大江広元が、重々しく訴訟の開始を宣言します。
その内容はざっと以下の通り。
【訴訟】
誰が?:大谷太郎と次郎の兄弟
内容は?:太郎は次郎に土地を与える気がない。死んだ父の言いつけを守り、自分が譲り受けたと主張。次郎に与える気はない。しかし、次郎はそれに納得していない
訴状の内容に対し、北条時政は反論します。次郎の主張はせいぜいが口約束だ、と。
続いて三浦義澄も「太郎は強欲じゃねぇ」とフォローするような発言をするワケですが……いやいや、町内会でゴミ出しの話をしているんじゃないんだから、とツッコミたい。
三谷さんは義澄役の佐藤B作さんに“商店街のおやじ”のつもりで演じるように言ったそうです。それも納得できる風情に仕上がってます。
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ここで二人に反論するのが比企能員です。
北条と比企、いつもの対立かと思いきや、どうやら訴訟当事者の次郎は妻が比企一族の出のようです。
能員は、私情を挟んでいる!と突っ込まれ、小競り合いが熱くなってくると、ついには坂東武者らしく「表にでろ!」と喧嘩上等の姿勢へ。
そんな様子に北条義時と梶原景時はウンザリです。
すると事態を打開するかのように、八田知家が疑念を挟む。
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米作りをしてきたのは次郎だ。そもそも兄弟の父は20年も前に死んでいる。
出家した三善康信も、耕作を取り仕切っていたのは次郎だと言い出します。
そんな中で安達盛長は居眠りzzz
ではなぜ、太郎は20年前もの話を今さら蒸し返したりしたのか?
鎌倉殿の交代につけ込んだのだろうと義時が分析。
あっちこっちへ話が飛ぶせいか、書記担当の中原親能は書くのが追いつかないってよ。というか「おおたに」の漢字から確認している遅さ。
「そこまで!」
さすがに我慢の限界に来たのでしょう。
景時が力強く宣言します。
続けて合議制のメンバーたちに、誼(よしみ)を重んじて便宜を図ることはやめろ、これでは評議にならないとダメ出し。便宜を省き、双方の言い分を聞いてやり直すことに……。
景時はため息をつきます。
「無駄な時でござった……」
いよいよタイトルの13人が揃ったら、いきなり出だしでつまずくアバン。
視聴者の皆様は、まさか十三人の合議制を参考にしたビジネスなんて考えていませんよね? 崩壊しますよ!
13人をモチーフにした、大河土産のお菓子などもありますが、思わず「滅びる順に食べるのか?」と突っ込んでしまいますよ。
側近の情報すら把握してない頼家
そして本日もナレーションが始まります。
若き鎌倉殿を補佐する十三人の御家人たち――。
父・頼朝を越えようともがく頼家は、不信感を募らせてゆく。
視聴者を代表して私の不信感もかなり高まっていますが、源頼家のイライラもいきなりMAXです。
「魂胆はわかっておる!」
荒々しい表情で叫び声を上げている。
裁きを下すのは鎌倉殿で、13人は補佐役だと? そんなものは建前。補佐役なら2~3人で足りる。よってたかって自分を除け者にするつもりだ。
と、まぁ、宿老たちに半人前扱いされることに怒りが止まりません。
北条頼時が考えすぎだと困惑し、北条時連が止めています。
どうやら頼時は直言する傾向があるようですね。時連は調和タイプ。今後、頼時は父・義時ともぶつかるかもしれません。
源頼家は、風紀を乱す者を取り締まるため、腕の立つものを選んだと言い出します。
そして時連を気遣い、誰よりも若いが臆するなと励まします。存分に暴れていいってよ。
「かしこまりました」
そう返す時連。頼家側近の中ではちょっと歳上だと語っていたのに、最年少扱いをされております。
童顔だからさ。
いや、そんなことより、側近の特徴すら把握していない頼家のヤバさが浮かび上がってきますね。
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一方で頼時はため息をついて不満そうです。
露骨に顔に出さないようにしないと……。
彼は非常にいい子のようで、空気読めないところがあるから、おもしろい頼時ですね!
