異国からの賊に襲撃され、胸に矢を受けた周明は倒れてしまいます。
「逃げろ」
微かにそう言うのが、もはや精一杯。
泣き叫び、混乱するまひろの手を乙丸が無理やり引っ張り、その場から逃げだします。
幼少のころ、口減しのために対馬の海に捨てられた周明。
運命は彼を宋人として生かし、ここまで連れてきて、その手を離したのです。彼が最期に聞いたのは、まひろの慟哭でした。
太宰府からのおそるべき知らせ
寛仁3年(1019年)、藤原行成が藤原頼通の前にいます。
するとそこへ太宰府の飛駅にて解文が届きました。急いでそれを広げる頼通。
大きな“印”が押さえれていることが印象的です。
この中国由来の古代印章文化は廃れ、時代がかなり降って江戸時代に復帰してきます。
さらには文化を味わいたい町人にまで広まってゆきますので、来年の『べらぼう』でも篆刻には注目ですね。
解文の内容は恐るべきものでした。
刀伊が襲撃し、鉾、太刀、弓箭で応戦している。
馬牛を切って食い、老人子供を殺し、男女を船に乗せて穀物と共に去っていった。
対馬壱岐の被害人数は不明。
ただちに太閤様にも知らせねばならない!と焦る行成ですが、頼通は「父は政に関わっておらぬ」と止めます。
それでも抗弁しかける行成ですが「黙っておれ」と止められてしまうのでした。
これまた日本の宿痾を見る思いがします。
幕末の優秀な幕臣である小栗忠順は「どうにかなろう」という責任回避が幕府滅亡の一因だとしました。
それはこの時代から変わらないようでして……。そうはいっても、江戸幕府の対応の方が随分マシであることを来年の『べらぼう』から学びたいところです。
実資は波乱を知っていた
藤原実資はなぜそんなことを察知できたのか。
道長の元へ向かい、ことの顛末を報告しています。
「摂政(頼通)は太閤に相談しないのか」と確認する実資に対し、道長は知らせてくれたことに礼を言います。
つまり、黙っていたということですね。
実資は船が50艘ということはただの海賊ではないと推察。
劇中では『鎌倉殿の13人』の船を再利用しているので、ちょっと小さめに見えます。『平清盛』以来の大型船もあればよかったかもしれませんね。
実資がなぜ知っているのか?というと、解文だけでは黙殺される危険性を考慮して、藤原隆家が実資にも直に文を送っていたのでした。
道長が、朝廷は太宰府を見捨ててはならないと答えると、実資が一刻を争う事態だと説明します。
文の日付は7日であり、今は18日になっている。10日あまり空いたとなれば、太宰府を陥落され、海路で都を目指しているやもしれない。
そのためには山陽道、山陰道、南海道、北陸道も警護すべきであり、陣定ではかるべきだ――この実資の献策を受けて、道長は全て心得たと答えました。
実資が去ると、道長は思わず呟きます。
「はぁ……生きておれよ」
まひろの生死はどうなったのか。気になって仕方ないところでしょう。
しかし、そういう私情を前面に出さないあたり、成長を感じます。
危機感のない公卿たち
さて、陣定では左大臣の藤原顕光が寝てしまい、太宰府での一件は任せきりにしてあくびをしています。
若い公卿もあてになりません。皆、意見を求められても「わかりませぬ」、あるいは「須(すべから)く討つべし」と言うばかり。
行成は「朝廷は武力を使うべきではないから、祈祷をする」と最低の回答をしました。行成が太宰府にいなくて本当によかった。
公任は「太宰権帥に解決させる」という、なかなかよい答えです。兵は拙速を尊ぶ。いちいちお伺いを立てていては危険です。
俊賢は「様子を見る」という、どうしようもない答え。
斉信は「武力を振るうのはいかがなものか、しかし攻め入ってくるならば討たねばならぬ」と、これまたしょうもない答えときた。
道綱は聞くだけ無駄でしたね。「同じく」だけですから。
ノンキな音楽も流れ、絶望的な気持ちにさせられます。
すると、ようやく実資が登場!
「公卿が揃ってこそ陣定だ」と言いきると、斉信が遅れてきて何を言うのかと返します。
その上で意見を求められる実資。彼は道長に披露した都防衛案を語りました。
しかし道綱はこうだ。
「面倒だな、それ」
確かに軍事行動は面倒臭いことばかりです。
「面倒だなどとは何事か!」
実資だけが真っ当ですね。
ともあれ、陣定はこれまでだと終わらせられるのでした。実資はこれから話し合わねばならないと訴えるも、皆やる気がありません。一人憤る実資。
摂政である頼通は現実逃避中です。
「いくらなんでも都までは攻めてこないだろう?」と確認するだけ。藤原公季に聞いても、当然、わからないという返答です。
そして「様子見」ということになりました。
はぁ……そんなことでいいんですか?
