衛府の七忍

『衛府の七忍』1~2巻/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

漫画『衛府の七忍』は閲覧注意の意欲作~その中には伝奇時代劇の魂が宿っている

表現者には業を背負った人がいる――。

連載が始まり、連載が終わり。そして新連載が始まったら……また同じテーマ!

若先生こと山口貴由も、読者がいつも同じ味を楽しめるという点では、業に取り憑かれた作家の一人でしょう。

作品は違えども骨太のテーマが貫かれている。

その集大成が、今回紹介する『衛府の七忍』です。

【TOP画像】『衛府の七忍』1巻(→amazon)2巻(→amazon

 


あらすじ「家康の支配に逆らう者たち」

「覇府の威」によって、戦国乱世を終わらせ支配する――治国平天下大君・家康也。

その意に従わぬ民草は、日いづる国の軍神である吉備津彦命・桃太郎により誅戮される運命にあった。

しかし、その支配に抗う者たちがいる。

彼らこそが、衛府の刃・怨身忍者であった。

 


伝奇時代劇は若先生が蘇らせる

時代劇の話をすると長くなりますが、本作『衛府の七忍』をレビューするとなると避けては通れますまい。

大河ドラマは正統派時代劇の定番とされています。

正統派ということは、つまりそれ以外の時代劇が盛んであればこそ、成立していた話でもありましょう。

現在のように時代劇視聴者が減衰し、民放での放送や映画まで廃れてくると、「時代劇は大河しかない」という状況になります。

これがなかなかどうして、厄介な状況かもしれない。

エンタメはエンタメでありながらも、日本人の精神性を育成するものとして、荒唐無稽な時代劇は大きな役割を果たしていました。

・忍者
・剣豪
・生首

法では捌けぬ悪代官を切り捨てる剣豪たちの爽快さときたら。

ばかばかしいようで、正統派では描けぬ歴史の要素を拾う役割を背負っておりました。

それが今では……漫画やゲームを原作とした作品、あるいは“家計簿系”の時代劇作品ばかりが目立っています。

どうしたって外連味けれんみは薄れてしまい、結果、小粒で、タランティーノあたりが喜んでいたようなダイナミックな時代劇路線は薄れてゆく。

バランスが崩れていてまずい。時代劇を作る技術も薄れてゆく。

そこに危機感を覚えたのでしょうか。

往年の時代劇リメイクの流れは一応来ています。

※以下は『柳生一族の陰謀』の考察記事となります

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大胆な世界観で大河や史実とはかけ離れた『柳生一族の陰謀』は本年5月に放送されました。

が、それに先んじて、若先生が手がけていたのが『シグルイ』でござる。

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『シグルイ』について語り出すとこれまた長くなりますが、同作品は南條範夫が原作。

若先生を過小評価するわけではなく、その原作にもおそろしいテーマが一本通っています。

徳川忠長が暇つぶし感覚でやらかす、ルール無用の残虐な試合。

それに文句を言わず黙々と参加して惨殺されてゆく剣豪たち。

なぜ?

抗議は無理でも、そんなもん参加しなくていいでしょ?

ところが剣豪たちは参加し、死んでゆくのです。

その生き様が武士であるとか、名誉であるとか、「参加しなければ先がない」とばかりに追い詰められ、死へと突き進みます。

これは戦争を体験してしまった歴史作家の箱庭セラピーのようなものかもしれない。

武士道や日本人を称賛するだけでいいのか?

あんなものや日本の精神性のせいで、どれだけ人が死んでいったことか?

そう振り返るためにも、脳内の歴史において剣豪や忍者を箱庭に閉じ込めて殺し合わせるような、陰惨な世界があったのです。

山田風太郎の『忍法帖』も同系統の世界観ですね。

 

人間の尊厳を無視し、剥奪し、圧殺していくこと。それがどれほど無残な社会であり、そこに立ち向かうことに意義があるのか?

若先生は何度も何度も、作品を変えて突撃してゆきます。

若先生の別作品『覚悟のススメ』において、主人公の覚悟は、旧日本帝国軍が開発した戦闘術で戦います。根底には、戦うために母子の命を犠牲にした、戦争の苦い記憶がありました。

あの戦争に日本人を駆り立てていった思想。遡ってゆけば、徳川時代の武士道にあるのではないか?

その流れが『シグルイ』であり『衛府の七忍』であるのです。

正直なことを書きますが。

若先生……あなたは何度同じテーマに挑むのですか!

でも、むしろこのテーマから離れたらもう若先生は若先生でもない。このまま突き進んで欲しい!

 


「チェスト関ヶ原」が暴くもの

本作を有名にした描写として、あまりにぶっ飛んだ薩摩隼人描写がありました。

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「チェスト関ヶ原!」=薩摩隠語で殺してヨシ!

この語句は、かなりのインパクトがあり『ポプピピテック』でもパロディとされたものです。

フィクションで誇張される薩摩隼人描写の中でも最も過激であり、『ドリフターズ』の島津豊久すらジェントルに思えるほど。

 

ただ、この薩摩隼人描写には、注意すべき点があります。

過激すぎてもう別世界の存在のようでいて、実は、史実の裏づけがあること。彼らがあまりにぶっ飛んだ描写なのは、琉球の人々から見た“支配者としての像”であるということです。

南国で薩摩隼人と琉球の民が仲良く暮らすどころか、暴力的な搾取を受ける酷い構造がそこにある。

漫画の中のぶっ飛んだものとしてギャグにできればそれはそれでよいものですが、史実が根底にある搾取描写だと思うと、本当に洒落になっておりません。

『衛府の七忍』の薩摩隼人描写は、2018年大河ドラマ『西郷どん』と比較すると、わかりやすいものがあります。

西郷どんのオープニングテーマには島唄が混ざります。

「黒糖地獄」と呼ばれるほど過酷であった、薩摩藩の支配体制。

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西郷隆盛自身も、島妻である愛加那を正妻に比べると蔑視していたことは史実を辿ればわかります。

現代の観点からすれば「島妻」とは性的搾取対象です。

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それをドラマでは純愛として美化し、搾取された側のメロディで歌い上げる――あのドラマには、単なる駄作とかではない歴史修正主義のおぞましさが詰まっておりました。

西郷隆盛本人と愛加那本人がロマンチックに愛し合っていようと、そういう次元の問題じゃない。

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そこを美化してどーする!

そう突っ込まざるを得ない、あまりに遅れた認識。こんなもん受信料で流してほしくない。

白人大統領と黒人奴隷のロマンスを盛り上げたりしますか? ってなものです。

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そう言いたかった不満を、本作はある意味拾っている。

そういう甘っちょろい問題ではなく、そもそも個人の付き合いと制度の問題を混同するなということです。

そこをエンタメでも、いや、エンタメだからこそすくいとって描きあげる。そして無茶苦茶面白い。骨が太いどころではない。

もう作品そのものが強化外骨格を身に纏っていてパネェとしか言いようがないのです。

『シグルイ』はじめ、今までの作品よりライトでギャグが多いとはされていますが、それも理解できます。

正拳突きだと構える人も多いこんな世の中だからこそ、そういうアプローチが必要なのでしょう。

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