光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第20回「望みの先に」

2024/05/20

藤原道隆の死の翌長徳2年(996年)――その子である藤原隆家が放った矢が、花山院をかすめて飛んでゆきました。

平安貴族といえども、何かと血の気が多い中世です。

案の定、従者同士が乱闘となり、藤原伊周と隆家の兄弟は慌てて馬で逃げ去るのですが、これがただで済むわけありません。

なんせ事件が起きたのは、藤原斉信の妹の元です。

花山院を助ける斉信。

その後、目撃証言を道長に告げると、院が射られたと聞き、道長も驚いています。

院は生きていて怪我もない。しかし、院の従者二名が死亡しました。

捕えられたのは二条邸の従者で、馬で現場を去ったのは伊周と隆家だと把握しています。

道長が、命を狙ったわけではないのか?と気にする一方、斉信はこれで伊周と隆家は終わりだとほくそ笑んでいる。

彼は藤原公任ほどの切れ物ではなく、人脈で出世するタイプですね。描き分けがしっかりしていると思えます。

このほくそ笑む声といい、金田哲さんがいつもながら見事な演技です。

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花山院を巻き込んだ流血沙汰

今回の事件では、2名の従者が死亡。

今は亡き藤原道兼は、まひろの母・ちやはを殺し、虫ケラ扱いしておりました。

ちやはは貴族なので問題視されましたが、従者ともなれば命が適正に扱われない時代です。

とはいえ、あのお堅い藤原実資は許すわけもない。

死人が出た以上はただちに罰する、取り調べが常道だ――と主張しながらも、中宮定子の身内であるため、帝の裁可をいただきたいと奏上します。

帝はお怒りです。

綱紀粛正を厳命したばかりなのにどういうことか。院に矢を放つとは許し難いと、あの穏やかで秀麗な顔に怒りをにじませております。

帝は、何故そのようなことが起きたのか?と実資に聞きます。

いささかややこしい話ですので、事件を整理しましょう。

加害者:藤原伊周・隆家

被害者:花山院およびその従者

原因:勘違い。花山院は藤原為光の娘である四の君(儼子、たけこ)に通っていた。それを伊周は自分の妾である三の君(光子、みつこ)に通っていると誤認し、矢を射た

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実はこの事件、被害者側の花山院にとっても都合が悪い話でした。

通っていた四の君は、藤原忯子の妹にあたります。

花山院は亡くなった忯子に未練があったのでしょうか。

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時代がくだれば出家の身で女犯してしまう破戒僧はざらにいます。そんなことに正面切って今さら怒るのは、『麒麟がくる』で描かれた織田信長のようなタイプだけです。

しかし当時はまだ真面目。

出家したのに、女に通っているというのはあまりに恥ずかしいことでした。

帝は、そんなことで院が射られて従者が二名死んだのか……と呆れ果てています。

そして伊周と隆家の参内を禁じて謹慎処置とし、検非違使に調べさせて逐一報告するようにと厳命しました。中宮定子は身内の者に一切会わぬようにとも付け加えられます。

ここで当時の倫理観でも考えてみましょう。

実資は当然のことながら読んでいる『論語』「子路第十三篇」には、羊泥棒の話が出てきます。

ある正直者が、父が羊泥棒をしたとき、それを告発したという話を孔子が聞きました。

孔子は「私の知る正直者は違いますね。父は子のために罪を隠す。子は父のために罪を隠す。本当の正直とはその心の中にあるものでしょう」と返しました。

そんな甘っちょろいことでは犯罪を取り締まれない――そういう思想家もいて、『キングダム』にも登場する李斯(りし)に代表される法家がそうです。

「泣いて馬謖を斬る」で知られる、三国時代蜀の諸葛亮も、信賞必罰の人ですね。

漢籍を身につけた東アジアの官僚は、それぞれ異なる思想を突き合わせつつ、落とし所を探る。

実資と帝は法重視。

道長は孔子のような情重視。

そんなことを考えながらドラマを見ていくのも面白いのではないでしょうか。

真面目な実資は捜査にためらいがないだろうけれども、帝は定子との愛に挟まれて、心の中では血と涙を流している様も見えてくるようです。

帝としては政治に情熱を傾けて、綱紀粛正を通達した後の事件ですから、怒りもあるでしょう。そして伊周と隆家に対しても友愛はあるのです。

二条邸で、帝の命令を蔵人頭の藤原斉信から聞かされる伊周、隆家、そして貴子は絶望的な顔になるのでした。

藤原為時が参内する内裏に、伊周と隆家の姿はありません。

 