『光る君へ』という作品は、なまじ『源氏物語』が有名なだけに、平安貴族といえば歌を詠んで色事ばかりしているという像を変えようとしたとされます。
結果、見えてきたのは個々人によるという姿です。
実資のように有能で多忙な者もいれば、行成のように真面目に働いても能力に偏りがある者もいるし、道綱のように全てどうしようもない者も。
一人一人の個性が見えて、歴史を考える上での解像度が高くなりました。有意義な一年間だったとしみじみと思います。
道長、頼通を一喝する
「一大事に何をしているのか!」
道長が頼通の尻を叩きにきました。
しかし、頼通は「私とて考えています」と答えるだけ。警護は大変だし、武者も容易には集まらない。様子を見ると言います。
「民が! 数多死んでおるのだぞ! お前はそれで平気なのか!」
ここで道長は切り札を出しました。
彼らしからぬと言いますか、実資、いや、まひろが乗り移ったように思えます。
まひろも、視聴者も、涙をこぼしたであろう周明たちの死。それが公卿たちには見えていないし想像もできない。なんとも悲しいことではないですか。
すると頼通はこうだ。
「私は摂政でございます! 父上であろうとそのようなことを言われる筋合いはございませぬ!」
そう吐き捨てて、話を打ち切ろうとします。道長も折れて、備えを固めることだけでも頼むと言い残すのでした。
ここは歴史の予言のようになっております。
頼通が頼りにするのは己の地位であり、肩書きです。
しかし、そんなものがどうでもいい相手と対峙した際、肩書きごとぶった斬られる――それが平安貴族の宿命です。
『鎌倉殿の13人』のラストと重なってきます。
あれも後鳥羽院が自らの権威を盾にして、まさか坂東武者が都まで到達するとは想定していなかった。
防衛がない都に攻め込まれたらその時点で終わります。
上皇だろうが気にしない猛犬のような坂東武者たちは御所までズカズカと乗り込み、上皇も天皇も流罪としてしまうのでした。
権威という実態のないものに頼るのは危険でしかありません。
もし本作が大河初体験という方がおられましたら、次は『鎌倉殿の13人』がおすすめです。本作で提示されたセキュリティホールが突破される様がわかります。
摂政の母・倫子
藤原頼通が母の倫子とすれ違います。
険しい顔をしている我が子に「どうかしたのか」と声をかける彼女。頼通は、父上とぶつかったと答えます。
皆父上の顔色ばかりを伺っているけれども、父上の仰せになることが常に正しいわけでなはない。此度のことは前例のないことだから、父上だってわかっていないと頼通は反発しています。
人の命、国の守りがかかっているのに、前例云々じゃないでしょう。と、実資あたりなら反論できそうな頼通の言い草ですね。
倫子は我が子の言い分を認め、やりたいようにすればよいと励ます。
そのうえで、父上とて若いときはさまざまなことで迷っておいでだったと理解を示します。上に立つものは誰でも苦しいものだと思いやっています。
「おきばりなさい」
これは我が子への想いなのか、それとも別のことなのか。
倫子は声がさらに丸く、穏やかになってきて、菩薩の風格すら漂わせています。
ここにきて神々しいほどに美しくなりました。
常にうっすらと光を帯びていそうなほど。黒木華さんのすべてが燦々としています。
尽きせぬ周明への思い
まひろのいる部屋へ藤原隆家が来ます。
調子を尋ね、前よりは顔色が良くなったと励ましのような言葉。そして、ため息をつきながら腰を下ろします。
「俺もいろいろあったが、悲しくとも、辛くとも、人生は続いてゆくゆえ仕方ない」
親きょうだい。
定子が残した敦康親王。
そんな大事な人たちを失ってきた彼が言うと、深く染み入る言葉です。
「周明と一緒に私も死んでおればよかったのです」
まひろは頑なにそう言います。
隆家は、周明のことは忘れずともよい、ここで菩提を弔いたいなら止まってもよいと告げます。
「好きにせよ」
すると、まひろは泣き出してしまいます。
海岸に横たわる周明の姿が見えます。
敢えてここで彼の遺体を映す。この作品の矜持を感じます。
直秀やたね、そして周明のように、名もなき人が歴史のなかで命を落としてきたのだと厳粛な気持ちになる。
歴史を学ぶ意義はこの気持ちにあるのではないかと思えてきます。
朝廷の武力行使はどうあるべきか?
