大河ドラマ『光る君へ』で花山天皇が即位すると、藤原忯子(しし/よしこ)を寵愛する様子が描かれました。
手首を縛られるシーンの艶かしさに、話題は沸騰。
女官が顔を赤くするほどの激しい寵愛ぶりだと語られましたが、その後、程なくして彼女は花山天皇の子を身籠ったまま亡くなってしまいます。
激しい寵愛ゆえに歴史に名を残した彼女は一体どんな女性だったのか?
史実では、寛和元年(985年)7月18日がその命日。
藤原忯子の生涯を振り返ってみましょう。
寵愛され世を去り、名を残す
まず「忯子(しし/よしこ)」という名前について。
「忯」とは「好む・愛する」という意味となり、彼女はその名の通り、愛により名を残す人生を送ることになります。
生誕は安和2年(969年)のこと。藤原為光と嫡妻の間に生まれました。
劇中ではんにゃの金田さんが演じる藤原斉信は、その兄です。
永観2年(984年)に花山天皇が即位すると入内を果たし、そこで藤原忯子は熱烈な寵愛を受けました。
花山天皇とは一歳差で、二人はまだ10代半ばを過ぎたばかりであり、身を焦がすほどの激しい愛となったのでしょう。
しかし寛和元年7月18日(985年8月7日)、忯子は世を去ってしまいます。
最愛の女性を失い、花山天皇の精神状態は著しく悪化します。
そこを藤原道兼と、その背後にいる藤原兼家につけ込まれ、出家のうえ退位させられてしまいます(【寛和の変】)。

道兼によって出家に追い込まれた花山天皇を描いた月岡芳年「花山寺の月」/wikipediaより引用
歴史的に重大な事件の契機となったことで、彼女はその名を残しました。
天皇に入内したといえども、若くして世を去ったとなれば、名前しか残らなくとも不思議はありません。
花山天皇が凡庸な生涯を送っていれば、特にそこまで印象に残らない人物だった可能性があります。
寵愛は命を奪う
忯子の死は、歴史だけでなく文学においてもヒントを与えていてもおかしくはありません。
『源氏物語』の冒頭、桐壺更衣という女性が登場します。
帝にこのうえなく愛されるものの、そのために嫉妬され、帝しか味方がいないと思えるほどの状態に追い込まれました。
二人の間には玉のように美しい皇子が生まれます。
桐壺更衣はそれで強くなるどころか、ますます体調が悪化。
しかし帝は「実家に帰りたい」という彼女の思いを聞き入れません。
いつも体調が悪いのだし、片時も離したくないのです。実家の母の訴えでやっと里に下がるものの、そこまで帝はやってきて激しく愛します。
衰弱しろくに口も聞けない最愛の女に、帝は「朕を一人にしないでくれ」と嘆くばかり。
彼女はこう詠みます。
限りとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり
これがあなたと別れるのかと思うと悲しい。でもそれよりも、私が行きたかったのは、生きてゆく道でした。
帝の寵愛を独占しているのに、別れることは悲しい。
でも、そんな別れの悲しさよりも、こうして死んでしまうことが辛い――こう言い残し、実家で桐壺更衣は亡くなるのでした。
そんな両親から生まれたのが、主役の光源氏です。
光源氏は母の面影を求め、多くの女性たちを地獄に堕としてゆきます。
母の面影を宿した父である帝の藤壺中宮を慕い、ついには通じてしまう。
藤壺の面影が宿る紫の上を愛するものの、彼女は絶望のうちに命を落とす。
紫の上を絶望させた女三宮にせよ、藤壺と似ていることを期待していた。
桐壺帝は最愛の女を愛で殺した。そんな二人の間に生まれた光源氏は、おそろしい愛を繰り返していく。
『源氏物語』とはいったい何なのか――改めて紫式部はおそろしい作家だと思えてきます。
この物語を手にした人々は、桐壺更衣の儚い生涯を読み、ゾッとしてもおかしくはありません。
これはどこかに実在した寵姫のことだ。あの方も、こんなふうに思って世を去っていたとすれば、どれほど苦しかったことだろう。
額に汗を滲ませながらそう読む誰かがいても、おかしくはない状況でした。
愛という暴力で、母を殺す
光源氏は、花山天皇を彷彿とさせる愛の暴力性を持つ人物です。
花山天皇の過度の好色は悪名高いものでした。娘の天皇入内こそ出世の糸口であるにも関わらず、あえて避けようとした者たちも多かったほどです。
まず、即位式で女官を引き摺り込み、房事を行う。
母と娘を同時に愛し、比較していた。
好色がたしなみの王朝貴族でも眉をひそめ、天皇の務めが子作りといえど、いくらなんでもやりすぎではないか?と困惑してしまうほどの事態でした。
母と娘を両方愛するという行為を、光源氏もしています。
即位した花山天皇と同じ年頃の17歳の時、光源氏は偶然夕顔と出会いました。
さして身分は高くないけれど、とてもいい感じの女性。
身分が高いから噂になると困るし、人目につかない場所でこっそりアバンチュールを楽しみます。
