光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第10回「月夜の陰謀」

2024/03/11

安倍晴明が、兼家に告げます。

6月23日に決行せよ――それではあまりに急だと焦る兼家ですが、なんでも同日は十年に一度あるかないか、全てのものにとってよい日だとか。

「氐宿」(ていしゅく)とは、東洋の占星術である二十八宿です。

丑の刻やら寅の刻が大事で、運気隆盛の時。その日を逃せば事は成らないだけでなく、右大臣には禍がふりかかり、帝はずっと御位に留まるのだとか。

「わかった。23日、丑の刻だな」

兼家は納得します。

果たしてこの占いの結果は、正しいのか否か? 兼家には確認のしようがありません。

陰陽師は、「陰陽寮」という中国由来の天文学や占星術の書籍がある場所で学びます。

限られた人しか習得できませんし、読んだところで意味がわかるとも言えない。仮に、晴明が口からでまかせを言っていようが、話を盛ろうが、なす術もないのです。

こうして期限を切ることで、相手を急かす。逃げられないように脅す。典型的な計略のやり口といえばそうです。

陰陽師は当時の公務員でした。

『鎌倉殿の13人』では、陰陽師ではない仏僧の文覚やら阿野全成が呪詛や占いをしていました。

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あれはフリーランスが勝手にしているもので、ランクが低い連中です。

そもそも、坂東武者の場合はきちんと呪詛を書けません。直接、誰かを殴るなり、家を燃やす方がはるかに楽なので、そうなっても致し方ないところですね。

 


右大臣一族の陰謀

かくして決行準備を進める右大臣一家では、兼家により配置が決められました。

道兼:帝を連れ出す役。手懐けた女官を通して、袿(うちき)を手に入れ、帝に被らせておくこと。内裏を出たら元慶寺へ向かう

道隆:女車の牛車を手配する。剣璽(三種の神器)を確保して、梅壺(詮子と東宮)の元へ持ち込む

道綱:道隆と行動を共にする。危険が迫ったら命を賭けてでもどうにかしろ(捨て駒扱い)

道長:梅壺に剣璽が持ち込まれたら、関白に譲位したと連絡する

何がなんでも寅の刻までに御髪を落とさせるよう迫る兼家に対し、力強く返事をし、使命感を見せる道兼。

そしてナレーションが入ります。

二時間で出家させ、剣と玉璽を入手させる――そんな途方もない陰謀なのだ、と。

なんとも嫌な団結力を見せる一家であり、『柳生一族の陰謀』の柳生家並だと思います。

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『真田丸』の真田家は、まだ弱小国衆のサバイバルだったからここまで酷くはありませんでした。

しかし、京都の貴族からすれば『鎌倉殿の13人』の世界観の方がはるかにひどいですよね。

大事な剣璽をそのまま海に沈めてしまう。そもそも天皇自身を海に沈めましたからね。

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花山天皇は愛ゆえに迷う

花山天皇は弱気になっています。

藤原忯子の霊を鎮めるためには、出家するしかない。

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藤原義懐は驚き、まだ即位から二年しか経っていない、全てはこれからだと止めようとします。

