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『光る君へ』感想あらすじレビュー第34回「目覚め」彰子と帝の心を開くには?

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『光る君へ』感想あらすじレビュー第34回「目覚め」
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中宮は物語が理解できない

出世を遂げた弟の藤原惟規は、父のお下がりだという六位の衣装を着てまひろの前に現れます。

よく似合うと褒めるまひろ。

ちょっとカビ臭いと惟規。

いとが大事に保存していたようで、藤原為時の家では火災が発生していなかったことの表れでもありますね。

惟規は「案外狭い局だ」と少々毒づきます。

慌ててまひろが「しっ」と嗜め、蔵人になれたのは左大臣のおかげなのだから顔を潰すなと叱る。

左大臣のくせにケチくさいと取られたくありませんし、これ以上、同僚の噂になるのも面倒ですからね。

惟規はさっきの女房は悪くないとデレデレしますが、道綱の娘だと知ると、六位の蔵人じゃ相手にされないなと居直っています。

まひろもそうは認めながらも、わからないと言う。

なんでも惟規には身分の壁を超えて欲しいとか。自分がしたい夢を弟に託しますか。「なにそれ」と惟規も突っ込み返します。

「神の斎垣を越えるかも、俺」

なんだかちゃっかりとそう返す惟規。タブーを超えた恋をするかもしれない宣言であり、いったい何をやらかす気でしょうか。

すると、中宮がやってくると告げられ、惟規は慌てて去ってゆきました。

まひろがかしこまりながら「御呼びがあれば参った」と告げると、中宮は「藤式部の局が見たいのだ」と答え、さらに続けます。

「そなたはよい」

「えっ?」

「さがれ」

案内してきた女房・左衛門の内侍は唖然としつつ、去ってゆきます。

そしてまひろと二人きりになると、中宮はおもむろに質問を投げかけてきました。

・まひろの物語の面白さがわからない

・男たちの言っていることもわからない

・光る君が何をしたいのかもわからない

困惑しながら受け止めるまひろ。

「帝は物語のどこに惹かれているのか」

とさらに聞かれて、まひろも「帝の心はわからない」と答えながら、こう続けます。

まひろの願い、思い、来し方をふくらませて描いた物語が、帝のお考えになることと重なったのかもしれない。

まだ理解できない様子の中宮。

するとそこへ敦康親王がやってきて、双六に誘いました。中宮は笑顔で「勝てない」というと、親王は中宮様が勝てるようにするといい「早く参りましょう」と急かします。

去り際、また来ても良いかと尋ねる中宮に対し、「もちろんでございます」と返すまひろ。

読者から「意図がわからない」と言われ、まったくショックを受けていないとは言い切れないでしょうけど、同時に想定通りのようにも思えます。

諸葛亮が「思った通りですね」と涼しい顔で言うような雰囲気です。

まひろは中宮を理解しつつあります。

心を開いていないのだ、と。心という器を閉ざしたままでは、いくら水を注いでも流れてしまう。

しかし、蓋が開けば、一気に流れ込み、どうなるかわかりません。

物語を読解する上でそれができれば、帝との距離も縮まり一石二鳥。

道長よりも、まひろがどっしりと落ち着いているのは、そうした読みがあるのでしょう。攻防を楽しむ余裕すら感じさせる。

それがまひろの恐ろしいところです。

 