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頼家の妹・三幡の死
北条政子はイラ立っています。
我が子が何を考えているかわからない。勝手なことばかりをする。
そう気を揉んでいると、弟の義時から“頼家側近チーム”の行動が報告されます。
道を掃除して、迷い犬の飼い主を探すなどをしているようです。当時の野犬は弓の練習台とされ、射殺されかねませんので、まぁ人道的ではありますね。
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政子はそれを聞き、かわいいことだと笑います。
とはいえ、頼家もこのまま終わるつもりはなく、6人にもっと力を与えて、自らの権力を強めたい様子。
この先どうすべきか。
景時は好きにしてもらうと放任主義であり、彼はあくまで誹り(誹謗中傷)を防ぐことに心血を注ぐようです。
政子は、聡明で誠実な景時に、頼家のことを頼むとお願いをします。
正治元年(1199年)6月。
源頼家と政子の二女である三幡が亡くなりました。
ショックが大き過ぎたのか。乳母夫であった中原親能は出家し、そのまま鎌倉を離脱。13人のうち早くも一人が脱落してしまいます。
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政子は、頼朝が亡くなってからどのくらい経過したのか尋ね、義時が半年だというと、(頼朝が三幡を)連れて行かれたのかと言い出します。
そんなふうに考えるのはよしましょうと告げるしかない義時。
中世は迷信が強い時代ですので、下手をすれば大事になってしまいます。
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と、そこへ頼家が駆けつけます。
肝心な時にいつもいないと、思わず頼家に苦言を呈してしまう政子。
そんな母の手を執り、語りかける頼家。
頼家は妹を入内させられなかったことを残念がり、自ら朝廷との結びつきを強くすると約束します。
しかし、それは母が欲しかった言葉なのか?
大姫の時点で、政子は入内のことにもう疲れ果てていた。政略結婚の道具にすることに嫌気がさしていた。
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そういう気持ちに寄り添わず、政治のことばかりを口にする頼家。
頼家はズレてしまってます。
情理という要素を履き違えている。理屈で考えるべきどころで、感情をむき出しにする。感情を見せるなり、相手の感情に寄り添うべきところで、道理を説く。
不幸なボタンの掛け違えが起きているのです。どうして妹の死を労わる言葉が出てこないのでしょうか。
イケメン武士に恋する実衣(阿波局)
実衣(阿波局)が琵琶を弾いています。
指導をするのはイケメン武士の結城朝光。
「首をもう少しあげて……琵琶の首を」
思わず自分の首をあげてしまう実衣にそう指示を出すと、キュンキュンしたかわいらしい表情を浮かべる彼女。
瓜を食べて、ちょっと休憩だそうです。
そんな、けしからん様子を遠くからそっと見ている夫の阿野全成は、嫉妬のあまり数珠をギリギリと握りしめる。
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実衣は姉への思いを語ります。
立派だとは思うけど、陰ながら支えてきたのは私も一緒。少しは配慮して欲しい。
そう愚痴ってから、微笑んでこう言います。
「ごめんなさい、こんな話聞きたくないでしょ」
「そんなことは」
「夫はこういう話をすると、すぐいなくなってしまうんです」
「いくらでもお相手します」
「ご迷惑ですよね、はい、おしまい」
な、なんなんだこの二人。朝光ってば、なんでこんなに聞き分けがよいのでしょうか。
実衣は何かで姉を打ち負かしたいから琵琶を始めたと語ります。朝光はそんな実衣を励ます。
そしてこう切り出してきました。
「実は……私にもひとつ、悩みが」
実衣も軽い気持ちで「あら、伺ってしまおうかしら」と言い出します。
それにしても、なんと生々しい会話の展開なのか! そりゃ全成も嫉妬しますわ。
んで、イケメン朝光の悩みとは?