それでも、花山天皇は何より忯子を救いたい、朕の務めだと言い出します。

義懐はなんとか止めようとして、皇子を作ろうと言い出します。女御もいるし、新しい女も用意する……と、これが逆効果です。

そんなことを言えばまた忯子が嘆くのだ、おなごおなごと言うなと、義懐は遠ざけられてしまいます。

あいつらに嫌われてしまったと自嘲気味の花山天皇に対し、ここぞとばかりにつけ込むのが道兼です。

お上が出家するなら、私も一緒に出家するとまで言い出す。

「お前だけだな、朕の気持ちがわかるのは……」

藤原兼家たちの策略とは知らず、感動してしまう花山天皇。

どこまでもお供すると言われ、忯子は喜ぶだろうかと問いかけます。

力強く認め、浄土へ旅立つと太鼓判を押しつつ、「23日がよい」と提案する。納得する天皇を見る道兼の瞳には、喜びの色が見えます。

道兼はなんて残念な策略家なのでしょう。

いや、策が向いていない。絶対にうまくいくとなれば、何の感動もなく淡々とこなすものだというのに、こんなに素直に喜ぶとは初々しさすら感じさせます。

いずれ、この素直さが跳ね返ってくるとなれば、どこまでも哀れな人だ。

ちなみに、ここに藤原為時がいれば、一言でこの策を突破できるかもしれません。

子、怪力乱神を語らず。『論語』

まっとうな人間はオカルト話をしません。

成仏だのなんだの、そんなのそもそもおかしいでしょ、と花山天皇に冷静さを促し、晴明や兼家の策を退けられるのですが。

 

同じ月の下で

藤原道長は月を眺めています。

すると兼家が、よい月だと声をかけてきます。関白に知らせるだけでは物足りないか?と言われると、道長は否定します。

兼家は、道長に真意を告げます。

もしも失敗したら、道長だけは内裏に行かず、父の策は知らなかったふりをせよ。そして関白に策を告げれば生き残れる。そういう意味なのだと。

道長は唖然とします。その役割は道隆ではないか?と問うと、ここが兼家の妙手でもあります。

成功した際、最も取り分が大きいのは道隆。

失敗した際、そうなるのは道長。

そんな真意を語られ、道長は困惑しています。結局のところ、自分は手駒にされている。それでも道兼や、異母兄の藤原道綱よりはマシでしょう。

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一方、まひろは月の下で琵琶を奏でています。

縫い物をしている“いと”は、どこか憂鬱そうな表情で、まひろが父の帰宅が遅いことを気にしていると、いとは解説します。

なんでも為時は高倉の女の元へゆき、帰ってこないのかもしれない。そんないとの胸に、琵琶の響きが入り込むのだとか。

ここでちょっと補足でも。

かつての日本では、女性を住んでいる場所(ここでは高倉)で呼びます。

いとは縫い物をしています。主人の服を繕うことも、妻や妾の役割であり、為時は別の女のもとへ行き、縫い物だけをやらせている。

いとはかなり悲惨な状況といえます。

兼家は、寧子(藤原道綱母)に同じことをして、彼女が決定的に絶望する契機を作り出しています。

縫い物だけで利用してんじゃないよ!

そういう怒りがフツフツといとには湧いてくるし、実質的に妻ではなくとも「妾」といえる立場なのでしょう。

そんないとは、まひろに何か悲しいことでもあったのか?と尋ねます。

「生きていることは悲しいことばかりよ」

これぞネガティブな彼女らしい言い分でしょうか。

いとはたまらず悩みをぶちまけます。殿は帰ってこない。藤原惟規が婿入りしたら自分の居場所はない。この家に置いて欲しい。

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まひろは快諾し、さらに惟規の婿入りについて行けばよいと言います。

「まことでございますか!」

大喜びのいと。若様についていけるのならば、殿はどうでもいい。高倉にくれてやると言い出します。

結局、生活基盤が大事なのですね。まひろは「くれてやらなくても……」とちょっと引いて、父はいとも大事に思っていると言います。

いとと為時の間には性的な関係はあるとわかります。

それなのに、生々しさよりも、切迫していてロマンチックでないのがこの時代らしいかも。貞操観念もまだ発達しておりませんので。

それにしても、まひろは気になってきました。いとを嫉妬させる高倉の女とは、どういう相手なのか。

 


父上こそ、得難き宝だった

まひろは乙丸と共に高倉へ向かいます。

するとそこには病気の女に食事を与えている為時の姿がありました。

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為時はまひろと乙丸に気づくと、素直に謝ります。

長く家をあけているが、身寄りもなく、一人で食事もとれぬ。見捨てられない。まもなく命も終わる。一人で死なせるのは忍びない……と。

まひろは感銘を受け、言ってくださればよかったとホッとしている様子。

父が内裏に行っている間は自分が面倒を見ると提案します。それだけでなく、胸が熱くなった、立派な人だと感銘を受けています。

父は穢れも気にしていない。

当時は腹を刺されたり、頭の骨を砕かれたような人が、穢れになるからとふらふら歩いて去って行くようなことまで記録に残っているほど。

そこまで【穢れ】は重要なのに、為時の愛はそれを超えました。

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娘に褒められ、照れてしまう父。気持ちは嬉しいが、それはできないと断ります。娘の世話になるのは相手にとって気づまりだろうと気遣っているのです。

