『汗を拭く女』

喜多川歌麿『汗を拭く女』/wikipediaより引用

 

春町先生、自作が売れずにメンタル折れる

蔦重はそのころ、戯作者たちを相手に皮肉が伝わっていないことをこぼしていました。

まぁさんこと朋誠堂喜三二は、ふんどしアンチと思われるどころか、エールを送ったと解釈されたんだと納得。

唐来三和は「ふんどしの、ふんどし担ぎ!」とうまいことを言い出しましたぜ。

蔦重はこのままじゃただの太鼓持ちになっちまうとぼやいています。ただ儲けるだけならそれでもよいんでしょうけどね。

次は田沼を叩かなきゃいい。喜三二はそう言いますが、それでは露骨すぎると蔦重は悩んでいます。塩梅が難しい。

朋誠堂喜三二(平沢常富)の肖像画

朋誠堂喜三二(平沢常富)/wikipediaより引用450

すると三和が、あべこべのことをおかしく並び立ててはどうかと言い出します。

ご仁政が成立し、ありえないほど幸せな世の中になる。皆で綾を着て鯛を食うようなオチということです。

こうして皆が話し合っている中、春町は畳をほじくり、会話に参加しません。蔦重が声をかけると、己の新作が売れていないと落ち込んでいる様子。なんでも新作の中でもっとも売れていないのだとか。

『悦贔負蝦夷押領(よろこんぶひいきのえぞおし)』です。

蝦夷は市中であまり馴染みのないネタだと蔦重が慰め、皆もこれに追随します。蔦重はこの作品が好きだって。そうそう、書き手が落ち込んでいるときは、依頼主が励ますことも一種の責務だぜ!

このネタも、田沼の蝦夷地開発が成立していれば、また別の話だったのでしょう。

タイトルにも入っている昆布にせよ鮭にせよ。江戸市中の食卓でなじみのものとなるのはまだ少し先のこと。

場面変わって、春町が倉橋格という武士として、小島松平家で働いています。自作が売れ行き不振のせいか、仕事に身も入らないようで……。

ボーッとしていると、藩主の松平信義が優しく声を掛けてきました。

「また案思(あんじ)でも考えておるのか?」

現代社会に例えると、副業で作家もこなす市の職員に対して、市長が「またプロットでも考えているのか?」と声をかけるようなものでしょう。どうやらこのお殿様も黄表紙ファンのようです。

お役目中に申し訳ないと慌てて頭を下げる春町。すると殿様はこうきました。

「『よろこんぶ』、とびきり面白かったぞ! 実に皮肉でな」

春町は皮肉を理解されて安堵しています。一体どういう皮肉だったのか?

『吾妻曲狂歌文庫』に描かれた恋川春町/wikipediaより引用

 

春町の仕掛けた皮肉を、殿は理解する

畠山重忠(松平定信)が、源義経(田沼意次)に命じて、押領した蝦夷を頼朝に献上する。蝦夷も押領したうえに手柄も押領した……とここが皮肉です。

前回蔦重が憤っていたように、田沼意次の手柄で松平定信が名を上げることを皮肉っているわけですね。

春町は「幸か不幸か、その皮肉が伝わらない」と答えると、藩主の信義も「伝わりすぎてもお咎めを受ける」と慰める。かといって春町の執筆活動を止めるわけでもないのが、気さくで良い方でありますね。