藤原為時が淡路守で越前守は源国盛

中関白家が失墜する一方、藤原為時の子であるまひろと藤原惟規は父の任官を祝っております。

為時は四年間の国司任期を無事に務めたいと述べ、さすがのお堅い父も嬉しそうな表情ですね。

宣孝が「淡路についていくのか」と聞くと、まひろは「行く」と即答。惟規も行きたいくらいだと言います。気候もよいそうですが、試験勉強を頑張れとたしなめられます。

直秀に都を出て行かないかと誘われていたまひろは、こんな形で願いが叶ったのですね。

為時は十年間こらえて、これが最後の申し文(自己推薦文)と思っていて、やっと叶ったと感慨深げ。神仏の加護だと、素朴な仏像にあらためて祈る。

彼なりに、なぜ急にこんな展開となったのか、不思議なのでしょう。

藤原詮子のもとへは、源国盛が挨拶に来ていました。

なんでも大望かなって越前守になれたとか。詮子は右大臣に頼んでも通らないので、帝に頼んだと言います。申し文が秀逸だったと道長も感心しています。

しかし、この国盛は正直すぎると言いましょうか。あれは文章博士に代筆させたとあっけらかんと打ち明けてしまう。

実際のところ漢文は苦手だそうで、これには道長も苦い顔。

越前には宋人が多くやってくる。だからこそ漢語スキルを重視して国盛を選んだのに、そのようなことでは困ると嘆いています。

慌てた国盛は、今更ながらに困ったとか言い出していますが……。もしも道長が、実資や公任ほど秀才であれば、あらためてここで漢籍のテストでも行ったかもしれませんが、道長自身もそこまで得意ではなかった。

彼は人間関係のバランスを重視するとはいえ、それでも斉信くらい親しいか、頭が切れるかでなければそうそう大きな顔はしないのでしょう。

それで最終的にはよい結果を選ぶ、道長には不思議なセンスがあるようです。

ただし、帝に推挙した詮子としては、どうにも気まずい。あんなうつけとは思わなかったとこぼしています。

あれでは宋人と会話ができず、国同士の諍いになるかもしれないと懸念する道長。

目の付け所がなかなか大きいですね。切れ物というよりも、器が大きいと感じさせます。

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詮子はそんな弟を気遣い、怒っているのか、許してくれと訴える。と、なんとかするとぶっきらぼうに返す道長ですが、ここで今さら姉を責めたところで、なんら物事の解決には役立ちませんね。

それよりも詮子は、伊周たちの処分が気になっている様子。

処分は除目のあとで決まる、大したことはないだろうと道長が答えると、詮子は「なぜ?」と理由を聞いてきます。

帝は、中宮の身内にそこまで重い処断はできないとのことです。

それを情けないと憤る詮子。それでも道長は、厳しく罰すれば良いのではないと考えている。

詮子が、伊周たちは敵だと煽るけれども、敵であろうと情けはかけると返すのです。

 

宋にあこがれていた父の血は、今も娘に流れる

為時がスヤスヤ眠る横で、まひろと藤原宣孝が話しています。

宣孝は、為時の国司就任と、まひろの反抗期終了を祝っている。

学問一筋で淡々と生きてきたけれど、淡路守が肌に合えば良いと気遣う宣孝に対し、父は真面目な人だからきちんと務めると答えるまひろ。

すると藤原宣孝が、興味深いエピソードを話し始めます。

為時は真面目なだけではなく、大学に通っていたころ、一ヶ月ほど行方知らずとなり、大騒ぎになったとか。

ボロボロになって戻ってきたので詳細を尋ねたところ、なんでも宋の国に行こうと船に乗り込み、船頭に見ぐるみ剥がされて海に捨てられたとか。別の船が拾って戻ってきたそうです。