そこでまひろは、乙丸に着替えを届けさせ、そのときできることがあれば告げて欲しいと言います。

こうして娘は父を見送るのですが、今回のシーンにも『源氏物語』に通じる価値観があります。

光源氏は、一見、最低の女好きのようでいて、大きな長所があります。

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末摘花のようにハズレな相手であろうと、一度関係を持てば見捨てず、生活の面倒は見る。最低限のハードルは超えているのですね。

作者としてそこは譲れなかったのかもしれません。

求め易きは価無き宝、得難きは心有る郎

価値のない宝は簡単に手に入るけど、誠意ある男はなかなか得られない

魚玄機「隣の女に贈る」

 

和歌に漢詩で返す

百舌彦がまひろの元にきて、青い書状を渡しました。

よほど嬉しかったのでしょう。全力でいとの前を駆け抜け、手紙を開きます。

そして直秀のことを思い出しました。

あの人の心はまだそこに……。

まひろは漢詩で返事を書きます。

それでも道長は、またも和歌で返す。

まひろは漢詩で返す。

そんな道長の和歌から注目してみましょう。

思ふには 忍ぶることぞ 負けにける 色には出でじと 思ひしものを

お前を思う心の強さに、耐え忍ぶ心が負けてしまった。決してその表に見せようなんて思っていなかったのに。

 

死ぬる命 生きもやすると こころみに 玉の緒ばかり 逢はむと言はなむ

好きだ、好きすぎて死にそうだ、そんな私の命を長くするためにも、玉の緒ほどの短い間でも会えないか?

 

命やは なにぞは露の あだものを 逢ふにしかへば 惜しからなくに

命などどうでもいい。露のようにはかなくたよりないものじゃないか。愛するお前と逢える時と取り替えられるならば、命なんて惜しくはない!

筆跡は少し上達していますが、まだまだいまひとつ。

うますぎるとかえっておかしいので、そこはうまく書いています。

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一方、まひろの漢詩は?

『帰去来辞』

田園将蕪胡不帰 田園 将に蕪れなんとす 胡(なん)ぞ帰らざる

既自以心為形役 既に自ら心を以て形の役と為す

奚惆悵而独悲   奚(なん)ぞ惆悵して独り悲しむ

悟已往之不諌   已往の諫めざるを悟り

知来者之可追   来者の追う可(べ)きを知る

実迷途其未遠   実に途(みち)に迷うこと 其れ未だ遠からずして

覚今是而昨非   覚る 今は是にして 昨は非なるを

さあ帰ろう、田園が荒れてしまう。どうして帰らないことがある?

今まで我慢して、心を押さえ込んできたけれど。もう一人悲しんでいられない。

私は間違っていた、過去は取り返せない。

未来を見ていくべきだとわかった。

今までは迷っていた。でもまだ遠くまできてはいない。

わかった。今なのだ。昨日までは間違っていた。

陶淵明の作品です。

陶淵明は『三国志』のあと、中国史でも最難関ともいえる魏晋南北朝時代、東晋から南朝宋の詩人です。

このころは貴族制度の時代。

陶淵明のように身分が低い「寒門」は出世できません。

アホでオシャレばかりしているボンボンのために宮仕えするハメになる。

そんなことやってられるか!