実資が道長に「敵は対馬まで追い払った、隆家も無事だ」と報告。
この「対馬まで」が重要です。
対馬を超えると高麗になってしまう。高麗にまで到達して武力行使すると、外交問題になりますので、隆家も為賢に対馬を超えないようにと釘を刺していました。
実資は隆家を買っておりますので彼を褒め称え、以前から武力が大事だと語っていたことを補足します。
しかし道長は武力に頼ってはならんと返す。
実資もそこには同意しつつも、朝廷の状況を振り返ります。
「平将門の乱以降、武力を持たずに80年が経ち、こうして賊に襲われるとは先例だけではどうにもならぬ」
実資は日記をもとにした先例を出すことが得意なので、何か反省しているのでしょう。
帰ろうとする実資に、太宰府の隆家に文を出すのか?と尋ねる道長。消息を尋ねたい者がいると言いつつも、誰のことかと返されて「いやいい、よい、すまぬ」と誤魔化すしかありません。
まひろも、生きているならば文くらい託せないものでしょうか。やはりまひろは変人です。
それから二ヶ月後――隆家たちの褒賞についての陣定が行われました。
公卿たちは既に太宰府への興味など何もない様子。
若い公卿は褒賞に賛同すると、行成は時系列を整理しました。
刀伊の撃退は4月13日。朝廷が襲来を知ったのは4月17日。太宰府に敵の追討を命じたのは18日。
つまり、13日の行動は朝廷に関わりがないと言うのです。
行成の指摘に公任も同意し、朝廷の命令のない戦は前例を見ても褒賞を与えていない、放っておいてよろしいと続けます。
「何を申すか!」
猛然とこれに反対するのが実資です。
刀伊は千名もの民を連れ去り、数百の民や牛馬も殺した。壱岐守すら殺めた。重大な事件ではないか!
このままではことが起きたとき、奮戦する者がいなくなる。
都であぐらをかいていた我らが命を賭けた彼らの働きをを軽んじるなどあってはならぬ!
そう一人気を吐いております。
嫉妬し、苛立つ公任
実資はこのことを道長に報告し、力およばずと語ります。
褒賞は僅か一人のみだったとか……無念の極みであり、命を賭けた隆家たちに申し訳ないと悔しがっています。
そこへ公任がやってきて、入れ違いで実資は帰ってゆきます。
公任は太宰府の件を知らせに来たものの、実資と通じているのならば、俺の出番ではなかったようだと言います。
「陣定を心配していた、政に関わって以来、これほど驚いたことはない」
道長がそういうと、公任は「何も動じぬ道長が驚くのか」言いながら、実資と話していた様子に嫉妬じみたことを言い出します。実資よりも、嫉妬すべき対象はまひろかもしれませんね。
そして公任はパワーゲームの話を持ち出します。
隆家は道長の敵ではなかったのか。だからこそ陣定でもあいつをかばわなかった。「お前のために!」と強調しています。
公任もプライドが高いので、実資の理論も同意すべきところはあったのかもしれません。
だからこそ、それを否定したことがチクチクとしているのかも。
公任としては伊周のあと、道長にとって最大の政敵となりかねない隆家を庇うわけにはいかないと言います。
いっそ戦いで死んでいればよかったとまで付け加え、太宰府でこれ以上力をつけぬよう、道長のためにあいつを認めなかったと強調します。
しかし、道長には通じません。
国家の一大事の前はそんな些細なパワーゲームよりも、起きたことの重大性を考えるべきだと返します。
「何が起き、どう対処したのか。此度の公卿のありようは、あまりに緩み切っており、あきれ果てた」
にべもなく言う道長。
屈辱の極みに到達した公任。
「俺たちをそのように見ておったのか。俺たちではなく、実資殿を信じて……」
公任は話を自分なりの理論に持っていき、己の忠誠心をアピールしようとします。彼なりに完敗を噛み締めているのかもしれない。
若い頃の彼は【貞観の治】を引き、それを目指すと語っていました。
そのころの道長はノホホンとしたボンボンであり、天下国家を俯瞰しながら大きな目線を持つという点では公任が上だったでしょう。
それが今となっては、道長が些末なことにこだわると公任に呆れ果てている。
いつ、逆転されたのか?
人としての器の大きさを感じ、悔しがっていることがわかります。
ここのやりとりは『鎌倉殿の13人』最終盤における、北条義時と三浦義村を思い出します。
若い頃は義村の方が義時よりはるかに頭のキレがよかった。それがいつの間にか地位において逆転している――プライドが高く、クールな男がそう歯噛みすることでしか出せない魅力があります。
蒼白い嫉妬の炎を燃やす藤原公任が爛々と輝いていますね。
公任を演じる町田啓太さんは大河においてはポスト山本耕史さん、さらに遡れば近藤正臣さん系統ではないかと私は確信しております。
このままずっと何作も大河に出て欲しいものです。
「まあまあまあまあまあ……何を揉めておるのだ」
ビリビリしている二人の間に、飄々と藤原斉信が割って入ってきました。
マイペースな彼からすれば、親友同士が痴話喧嘩をしているようにも思えますもんね。
そして綺麗な所作で優美に腰を下ろす斉信。ドラマも最終盤ともなると、皆さん所作が磨き抜かれております。
「何があっても、俺は道長の味方だから」