しかも春町は、信義に松平定信の政治についても意見を求めました。

なかなか危うい問いかけのように見えますが、作家としての興味が止まらないのでしょう。

質問の危うさを感じ取ったのか、笑顔がすっと消えてしまう信義。

「志はご立派だが、果たしてしかと伝わるものなのか……」

「しかと伝わる?」

春町はそう答えます。

ここで補足でも。

「“ジンギスカン”の正体は源義経だった」という突拍子もない伝説が未だに残っていますよね。

誰も信じちゃいないだろうし、無害だからと放置されるようで、大変ナーバスな話題だと記しておきます。

チンギス・カンはじめとする元朝の事柄は、モンゴルと中国の間で何かと係争になりやすいものです。

わざわざそんなところへ日本人が突っ込んでいく必要はありませんし、他国の英雄を我が国由来と言い張ることは大変失礼でデリケートな問題でもあります。

なぜこの話を出したかと言いますと、この『よろこんぶ』のプロットには和人の蝦夷への感情が込められています。

誰がその手柄を獲得するにせよ、異民族が住んでいる場所からの収奪であることは前提。

最近はアイヌ否定論もよく見かけますが、『よろこんぶ』の背景にある意識を知れば、そんなことは無理筋だとわかろうものでしょう。

そして、この話には義経が出てきます。彼は蝦夷に勝利を収めているのです。

和人の英雄ならば、蝦夷など軽く平らげられるという優勢意識があります。日本式の華夷思想ともいえます。

こうした思想に基づいて、義経が蝦夷地をおさめた伝説が江戸時代にはありました。源為朝の八丈島支配伝説も同じ考えによるものです。

この義経伝説はさらに大きくなってゆきます。

明治以降、ユーラシア大陸にまで拡大した結果、蝦夷に“ジンギスカン”が代入されたわけです。

語る側は無邪気なトリビアとしてしているとは思います。

しかし根底にある思想はどうしても差別に結びつきますので、私としてはまったく乗れない話なのです。皆様もご留意ください。

こうした蝦夷地と和人の関係性を学ぶには、先日発売された濱口裕介氏『描かれた 蝦夷地・北海道 イメージの500年: 地図で読む日本北辺史(吉川弘文館 ISBN978-4-634-59151-6)』がおすすめです。

 

うまく伝わらぬ意図はある

春町が外に出ると、市中で弓を引く武士がいます。

「次はお前が的になると思え!」

そう叫びつつ矢を射かけ、町人を脅す武士が出てきています。春町は何か思うところがあるようです。

一方、蔦重と喜三二は、春町のことを気遣っています。新しい案思を持っていこうか。蔦重がそうぼやいていると……

「お心遣い、痛み入る」

春町がやってきます。

「まだへそを曲げておると案じてくださっておるようだが、幸い『よろこんぶ』は我が殿からお褒めにあずかり、俺の中ではもう、片がついた」

そう言われた蔦重は「そりゃ何よりで」と安堵。続けて春町が、殿から聞いた面白いことを言い出します。

「俺たちのからかいも通じなかったが、ふんどしの志もまた、そううまく伝わらぬのではないかと」

そう言われた蔦重は、道場の入門が増え『論語』は大売れだと疑念を返します。

「まさにそこだ」

春町は言います。これまで学んでいたら今さら道場なんかに入らない。長谷川平蔵はその一例でしょう。

『論語』も買ったりしない。おていさんはもうとっくに持っています。

春町は、そうした状況を踏まえ、今さら文武だ何だと言い出した連中は所詮はにわか仕込みの新参者だと指摘。

少しかじったところで文武の真髄は理解できないし、この先、何年も何十年も学ばねばならないため、遠からず皆飽きる。

それで威張り散らしたり、トンチキをやらかすだけの連中を作り出して終わるのではないか?というわけで、蔦重もその説明を理解します。

実際、春町は、店先の品を射る侍を見ました。

吉原扇屋でも、馬の稽古だと言い出し、振袖新造や女郎を馬にしていた無粋な客がいたと喜三二が語る。

弱い者に威張り散らすのが武家らしさだと誤解しているのではないかと、嘆いております。

「トンチキよりぬらくらの方がよほどマシだ!」

蔦重がまとめます。文武に秀でた者を大勢作り出そうとしたらトンチキが生まれてしまった。これ以上の皮肉はねえ。

江戸っ子のうんざりした気分がよく出ている場面だと思いやすぜ。

川柳や狂歌には、偽善者ぶった儒者を嘲笑うものが定番化してゆきます。

と、そこへ大田南畝が深刻な顔をしてやってきます。

彼は戯作者の創作会議には出ておらず、筆を折っていることがわかります。

告げたのは、田沼意次の死。

田沼意次/wikipediaより引用

ひとつの時代の終わりを、それぞれが噛み締めるのでした。

 

雷雨の夜に、妖が現れる

「とうとうくたばったか」

田沼意次を二度刺殺しようと思っていた松平定信がほくそ笑んでいます。

すると本多忠籌が意次の葬列に野次馬が多くやってくる件について、奉行所から問い合わせがあったことを伝えるのですが……。

「投石を許せ。この葬列については石を投げた者を取り締まらぬこととせよ」

「それはあまりに」

当惑する本多忠籌に対し、定信はこう続けます。

「これ以後、民は恨みつらみをぶつける的をなくすのだ。思う存分、投げさせてやれ」

本多忠籌は困惑するしかなく、松平信明は雷鳴を聴きながらこう言います。

「負け犬の遠吠えですかの」

そんな雷雨のなか、鳥山石燕が障子を開け、庭を見ています。

「何者じゃ? 何者じゃ? そなたは」

そう彼が言うと、雷光に照らされた何者かの姿が見えます。平賀源内と似た衣装を着たものが庭にいるようです。

「いごくな……いごくなよ」

石燕はそういうと、筆を手に執るのでした。

竹原春泉画『絵本百物語』に描かれた雷獣

竹原春泉画『絵本百物語』に描かれた雷獣/wikipediaより引用

 