陶淵明はそうしてキッパリ政治を拒否した典型的な人物です。彼の作品には、身分制度やアホなボンボンへの怒りが沸々と激っているようにも思えるんですね。

当時のユニットとしては「竹林の七賢」がいます。

竹林で能天気に過ごしているようで、一歩間違えたら処刑という、ギリギリのデスゲームをしているようなもの。

魏晋南北朝は生きることそのものがギャンブルのような厳しい時代です。

陶淵明は桃源郷という言葉の由来となる『桃花源記』でも知られていますが、そう理想郷を想像して書くしかないほど現実が辛かった。

会田大輔先生の『南北朝時代』がオススメです。

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それにしても、よりにもよってこれですか……これは厳しい。激辛にもほどがある。

なんせ彼女は「今までが間違っていた」と全力で拒んでいますからね。

漢詩でもロマンチックなものはあります。

「閨怨」というジャンルは、夫と離れて寂しい女性の気持ちを歌い上げる定番です。

それが、よりにもよって『帰去来辞』では、パンチが強すぎて言葉になりません。

男性官僚の立場になって、くだらぬ身分制度社会に拒否を突きつけているとも思える。相手は愛を訴えているのに、「くだらんお勤めなんて、やってられん!」と返しているわけです。

ここまで拒まれても、しつこく和歌を送る道長もわからないほどです。

ちなみに『源氏物語』には「漢詩好きな女はウザいよねえ」という場面があるし、『紫式部日記』にも漢字を読めることを隠し通した話があります。

実に凄まじい展開です。

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書道と恋愛相談は藤原行成におまかせ

藤原道長は、穏健な友人である藤原行成に相談します。

「おなごに歌を送ったら漢詩が返ってくる。その意味は何だろう?」

そう聞かれた行成はドキッとしています。道長も相談相手を選んでいますね。

もしも藤原斉信辺りなら、こんな風に答えるでしょうか。

「おい、そんなおなごは珍しいぞ。ききょうか? いや、ききょうじゃないよな。流石に可愛げがなさすぎるもんな。ききょうなら、そこは漢詩を元にした和歌にするだろう。なんなんだよ、その嫌味な女。やめとけって」

さらに毒舌インテリの藤原公任なら、鼻で笑ってこう来そうだ。

「あのさ、漢詩って、要するにお前みたいな志の低い相手の恋文なんて、鬱陶しいからやめろってことだぞ。そのくらい見抜けなくてどうするつもりだ?」

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斉信と公任の二人なら、藤原為時の娘が漢籍に詳しいとたどりつき、遠慮もせず、引っ掻き回した上でダメ出しをしそうですが、その点、行成ならば安心です。

おずおずと、どういう漢詩か?と問いかけるものの、答えない道長。好きなおなごがいるのかと問われても黙秘を続けます。

行成はそっと、漢詩と和歌のTPOを説明します。

和歌:恋心やちょっとした気持ちを詠むもの、女性的で柔らかい

漢詩:大志や雄々しい気持ちを歌いあげるもの、男性的で固い

敢えて女性が漢詩を詠むということは、いわば男装しているようなものです。

たしかに本場の漢詩は、恋愛もの、イベントではしゃいだもの、猫を譲って欲しいという依頼などなど、さまざまなジャンルがあります。

宴会で詠むような、軽やかな「詞」というジャンルも生まれ、中国史上に名を残す女性詩人の李清照は詞を得意とします。

しかし、日本ではともかくマッチョな方向に特化したのです。

戦国武将も、戦う気合はやっぱり漢詩!

江戸時代には頼山陽がナポレオンの生涯を漢詩に詠んでいるほどであり、要は日本独自進化を遂げたのです。

ちょっと妙かもしれませんが、道長と行成の二人を今風に例えるならこんな会話でしょうか。

現代版道長「彼女においしいものでも食べに行かないかって誘っているんだ。アフタヌーンティーとか、あんみつとか、台湾カフェとか。かわいい写真もつけて。でも毎回、その日はジムに行くって断られてさ」

現代版行成「どうしてですか? 彼女はダイエットしているとか?」

「どうだろう? 毎回これみよがしにダンベルとか筋トレ中の写真をつけてくるんだよね。激辛火鍋の写真のこともあったっけ。台湾は台湾でもタピオカより台湾ラーメンが好きだとか。辛いものが好きなんだね」