斉信がそういうと、道長は目を潤ませて瞬いています。
思えば斉信はずっとムードメーカー、癒される男でしたね。金田哲さんの軽やか個性が生かされた素晴らしい人物像でした。
行成と公任は文官上位を理解し、実現しようとしていた
公任が自宅で巻物に目を通していると、行成がやってきました。
「お前の字はまことに美しいのう……」
公任の『和漢朗詠集』です。
行成は「公任様のみがなしえた大仕事だ」と褒めます。
それにしても、行成筆の『和漢朗詠集』を書いた根本先生にも「お疲れ様でした」と言いたいものです。
矢部太郎さんの『光る君絵』のように、根本先生がドラマで書いた書の作品集も販売されないものでしょうか。あるいは展覧会でも開催して欲しいところです。
日本の書聖ともいえる行成を演じた渡辺大知さんもつくづくと素晴らしい配役でした。
「土スタ」で書道について語っておられましたが、天命を文字にして記すということを熱く述べておりました。まさにその通りで、小手先の技法ではなく、そうした精神性に到達したからこその名演なのだと確認できました。
公任は行成に、「何しにきたのか?」と問います。
道長とやりあったことがもう噂になっているのかと悟っているようで、「斉信のおしゃべりめ」と悔しそうにしている。
それでも公任は、なぜあんなことを言ってしまったのかと悔しそうに言います。
「それは、道長様を大切にお思いになるゆえにございましょう」
即答する行成。彼もそうですもんね。
「道長には伝わっておらぬがのう」
寂しそうにそう語る公任。すっかり恋に敗れた感があります。
さて、隆家たちへの恩賞を拒んだことですっかり悪徳貴族のように思えなくもない行成と公任。
これは【文官上位】、東アジアにある文民統制の伝統を汲んだ態度であるとはいえます。
上の命令なく勝手に軍を動かし、その功に対する恩賞を求めてくるとなると、統制が取れなくなります。現在にも通じる普遍的な現象です。
討伐対象が人間ではなく動物の話となりますが、イギリスがインドを植民地した時代、こんなことがありました。
毒蛇を捕らえてきたら、恩賞を出すと布告したのです。
するとなんと毒蛇を集めてきてまで提出するものが出てくる。安全確保どころかむしろ危険性が高まり、中止されました。
現代ならばYouTuberの私人逮捕が該当するでしょう。公権力を伴わない私的制裁に利益を見出せるようにすると、国家の秩序は崩壊するのです。
「武者の世」は、武者が朝廷を無視して武力行使するようになることで到来します。
そこを踏まえると、行成と公任には理がある。
ただし、彼らが正しいのかというと、そうとも言い切れませんし、大石静さんはじめチームもそこに疑念はあるように思えます。
東アジア伝統の【文官上位】は極端な運用をすると危険であり、中国史では明が該当します。
明代は「武」を軽んじ、明代最低の暗君とも思える正徳帝は「武宗」という諡号がつけられました。
他の王朝では「武帝」や「武宗」は肯定的になりますが、明代では否定的、軽蔑のニュアンスすら感じさせます。
功をあげた名将がかえって処罰や左遷されることも、明代の悪しき特徴といえます。
その結果、防衛を担う将・呉三桂が明に見切りをつけてしまい、王朝が滅びることとなります。
日本の平安貴族と明代は、【文官上位】体制の崩壊としては失敗例の典型に思えます。
隆家は獅子奮迅の武者たちを忘れない
太宰府では隆家が「こんなことだろうと思った」と、書状を確認しています。
褒賞のことは諦めているようです。
隆家は黒字どころかむしろ赤字で、高麗側が救援してきた民衆を受け入れも、自腹を切らねばならなかったとか。この朝廷の外交感覚の鈍感さも頭の隅にでも入れておきたい。
確かに行成や公任たちの言い分にも一理あるといえばそうです。
しかし今回の件は、高麗を巻き込んだ国際問題。そういう意識の弱さ、消極性が日本史の弱点ではないかと私は思います。
隆家はそれでも、部下たちの獅子奮迅の働きを褒め、生涯忘れないといい、武力を蓄えることを軽んじてはならないと思い知らされたと一同を励ますように語ります。
先ほどの公任とは対照的に思えます。
隆家は人生も折り返し地点を過ぎたところで、かつて相手にもされなかった自分の懸念は正しいのだと確信できました。
恩賞よりも地位よりも、自分の見識が正しかったと証明されることには充足感はあるものです。
公任は自分なりに築き上げてきたセオリーが間違っていると、よりにもよって道長に指摘されたことで、屈辱感を味わっていた。
隆家は自分の正しさを確信し、武者たちが国の守りとなれるように、朝廷に働きかけ続けるから許して欲しいと言います。
そして平為賢を肥前守に推挙することにしました。
慣れぬ船戦で先陣を務め、敵を見事に撃ち破ったことに対する、当然の褒賞だと讃えています。
実際にはここで隆家の訴えが通るわけではありませんが、それでも為賢がその武名を残したことは確か。
そんな武士の黎明期を演じたのが神尾佑さんというのは、実に素晴らしいことでした。
まひろのもとへ双寿丸がやってきます。
双寿丸は主君である平為賢について、肥前に行くそうです。