「忠臣は二君に仕えず」
仁田忠常と二人で、雑談していた時のこと。
忠常はまだまだ若い鎌倉殿である頼家に期待を寄せるものの、朝光は側近と蹴鞠をする姿勢に失望したと語ってしまいます。
そしてもっと頼朝様に生きて欲しかった語る。
「忠臣は二君に仕えず……」
弓を射ながら、そう口にする朝光。それをじっと善児が聞いていました。
さっそく翌日、朝光は梶原景時に呼び出されます。
鎌倉殿に対する誹謗中傷を許すわけにはいかない。今の鎌倉殿を蔑み、よりにもよって頼朝様に仕えたいとは何事か。
景時にそう詰め寄られ、言葉に詰まる朝光に対し、容赦なく続けます。
唐の王燭(おうしょく)は、自ら命を絶った。
仕えるくらいなら死んだ方がマシか?
そして「不穏な動きを見せればどうなるか」を皆に知らしめ、謹慎してもらうと言い出したのです。
ちなみに「唐の」というと唐の時代かと思うかもしれませんが、昔の日本人にとっては現代人が「中国」と使うような感覚です。
中華人民共和国は20世紀に成立したのに、昔であっても「中国」と呼びますよね。
そういう感覚で、まとめて「唐」。
王燭は、春秋時代、斉の将軍です。
この王燭のことを頭の隅にでも入れておいてください。
王燭がこの言葉を言った時は、敵国・燕から広大な領地オファーを受け、自殺する前のことです。
恩賞なり栄誉なり、そうしたメリットに釣られて忠義を疎かにするようでは恥ずかしい。問題がある。王燭の言葉を引用するならば、そういう意識が根底になければなりません。
忠臣は二君に仕えず――この言葉は昨年の大河でも聞きたかった。
明治になったぞ、さあ維新政府に仕えよう!
と、幕臣たちがそう簡単にホイホイできなかったのは、こういう道徳規範が叩き込まれていたからです。
せめて渋沢栄一が眉をしかめ、苦渋の決断の末、そう言いながら自分の道を進めばよかった。
「胸がぐるぐるする!」とか「おかしれぇ!」を行動原理にしてしまうと、幼稚な青少年を見ているようで、恥ずかしい気持ちにさせられてしまったものです。
ともかく、迂闊だったと悔やむのが朝光。
実衣は謹慎中だったことに同情を寄せながら、こうきた。
「大丈夫、なんとかします。任せて」
二人の妻がマウンティングの最中に別の人妻と
一幡を抱いたせつが、つつじの元へ行きます。
そして「鎌倉殿に合わせて欲しい」と訴えると、食事中であるつつじもこう返す。
「私も同じ思いです……うっ!」
つわりだと気づきながらも「何それ」と突き放すように口走るせつ。なんでもないと誤魔化そうとするつつじ。
「鎌倉殿はご存じなのか」と聞き、最後に「冷めてから食べると気持ち悪くならない」と一応の助言はします。
今週もマウンティングに忙しい正室と側室ですのぅ。
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ただ、二人とも夫の居場所を把握していないとは、いかがなものでしょう。
頼家は行き先を告げずにどこかへ姿を消す傾向がハッキリとあります。
人の上に立つ者のすることではありません。危険だし、気遣いが不足している。
決定的な暗君ではないようで、資質が欠落していることはこうした点からわかりますね。
頼家は、ゆうという女の膝枕をしていました。
その上で狩りの計画をペラペラと話している。
十日ほどかかるから夫を誤魔化すようにと言い合う二人。もう肩を抱き合い、親しげにしています。
義経が政子の膝枕をしていた時とはワケが違います。
相手は人妻。狩りは武士の力を示す機会と言いつつ、人妻の膝枕とはいったい何事なんでしょうか。
頼家は武士としてのふるまいという理論武装だけはしているけれども、自分の感情にひきずられて女とこうしています。本音と建前の薄寒い使い分けが露わになっていてきついものがある。
むしろ頼家がわかりやすく人妻に襲い掛かっている方が、愚かだと強調できます。
そうではなく、細やかなアプローチで「君主の器が無い」ことをジワジワ見せてきます。
このゲスな不倫に「待った!」をかけたのが、義時の息子・頼時でした。人の道に反していると訴え、
「うるさい!」と退けられ、頼時は仕方なく景時に相談。
頼時は景時が御家人で一番の知恵者だと思っております。景時は報告を誉め、義時を呼んでくるように急かしました。
おまえの妻を寄越せ!首を刎ねんぞ!