「いや、その、それは遠回しに誘いを断っていますよね……」

「そうだ、今日中に読み終わりたい本があると言われたこともある。上野千鶴子って人の本」(私は上野先生のファンですので、誤解なきよう)

「それは彼女、断固あなたの思いを断っていますね!」

ともかく行成が言葉を丁寧に選んでいて、彼なりの苦労を感じさせました。

一方で道長はしつこい。本当にしつこい。といっても必死なのだから仕方ないですね。

結局、行成がおずおずと的外れかと確認すると、道長は納得したようです。

場面変わって、道長が姉の藤原詮子を訪れます。

このとき一人の女性を見かけました。どうやら詮子の客人のようですが一体誰だろう?

と、詮子が彼女の素性を明かします。

なんでも源高明の娘(源明子)だとか。政変により父が失脚してしまった身寄りのない女性です。

これも全ては詮子の策であり、父に対抗すべく、彼女は源氏と縁を結ぶことを企んでいました。

道長が、源倫子と、源明子と、両方妻にすればいいじゃない!

そう言い出し、道長は「なんということを!」と驚愕しています。

確かに、そんなブリーダーみたいな発想を姉から聞かされされてもなぁ。それでも道長に対して「考えておくように」と告げ、女房たちを下げさせます。

すると道長が、23日の策をそっと伝えます。

詳細を隠すため、苛立つ詮子。

家族や幼い子の前で眠ったふりなんて気持ち悪いし、それを褒める兄の藤原道隆も、言うことを聞いている藤原道兼も気持ち悪い。

道長だけが信頼できるといい、さらに己の宿命を考えるようにと伝えます。

まるで父上みたいと言う詮子。実際、きょうだいの中で一番父に似ていると思いますもんね。吉田羊さんの演技が実に素晴らしい。

そしてこの姉の企みと言葉は、道長に己の宿命を考えさせてしまったようです。

 

同床異夢

道長は漢文で会いたいとまひろに返事を書きました。

我も亦君と相見(まみ)えんと欲す。

かくしてまひろは応じ、二人は抱き合います。

「まひろ! 会いたかった!」

抱き合い、唇を重ねる二人。その様子を月が見下ろしている。

道長はたまりかねて言います。

「一緒に京を出よう。海のみえる遠くの国へ行く、俺たちが寄り添って生きるにはそれしかない」

もっと早くそうするべきだったと悔やむ道長。

藤原を捨て、まひろの母の仇である兄を捨てる。右大臣の子であることも、皇太子の叔父もやめる。だから一緒にいてくれ!

そう懇願すると、まひろも応える。

「道長様、嬉しゅうございます」

喜ぶ道長ですが、まひろは実際どうしていいかわからない。

前のめりになった道長は、父と弟に別れを告げたいのだろうと察しつつも、捨ててくれと迫る。もしも家に帰ったら戻ってこれないだろうと読んでいる。

堪らずまひろは思いを打ち明けます。

道長が政治を執らねば、直秀のような無惨な死に方をする人はいなくならない。

あのとき、泣いている姿を見て、以前に増して道長が好きになった。前よりずっと好きになった。だから帰り道、このまま遠くへ行きたかった。

でも言えなかった。そのことをずっと考えていて気づいたのだと。

直秀のような理不尽な死に方をする人を減らすには、よい政をしなければならない。

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しかし道長には通じません。まひろに会うために生まれたと訴えます。

まひろはそれを否定します。

高貴な家に生まれたのは、世をよりよいものに変えるためのはずだ。

俺の願いを断るのかと懇願する道長に対しても、とても好きだと言いながら、それでも自分の隣ではないところにいるべきだと突き放す。

諦めきれない道長は、子どもの頃から作り話が好きだから、今言ったことも偽りだと訴えます。

まひろにもわかっています。

幼いころから思い続けた相手と遠くの国でひっそりと生きていくことは彼女個人にとっては幸せかもしれない。

しかし、住む世界が違いすぎる。ひもじい思いもしたことがない道長が、魚を取り、木を切り、畑を耕す姿は想像できない。

まひろと一緒ならできると言う道長ですが、己の使命を貫いて欲しいと再度突き放します。

直秀もそれを望んでいる、と。

遠くの国には行かないけれど、都でずっとあなたのことを見つめ続ける。片時も目を離さず、道長の政治を見ていく。

彼女のそんな決意に対しても、

「一緒に行こう」

と懇願する道長。

 