肥前で武功を立て続けるというと、武功を立てることは人を殺めることではないか?とまひろが問いかける。
「殺さなければ殺される。敵を殺すことで民を守るのが武者なのだ」
険しいまひろの顔を見て「そんな顔するな」と返す双寿丸。
早く健やかにならなければ周明も成仏できないと言うのでした。双寿丸は乙丸にも別れを告げています。
周明の菩提を弔うということは、まひろをここに留めてもいるのでしょう。
まひろを母とする賢子は聡明である
そのころ道長が、邸の中で賢子とすれ違っていました。
御簾のかかった光景が実に美しく、これが残り一回の放送なのかと思うと寂しくなってきます。
頭を下げる賢子に、道長はさりげなく藤式部から便りがあったか?と尋ねています。
まだ太宰府にいると聞かされ、安堵とまだ帰らないことへの苦さが混じったような顔になる道長。
出家してもしっかりと現世に未練が残っていますね。
そして賢子にすがるような目を向け、太皇太后様には目をかけておられるかと確認しています。
「うん」
ようやく安堵したような顔になる道長。
一体なんなのかと賢子は戸惑っているようです。
ここはある意味、道長が賢子をしっかりと見ることで何かを確認したように思えます。
当たり前だけど、この女はまひろとは違う。
女三宮が藤壺とも紫の上とも違うと確認した光源氏もこんな顔になったのでしょうか。
まひろか、まひろ以外か。越えられぬ壁があるのだと確認したように思えます。
乙丸はまひろと都に帰り、きぬに会いたい
隆家は太宰権帥の役目が終わることをまひろに告げ、共に都へ戻るか?と確認しています。
望むなら次の権帥に頼んでおくと隆家。
どうやら道長の指令は来ていないようですね。
黙ったままのまひろ。すると乙丸が突然、大声をあげるのです。
「お方様! 私はきぬに会いとうございます!」
驚き目を瞬く隆家。
まひろはそっけなくこう返します。
「ならば乙丸だけお帰りなさい」
「おお……お方様! お方様も一緒でなければ嫌でございます! あんなことのあったここにいてはなりませぬ! 帰りましょう! 帰りたい……私は帰りたい、きぬに会いたい、会いた〜い! 帰りた〜い! 帰りた〜い!」
会いたい、帰りたい……と幾度も幾度も繰り返す乙丸。
まひろも氷のような顔が思わずゆるみ、微笑んでしまいます。
乙丸が笑えるようで、いろいろ腑に落ちる場面です。
道長の代わりに乙丸が叫んでいるようでもある。
乙丸としては、ここにいては周明にまひろが囚われてしまう、なんとしても引き離したいという使命感もあったのかもしれません。
当時はまだ儒教的な敬老感覚が希薄なのか、『源氏物語』の老人はわがままで堪え性がないと否定的な記述もみられます。
そういう困ったようでチャーミングな老いを乙丸が見せているようにも思えます。
そして京へ戻る
寛仁4年(1020年)、かくして隆家、そしてまひろと乙丸は都へ戻りました。
今年の大河は衣装が素晴らしい。馬上の隆家が見にまとうのは、淡い藤色系統に見えます。
韓流や華流時代劇を見ていて目を惹くのは、中高年男性でも淡い暖色系統の衣装を身につけていることだと以前思いました。
実は東アジアの伝統では、男性でもああいう色を身につけることはあり、『麒麟がくる』の朝倉 義景も淡い暖色系統の衣装です。
現代に至るまで男性の和装といえば、紺や黒系統が主流。
それは江戸幕府が倹約令を出してから変わった色彩感覚であって、『べらぼう』の時代あたりから確たるものとなります。
そうした時代以前の伝統色の素晴らしい世界が再現されていて、今年は本当に眼福の一年間でした。
大河ドラマを見る意義が衣装からも感じられる。楽しんでデザインして作り上げていることが伝わってくる繊細な世界観でもありましたね。
まひろと乙丸が懐かしの我が家へ。見慣れた顔が、よくぞ戻ったと歓迎しています。
これがまひろらしさなのですが、彼女は感情の切り替えが表情に出ていて、かつゆっくりであるとわかります。
太宰府でも京都へ戻るかどうか隆家に言われた時は、鈍い反応をしていた。それが乙丸が何度も訴えたことでじわじわと表情がやわらいでいった。
今回もそうで、都大路を行くときはまだ太宰府に未練があるのか、暗い顔でした。
それが見知った顔に出迎えられて、だんだんと表情が穏やかになってゆきます。
このあと賢子と為時から【刀伊の入寇】について聞かれてもどこか虚ろな顔。
これもわかりやすい演出ならば、この時点でまひろが涙ぐむか、なんなら泣き出してもよいのです。
しかしまひろはとことんめんどくさい性格ですので、まず周明が何者か説明しないと意味がないとすら思いかねない。でもそんな長く説明するのも面倒くさい。だからこうきた。
「双寿丸に会ったわよ」
「えっ」
「平為賢様が肥前守になられるので肥前についていくと言っていたわ」
驚く賢子。双寿丸の話を聞いて彼女がどう思うかまひろは想像したのでしょうか。
ショックを受けるでしょうよ。全部語るのは面倒くさいにせよ、いろいろ説明をすっ飛ばし過ぎでしょうよ。
賢子はため息をつきました。
「私、光るおんな君となって生きようかしら」
この宣言にいとは動揺し、為時も「落ち着かぬか」と慌てている。まひろだけは平然としています。
彼女はやはり、どこかズレています。