そのような話は初めて聞いたと驚くまひろ。人には意外な面があり、そういう型破りなところをお前が引き継いでいるのではないか、船に乗って宋へ渡りそうな危うさがあると宣孝が笑っています。

「宋に行きたい」

「危うい、危うい」

二人の距離もすっかり縮まっていますね。そしてまひろの無鉄砲なところは為時に似たのかと思うと、興味深いものがありますね。

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越前守はどんな人か、と聞けば、任ぜられた源国盛はまだ若く心許ないようで。

身分が低くて望むべくもないけれど、父が越前守であれば、宋の言葉も解するしお役に立つのに……とまひろが少し悔しがっています。

宣孝もそれを認め、帝が為時の学識を知っておればと惜しんでいます。

すると、帰り際、宣孝はまだ機会があるかもしれないと言い始めます。除目の後に任地が変更されることもたまにはあるのだとか。

そうして宣孝が去ると、まひろは墨を擦り、何かを書き出します。

いやらしい話ですが、この辺りで私はニヤニヤしてしまいました。筋書きが見えてきたのです。

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まひろの文が歴史を変える

藤原行成が藤原道長のもとへ、申し文を運んできます。

「多い!」

思わず道長が泣き言のように言うと、行成はおずおずと切り出します。

「お許しいただければ、私が読んで、重要なものを伝えます」

「いや、いい」と返す道長に対し、行成は「ご無礼仕りました」と返す。

かつてのF4も、出世街道の歩み方が変わってきました。

人脈重視の策士である斉信。

出世から距離を置きつつ、参謀役をかってでる公任。

そして行成は誠意と書道です。

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お勉強はあまり得意でないものの、道長は頑張って申し文に目を通す。サッと書を振って開く所作が綺麗ですね。時代劇ならではの見応えがあります。

道長は一通の申し文をみて、衝撃を受けます。

苦学寒夜、紅涙沾袖 苦学の寒夜、紅涙袖を沾(うる)おす

除目春朝、蒼天在眼 除目(じもく)の春朝、蒼天眼(まなこ)に在り

私は寒い夜でも、血の涙で袖を濡らしつつ、勉学に励んできました

待望の除目を迎えた春の朝、そこで目にしたのは、青空だけだなんて(名前がないことを嘆いているという意味)

そしてあわてて文箱を開け、かつてまひろから受け取った文と見比べる。

「為」

筆跡が一致しました。なんということでしょう……これは愛情だけか?というと、そうではないかもしれません。

道長は、漢文が苦手です。結構いい歳になっても日記の文法がおかしく、実は源国盛のことをどうこう言える立場ではない。

しかし、人の上に立つ立場なら、自分でそこを頑張らなくてもよい。人事を適切に捌けばよいのです。

この文を書ける娘の父ならば、漢文力はバッチリだ!

そうやって頭をフル回転させれば、領袖としては理想的でしょう。中国史ならば、秀でた部下に色々と任せていく劉邦タイプですね。

すると、かつてこの文を発見して悩んでいた倫子が、夫の道長に声をかけます。

用件は文のことではなく、女院様こと詮子の気分が悪いということでした。

思わず驚く道長。

詮子の元へ行くと、寝込んでいました。

道長に伝えるなと言ったと、倫子を叱りつける道長。

倫子が謝りながら、女院様が心配だったと返すと、詮子も体調は若干回復したようですが、我が世の春なのに体が利かぬとぼやいています。

そんな姉に、まだ若く、お美しいと道長が励ますと、詮子は心配かけたと言いながら、よくできた妻だが口が軽いと倫子のことをたしなめます。頭を下げる道長と倫子でした。

そのころ帝は、あの申し文を読み、恥じていました。

あの対句にあった「蒼天」とは天子、つまりは「帝に見る目がないということか?」と言い、その上で「右大臣である道長はなぜこれを見せたのか」と問いかけます。

道長は、為時は漢籍に詳しく、宋の言葉もできると言います。源盛国では心許ないと。

どうにも謎めいてきました。まひろはどうやって申し文を届けたのか。宣孝経由でしょうか。

そしてその申し文が道長を、そして帝を動かしてしまったのです。

 