将軍のつとめを果たした家斉だが…

松平定信が知らせを受け取り愕然としています。

なんでも大奥が隠していたことのようで、定信は早速、徳川家斉のもとへ確認に向かいます。

聞けば大奥の女中との間に子を儲けたとのこと。一通り祝いの言葉を述べつつ、毒気を含ませる定信ですが……。

「大事な務めを成しえて安堵しておる」

そうケロリと言い放つ家斉。

徳川家斉/wikipediaより引用

「しかしながら上様には、仁政をなすため、学を修めるつとめもまた、ございます。聞くところのよりますと、大奥に入り浸り、栗山博士のご講義もご不調にてお休みがちとのことで」

「それぞれ秀でたことをすればよいと思うのじゃ。余は子作りに秀でておるし、そなたは学問や政に秀でておる。それぞれつとめれば、それでよいではないか」

そう言われ、定信は屈辱的な表情を浮かべるしかない。

こういう問答を待っておりましたぞ! 定信の態度は『青天を衝け』の際に流布していた「儒教に性的規範がない」を打ち消すものであります。

あの話は、性的に逸脱しながら『論語』を推す夫の渋沢栄一を皮肉った兼子のぼやきに由来します。

「あの人も『論語』とはうまいものを見つけなすったよ。あれが聖書だったら、てんで教えが守れるわけないからね」

これはただの夫へのぼやきであり、学問としての意味はありません。儒教と聖書の比較にせよ、一夫多妻を認めぬうえにかなり厳格なプロテスタントを想定したもので注意が必要です。

儒教はもとは中国由来の学問であり、それをこうも誤解されるのはあまりに不愉快な話。

それこそ松平定信や栗山博士が聞けば憮然とすることでしょう。

性的な逸脱の挙句、政務を投げ出すことは儒教社会でも倫理違反とされます。

江戸時代の幕臣にせよ、性的スキャンダルがあればそれこそ読売やら何やらで悪評が広まりかねないので、そこは気遣うものでした。

田沼意次も美男かつ姻戚関係を活用したゆえに色々噂され、悩まされたものです。

要するに、ああいう淫らな気風を改めようと努力しているのに、上様には全く伝っていないと定信が憤っているわけです。

それにしても、家斉は一体なんなのか……。

大河では初登場の家斉ですが、往年の成人向け時代劇ではしょっちゅう顔を出しています。

徳川エロ将軍だという理解でよいか?と言うと、それだけでは片付けられぬ複雑な状況があるようで……その根本が、次の場面に出てきます。

 

定信を煽りに煽る治済

島津重豪が唄い、一橋治済が能を舞う。

傀儡を操っていた治済は、自身が舞う段階へ進みました。

そして治済の人生を賭けた復讐が、定信へ放たれます。

「突き詰めれば、政(まつりごと)など誰でもできる。それこそ足軽上がりでもできたわけであるからのう。しかし、後継(あとつぎ)を儲けることは上様にしかできぬ。ご立派であると思うがのぅ」

「政治をなす志がある」と治済に語っていた田沼意次が死に、治済は我が子を種馬にしてしまいました。

家斉の場合、ただの好色ということでなく、父の性教育が歪んでいたことの発露です。

治済は己が子沢山ゆえに勝利できたと信じている。我が子も種馬になって、血をばら撒いて欲しいわけです。

徳川治済(一橋治済)の肖像画

徳川治済(一橋治済)/wikipediaより引用

家斉ほどとなると、閨のことは命と引き換えになってきます。

東洋医学では過度の房事は命を削ってなすものとされてきました。輸入で手に入れた精力剤で補いながら大奥に入り浸るというのは、もはや虐待といえるのではないかと思えてくるほどです。

そんな怪物に定信は反論します。

「しかしながら上様は、御台所となられる婚儀もまだ。先に側室に子ができるなど、島津様はそれでよろしいのでございますか?」

そう話をふられた重豪が、目にも鮮やかな能装束を背景に、語ります。

「まァ、当家の出の御台様との間にも早々にお子をもうけてほしいが……此度はそのための稽古であったと上様も仰せであった。さすが上様、御稽古熱心なことで」

堪らず定信は話題を変えます。

「先ほどから気になっておるのですが、見事なご装束にございますな」

「案ずるな、一文も使っておらぬ。全て島津が計らってくれた」

「賂(まいない)も固く禁じましたこと、ご存じにございましょう。一橋様がかようなことをなされては示しがつきませぬ!」

定信はますます苛立った口調でそう言います。

なぜこうも苛立っているのか?