為時は初恋に敗れて自暴自棄になった賢子を心配しているけれど、まひろはそうではない。人の心の痛みに鈍感なのか、敏感なのか。よくわからないんですよね。
きぬが野菜を刻んでいると、乙丸がそっと紅を差し出します。
太宰府で買った土産にきぬは感激し、乙丸の頬を両手で挟みます。
このために乙丸はここまで帰ってきたのですね。なんて素敵な思いでしょうか。
ある意味『源氏物語』の世界観とは異なっていて、血筋も身分もどうでもよく、お互いが思い合っている姿です。
身分が低いからこそできる「野合」の世界だと言われたらそれまでですが。そういう身分が賢子と双寿丸では異なるのだとも思いました。
思うままにならぬのならば、信じた道を
夜、まひろは座り、硯箱に目をやります。
そこへ賢子がきて『源氏物語』を何度も読んだと言います。
帰ってきたらどう思ったか聞かせておくれと言ったことを覚えていたのかとまひろは返します。
「人とは何なのであろうかと深く考えさせられました……母上は私の母上としてはなっていなかったけれど、あのような物語を書く才をお持ちなのは、途方もなくすばらしいことだと敬いもいたしました」
しみじみと言います。
このドラマはヒロインに対し、良妻賢母であることを一切求めておりません。清々しいほどです。まひろは人間的には凸凹しておりますから。
「されど、誰の人生も幸せではないのですね。政の頂に立っても、好きな人を手に入れても、良い時は束の間。幸せとは幻なのだと、母上の物語を読んで知りました。どうせそうなら好き勝手に生きてやろうかしらとも思って、さっき、光るおんな君と申したのです」
娘の情操教育に悪影響を及ぼしている『源氏物語』。
確かに時代が下りますと、『源氏物語』だけでなく王朝文学全体が、教育によろしくないという見方も出てきておりますね。
「よいではないの。好きにおやりなさい」
そう微笑むまひろ。
ここにも価値観の逆転があるように思えます。
太宰府にいた隆家にせよ周明にせよ、世間が思う成功する道からは外れているように思えます。
では彼らが不幸なのか?というと、そうとも思えない。
隆家は武者たちとの間に強い心の交流があり、褒賞はもらえずとも、自分の成し遂げたことに満足感はある様子でした。
周明も、ああしてまひろを救い、その嗚咽を聞きながら世を去ったことは、幸せだったのかもしれません。
倫子は知っている
まひろは太皇太后彰子のもとを訪れました。
旅の話、太宰府で起きたことを話して欲しいとせがむ彰子。
しかしまひろは目を泳がせ、気持ちがまとまらず、まだ話せないと拒みます。
いずれ物語にすればよい、それを読ませてもらいたと彰子はいいますが、そんな力は残っていないとまひろは返す。
硯箱を眺めつつ、自らに余力を問いかけていたのでしょうか。
彰子は呼び出したことを詫びつつ、旅の疲れを癒してから再度出仕するよう持ちかけます。
賢子ではいけないのか?とまひろが聞き返すと、越後弁は優れた女房だけれども、まだ若く相談役とまではいかないと彰子は言い、そばにいてもらいたいと訴えてきます。
「考える時を賜りたく存じます」
「それでよい、待っておる」
そう言い合う二人。これも贅沢な悩みといいますか、面倒臭さといいますか。
これが定子とききょうなら、考えるまでもなく仕えると即答できそうに思えます。
まひろのいったん消化する時間を必要とする個性は最終盤まで健在でした。今に生きていたらメッセージの返事が遅くて誤解を呼ぶタイプですね。
別に相手が嫌いなわけではなく、考える時間が必要なのです。理解されない相手からは、しばしばただの怠惰だと誤解されますが。
まひろが廊下を歩いてゆくと、道長の姿を目にします。
歳月が流れ、ましてや道長は剃髪しているにも関わらず、切ない思いが蘇るように見える。
二人の間の橋はまるでカササギの作る、織姫と彦星の間にあるもののよう。そう言えば、まひろは「カササギ語り」という物語を書いていましたね。
するとここで、北の方様、つまりは倫子がまひろを呼び出していると告げられます。
いかに見つめ合おうとも「北の方」にはなれない、まひろの運命の象徴のように思えます。
まひろが向かうと、彼岸花のように立っている倫子。
「今、あなたが初めてこの屋敷に来た日のことを思い出したわ。誰よりも聡明で、偏つぎを一人で皆取ってしまって」
倫子はそう言い出しながら笑います。
一人で取ってしまうものは偏つぎの札なのか。それとも別の何かでしょうか。まひろは若い頃の非礼を謝ります。
五節の舞でもまひろは倫子の代理を務めた。倒れたと聞いて、倫子は申し訳ないと心配だったと言います。
「それで……あなたと殿はいつからなの? 私が気づいていないとでも思っていた?」
そう微笑む倫子でした。
MVP:道長、実資、隆家
最終盤に【刀伊の入寇】を出した意義が今回ますますはっきりと見えてきました。
褒賞についてまで描くことで、貴族の政治がなぜ崩壊するのか、その道筋まで辿れます。
実資と隆家は、国土防衛について踏まえた上で政治的な見通しを語っています。
あの前例踏襲にこだわっていた実資が「それだけでは足りない!」とサッパリした顔で語りました。