巫山雲雨

まひろが横たわります。そっと身を重ねている道長。

まひろは静かに涙を流します。

「ふったのはお前だぞ」

「人は幸せでも泣くし、悲しくても泣くのよ」

「これはどっちなんだ?」

「どっちも。幸せで、悲しい」

「送っていこう。また会おう。これで会えなくなるのは嫌だ」

そう道長は告げました。まるで消えてしまう、神女と枕を交わしたような、そんな道長の戸惑いがあります。

ここで、今まで使う機会がなかったエロチックな漢籍知識でも。

公任だったら「なんだお前ら、巫山雲雨だな」とまとめたくなるところでしょうか。

巫山雲雨(ふざんうんう)『高唐賦』

昔、楚懐王が夢の中で神女と熱烈な愛を交わしました。

彼女は「巫山の南に住み、朝は雲、夕には雨となるわ」と告げる。

漢籍で「雲雨」と出てきたら、そういうことです。

衣を解(と)くとか。枕で語るとか。婉曲表現はいくつもあります。そういう詩的な風情を映像で見せてくる。実に高度な展開ですね。

耳を噛むとか。これみよがしにサウナに色っぽいお姉さんが入ってくるとか。そういう現代的な感性を時代劇で見せられても面白くありません。

久々に再会した妻に「子作りするべえ!」と語りかける渋沢栄一なんて、もう見ちゃいられなかった。

その点、今年の大河ドラマは、勉強になるし、センスが大変素晴らしい。やはり、時代劇はこうでなくては。

勉強はつまらないというのは、ただの思い込みです。

艶やかな古典文学なんていくらでも見つかるのだから、気合を入れて探し、読んで楽しめばよいのです。

古典ならば中身がどんなに過激だろうが、教養で偽装できます。

まずはやはり『源氏物語』あたりが良さそうですね。

 