全てはまひろの策の通り

こうして為時は、越前守に任じられることになりました。

その場面で、横にいるまひろの口元がニヤリ。

『今昔物語』をふまえた流れですね。

ちなみにこの物語では、越前守でなくなってしまった源盛国は頓死してしまったとか。

しかし、さすがに話が出来すぎていておかしいと思ったのか、為時がまひろを座らせ、話を聞き出そうとします。

「なんでございましょう?」

しれっと答えるまひろに対し、為時は続けます。淡路守でも勿体無い御沙汰なのに、何もしないうちになぜ、越前守になったのか。

「これはどういうことじゃ?」

博学である父上のことが帝の耳に入ったと、まひろはとぼけますが、為時は、誰が帝に伝えたのか、右大臣道長様であろうと見抜いています。

従五位下で越前守になるなど、道長様のまひろへの想いあってのこととしか思えなとのこと。

為時は、深くは踏み込まない。堅物だから二人の関係をどうこう言わないが、何も知らずに越前に向かうことはできない。まひろと道長の関係を聞かせて欲しいと言います。

まひろはごくあっさりと、道長様は恋焦がれた方だと打ち明けました。

身分は越えられないから、二人で遠くの国に逃げようと語り合ったこともある。

しかしすべては遠い昔に終わったことで、越前は父上の力を活かすうえで最高の国だ、胸を張って出かけて欲しい、私もお供すると返すのです。

端折りすぎた説明ですが、はなから誰も理解しないと割り切っているのでしょう。

父に聞かれたから最低限のことを話した。いいから好きな宋のことでも復習すればいい。父相手にも、そうサバサバと割り切っているように見えます。

それにしてもどんな手を使ったのか。この全て策の通りだと言いたげな微笑みは何か。

思わずまひろのことを「女諸葛」と呼びたくなりました。

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『パリピ孔明』のタイトルロールを思い出します。

 

おぞましき呪詛、ゆるすまじ!

倫子は、詮子に薬湯を飲ませつつ、悪しき気が漂っているとして邸の中を調査することにします。

女房たちが調べると、床下の壺から呪詛の札が出てきました。

詮子に断りつつ、部屋の中をさらに調べると……出るわ出るわ、呪詛の札が大量に出てきます。

中宮の仕業だ、私と道長を呪っていると、顔をこわばらせる詮子。

「おそろしや、おそろしや……許すまじ!」

そう迫力満点の顔で叫んでいます。逆鱗に触れてしまったようです。

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道長は、邸の中に伊周の息がかかったものがいるのか?と驚愕しています。