そのころ頼家は、ゆうの夫・安達景盛に妻を寄越せと頼んでいました。
それだけは勘弁して欲しいと弱々しく返す景盛。
彼はまだ幼いころ、金剛(頼時)と喧嘩していましたっけ。
なんでも頼家は通りで見て惚れたとか。道路清掃と迷い犬のお世話をしているときにでも見かけましたかね。すでに懇ろになっているので、テキトーな作り話かも知れません。
いずれにせよ「大事にするから譲れ」と頼む頼家。時連は傍観するだけ。頼時とは違うようです。
「できませぬ!」
そう断られた頼家は、外堀を埋めるために父・盛長に頼み込みます。
盛長は自分が伊豆に頼朝が来てから仕えていることを淡々と語り、鎌倉殿に異を唱えることはないと言います。
「しかしながらこればかりは、承服するわけには参りません!」
「わしに背くは父に背くことぞ!」
そう脅す頼家に、力づくで人妻を奪うことの不利を諭す盛長。
鎌倉殿の名に傷がつくと言います。
そして、家を焼き払われようが、鎌倉を追われようが、首を刎ねられようが、心変わりしないと訴える。
「お父上を悲しませてはなりません!」
「よう申した!」
頼家は目をぎらつかせながら、安達父子を連れ、いますぐ首を刎ねるよう命じます。
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これにはさすがに梶原景時も止めに入ります。
大きな分かれ道で、安達父子を討てば必ず騒ぎになり、御家人たちが黙っていない。そうした助言も「面白いではないか」と煽るように受け取る頼家。
頼家は禁じられるとムキになりますね。
ゆう以上にいい女なんてきっといくらでもいるでしょう。人間が持つ、相手に対する執着というのは本能でも何でもなく、性格に左右されます。
義時は、八重への思いを秘めたまま、持ち続けていた。義時ならば、思うだけで実力行使はしない。
義村は、さっさと切り替えができる。義村ならばこんなめんどくさいことになったら諦めるでしょう。
「いいかげんに目を覚ましなさい!」
御家人より早く黙っていないのは政子でした。
父上と同じことしただけじゃないか!
母親・北条政子の登場に、誰が呼んだのか……と狼狽する頼家。
安達父子に手出しするなと叱りつけると、口出しするなと頼家は反発します。
「自分の言っていることがわかっているのですか?」
「思いあっていれば誰の妻であろうが関係ない!」
そう言い切る頼家。
ちなみに『御成敗式目』では不倫が禁止されます。まだそのあたりは明文化されていないのがそれ以前の坂東なのでしょう。
「同じことをせつやつつじの前でも言えますか? 二人をここへ連れてきて」
政子は頼家の感情に最も刺さりそうなことを言う。
そして政子の影のように控えていた義時も声を張り上げます。
「恐れながら申し上げます。藤九郎殿ほど頼朝様や鎌倉殿に忠義の心を持つお方を私は知りません。こんなことで首を刎ねるなど、許されることではございませぬ!」
「頭を冷やしなさい、頼家」
母と叔父に強い口調で言い切られ、もはや為す術ない若い主君。
それにしても、尼姿の政子の美しいこと。凛としていて力強い美貌ですね。
完敗した頼家は、恨みがましく景時に当たります。覚えておけという相手に、景時はこう返す。
「覚えておきます。では」
頼家は納得できません。
「父上も同じことをしてきたではないか! なぜわしだけ!」
いや、それは違う!とおそらく全国の視聴者様もツッコミを入れられたでしょう。
頼朝の女遊びは確かにひどい。
けれども夫が生きている人妻は選んでいなかった。しかも忠臣親子の妻と知った上で奪い取るような真似などしていない。
たしかに亀は夫が生きておりましたが、関係を持った当初は頼朝本人も知りませんでした。亀は漁民の娘ですので、身辺事情など知らなくて当然ですし。
さらに、思いを遂げられなかった比奈については、比企側が選んで差し出そうとしていたほどで、鎌倉殿の相手としては安全です。
これは来年の大河でも覚えておきたいところでしょう。
秀吉と家康を比較すると、どちらも女性関係は派手に見えます。
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しかし家康は、手をつけても問題ない安全な相手を選んでいる。
秀吉は伝説化している部分もあるとはいえ、大名の夫人や姫に手出ししようとした話がいくつもあります。
英雄色を好むだの、女遊びは本能だの、とは言われますが、理性でコントロールできる部分もあるわけです。
そういうことを踏まえてか、景時は「困ったお人よ」とこぼすのでした。
署名を集めて景時を訴えよう!