人生も後半戦に入ってまだ伸び代がある、成長ができるとも証明しています。実にえらい。政治家としてのセンスは彼が随一に思えます。
隆家も、武士道の萌芽を感じさせます。信頼し合う人間関係の素晴らしさが彼からはあふれてきています。
政治家としての道長には、随分酷いことを言ってきたと自覚しております。
今回もまひろの安否ばかりを気にしていたらどうしようかと思っておりましたが、人命の損失を踏まえ、それを国家の一大事としてとらえています。
その器の大きさに公任は圧倒されているようにも思えました。
しかし、彼らの路線でいけば、「武者の世」到来は起こりません。
このドラマは序盤から貫かれている特徴があります。
大胆かつ抜本的な政治理念を掲げた者が失敗する姿、あるいはその予兆まで描くこと。
人間的には放埒で無茶苦茶だった花山院。
しかし政治理念としては改革を志していて、側近を刷新し、その実現を目指していました。それが彼自身の精神の不安定さをつけ込まれ、退位させられてしまいます。
その花山院を騙して退位させた道兼。
道兼も政治理念を変えたいと道長に熱く語っていました。しかし、関白になりながら急死してしまい、実現できませんでした。
道長の場合、皮肉なことに出家し、まひろと距離を置いたことで、政治家として急成長を遂げたように思えます。
まるでまひろが乗りうつったのかと思わされるほど。
陣定に出られなくなってからなぜ覚醒するのかと悔しくなってしまう。遅すぎました。
頼通は実資を頼りにするとはいえ、前例参照型といいますか、政治改革には向かわないことが今回示されております。
隆家についていえば、公任が死を願うほどですので、パワーゲームの悪影響のせいで彼の策が今後取り上げられないであろうこともわかる。
この三者の対比としては、頼通、行成、公任のトリオがいるように思えます。
その点、彼らは気の毒な描き方はされているとも感じました。
人間性やキャラクターではなく、変わろうとしないことはよろしくないとする、そんな思いがこのドラマに貫かれていると思います。
そしてここで、さらに恐ろしい対比も見えてきます。
今回、道長は頼通の政治姿勢へ失望しました。そして自分とまひろの間に生まれた賢子をじっとみつめていました。
その脳裏に、こんな問いがチラついていたらどうでしょうか。
「ああ、俺とまひろの間に生まれた子は賢いのに。まひろを妻にして俺の間に男の子が生ませていられたらなぁ。頼通よりもっと優れていたかもしれんなぁ」
残酷極まりない発想ですよね。
けれども私は、この道長ならそう思うのではないかと感じました。だからこそ頼通と、そして賢子と対面する彼を見せてきたのではないのか、と。
そこを踏まえていくと、ラストのまひろと倫子の対峙がさらにおそろしくなってきます。
恋愛部門MVP:倫子とまひろ
これを踏まえたうえで、この二人でも。
倫子が気づいていないわけがありませんよね。
こういうときは認めた上で「でもあなたとの縁も大事です」とでもしれっと返せばよいとも思いますが。
一から全部説明することが面倒くさいまひろは、どうするつもりなのでしょうか。
それにしても、まひろと比べると倫子は人間としての器がちがう。
聖女か、菩薩か。そのくらいできた人ですよね。
敵を知り己を知れば百戦危うからず
さて、歴史に「もしも」はないとしまして、それでも考えたいことはあります。
【刀伊の入寇】をふまえて、政治のどこを変えるべきだったのか?
俎上にあがっている案は「武力行使」のように思えますが、私はあえて別の道があると考えています。
【刀伊の入寇】の問題点として、中国東北部勢力への無知もあると思います。
ここはかつては渤海国が支配しており、『源氏物語』で末摘花が愛用する黒貂の毛皮もそこの名産品でした。しかし渤海国が滅びると、日本の外交認識からこの地方は抜けてしまいます。
【刀伊の入寇】はだからこそ、正体のわからぬ連中から突如襲われたということになってしまっています。
これはあとになっても響いてきます。
中国の北から南下してきた勢力が築き上げた王朝である遼や元の情報を日本側はあまり把握しようとしません。江南から逃げてきた宋人の話ばかりに比重を置きすぎたのかもしれませんね。
鎌倉幕府はそうした偏った情報収集の高いツケを支払うことになります。
交易を求めてきた元の使者を殺害するという致命的なミスを犯し、【元寇】が発生します。
いくら防いだにせよ損害はありましたし、巡り巡って鎌倉幕府滅亡にもつながってゆきます。
さらに歴史がくだりまして、20世紀前半のこと。
日本の軍部はこの地域に楽土(理想郷)があるとみなし、満洲国を建設します。
しかし稲作にすら適しておらず、生産性が低い土地に何を妄想をめぐらせていたのか、事前に調べておけばそんな無茶ぶりをしなかったのではないかと思われても致し方ないでしょう。
平安時代。鎌倉時代。昭和時代。
時代が変わっても、中国東北部への情報不足ゆえにとんでもないことになる点では共通しています。
武備も大事だけれども、外交センスを発揮して、遼と交流すれば違った道はあったかもしれません。
【刀伊の入寇】についてのミスは、外交としてみても甚大なものだと思えます。
大コケか? 失敗か?