田沼時代は贈収賄が平然と横行していたこともひとつ。

それのみならず、重豪の唄に「もろこし(唐土)の」と出てきたこと。そして装束にもご注目ください。

輸入品です。絹の生地か。あるいは絹糸を輸入して織ったか。

いずれにせよ、長崎出島か、琉球を経た清由来の最高級品と思われます。

以前、平賀源内が嗅がされた毒物は島津を経由して清から輸入したアヘンだという推理がネットで流布しておりました。

アヘン戦争はまだ先のことですし、そもそもアヘンは国産もあります。源内の症状からして私は大麻だと思います。

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ただし、今回はこうも証拠があり、輸入されてきた清の絹だと推察できまして、それはもう高価なものでした。

定信の政治的な課題として、輸入を減らすこともあります。

なんせ「長崎は日本の病の一つである」と語るほどで、出島周辺で輸入品を求めて右往左往する者たちを苦々しい目で見ていました。

賄賂であり、高価であり、かつ輸入品であるというのは、定信の怒りを煽る三要素をまとめたようなもの。

許せるわけがないのです。

長崎出島の様子/wikipediaより引用

「困ったのぅ。ではこれでひとつ、よしなに」

治済はそう言うと、定信に能面を差し出してきました。

「それがしを馬鹿にしておられるのか?」

「いやいや。わしはそなたから十万石ももろうたゆえ、せめて少しでも返そうと思うたのじゃが」

もはや定信の怒りはおさまりようがありません。

贈収賄をやる田沼意次のような扱いをされたこと。

さらに田安十万石と引き換えに老中首座に推されたこと。

そう当て擦りを立て続けにされ、もはや黙り込むしかないほどの怒りに包まれています。

治済は心理的な攻撃の達人です。最大の妖怪はやはりこの男でした。

 

トンチキ跋扈が社会問題となる

一方、巷では春町たちの危惧した通りになりました。

遊里での破廉恥なお馬さんごっこ。

商家の軒先で弓の稽古をし始める横暴武士。

トンチキ暴走が社会問題となってしまったのです。上から下まで士風の廃退が凄まじいことになり、定信も嘆くばかりです。

相談された栗山が「心得を書にまとめてはどうか?」と提案すると、定信が身を乗り出します。

旗本御家人はまず文を重視し、心得を叩き込むべき。

栗山がそう言うと、定信が「皆が『論語』を読み出している」と答える。

思わず栗山が嘆きます。

格好だけで初歩の漢文すらろくに読めぬ者がいると聞いているのだとか。そのうえで湯島聖堂での講釈をしたいと言い出します。

「然様なことまでやっていただけるのでございますか?」

聞き返す定信。

「お安い御用にございます。ああ、越中守様の文書も使いましょうか」

「『鸚鵡言(おうむのことば)』のことにございますか?」

目を輝かせる定信です。

松平定信/wikipediaより引用

この場面は非常に興味深いものでした。

実は、前述した通り、栗山博士の身分は高いとはいえない。それなのに、定信はそんな栗山博士に実に丁寧に接しています。師であればこそ敬っているのです。

定信は頭が硬く、血筋を鼻にかけるようで、尊敬できる相手には素直で善良なんですね。

ただし、あくまで、尊敬できる相手に限られるのではありまして……。

 

凧を上げれば天下泰平?

栗山が話していた「越中守様の文書」こと『鸚鵡言』とは?

その術様々なれど、紙鳶(たこ)を上ぐるに外ならぬ。活国の術はもとあるを知るべし……

春町がそう読みながら歩いています。横には蔦重と大田南畝。

鳥文斎栄之が描いた大田南畝/wikipediaより引用

「直参の間ではこれを写すのが流行っているのか?」と大田南畝に尋ねると、ふんどし(越中守こと松平定信)自らが記したものを書き写すという、しょうもねえ話になっているとか。

すると幼い武家の少年二人がこう言いながら歩いていきます。

「えっまことか? 凧をあげたら国が治まるのか?」

「鸚鵡の言葉にはそう書いてあると父上が仰せであった」

「鸚鵡の……言葉?」

「ありがたき教えだそうだ」

「鸚鵡の言葉かぁ」

これを聞き、春町、南畝、蔦重は何か閃いたようです。

蔦重はていに、この誤解を面白おかしく話していますが、いったい彼女はどう答えるのか?