陰謀決行の夜

運命の6月23日がやってきました。

土壇場になって花山天皇は、今宵のことを藤原義懐に相談しようか?と言い出す。

慌てて止める道兼。それでは決心が揺らぎ、忯子様は浄土の道を阻まれてしまうと丸め込もうとします。

そして道兼は袿で帝を覆い、そっと抜け出す。

その途中、忯子の文を持ってくるのを忘れたと花山天皇に言われると、文箱はすでに元慶寺にあると言い出します。

文箱を開けたのか?と花山天皇がひっかかるものの、道兼は必死です。

途中、見つかりそうになると、道兼は花山天皇を抱き寄せ、情事を装います。道長がまひろを抱き寄せた構図を思い出すと、なんというパロディでしょうか。

かくして女車に乗り、二人は元慶寺を目指す。

丑の刻を告げられ門が閉められる中、藤原道隆と藤原道綱は剣璽を手にして廊下を急ぎます。

道綱が転びそうになって謝ると、道隆は「声を出すな」と嗜め、画面の中に緊張感が広がる。

と、剣璽は詮子と東宮のもとへ到着。

それを見届けた道長は、関白・藤原頼忠の元へ向かい、事の経緯を説明すると、頼忠も驚きつつ内裏へ向かいます。

全ては策の通りだと確認するかのような安倍晴明

まひろは牛車が通ってゆく音を聞いています。

そして花山天皇は剃髪され、僧侶から「出家がかなった」と伝えられます。しかし……。

「道兼、次はお前の番だ」

「私はこれにて失礼いたします」

「お前も出家するのであろう?」

「御坊、あとはお頼み申す」

「おい待て、道兼!」

「おそばにお仕えできて、楽しゅうございました」

「お前は朕を謀ったのか、待て道兼、おい、裏切り者!」

叫んだところで時すでに遅し。

舌なめずりしそうなほど嬉しい顔の道兼は、自分の意思で笑った、義務を為したと思っているでしょう。

実はそうではありません。兼家の育て上げた手駒として完成しただけなのに、それに気づかないものでしょうか。

そのころ藤原義懐は遊女と遊んでいました。そこへ帝の出家という一大事が告げられ、笑顔が引き攣ります。

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寅の刻が告げられ、全ては終わりました。

兼家が高らかに勝利の哄笑をあげ、一家は皆、一仕事終えた顔をしています。

朝が来て、藤原実資藤原為時が出仕。

そこへ藤原兼家がやってきて、突然の花山天皇譲位と、一条天皇の即位を告げます。

新天皇の摂政は兼家。

蔵人頭は道兼。

そして他の蔵人が発表されようとすると、実資が「そのようなことはおかしい!」と立ち上がります。

「筋が通らない!」

しかし、無理は通ってしまったのです。

 

MVP:まひろ

大河ドラマはじめ時代劇を見ていて、私が面白いと感じる点に「思想」があります。

本作スタッフは韓国や中国の時代劇を意識しているとか。

その要素として、為政者としての資質や思想があります。

韓国の場合、高貴な人々は世の中をより良くするために生まれてきているのだから、それができているのか自問自答することがお約束。

本作の花山天皇の描写は、白居易『長恨歌』が根底にあるようで、圧倒的な純愛があるのです。

ロマンチックだからよいかというとそうではなく、政治的混乱をもたらしているから悪いと。

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為政者としての志を問いかけて突き放しつつ、一生忘れられない相手になるという高度な戦略をまひろは駆使しました。

こんな面倒くさいヒロインがいていいのでしょうか?

すごくロマンチックで好きだけど、これをよくNHKは許したものだと思います。

比較対象として『青天を衝け』の千代を考えてみたい。

実際の千代は儒教倫理が大変強い女性でした。

この夫妻は深い愛情に溺れて大志を忘れてはいけないと考えていたのか、千代は敢えてそっけなくしていたとか。

それをドラマでは「ともかくラブコメにすれば数字が取れる」とでも言わんばかりに甘ったるくしてしまい、侮辱ではないかとすら思えました。

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そして『どうする家康』の瀬名にも注目です。

カルトじみたお粗末な慈愛の国構想のせいで、彼女自身だけでなく嫡男が死に、家康も大変な目に遭い、悪女を払拭するはずが、愚かさまで加えられたかのような設定でした。

それでもやたらと甘ったるくロマンチックな描写をして、これで悪名を晴らしたと製作者が語っていたのだからどうしようもない。

おまけにキーアイテムはニコライ・バーグマン風の花です。

悪しき例だけではなく、革新的なヒロインを挙げるなら『鎌倉殿の13人』の北条政子でしょう。

彼女は改めて凄まじい女性です。

坂東に生まれ、おそらく文字すらまともに読み書きがおぼつかなかったはずなのに、ついには『貞観政要』を読みこなしたとされるほどのジャンプアップを遂げた。

そして民衆を慈しむことを求め出す。よりよい政治をめざした。

赤染衛門の子孫でもある大江広元は、仁を成し遂げる理想の為政者を見出し、感動していたものです。

それほど慈愛溢れる女性なのに、自分の策に溺れてあまりに酷いことをしていた弟を許せず、結果的に相手の命を縮めるという結末を見せます。

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家康も泰時も一条天皇も愛読していた『貞観政要』には一体何が書かれているのか