頼家の一件を受け、景時は策を練ります。
結城朝光に死んでもらう――。
義時がそれを聞いて驚いていると、謀反は思い描いただけでも謀反と重々しく言います。
厳しく始末することで、見せしめにする。そうして鎌倉殿の権威を示すと言うと、大江広元ですら止めに入ります。
あまりの厳しい処分に、義時は何か気づきます。
もしかして、安達盛長父子の一件が関係あるのか。
ありました。あの一件で損ねた信用を取り戻すためにも、見せしめにして御家人の引き締めをする。頼朝時代から何度かあったことで、最初の犠牲者が上総広常でしたね。
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手を下したのは景時本人ですから、そのことをよくわかっています。
それに結城朝光は、頼朝乳母の一人である寒河尼の子でもあります。となると同じ立場で重用されている比企一族への牽制にもなるといえる。
ただ、結城朝光の罪があまりに軽すぎて、とても良い手には思えません。常軌を逸するような厳しい処罰は御家人を萎縮させるか、あるいは反発させるかもしれない。
これも結局のところ、判断基準の曖昧さを感じるところでして。
頼家は叫んでいました。父と同じ女遊びをして何が悪いのだ!と。
厳密に言えば父と同じではないと説明するのも面倒ですし、「不倫はいけません」とルールを明確に決めたらよろしい。女遊びにせよ、綺麗な遊び方とそうでないものはある。
この結城朝光の件だって、「ともかく謀反である」と雑に決めつけずに、どこまでがよくて、どこからが悪いのか決めるべきところでしょう。
坂東武者にルールを教えた『御成敗式目』の制定って、実に偉大なことだとわかります。
動いたのは実衣でした。
朝光と親しい畠山重忠。それに和田義盛と三浦義村もいます。義時も困惑。
梶原景時に御家人の気持ちを伝えたらどうか?という流れになったとき、義村がこう言います。
「弱いな。それじゃあいつには響かねえよ」
人数を集めて訴状にする。そして鎌倉殿に訴える。
坂東武者が新たなフェーズに入りました。もっと前なら即座に殺し合いだった可能性もありましょう。
ここで肝心の実衣が何かを察知し、「胡散臭い」と義村にキッパリ言います。
そんな風に言い切る実衣にしても、そう言われて「あんたの頼みだろ」と怒らない義村も変わっていますね。
義村はむしろ自分は裏に回ると言い切ります。
重忠も手伝うと言うと、義村は裏に回るには見栄えが良すぎると返します。
「そうですか……やはり見栄えが」
おっと、自覚はあるようだ。
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義時はあまり大事にしたくないから、4~5人でいいと釘を刺します。
いや小四郎さんよ、手加減するなら義村と義盛なんて飛び道具使っちゃダメでしょうよ。
本物の策士は表に出ない
義盛はもうノリノリ。
義村と共に、北条時政のもとへ出向くと、りく(牧の方)まで「梶原殿を引き摺り下ろせる」とワクワクしています。
こうして時政が真っ先に署名するのですが、りくの勧めで一番最後に書くことになります。ドラマクレジットのトメじゃないんだからさ。
これには比企能員も乗り気で賛成しています。