「まことにそうならいいですね。凧をあげたら国が治まるなど朗らかで」

「ああ、確かにな」

蔦重がそう返答すると、母のつよが慌てて飛び込んできました。歌麿が来ているそうですが、何かいつもと違うようで……。

 

歌麿はきよと所帯を持ちたい

歌麿はきよを連れてきました。

ていが「誰か?」と尋ねると、はしゃぎながら「そうだよね?」と言い出すつよ。蔦重は「ババア、黙ってろ」とたしなめます。

歌麿はまず、石燕先生の話からします。

前月に亡くなっていました。どうして話さなかったのか?と蔦重がいうと、「急だったし、いろいろ後始末も多くてさ」と答える歌麿。

なんでも雷雨のあと、筆を握ったまま動かなくなっていたようです。

年も年だし大往生だとまとめ、歌麿はその遺作を持ってきていました。

「雷獣……雷を起こす妖(あやかし)」

蔦重は何か気づいています。

「なんとなくだけど、この辺が源内先生ぽいなって」

そう頭のあたりを指します。

「まァ、妖になってても不思議ではないお人ではあったよね」

そう歌麿と納得しています。

つよは、歌はこっちに戻ってくるのかと問いかけます。この人は歌麿が連れてきたいい人が気になってしょうがないんだな。

「そのことなんだけどさ、蔦重」

そうあらためる歌麿。

「俺、所帯を持とうと思って」

蔦重が「所帯?」と、どこか鈍いのに対し、ていはこう力強く言います。

「やはり、そういうことにございますよね」

すると歌麿が、隣にいた彼女のことを“おきよ”だと紹介し、聞こえないし喋れないと説明します。

蔦重はようやく、会ったことがあると思い出しました。歌麿が「絵を拾った人だ」と言うと、拳で床を叩きつけるきよ。

歌麿はたまたま再会し、絵を描かせてもらったと語ります。

なんとも幸せそうな歌麿。

言葉がないからきよは何を考えているのかよくわからない。だからこそ顔つきや動きから、何を考えているのか、考えるのが楽しい。それを絵にするのも楽しい。時が経つのも忘れてしまうのだそうです。

「蔦重、俺、ちゃんとしてえんだ」

「ちゃんと?」

「ちゃんと名をあげて、金も稼いで、おきよにいいもん着させて、いいもん食わせて。ちゃんと幸せにしてえんだ。で、石燕先生が借りてた仕事場をそのまま借りられねえかと思ってさ。手持ちだけじゃちょいと足りねえもんで、これ、買い取ってもらえねえかな?」

そう歌麿は言うと、絵を渡してきます。

「お前、これ……」

「前には描けなかった笑い絵さ」

そこにあるのは、幸せそうに肌を合わせる男女の姿。穏やかであたたかい世界があります。

ちなみに蔦重は「枕絵」として依頼し、歌麿は「笑い絵」と表現しています。

どちらも「春画」です。

枕絵(春画)
春画とは何か?枕絵・笑い絵から浮世絵師たちの江戸エロス文化まで解説

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笑いながら描き、見る絵

ただ、わずかなようで、歌麿の心情の差があります。

「枕絵」は要するに閨の枕にある絵ととれる。「笑い絵」は、笑顔になってすることの絵と解釈できる。

歌麿は心の底から、花がほころぶように笑えるようになって、やっとこうした絵が描けるようになったのです。

「おきよのおかげなんだよ。おきよがいたから、幸せって何かってわかって……そしたら、幸せじゃなかったことも、絵にすることができた……」

そうしみじみと語る歌麿。

その絵をのぞきこむていも、つよも、蔦重も、感無量の顔をしています。

「あ……だめかい? 通しで見ると、全然全く、まとまりがねえんだよな」

歌麿がそういうと蔦重は立ち上がり、きよの前に座ります。

「おきよさん。まこと、ありがた山にございます。こいつにこんな絵を描かせてくれて、ありがた山です。こりゃ歌麿を当代一に押し上げる、この世でほかの誰にも描けねえ、こいつにしか描けねえ絵です! どうか、一生そばにいてやってくだせえ!」