すると倫子が、このことは私に任せて欲しい、邸で起きたことの責めを負うべきだから、此度のことは私がおさめる、殿は内裏で専念して欲しいと言います。

戸惑いながら、「女院を呪詛するのは帝を呪詛するに等しい」と呟く道長。

それゆえ間違いがあってはならない、私に預けるようにと言い切る倫子です。

道長は「あっ」とため息をつきます。そして納得し、彼女に任せることにしました。

帝には告げず、倫子が押さえ込めば、騒ぎは小さくおさまるのでしょうが、はたしてどうなることでしょうか。

伊周と隆家は出頭せず、帝は苛立っております。

しかも藤原実資がいつの間にか「道長と詮子を呪詛していた」という証言を得ていました。

帝はますます怒ります。

女院を呪うことは朕を呪うことに等しい、厳罰に処せと言い出します。道長は辛い顔をしつつ、その命令を聞いている。もう押さえ込もうにも、どうにもできないようです。

結果、兄弟の不祥事のせいで、定子は内裏を出ることになりました。

事を穏便に済ませるべく、母の高階貴子は、斉信に豪華な贈り物をして、息子たちの口利きを頼んでいます。

しかし、もはや私が預かれることではないと、斉信もそっけなく返答するしかありません。

伊周が今の状況を尋ねると、右大臣と女院への呪詛の件に帝がお怒りだと伝えます。そうでなければ、定子がこちらに寄越すはずはない。

身に覚えのない呪詛に驚愕する貴子と伊周。

「呪詛などしておらぬ!」

あの自信満々だった貴公子が、すっかり追い詰められています。

このころ、清少納言は斉信にそっとこう囁かれます。

中宮を見限り、こちらから逃げ出したら知らせよ、と。

しかし、清少納言にそんなことはできるわけもない。

彼女はこの男よりも定子のほうがずっと大切なのですが、人脈が幅広く、道長派と目される斉信とも親しかった彼女は、女房からこう囁かれてしまいます。

裏切り者、裏切り者、裏切り者……。

伊周はついに道長の元へ。

戸惑う道長に、謹慎中なのにお目通りを許していただいたと、平伏する伊周。

院を脅す矢を放ったのは弟であり、その責めは私が負うと訴えます。

「しかし呪詛はしていない! そのことを帝に伝えていただきたい!」

そう切羽詰まっている伊周ですが、状況は厳しい。院の件は不幸な偶発事故と見做せるけれど、呪詛はそうもいかない。

呪詛は様式があり、ある程度技術がなければできません。標的も絞ります。そうなると、故意でなければ難しいのです。

帝の母である女院を呪詛したとなれば、もう修復は不可能。しかもよりにもよって、この呪詛は太元師法という皇族のみが用いる呪術でした。

となると、この騒動の真犯人は誰か気になるところですが、果たして真相は?

道長は戸惑っています。

彼としても過酷なことは望んでいないけれど、決めるのはあくまで帝である。伊周は帝に自分のことを信じてくださるように、何卒、何卒……そう繰り返し、道長に頼み込むのでした。

 

心まで美しき定子の願いは通じず

定子が帝に声をかけます。

「お上が恋しくて来てしまいました」

月が照らす中、幻のような風情で声をそっとかける定子。

帝がなぜ内裏に上がれたのか?と問いかけると、右大臣が手引きしてくれたと明かします。

定子は跪き、兄と弟の罰を軽くしていただきたいと願います。

「お情けを……」

そう訴える定子に帝は声をかけません。定子は寂しそうにこう言います。

「さがります。お健やかに」

「待て」

帝はそう言い、定子を抱き止めます。

なんとも銀色の月光が美しいシーンですね。照明が素晴らしい景色を作り上げています。

定子は生身の人というよりも、まるでかぐや姫のようで、ここまで美しいと、かえって不吉に思えるほど。

月光に濡れたような二人の姿があまりに美しい場面です。ずっとこの時が続けばよいと思ってしまいますが……。

蔵人頭となった行成が、このあと処罰を読み上げます。

「謀反は死罪相応だが、罪一等を減じ、遠流に処す。伊周を太宰府権帥、隆家は出雲権守にする」

さらには後任として、道綱が中納言に、斉信が参議に指名されました。

道綱はともかく、斉信としてはしてやったりでしょう。それに道長が何を言おうと、これではあまりに道長派が強い人事でもあります。

道長は安倍晴明に相談しています。

帝はこれでよいのか。伊周と隆家は二人は甥である。呪詛は本当なのか?

すると晴明は「そのようなことはどうでもいい」と言うだけ。大事なのは道長がいよいよ強くなり、誰も敵わなくなるということだと。

道長はなおも、甥のことを聞きます。

隆家はこれから道長にとって強い力となると答える晴明。伊周は道長次第である。

うまくはぐらかす、心理描写の達人ぶりが見えますね。

ここで晴明は特殊な足の運びをしています。禹歩(うほ)という、中国古代の聖王である禹の歩き方を模したものであり、陰陽師が行う特殊な歩行です。

今も伝統行事や、能のすり足としてみることができますが、かなり貴重な動きを見られました。

そしてそんな晴明の従者である須麻流(すまる)にも注目です。

◆身長128センチは「ブランド」 「光る君へ」須麻流役、DAIKIさん(→link

言葉少なに晴明をじっと見守る彼の瞳には、何か力強さがあります。彼がこの作品にいて、本当によかったと思えます。

朝ドラ『虎に翼』。

土曜ドラマ『%(パーセント)』。

最近のNHKは体制が変わったのか、意欲的で多様性を重んじるコンテンツが増えていて見応えがあります。多様性をなかったことにするもではなく、ありのままに描くことも公共放送の役割。素晴らしいことです。