そして、うとうとしていると、夢に別の年上女、六条御息所が出てきました。
「私は放っておいて、そんなどうでもいい女とお楽しみってことなの?」
そう言われハッとして目覚めると、隣の夕顔は死んでいました。享年19。
これは光源氏の交際相手であった六条御息所の祟りということにされますが、そう片付けてよいものでしょうか。
さびれた場所に女を連れ込んで、さんざん二十歳前の愛欲をぶつけていたら相手が死んでしまった……って、酷い話だと思いませんか。
「ヤベェ……これが世間にバレたら最低だ、炎上必至じゃね」
過激写真が流出したアイドルのように慌てふためく光源氏ですが、彼の敏腕マネージャーのごとき従者がテキパキと指示を出し事件を隠蔽するのでした。
下心で、娘にセクハラをはたらく
そんな夕顔には4つの娘がいました。
夕顔の乳母の夫が筑紫に赴任することとなり、娘は連れて行かれます。彼女は美しく成長し、「玉鬘」という美女となります。
噂を聞きつけ求婚者が群がるものの、乳母は彼女を自分の孫と偽り、断り続けます。そのほとんどは撃退できたものの、悪質ストーカーじみた大夫監(たゆうのげん)はしつこい。
乳母と玉鬘一行はなんとか上京します。
そこで夕顔の縁者のつてを頼り、光源氏に救われました。
思えば母の死から、長い年月が経過しています。
あのころはまだ若いイケイケボンボンだった光源氏も、イケオジに進化。悪だくらみもパワーアップしており、彼はこう企みます。
玉鬘を自分の娘と偽装する。そのうえ美女となれば、権力と美女という一石二鳥を求めて男どもが群がるだろうと。
「玉鬘の求婚者が湧いてきて絶対盛り上がる!」
って、なんなんでしょうか、その平安リアリティショーじみた発想は。あまりに酷いものがあります。
しかも、玉鬘宛の恋文を勝手に読んで返事を指示するわ。玉鬘の美貌に辛抱たまらず愛撫するわ。
玉鬘は絶望します。
「大夫監よりはギリでマシにせよ、この人、ありえないんだけど……」
そうかと思えば、光源氏は玉鬘の入内を目論むわ。光源氏の子・夕霧もちょっかいを出してくるわ。
玉鬘にとって、この世はまるでセクハラ地獄。
そんな玉鬘をめぐる「玉鬘十帖」は、意外な勝者による勝利を迎えます。
血筋は申し分ないものの、色黒で髭があるマッチョ系。すでに妻がいて、しかも彼女は精神に問題を抱えている。
そんな難ありの髭黒が、玉鬘の女房の手引きにより、彼女を強引に妻にしてしまうのです。
意外なダークホースの勝利に、光源氏はじめとする色白貴公子はしてやられてしまったのでした。
髭黒は真面目で堅物でマッチョタイプであり、典型的なイケメン貴公子でもありません。
とはいえ、チャラついたあの連中よりはマシだったのではないか?
そんな問いかけすら感じます。
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愛か? 命か?
光源氏のモデルは、藤原道長はじめ、複数いるとされます。
そこに花山天皇を含めることは、まずないでしょう。
しかし、彼の理想的な部分ではなく、やらかしたところを見ていくと、実はあの花山天皇と近いのではないかと思えてくることも確かなのです。

花山天皇/wikipediaより引用
帝に愛されることは、当時としては最高の幸せのように思えます。
しかし、それは死と隣り合わせでもあります。
何も桐壺更衣のような嫌がらせにあわずとも、妊娠と出産は女性の肉体に多大な負担をかけます。
ましてや藤原忯子のように、まだ若いとなるとより危険性が高まります。
帝の子を産むために入内することが彼女たちの運命ですが、栄光と引き換えに命を落とす可能性とは常に隣り合わせなのです。
そんなリスクがあるのに、愛こそ素晴らしいと惑わせる世界に、紫式部は挑戦状を叩きつけたように思えます。
命を賭けて愛したい――なんて美しく語りはするけれど、それを本気で実現できると思っているの? そう問われているように思えます。
『源氏物語』を読んでいると、まるで甘い毒を飲んでしまったような気持ちにすらなるのも、作者の狙い通りなのかもしれません。
『光る君へ』は、『源氏物語』ではなく、その成立背景が描かれます。
史実を見ていくと、悲しみと苦しみを抱えた人々の顔が浮かんでくる。ドラマになることで、血と肉を与えられたその顔は、見る側に生々しい実感をもたらす。
『光る君へ』の忯子を見てから『源氏物語』をめくれば、桐壺更衣の苦しみがより生々しく思えるかもしれません。
それこそが、あのドラマの狙いではないでしょうか。
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【参考文献】
倉本一宏『敗者たちの平安王朝 皇位継承の闇』(→amazon)
橋本義彦『平安貴族』(→amazon)
大塚ひかり『源氏の男はみんなサイテー』(→amazon)
他