歌麿が「俺は嬉しいんだけどさ」といい、つよも「全く伝わってないと思うよ」とフォロー。

きよは、すっかり怯えた顔じゃないですか。

歌麿は「身を引いてくれと頼まれたと誤解している」と言います。耳が聞こえないから仕方ないですよね。

その夜、蔦重はしみじみと酒を飲みつつ、歌麿の笑い絵を見ています。ていもジッと見ている。

「何だいおていさん、実は笑い絵、好きなのか?」

「歌さんの絵なら、虫の絵の方がよほど好きです。でも……ここに歌さんの心血が注がれているのが感じます。ならばちゃんと見なければと。私は蔦屋の“女将”にございますので」

実に江戸時代らしい場面っちゃそうですぜ。

これはおていさんだけの話でもなく、当時の春画は男女双方が見るものでした。

独身男がコソコソ見るしかないような、そんなエクストリーム系春画もあるっちゃそうですが、こうして軽くからかいつつ、ともに笑顔で楽しむのが基本ですね。

大河ドラマでここまで再現してくれるなんて、時代の進歩を感じるぜ。

「……出会った頃のあいつは、ただただ死ぬのを待ってるってなふうだったんだよ。生きる欲みてえなのがこれっぽっちもなくて。そんなあいつが、“ちゃんとしてえ”ですよ。“ちゃんとしてえ”って言ったんですよ。俺、嬉しくてさ」

そう涙を拭う蔦重。

ていは、そんな蔦重に静かに酒を注ぎます。

「では、こちらもちゃんと仕立てて、ちゃんと売らねばなりませんね。ちゃんと取り戻せますように。歌さんにお支払いした“百両”を」

きりっとした顔で蔦重に迫ります。ご祝儀も兼ねてるとはいえ、随分と気前よく出したもんだね。

「今、その話をしなくてもいいんじゃねえかい?」

「私は、蔦屋の“女将”にございますので」

ていはそう蔦重に迫り、メガネを押し上げます。

「……そうだな、わかりました」

そう認めざるを得ない蔦重です。

夫婦の関係も固まってきて、さながら水魚の交わりでやんす。

蔦重はおていさんの洞察力を認め、軍師役にしております。おていさんも、軍師として経営に目を光らせることを楽しんでいます。

おていさんは自分の望む立場を手に入れて、生き生きとしているように思えるのです。

ただ、こうなってくると、東洲斎写楽の売り出しにより、おていさんと蔦重の関係も悪化するのではないかという懸念もあります。

蔦重が負け戦に金と力を注いでしまう大失敗ですので……。

歌麿は、蔦重からの百両で購入したのか、美しい反物をきよに着せて、似合うと喜んでいます。

まるで絵が動き出したような二人。

歌麿の作品はこうして生まれたと言われると、そうだとしか言いようのない美しい場面でした。

 

からかいか? 諫言か?

そして秋、春町が草稿をしあげてきました。戯作者会議で確認をしています。

内容は、みんなが勘違いして凧揚げをしたら、鳳凰が勘違いして出てきてしまって、なんだか天下泰平の世になっちまうオチなんだとか。

「これで仕上げに進もう!」と蔦重が決断うると、おていさんが「あまりにからかいがすぎるのではないか」と懸念を表明します。

蔦重が現実に起きていることだと反論するも、だからこそ危ないとていは言うのです。

「凧をあげてめでたしなんだからよいのでは」と蔦重が言っても、やはり「ふざけすぎだ」と答えるてい。

すると今度は春町が、真剣になってふざけたつもりはないと説明します。

「ふんどしの思い描いたとおり、世は動かぬかもしれぬ。だが思うように動かぬものが、思わぬ動きを見せるかもしれぬ。故に躍起になって、己の思う通りにしなくてもよいのでは。少し肩の力を抜いてはいかがかと。俺としては、そういう思いも込めて描いたものだ」

「からかいではまく、諌めたいというところか」

大田南畝はこう言います。

「まあ、そういったところだ」

認める春町。ていはまだ不安そうです。

「それは、からかいよりも更に不遜無礼と受け止められませんでしょうか?」

「そもそも不遜で無礼なことをしようってわけで」

蔦重がそうまとめます。

ていは丁寧に「とにかく、私はこれは出せば危ないと存じます」と返すしかありません。

このやりとりは重要でしょう。

結果的に、これは妻、女の言い分が正しかったと判明するわけです。昨年の『光る君へ』でのまひろと道長にもそういう場面はありました。

ジェンダー観点からすると、これが大事です。

この手のフィクションでは、男が先を見抜いて正しいことを言っているにも関わらず、女のせいで失敗するというパターンが実に多く作られてきました。

例えば戦国ものでは、男たちは豊臣家は破滅しかねないとそのことを回避しようとするのに、短慮な淀の方と、北政所たち女同士の争いで滅びるという描き方がかつては多かった。