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『麒麟がくる』の駒にも注目したい。

彼女が語る「麒麟」とは儒教思想のことを指します。

「麒麟がくる」とは、「朱子学を広めて日本人の倫理観をあげよう」と解釈できます。

駒が光秀に好意を抱いたのは、そんな倫理を理解できたから。確かにまだ若いうちは、それを恋と混同して光秀に憧れを抱いていました。

戦災孤児である駒は、自分のような境遇の人を減らす政治を求めていました。

足利義昭には、それができるかもしれないと希望を抱かせた。

義昭は信長に対抗して戦をする。そのことを恥じた義昭は、駒の前で己の首を絞めます。

『麒麟がくる』で「来ない」と話題になった――そもそも「麒麟」とは何か問題

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恋をすればよいのではなく、自分さえ楽ならばよいのではなく、世の中をもっとよくして欲しい――そう求めるヒロインは実に面倒なのです。

まひろは全身に毒を含んだ花のようです。花に触れたら甘い香りがするけれど、毒が染み込んでくる。

道長がこのあと権力を手にした時、その毒が身を蝕む。

まひろの目が「直秀に合わせる顔があるのか?」とじっと見てくる。まひろは縁を捨ててでも、道長という権力を見つめる道を選びました。

自分は男でないから。女であることを生かし、そうするしかない。

そう身を委ねるまひろは、なんという存在なのか。圧巻です。

 

月は見ている

今回は月が大変印象的でした。

月岡芳年『月百姿』を彷彿とさせます。

花山天皇藤原道兼を描いた珍しい絵であるため、よく引用されるこの作品は連作。

月が歴史的な場面や、庶民の暮らしぶりを見下ろしているというテーマです。

太田記念美術館で4月3日から5月26日まで展示されますので、ぜひご覧ください。

月岡芳年『月百姿 花山寺の月』/wikipediaより引用

 

アジアドラマと比較すると答えが見えてくる

最近嬉しいことがあったので、共有させてください。

『光る君へ』を見た中国の方から「打毱」について聞かれました。

日本ではまだあるのか?と問われたので、保存していると答えると、ものすごく感激されました。中国にはないそうです。

これぞ大河ドラマの意義かもしれない――文化の交流ができて、それを誇りに思えることこそが意義なのだなと。

そして注目されているのが朱仁聡と周明です。

周明は、直秀のようなことにならないか?と不安な方もおられるかもしれません。

しかし、彼の場合は殺害すると外交問題になりかねませんので、そこは安心して良さそうです。

東洋の時代劇における医者は大変便利な存在です。

貴人のそば近くに行ける。技術を尊重される。天下の行末を見据える目があるとされる。慈愛の心を持つとされる。

『麒麟がくる』の東庵と駒が「ありえない」と叩かれましたが、彼らの職業特性をふまえればそうおかしくもない。

周明はそんな便利な医者枠ですので、期待しましょう!

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さて、まひろと道長の二人が、道長の思い通りになったらどうなっていたか?

あくまで道長の理想ではありますが、世俗から隔絶され、大自然に抱かれて、二人で楽器でも奏でていくことでしょう。

「琴瑟(きんしつ)相和す」と言います。

あまりに現実が辛い!もういっそ隠棲して楽器演奏してゆったり暮らそう!

こういう隠遁を究極の勝利とする思想は、中国史ではおなじみです。

陶淵明も生きた魏晋南北朝は、戦乱、政変、身分制度などなど、憂鬱な状況があまりに多すぎました。

前述の通り、全力で隠棲宣言する文人も多かったものです。

そんな時代をモチーフとしたドラマが『陳情令』、およびアニメ『魔道祖師』です。

あの作品の究極の愛とは、山の上で楽器を演奏し合う二人の姿で表現されます。

しがらみを捨てて、二人きりになって、こうして生きていくなんてこれ以上幸せなことはあるだろうか? そんな姿です。

それまで積み上がった屍も、流された血も消えていくような、そんな愛のかたち。

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中国の視聴者からすれば、道長の願いは「それな!」とすっと入ってくるのではないかと思えます。

陶淵明を敢えて出してきたし、誘導されていくだろうと。

それを拒んででも世を糾せと突きつけてくるまひろは、なんと素晴らしい女性なのかと思われるかもしれない。

文化とは水のようなもので、国で区切ろうとしても流れ出しでゆく。

そういう水の如き魅力が、このドラマにはあると思います。

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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