ただ、時政の名前の位置が気になるようで、義村が一番を比企に譲ったというと、一応は納得しているようです。
八田知家が飄々として、景時に話しかけてきます。
なんでも侍所が大変な騒ぎだとか。
和田義盛がはしゃいでいます。署名が大量に集まったようで、嫌われているのがあからさまになる景時。
千葉常胤は戦になるのかとワクワクしています。誉ある戦をするなら乗らない手はないってよ。
こういうわけのわからない賛同者もおり、全部で67人になったとか。
多すぎると困惑する義時。だから義村を信じるな……と、そこへ土肥実平が駆けつけ、嘆きます。
「ようやく泰平の世が来たというのに、なぜいがみあう! かようなことをして頼朝様が喜ばれると思うか!」
彼はまともでした。土肥実平は本当に善良です。裏表がない。
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すると義盛がこう凄み出した。
あんたの訴状も作ってやろうか!
うーん、どうにも訴訟が脅迫になるという段階に達したようですね。
これから先はどうなるのか?と嘆く、実平のマトモな感覚が眩しいほど。景時はそんな様子を遠目に見て去ってゆくのでした。
あらためて注目したいのは和田義盛です。
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腕っ節でどうこうすることが得意だった武士が、自分に逆らう者を黙らせる手段を知りました。
しかも知恵はない。極めて危険な兆候です。
義村が署名を大江広元に預け、鎌倉殿に披露すると北条家で報告しています。
するとりくが「失礼」と声をかけ、時政の署名部分をさっと切り取ってしまう。
時政は訴状に関与しなかったことにしたかったようです。百に一つ、鎌倉殿が景時を助けたらこちらがやられる。そう見越して紙の端に書かせたんだとか。
「大した女子じゃのう」
時政はますます惚れるし、義村はこうきた。
「あんた、やるな」
善く行くものは轍迹(てっせき)なし。『老子』
うまく進行するものはかえってあとを残さない。
そういう手段に思えます。
義村のこの口調には、りくと自分の姿勢が似ていると感じ、参考にしたいという思いも感じられるほどです。
義村は陰謀の初手を担うことが多い。
それでも憎まれない。そもそも彼が企んだことすら気づかれない。
そこが景時との違いといえる。
跡を残さず、己の重要度や関与を下げるところまで下げたうえで、大局を動かす。それが一番おいしいといえばそう。義村はそんな風に生きていたいのでしょう。
こういう策士が一番おそろしいですね。
また昨年の大河を持ち出して申し訳ありませんが、あの主人公、特に幕臣時代は何が凄いのか理解できませんでした。
俺が! 俺が! 俺が! 胸がぐるぐるする、おかしれぇ!
そういったアピールを繰り返すだけで、肝心の言動に中身がない。到底、賢いとは思えない、押し付けがましさが目立ち、まるで歩く騒音みたいな人物像でした。
本当に恐ろしい策士、できる奴とは、むしろその真逆ではないでしょうか? まさにその答えを今年に見ている気がします。
文官vs武官
義時の家では、比奈が疑問に思っています。
梶原殿はどうしてそんなに嫌われるのか?