そうした状況をひっくり返すような描写を、今年の大河ドラマは投げかけてきて、実に良いではないですか。

すると次郎兵衛が、つよに迎えられつつ入ってきました。

なんでも気になる噂を聞きつけたそうで……実は、越中守は大の黄表紙好き、大ファンなんだそうで。

お屋敷で奉公した者から聞いた話とのことで、さすが吉原は耳が早いもんですね。

しかも『金々先生』以来の春町ファン。蔦重のことも大好きなんだとか。

次郎兵衛の話に皆が浮かれる中、ていだけがかえって警戒心を強めているようだ。言わんとするところは、わかる。

敵を知り、己を知れば百戦危うからず――なまじ手の内を知っている相手の方が危険ですからね。

ふんどしは黄表紙という「敵」の手の内はわかっている。

うがちなんて読解力が高い。

これまで見逃してきたのは、ファンだから目が曇っていたのかもしれぬと、おていさんなら身構えてもおかしくねえや。

 

幕府を滅ぼす「大政委任論」の芽がみえる

かくして蔦重は本を作り、定信は心得をまとめ、家斉は『御心得之箇条』を手にしてやる気がなさそうに広げています。

この心得には恐ろしいことが書き記されています。

それこそ再来年の『逆賊の幕臣』の幕臣たちが知ったらため息をつきそうな話です。

「六十余州は禁廷より御預り遊ばされた候御大事に……」

要するに、日本は天子様から預かったものであり、決してご自身の自由にできるものではないという「大政委任論」となります。

定信は教育効果を期待して出してしまいますが、読んだ家斉は何を考えているのやら。それこそ幕府が滅びる綻びが生じる契機となります。

家斉の治世は尊王論が高まるターニングポイントです。

家斉はあの調子で子作りに励み続けました。そしてできた男子は官位を引き上げて箔付けし、大名家に送り込む。

この官位による箔付が実に厄介で、官位の背後にある天皇の権威を結果的にあげることとなります。

そして、尊王とセットになる攘夷の種も撒かれる。

田沼意次から松平定信に交代したことにより、ロシアとの交易構想も棚上げとなります。

しかし、ロシア側からすればそんなことは知ったことではない。

南下して貿易を求めてきます。

ロシアに由来する脅威を伴う西洋事情も、しぶとく知識人階級に広がってゆきます。幕府は禁じようとするものの、しぶとい版元や文人の奮闘もあり、なかなか止められないのです。

西洋の未知なる恐怖に困惑した者たちは、日本は神の国だからどうにかなるという、江戸の「日本人ファースト」思想に傾いてしまう。

かくして日本には尊王攘夷思想が撒かれ、育ち、そんな時代に直面した『逆賊の幕臣』の小栗忠順たちはその荒波に翻弄されることになるのです。

そしてこの「大政委任論」に乗っかった徳川慶喜は「大政奉還」をすることになり、幕府は滅びることになります。

『べらぼう』は、幕末史理解にも大変役立つドラマです。

そして寛政元年(1789年)――『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』が完成しました。

九郎助稲荷がこう語ります。

それは、蔦屋の運命の分かれ目となるのです。

ここで空に浮かんでいた凧の糸が切れ、墜落する姿が見えます。

 