定子は清少納言に、里に下がるよう言い含めています。それでも中宮様のそばにいたいと訴える清少納言。

しかし定子は、嫌がらせが昂じて清少納言の身が危うい、下がった方が良いと言います。

自分だって大変なのに、清少納言を気遣う定子の優しさが溢れてきます。こんなに素晴らしい人であれば、清少納言も忠義を尽くすと思うことでしょう。

伊周と隆家兄弟は、態度がわかれます。

隆家は処罰を受け入れますが、伊周は嗜める弟を「黙れ!」というのでした。

 

定子の出家、清少納言の絶望

二条邸から下がった清少納言がまひろのもとに来て、現状を訴えます。

なんでも検非違使が邸を囲んでいるとか。しかも囚われる二人を見ようと、野次馬まで大勢集まっているそうです。

「中宮様が心配だ」とまひろが案じると、清少納言は一緒に行ってくれるよう頼んできます。

かくして二人は粗末な身なりをして、木の枝を手にし、二条邸の庭に潜みました。

藤原実資が二条邸に踏み込み、伊周と隆家を捕縛しようとしています。

もうあきらめましょうと語りかける隆家に対し、どこにもいかぬと突っぱねる伊周。

門が破壊され、隆家が連れて行かれます。

とてつもない修羅場なのに、隆家は明るく笑って母の貴子に別れを告げる。竜星涼さんが粗暴で爽やかな貴公子をよく演じ切っています。

しかし伊周はどこにもいかぬと粘る。

貴子は踏み込んでくる検非違使のものたちに怯えるばかり。

するとそこへ定子が出て来ました。

中宮様は牛車に移し、屋敷を改めるよう実資が命じると、定子は取り囲む相手から刃物を奪い、自らの黒髪に当てて、切り落としてしまいます。

清少納言が、最愛の人の転落を目を見開いて見ている。

出家でした。

自ら髪を切り、もはや世を捨てると定子は宣言してしまったのです。

このころの出家は、重いものでした。

 

MVP:定子

香炉峰の雪をどうみるのか?清少納言と謎かけをしていたころ。

あのころの定子はまるで春の日差しを浴びて、咲き誇る花のようでした。

それがこんなことになってしまったのに、まだ定子は美しい。

困難なときほど、人としての本質が出るのでしょうか。

うろたえる伊周、投げやりな隆家と異なり、凛としていてなおも美しい。

そして優しい。

帝に再会したときも、相手を恨まず気遣う。

清少納言を案じ、里に下がるよう促す。

こんなに清らかで美しい人がいたのかと思うと、本当に素晴らしいことだと圧倒されます。

今回の定子は、半ば透き通っているような、不思議な光にふちどられていました。

半分人で、半分仙女になりつつあるような、尊さがあります。

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まひろは「女諸葛」だと思えばよいのだろうか?