「帚木三帖」は大好評

まひろの物語は、心を開いている読者には奥深く沁み込んでいます。

公任と敏子は「空蝉」を読んでいる。

公任が「光る君はとんでもない男だ」と笑えば、「あなたにもそんなことがあったのではないか」と敏子が返す。

「ははは、何を申すか。俺はこのような間抜けなことはせぬ」

そう笑い飛ばしてはおりますが、確かに恥ずかしいこともしていたかな……というような中年ならではの深みが出ています。

公任は、妻を愛していると見ていて伝わってきます。

若い頃、モテて、モテて、恋文を落としていたほどの男が、じっくり考えた結果、美貌や色香よりも聡明さで妻を選んだと思えてくる。

公任は敏子と対等の目線で話していて、彼女の意見を尊重していることが伝わってきます。モテモテの若い頃とは違う魅力がありますね。

行成は、ハキハキとしていて優しい声音で読み上げる。

斉信は女の膝枕でデレデレしつつ読んでいます。ドラマの中でも屈指のセクシー枠ですね。

行成はともかく、公任と斉信の姿は皮肉にも思えます。

この二人がまひろに会いにきた時、地味な女だと自己紹介していたまひろ。そして二人が去ると「打毱」と書いておりました。

まひろはあの二人のゲスなロッカールームトークを元に書いていたとも言える。

それに気づかず楽しんで読んでいるとは、なかなかおそろしいですね。

藤壺では、筑前の命婦も読み上げていますが、これは『おじゃる丸』コラボの一環です。

坂ノ上おじゃる丸の声優を担当している西村ちなみさんが、筑前の命婦を演じている。おじゃる丸バージョンでの朗読も公開中です。

光源氏が成人し、女遊びを繰り広げていた「帚木三帖」が絶賛されているようです。

前回、惟規がおもしろがり、いとが下品だと評していた箇所ですね。

さて、まひろは物語の続きを構想しています。

すると帝がやってきました。

帝は宮の宣旨を下がらせ、まひろと二人だけになります。

「ぜひ聞いてみたいことがあって参った。なぜそなたはこの物語を書こうと思い至った?」

まひろは全て明かします。お上に献上すべく、左大臣が書かせたのだと。

驚く帝。まひろは物語を書くことが好きだし、光栄だと引き受けたと明かしています。しかも、帝のことを知りたいから左大臣にあれこれ聞いたとまで言います。

帝からすればどうにも不気味かもしれませんが、まひろは続けます。

左大臣から話を聞くうちに、帝の悲しみを肌で感じるようになったのだと。

「この先はどうなるのだ?」

「一言では申し上げられませぬ……」

「そうか」

帝はすっかりファンですね。帝の話を聞いた上で、あんなあてつけのような「桐壺」を書かれたというのに、怒るわけでもありません。

それどころか、嬉しいようです。

なぜなら、真っ直ぐ、ありのままに語りかけてくる者が滅多にいない。それなのに彼女の物語はまっすぐ語りかけてくるのだと。

畏れ多いと、まひろがかしこまると、「また来る」と告げ、帝は去ってゆくのでした。

心を閉ざしているのは中宮だけでもないのかもしれません。

帝は幼い頃から定子が側にいて、真っ直ぐに話しかけてきました。

そういう心の内側にまで入り込んでくる存在が愛おしくてたまらないのに、定子亡きあとはそれすらない。

それが物語によって叶って、帝はうれしくてたまらないのかもしれません。

まひろは心の底でこう思います。

私ではなくて、中宮様に会いにいらしてください――それをどうするか考えるのが、まひろの使命です。

 


曲水の宴にて

3月3日、上巳の祓の日、土御門邸で曲水の宴が開かれます。

曲がりくねった水の流れに沿って座り、和歌や漢詩を読んで競い合う催しです。

水の神によって穢れを祓うというもので、道長は中宮彰子の懐妊を願って開催しました。母である源倫子の不在を彰子は残念がっております。

この「曲水の宴」ですが、実は深い意味があります。

中国由来であり、現地では「流觴曲水」と呼ばれていました。

三月の上巳に行うとされたのは漢代です。

NHKで放映が開始された『三国志 秘密の皇帝』では第47話にて、曹操主催による「曲水の宴」が繰り広げられますので、見比べてみるのも一興でしょう。

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曹魏のあと、東晋の時代、名士である王羲之が蘭亭にて曲水の宴を開催しました。

