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【『光る君へ』感想あらすじレビュー第25回「決意」】
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行成は右往左往するしかなく
律儀な藤原行成は、道長に代わって政治工作に励んでしました。
しかし、詮子の力を借りようとするも、源倫子から体調不良を理由に力になれないと断られてしまいます。
確かに詮子が元気であれば既に動いていそうなものです。
次に行成は、旧知の仲でもある清少納言にすがりました。
『枕草子』にもよく出てくる行成。犬の翁丸を飾りつけていたとか。
そして百人一首のこの和歌も、この二人のやりとりの際、詠まれました。
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
清少納言と藤原行成は、藤原斉信ほど深い仲ではない、友達同士のように爽やかな関係ではないかとされています。
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しかし帝は、行成が「道長に会って欲しい」と訴えると、「この時分まで追いかけ回すとは無礼だ!」と怒ってしまう。
おとなしい性格の行成は引き下がるしかありません。
さらに、ここでの道長は、ダメ上司全開でした。
行成がしょんぼりしながら「また頼みます」と言ったら「うむ」ですよ。しかも、立派な眉が逆八の字になって威厳がある。
道長はものすごく優しい時もあれば厳しい時もある。振り幅が広いんですよね。
さらに饒舌でなく、それこそ実資なんか思ったことをガーっとしゃべりますが、道長はちがう。一言だけの時すらある。それであの顔だから、どこまでも読もうとしてしまう。
でも、行成に対しては、もうちょっと具体的な指示を出しましょうよ!
道長の曖昧な指示には、越前の為時も疲れ切っていましたね。
伊周は政治復帰を画策 あの随筆を利用する
藤原定子を呼ぶために用意した職御曹司。
そもそもは藤原行成のアイデアで使われることになっていましたが、これが実は厄介な存在でした。
内裏では通らない手が通ってしまい、結果、藤原伊周が出入りするようになったのです。
伊周は、そこで清少納言の随筆を褒め出しました。
定子はこれに命を繋いでもらった。清少納言もこれには素直に喜んでいます。
そして、ここからが伊周政治の見せ所。
清少納言の随筆を宮中に広めることで、往時の素晴らしさを思い出させようとするのです。
「中宮様だけのものです」と清少納言が抗弁しても、「おもしろい女房がいると皆知ることになる」として伊周は意にも介そうとしない。
定子は、名声ゆえに清少納言が苦しんだことを知っているから、兄には異議を唱えたい様子。
そのせいか、目が虚ですが話を止められそうにもありません。
こうして書き写し、広められることになる清少納言の作品。
今回は冒頭で越前紙が登場しました。
ただ、文字を書写するにせよ、当時は金がかかります。こうした工作にも紙は使えるのです。ゆえにああも重要視されるのです。
藤原実資が、日記の中に「帝は軽率だ」と書き殴っています。
それでもさすが達筆であり、残酷なのは「中宮は恥を知らんのか!」と罵るところです。
定子の本当の思いを内裏の人々は理解しようとしません。
非難すべし。非難すべし。非難すべし。宋経由できたあの鸚鵡が「スベシ」と覚えてしまうほど繰り返す実資です。
鴨川の堤が決壊した
そしてついに、雷雨の季節が到来しました。
鴨川の堤が決壊!
晴明の予言が的中しました……と言いたいところですが、ハッキリ申しますと、平安京は水害対策がまるでなってない。
昨年の大河ドラマでもそのあたりを描いて欲しかったと、今更ながらにないものねだりをしてしまいますが、江戸を築くにあたって徳川家康が重視したのは
“治水”
でした。
地形的に水害が発生しやすい。『治水をどうする家康!』そんな展開があれば盛り上がったのでしょうけど、イケメン主役のラブ史劇では無理でしたね。
家康に“江戸”を託された伊奈忠次~街づくりの基本は大規模な治水事業にあった
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ともあれ、近世への入り口ともなればそこまで考える者もいましたが、当時はそうできなかったということです。
朝廷の無策ぶりは、この後の公卿の会話でわかります。
中宮がともかくけしからん、右大臣様に申し上げてもらおう!とざわついているのです。
道長のアピールがもっとハッキリしていれば、あるいは対策に動いていれば、右大臣でなく左大臣を頼りにするのでは?
ちなみに、道長の異母兄である藤原道綱はこの場にいても、何の役にも立っておりませんでした。
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右大臣こと藤原顕光は、公卿の訴えを受け、重々しく立ち上がりました。
そのころ道長は普請を請う旨の文を作らせていました。道長は作文が得意ではありません。
そこへやってきた顕光は、「今日は良い日でございます」などと間抜けなことを口走り、雨だと返されています。
顕光も無能だとわかる会話ですね。
そして、そんな顕光を頼りにする公卿たちもまずい。
ここで「は?」と顕光に塩対応をする道長はなかなか怖いものでした。
彼は、短い言葉と鋭い目つきに何かを感じさせる。
決して明るいわけでもニコニコしているわけでもないのに、人がついてくるようにも思える――そこが器の大きさでしょう。
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