今回はまひろの活躍ぶりに、もはや爽快感が湧いてきて、一周回って応援するしかないと思えて来ました。

為時が突如として越前守に抜擢された過程は、物語にも描かれているものの、なかなか無理があるのだとか。

ここはフィクションの強みで、全てまひろの策になりました。

前回、身分にこだわらない人材登用を帝に訴え、父の引き立てを促す。

そして今回、淡路守では足りぬと越前守にする野望を見出し、叶える。

まひろは知識と筆を動かすことにより、この策を成し遂げる。そのうえでニヤリとほくそ笑む。諸葛孔明じみています。

これはダジャレでもなんでもなくて、今のまひろの活躍ぶりは『三国志演義』における、【赤壁の戦い】前後の諸葛孔明描写に近いと思えて来ました。

諸葛孔明は史実においては、あの戦いにさほど関与していません。

それを点と点をつないで線を引っ張って、さらに線と線を繋いで面を作るように、活躍する様を描いていきます。

もともと抜けたところのある場面に、一人の人物を膠のように入れ込むことで話を面白くする――歴史ものフィクションではおなじみの技法です。

そうはいっても、女性をこんな凝った策士にすることは珍しいうえに、動かした結果、ちょっと腹黒くおさまるところが「女諸葛」と呼びたくなるのです。

結果的に、まひろが源盛国の寿命は縮めてしまうところも、諸葛孔明らしい。

やはり諸葛孔明はライバルを蹴落とし、吐血させてこそでしょう。

となると、道長が劉備ですね。

大河ドラマはあくまでフィクションです。

まひろが都合よく動きすぎだと思うかもしれませんが、ここ数年でも主人公を話の都合で動かすことはあります。

『麒麟がくる』で明智光秀が、【桶狭間の戦い】を終えた織田信長と話をする。

『鎌倉殿の13人』で北条義時が、源義経の敗死を見届ける。

どちらもなかなかの力技とはいえ、ドラマとしてはまとまっていました。今年もその類でしょう。

面白くて、かつ物理や倫理的に無理があるわけでもなく、物語の意図がまっとうであれば、私としては許容できる範囲です。よくおさめていると思います。

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大河に必要なのは合戦よりも策では?

そしてまひろの策士ぶりを見て、あらためて「こういうのが見たかったんだ!」と思いました。

『パリピ孔明』は、別に現代東京のど真ん中で合戦をするわけもありません。

それでも孔明が策を練るところが面白い。

歴史劇に必要なのは策であり、合戦シーン、チャンバラばかりではありません。

そういうシーンが見たいのであれば、数年前なら『ゲーム・オブ・スローンズ』を勧めていました。

今は華流時代劇をお勧めします。中国は長江のような大河での戦闘もあるため、水上戦も迫力があります。

なぜこんなことを言い出すのか?というと、以下のような記事を見かけたからです。

◆24年の大河ドラマは紫式部の生涯を描く「光る君へ」 合戦シーンがないので製作費を節約できる?(→link

◆NHK大河「光る君へ」賛否割れる最大の論点は「合戦シーンがないこと」なのか?(→link

まず一本目の記事ですが、平安中期は製作費が超過するか、コスパが悪いので避けられているのではないかと私は推察しています。

衣装、セット、小道具の使い回しが効きにくいのです。十二単はかなり制作費がかかることでしょう。

衣装の予算は昨年と今年を比較すると、一目瞭然に思えます。

生地の質感からして今年が上。小道具も、文房四宝はじめ、相当凝っています。

紀行で文房四宝の紹介があると、書道を習っている方は欲しくてたまらず悶絶するとかなんとか。

二本目の記事は、今年はそこまで賛否が分かれているとも思えません。

もともと平安中期に思い入れのない層は離脱し、残って見ている層は「賛」ではないでしょうか?

諸葛孔明のように兵法を嗜む者は、己の耳目で戦況を見極めるべしとされます。

書店に足を運んでみてください。大河関連書籍、歴史雑誌の特集でも見ていただければと。

紙媒体でわざわざ出すとなれば、手応えがある証拠。

毎年5月ともなれば、こうした紙媒体は減ってきますが、今年は根強く残っており、『源氏物語』人気の根強さだけではない、ドラマの持つ力も十分あると思えます。

それに「今年の大河はダメだ!」と自信を持って記事にできて、かつPVを稼げる確信があるなら、もっと否定するトーンは強くなると思います。

それがどうにも弱い。すでにそうした記事は2月ごろには消えていたのではないでしょうか。

それでも否定記事が出てくるのは、同志でも募りたいのでしょうかね。

コメント欄やSNSで「俺はつまらん」と賛同する人が出てくれば、安心できるとか? その期待があるとすれば、あまり実っていないようではありますが。

記事内、以下の部分にも注目です。

「呪詛のシーンが合戦シーンの代わりかというとちょっとわかりません。どちらかというと魔法ものという別ジャンルになるのかなという気がします。映画『陰陽師』や『呪術廻戦』、『ハリポッター』、『ゲーム・オブ・スローンズ』などのようなファンタジーバトルもので新たな視聴層を狙っているようにも思います」

