光る君へ感想あらすじレビュー

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『光る君へ』感想あらすじレビュー第20回「望みの先に」

藤原道隆の死の翌長徳2年(996年)――その子である藤原隆家が放った矢が、花山院をかすめて飛んでゆきました。

平安貴族といえども、何かと血の気が多い中世です。

案の定、従者同士が乱闘となり、藤原伊周と隆家の兄弟は慌てて馬で逃げ去るのですが、これがただで済むわけありません。

なんせ事件が起きたのは、藤原斉信の妹の元です。

花山院を助ける斉信。

その後、目撃証言を道長に告げると、院が射られたと聞き、道長も驚いています。

院は生きていて怪我もない。しかし、院の従者二名が死亡しました。

捕えられたのは二条邸の従者で、馬で現場を去ったのは伊周と隆家だと把握しています。

道長が、命を狙ったわけではないのか?と気にする一方、斉信はこれで伊周と隆家は終わりだとほくそ笑んでいる。

彼は藤原公任ほどの切れ物ではなく、人脈で出世するタイプですね。描き分けがしっかりしていると思えます。

このほくそ笑む声といい、金田哲さんがいつもながら見事な演技です。

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花山院を巻き込んだ流血沙汰

今回の事件では、2名の従者が死亡。

今は亡き藤原道兼は、まひろの母・ちやはを殺し、虫ケラ扱いしておりました。

ちやはは貴族なので問題視されましたが、従者ともなれば命が適正に扱われない時代です。

とはいえ、あのお堅い藤原実資は許すわけもない。

死人が出た以上はただちに罰する、取り調べが常道だ――と主張しながらも、中宮定子の身内であるため、帝の裁可をいただきたいと奏上します。

帝はお怒りです。

綱紀粛正を厳命したばかりなのにどういうことか。院に矢を放つとは許し難いと、あの穏やかで秀麗な顔に怒りをにじませております。

帝は、何故そのようなことが起きたのか?と実資に聞きます。

いささかややこしい話ですので、事件を整理しましょう。

加害者:藤原伊周・隆家

被害者:花山院およびその従者

原因:勘違い。花山院は藤原為光の娘である四の君(儼子、たけこ)に通っていた。それを伊周は自分の妾である三の君(光子、みつこ)に通っていると誤認し、矢を射た

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実はこの事件、被害者側の花山院にとっても都合が悪い話でした。

通っていた四の君は、藤原忯子の妹にあたります。

花山院は亡くなった忯子に未練があったのでしょうか。

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時代がくだれば出家の身で女犯してしまう破戒僧はざらにいます。そんなことに正面切って今さら怒るのは、『麒麟がくる』で描かれた織田信長のようなタイプだけです。

しかし当時はまだ真面目。

出家したのに、女に通っているというのはあまりに恥ずかしいことでした。

帝は、そんなことで院が射られて従者が二名死んだのか……と呆れ果てています。

そして伊周と隆家の参内を禁じて謹慎処置とし、検非違使に調べさせて逐一報告するようにと厳命しました。中宮定子は身内の者に一切会わぬようにとも付け加えられます。

ここで当時の倫理観でも考えてみましょう。

実資は当然のことながら読んでいる『論語』「子路第十三篇」には、羊泥棒の話が出てきます。

ある正直者が、父が羊泥棒をしたとき、それを告発したという話を孔子が聞きました。

孔子は「私の知る正直者は違いますね。父は子のために罪を隠す。子は父のために罪を隠す。本当の正直とはその心の中にあるものでしょう」と返しました。

そんな甘っちょろいことでは犯罪を取り締まれない――そういう思想家もいて、『キングダム』にも登場する李斯(りし)に代表される法家がそうです。

「泣いて馬謖を斬る」で知られる、三国時代蜀の諸葛亮も、信賞必罰の人ですね。

漢籍を身につけた東アジアの官僚は、それぞれ異なる思想を突き合わせつつ、落とし所を探る。

実資と帝は法重視。

道長は孔子のような情重視。

そんなことを考えながらドラマを見ていくのも面白いのではないでしょうか。

真面目な実資は捜査にためらいがないだろうけれども、帝は定子との愛に挟まれて、心の中では血と涙を流している様も見えてくるようです。

帝としては政治に情熱を傾けて、綱紀粛正を通達した後の事件ですから、怒りもあるでしょう。そして伊周と隆家に対しても友愛はあるのです。

二条邸で、帝の命令を蔵人頭の藤原斉信から聞かされる伊周、隆家、そして貴子は絶望的な顔になるのでした。

藤原為時が参内する内裏に、伊周と隆家の姿はありません。

 


藤原為時が淡路守で越前守は源国盛

中関白家が失墜する一方、藤原為時の子であるまひろと藤原惟規は父の任官を祝っております。

為時は四年間の国司任期を無事に務めたいと述べ、さすがのお堅い父も嬉しそうな表情ですね。

宣孝が「淡路についていくのか」と聞くと、まひろは「行く」と即答。惟規も行きたいくらいだと言います。気候もよいそうですが、試験勉強を頑張れとたしなめられます。

直秀に都を出て行かないかと誘われていたまひろは、こんな形で願いが叶ったのですね。

為時は十年間こらえて、これが最後の申し文(自己推薦文)と思っていて、やっと叶ったと感慨深げ。神仏の加護だと、素朴な仏像にあらためて祈る。

彼なりに、なぜ急にこんな展開となったのか、不思議なのでしょう。

藤原詮子のもとへは、源国盛が挨拶に来ていました。

なんでも大望かなって越前守になれたとか。詮子は右大臣に頼んでも通らないので、帝に頼んだと言います。申し文が秀逸だったと道長も感心しています。

しかし、この国盛は正直すぎると言いましょうか。あれは文章博士に代筆させたとあっけらかんと打ち明けてしまう。

実際のところ漢文は苦手だそうで、これには道長も苦い顔。

越前には宋人が多くやってくる。だからこそ漢語スキルを重視して国盛を選んだのに、そのようなことでは困ると嘆いています。

慌てた国盛は、今更ながらに困ったとか言い出していますが……。もしも道長が、実資や公任ほど秀才であれば、あらためてここで漢籍のテストでも行ったかもしれませんが、道長自身もそこまで得意ではなかった。

彼は人間関係のバランスを重視するとはいえ、それでも斉信くらい親しいか、頭が切れるかでなければそうそう大きな顔はしないのでしょう。

それで最終的にはよい結果を選ぶ、道長には不思議なセンスがあるようです。

ただし、帝に推挙した詮子としては、どうにも気まずい。あんなうつけとは思わなかったとこぼしています。

あれでは宋人と会話ができず、国同士の諍いになるかもしれないと懸念する道長。

目の付け所がなかなか大きいですね。切れ物というよりも、器が大きいと感じさせます。

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詮子はそんな弟を気遣い、怒っているのか、許してくれと訴える。と、なんとかするとぶっきらぼうに返す道長ですが、ここで今さら姉を責めたところで、なんら物事の解決には役立ちませんね。

それよりも詮子は、伊周たちの処分が気になっている様子。

処分は除目のあとで決まる、大したことはないだろうと道長が答えると、詮子は「なぜ?」と理由を聞いてきます。

帝は、中宮の身内にそこまで重い処断はできないとのことです。

それを情けないと憤る詮子。それでも道長は、厳しく罰すれば良いのではないと考えている。

詮子が、伊周たちは敵だと煽るけれども、敵であろうと情けはかけると返すのです。

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