MVP:きよと歌麿

歌麿が美人画へ近づく過程が、今回も見事に描かれました。

蔦重が主役ならば、彼が導いて描くのでもよいはず。ああしろこうしろと指示を出してもよい。それが蔦重は見守りつつ、歌麿が成長して描くように描かれました。

そのきっかけを導く妻として、きよが出てきます。

きよはまず、美しい。歌麿美人が動き出したように思えます。

洗濯物を干す腕の白さ、洗濯をするために傾けた顔、何もかもが絵そのものに見えてきます。

きよの場面は脚本も素晴らしいのですが、演出も、照明も、何もかもが素晴らしい。メイクにしてもそうです。

藤間爽子さんは、見れば見るほど歌麿の描く美人画そのもの。メイクにせよ、くどいパーツの誇張がありません。

ちょっと比較対象として引き合いに出してしまいますが、ディズニーの『SHOGUN』に登場する女性メイクは一体なんなのかと疑問を感じておりました。

それこそディズニーアニメに出てくるような、アイラインがくっきりと引かれ、頬骨を強調したメイクです。

伝統的な日本美人からかけ離れていて、現代アメリカ人が好きそうなメイクを重視し、日本の伝統は無視していると感じました。

あの作品には日本の美に対する理解が不足していたと思います。

あのヒロインがアメコミかディズニーアニメの世界観ならば、今年の大河ドラマは正統派浮世絵美人画の世界観を再現していて、実にこれまたありがた山でやんす。

きよと歌麿の境遇にも、このころの社会の歪みが反映されています。

二人とも最下層に生まれて、身を売ることで生きるしかない境遇でした。

このドラマは前半が吉原舞台であることから、性的搾取を美化すると打ち切りまで求められてきました。

しかし、そう単純なものでもない。

それどころか、歴史の中にこぼれて消えてしまった声まで拾ってくれます。

これも歌麿の描く絵の特徴のひとつ。

彼の作品には、最下層を生きざるを得なかった人々の姿も含まれているのです。

浮世絵を愛し、その世界観を再現するということは、こういうことなのだろうと思います。

 

新キャストが発表されました

ネタバレとなりますので嫌な方は読み飛ばしてください。

放映翌日、新キャストが発表されました。

◆重田貞一、のちの十返舎一九 → 井上芳雄さん

◆勝川春朗、のちの葛飾北斎 → くっきー!さん

◆滝沢瑣吉、のちの曲亭馬琴 → 津田健次郎さん

いったい誰が馬琴を演じるのか? 本当に楽しみに待っていました。

私は『八犬伝』は大好きです。そのうえで馬琴のことは性格が最悪だと思っています。

ともかく癖が強く、教えを願った山東京伝に「リア充爆発しろ」と攻撃を続け、就職先として紹介された耕書堂でも最悪の接客態度をとり続ける。

そのうえで蔦重のことも、山東京伝のことも、自分ほど教養がないと書き残す――地獄から這い出てきたような陰キャ大魔王です。

しかも、歌麿が所帯を持った放送日の翌日に発表するとは、なんということでしょう。

あれほど売れっ子絵師だった喜多川歌麿だが、死ぬ時はそばに妻も子もなく一人きりであり、彼を追悼する者すら絶えるだろう――馬琴がそう記した歌麿の最期が、信頼性のあるものとしてしばしば用いられます。

そんなことを書き記すことはないだろうと思ってしまいます。馬琴は悪意を込めた記録が多いためまるまる信じることもできませんが……。

ともかく放送とキャスト発表のタイミングが実に悪魔的で、この苦しさを分かち合いたくて、つい書いてしまいました。

イケボで山東京伝にネチネチと嫌味を言う、そんな馬琴に期待しましょう。

 

総評

松平定信の微笑ましいギャップ萌えとして描かれていたかのような、そんな黄表紙オタクという一面は、悪夢の前振りでしかありませんでした。

そんな嫌な予感しかない回です。

ドラマとして面白いだけでなく、歴史観まで素晴らしいのが本作。

今回見ていて、初登場や退場のタイミングまで、歴史観を揺さぶる仕掛けがあると再確認しました。

田沼意次は台詞だけでその死が処理されてしまいます。名もなき市井の人でしかないふくや新之助の死がしっかりと描かれたのに対して、実に象徴的に思えるのです。

しかもこの場面では、定信がガス抜きのために田沼意次の葬列すら利用しようとする。そんな浅ましい現実まで描かれています。

本作の恐ろしいところは、現実のニュースと重なってしまうところではありませんか。

つい先日、アメリカで政治インフルエンサーが、銃撃による不慮の死を遂げました。

犯人像は二転三転しつつ、そのたびに政治利用されてゆく様がSNSやニュースで展開されていました。

情報伝達の速度では現代社会ほどではないとはいえ、実は昔からこういうことはあった、普遍的なことだと思わされます。

歴史を学ぶ効能とはまさにこのことであり、過去を鏡として現代を移し、考えをまとめることだと思います。

劇中ではおていさんが漢籍を使用し、よくしていることですね。

戦国乱世は権力ゲームとしてみれば面白いかもしれませんが、人類の姿としては例外的な時期でもあるわけです。

社会が練られ、形成されていった時代こそ、学ぶヒントは実に多いと思わされます。

そして歴史を見て今後を占うとすれば、松平定信にはこの民衆心理の利用が己に跳ね返ってくると言えなくもありません。

ますます情報のバトルが先鋭化してゆく版元、絵師、戯作者の攻防は幕末まで続きます。

そんな江戸文化読解のためにも、今年の知識を今後にも使っていきたいものです。

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅


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【参考】
べらぼう/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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