前回のレビューで、私は日刊ゲンダイさんの記事に突っ込みました。
他のメディアからも、ゲンダイさんへの反論のような記事が出ています。
◆「光る君へ」は視聴率が低い=失敗は早計では? ドラマとしては十分魅力的だった(→link)
この通りです。ご指摘の通り「血みどろでなければ大河ではない」というのもおかしな話でして。
そこまで遡らなくてもよいかもしれませんが、江戸時代まで「歴史」というのはまひろや為時が愛読している『史記』や『春秋左氏伝』等の読解であって、日刊ゲンダイさんが好んでいる日本の血みどろ合戦ものは該当しません。
どちらかというとそうしたジャンルは、それこそ江戸時代から現代でいうところのキャラクタービジネスのような、教養を高めるものではなく、あくまでエンタメとしての消費でした。
キャラクターカードを集めるような感覚で【武者絵】を買い漁り、あくまで「おもしれぇモン」として真田幸村に拍手喝采を送っていた。お勉強扱いではないのです。
要するに「合戦がないから今年の大河はおかしいんだ」という意見は、ただの「お勉強は嫌いだ」宣言のようにも思えてきます。
確かに戦国時代の合戦は面白いですよね。
でもそこから教養を身につけることが本当にできるのか。ただの武将のいい話悪い話、ノスタルジーでマウント取りたいから戦国知識を振りかざしたりしていないか。
さらになんと東スポさんもつっこんでいます。
◆吉高由里子NHK大河「光る君へ」が残り2話 大コケどころか「成功」と言えるワケ(→link)
これは突っ込まれた時点で『光る君へ』の勝利確定かもしれません。
東スポさんは日刊ゲンダイさんと想定読者層が近似です。
その層からも「大コケじゃないぞ」という意見が出るであろう、その手応えがあればこそ、こういう記事が出るわけでしょう。
そして、想定読者層被りといえばデイリー新潮さんにも言えることです。ただ、これは突っ込みたい点がありまして。
◆【光る君へ】偶然すぎる「まひろ」の出会いに突っ込みたくなるが… 謎多き人物を描く大河の宿命(→link)
まず、ここで問題点としてあげている「オリジナル・キャラクター」ですが、特定の年代だけが極端に問題視しているのでは?と私は考えています。
それというのも、大河ドラマでは「オリジナル・キャラクター」が主役である作品も『獅子の時代』までありました。
それ以降の大河に親しんだからこその意見と見做せます。
さらに、ここでは粗悪なものとしてあげられている「韓流ドラマ」。
今の若い世代は、むしろ韓流ドラマこそお手本にすべきだと考えていますので、どうして唐突に出してくるのかと困惑するかもしれません。
ニヤニヤしながら「まるで韓流じゃん?w」と言い出すおじさんって、正直鬱陶しいと私も感じています。
ヨン様おばさんを揶揄していたころの癖が抜けないのかもしれませんが、それから何十年も経過していることに向き合うべきではないでしょうか。
そもそも『光る君へ』は、韓流や華流時代劇を意識していることは指摘したいところ。
手っ取り早くNHK BS放映中の『三国志 秘密の皇帝』でもご覧になられると良いと思います。
日中間で文化や書道の比較ができます。「曲水の宴」を見比べられるとは贅沢の極みですよ。
この作品はオリジナル・キャラクターである献帝の弟が主人公です。
ヒロインの一人である唐瑛(とうえい)にせよ存在程度しか史書には残されておらず、ほぼオリジナル・キャラクターです。
プロットのテーマのためにオリジナル・キャラクターを出すことは定番技法であり、今後ますます増えていくことでしょう。
そこを問題視するのは、センスが古いだけになりかねないので注意が必要です。
本作の「オリジナル・キャラクター」は、むしろ長所だと私は思います。
特に周明は、説明がややこしい【マージナルマン】を体現していて本当にありがたい存在です。
「あの大河に出てきた周明みたいな人のことだよ」
これで通じるようになるのは実に教育的効果として素晴らしい。
今年の大河ドラマは、戦国時代の知識や懐古でマウントを取りたい――そういう需要には応じられていないかもしれませんが、歴史を学ぶ意義や楽しみを提示する、極めて良質のドラマだと私は思います。
あと一回だなんて、本当に惜しまれることです。
💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅
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文:武者震之助(note)
【参考】
光る君へ/公式サイト