このことを記した「蘭亭序」こそ伝説的な書の名作とされます。

そんな伝説の舞台となったためか、東洋文化の極みとして、中国、朝鮮半島、日本においてこの行事は残され、絵画の題材にもよく選ばれました。

土御門邸に呼ばれた書の名人である藤原行成は、そのことを連想し、自分も王羲之に倣って書を献じたいと思っていたかもしれませんね。

このドラマでは、曲水の宴そのものではなく、突如、雨が降り、彰子とまひろたちの前で名士たちが雑談を繰り広げるところが見どころとなります。

雨が降る前、お題が発表されるところ、真剣な目で墨をする姿もよいもの。

水の上を流れてゆく素朴な鳥のおもちゃも愛くるしい。

道長が雨を詫びると、源俊賢が「左大臣のせいではない」とフォローしています。

昔は雨に濡れるなど平気であったのにすっかり弱くなったと斉信。

年を取ったことを嘆いていると、斉信が、道長は昔も今もいい体をしていると褒め出します。

道長はきょとんとしていますが、上に立つ者はキリリとしておらねばならぬと続ける俊賢。

考えたこともなかったと笑い飛ばす道長です。

俊賢はここで、いま流行りの物語を書いている女房、まひろに気づきます。

そしてなぜ、主役の“光る君”を源氏にしたのか?と問いかけます。

親王様では好き勝手なことをさせられない――これは確かにそうで、実在人物を中心とした歴史物を描くにしても、架空の人物を動かしやすいキャラクターとして設定することは基礎的なテクニックです。

『ベルサイユのばら』におけるオスカル、あるいは放映中朝ドラ『虎に翼』の山田よね等が典型例ですね。

大河に架空人物が出てくるだけで、ファンタジーだのなんだの騒ぐ方もいますが、歴史作品では定番の技法なのです。

俊賢はそんな作劇上のことはさておき、亡き父を思い出したと感銘を受けています。

父の源高明は素晴らしい人だったと語る俊賢。まるで亡き父を誉められているようで、感銘を受けてしまうのでしょう。

たしかに複数名いる光源氏モデルのうち、源高明もその中に入ります。

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「どなたのお顔を思い浮かべられても、それはお読みになる方次第でございます」

そつなく返すようで、何か考えているようなまひろ。

すると斉信は、光る君は俺のことだと思っていたと言い出します。

すると、一気にしらける場の空気。

それを和ませるように、行成が「少なくとも道長様ではない、笛もお吹きになれないし」と言い出します。

確かにそうですね、字も悪筆です。

「俺だって少しは吹けるぞ」と返す道長。

行成は心底道長が好きなのに、ツンツンしたくなるようで、笛を持ってこようと盛り上がっています。

他愛の無い会話を、ジッと聞いている彰子。

天気が回復し再開されました。

時人 処を得て 青苔に坐し

酒を清流に汎かべて 取次に廻る

水は潟ぐ 右軍 三日の会

花は薫る 東閣 万年の杯

波月を巡行するは 明府に応じ

沙風に斟酌するは 是れ後来なればなり

曲水の宴にふさわしい漢詩が詠まれる中、彰子は父が心から笑うところを初めてみて、びっくりしたとまひろに言います。

「殿御はみな、かわいいものにございます」

きょとんとする彰子。

「帝も?」

「帝も殿御におわします。先ほどご覧になった公卿たちとそんなにお変わりないように存じますが。帝の顔をしっかりご覧になって、お話申し上げなされたらよろしいと存じます」

そう言われ、目をしばたき、目の前にある膳のものを口に運ぶ彰子。

顔を赤らめるとか、目を伏せるとか、涙ぐむわけでもないのに、何かに目覚めたことが伝わってきます。

道長はそんな彰子とまひろを遠目にみて、何か感じるものがあるようで微笑んでいます。

雨が降らねば、この偶然は起きなかったのでしょう。

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