恋愛ものが好きな女だの、魔法ものが好きな子どもだの、おじさんよりも低劣な連中に目配せしていると言わんばかりの書き方です。

『ゲーム・オブ・スローンズ』は、魔法が出てくるとはいえ、それがメインではありません。

ジャンル分けに疑問を感じます。

そんな雑駁な展開で結論を見出そうとしても、厳しいのではないでしょうか。どうしたって結論ありきの誘導を感じます。

ちなみに『ハリポッター』ではなく『ハリー・ポッター』ですし。

呪詛や怨霊が出てくる大河ドラマといえば、中世の『鎌倉殿の13人』もそうでした。

『鎌倉殿の13人』にせよ、『光る君へ』にせよ、呪詛はむしろ心理戦や策略の象徴であり、幼稚であるとも言い切れません。

『ゲーム・オブ・スローンズ』にせよ、こうした要素は子ども騙しというよりも中世らしさの表現としてみられるものです。子どもは呪詛が好きとは一体どういう認識なのでしょうか。そもそもあのドラマは成人向けで、子ども向きどころか、未成年は視聴禁止です。

例えばシェイクスピアの『マクベス』や『ハムレット』は魔女や亡霊が重要な役割を果たしますが、子ども向けでしょうか。

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結論ありきの誘導とはどういことか。ゲンダイさんから別の記事でも。

◆山下智久「ブルーモーメント」急失速は出口夏希の中国語が原因? 興奮すると飛び出す“ナゾ設定”に視聴者ゲンナリ(→link

成功にせよ、失敗にせよ、原因は複数あり特定はできません。

それをこの記事では、

・若い女が二カ国後話すことへの反発

・それでも英語ならここまで反発しただろうか? 中国への蔑視

この二つの要因を強調したいように思えます。

ミソジニーとレイシズムを煽ればPVを狙えます。芸能関係の記事は読み飛ばした上で、PVを狙えばいいという忖度が働きます。

こういう、感情に迎合し、理論を無視した言論に溺れると、人は思考回路が落ちる一方。水と情欲は低い方へばかり流れます。

そんな堕落を識者の意見だの、視聴者の声だの、そんな理屈で偽装して鬱憤を晴らすことは、果たして良いことなのでしょうか?

その弊害も考えて欲しいところです。

記事内で指摘がありましたが、大河ドラマは確かに戦国時代が多い。とはいえ、第一作の『花の生涯』からして合戦はありません。本当に合戦=大河なのか、疑ってみることも重要なのでは?

そもそも論でいくと「合戦=歴史もの」という認識からしていかがなものでしょう。

日本でも歴史といえば、『春秋左氏伝』や『史記』でした。

藤原実資あたりがそう主張しているのではなく、幕末の武士もそんな認識でした。

ところが庶民はそんな真面目でお堅い歴史は学べないモンだから、やたらと合戦しまくる軍記ものばかりを読みおる。トレーディングカードのように浮世絵の武者絵を集める。

そういう江戸後期以降の、歴史を包摂したエンタメが定番ジャンルとしてあるというだけの話です。

そういう定番の題材ばかりを選ぶと、枠が古色蒼然としてきてしまう。それを刷新するとなれば、賛否両論だろうと意義があることは論を俟たないでしょう。

自分向けのモノが出されないだけですねて許されるのは、せいぜい小学校低学年までのこと。もっと大人になって欲しいものです。

ついでに言いますと、再来年大河の題材には失望したと、海外の大河ファンは嘆いていました。

二年連続斬新なテーマだったのに、なぜ手垢のついた戦国時代を繰り返すのか、逃げに回るのか?と。そんな声があることも考えたいところです。

蛇足ですが、以下の記事のような誘導もいかがなものでしょう。

◆バイセクシャリティといわれる賢婦・紫式部、その根拠とは 妻妾となった紫式部、夫の浮気に気を揉む婚姻生活の顛末(→link

大河を“ボーイズクラブ”のモノと見做し、必要以上に性的な誘導をする記事は毎年あります。

ハラスメントのようだし、歴史はそんな下半身だけで動くものでもありません。

むしろジャンル衰退を招くのではないでしょうか。バイセクシュアルだから何だというのでしょう。大河ドラマはセクハラへ誘導するコンテンツではないでしょう。

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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