あまり心を開かないから誤解されやすいと義時は語ります。
比奈は心配し、梶原景時の排斥にはあまり関わらないで欲しいとお願いしている。その上で、頼時には「頼家と離れず、すぐに父へ情報提供して」と釘を刺し、呆れたように付け加えます。
「それにしても坂東武者は、内輪で争うのが好きですね」
「これで終わりにしたいものだ」
そう返す義時。
しかし比奈はこう言います。
「新たな始まりでなければいいのですけれど……」
ここで比奈への答えでも。
景時は、一気に増えた訴訟の影響もあると思います。
自分の訴えが通らない御家人が「梶原が余計なことを鎌倉殿に吹き込んだんじゃねえか!」と憤った可能性があるなぁと。
そうなると単純に景時の性格が悪いとかそうは言い切れない。
ただ、諜報のようなことをして、いちいち御家人の言動監視をすれば嫌われて当然ですよね。
寒川町観光協会では「ほう・れん・そう」ができるとアピールされている梶原景時。
NHK公式コンテンツである『拝啓鎌倉殿』では、ゆきすぎた「ほう・れん・そう」が嫌われた原因とされる景時。
さまざまな要素が重なったのでしょう。
和田義盛が大江広元に署名を突きつけ、鎌倉殿に見せろ!と脅迫しています。
穏便に済ませたい広元はそれを断ろうとするも、景時がそんなに怖いのかと言い出す義盛。
恐れているのではない。
ならば今ここで返答しろ。
そんな調子で言い争いになって埒が明かない。
漢籍のエキスパートである大江広元が、義盛みたいなタイプを相手にしていると、どんな思考回路になるか?想像してみますと……。
「嗚呼、なんで我が国は文官上位が徹底していないんだ!」
と言いたげではないでしょうか。
広元が学んだ中国の政治では、文武両方がいれば文官の判断が重視されます。
武力で解決することはよろしくない。そういうルールが徹底していて、こんな風に義盛みたいな武官がゴリ押ししてきても、止める仕組みが整備されています。
鎌倉時代と同時期の中国は、南宋から元。
宋は文弱過ぎて元に滅ぼされたと指摘されますが、宋代こそ朱子学はじめ、国家を安定させる思想や仕組みが極まった時代といえるのです。
広元ならきっとそんなことをぐるぐる頭の中で回しながら、こんな武官のゴリ押しが通る仕組みを変える手段を見出そうとしているのではないでしょうか。
広元って、チートというか、異世界転生じみた人物だと思ってしまいます。
漢籍を熟読している者がまだいない鎌倉に来たら、圧倒的な知識の量でどんどん進めそう。
どっこい、そういう単純な話でもないようで、広元の悪戦苦闘は続きます。
こういうバトルも見応えありますね。
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鎌倉幕府の設立・運営に欠かせなかった広元や親能たち「文士はどこへ消えた?」
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後鳥羽上皇は何を仕掛ける?
梶原景時が北条政子と話しています。
政子が、欲得で動くわけではない景時を理解していると言うと、景時も感謝します。
その上で鎌倉殿は賢いお方だから、自分を手放すようなことはない――自らにそう言い聞かせるように言葉を続けます。
そして景時と朝光の審議が始まりました。
三善康信から「朝光の謀反はない」と言われ、あっさりと却下する頼家。
では景時は?
比企能員も北条時政も、断固たる処断をすべきだと言い出します。
「言われておるぞ平三」
「すべては鎌倉殿がお決めになること……」
義時は擁護し、義盛は煽る。
そんな中、頼家から申し開きをせよと促されます。
「この梶原平三景時、恥じ入ることは一点もござらぬ」
ここで頼家は、またしても父の悪いところを真似ます。
景時を許せば66人の御家人が黙っていない。御家人をまとめるために上総広常を斬ったことを踏まえ、景時を解任し、謹慎処分としたのです。
そのころ京都では、後鳥羽上皇が鎌倉のことを土御門通親から聞かされています。
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公家から武家の社会へ 混乱期の朝廷を支えた土御門通親は現実主義の貴族
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頼朝の死後、御家人たちが容易にまとまらないことは織り込み済み。
その上で梶原景時の器量を探っているようです。
頼朝の頃から鎌倉ではもっとも力のある御家人である――そう聞かされると、上皇の触手が伸びる。
「それほどの男なら、わが掌中に置きたい。試しにくすぐってみよ」
上皇が何かを仕掛けるようです。
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なぜ後鳥羽上皇は鎌倉幕府との対決を選んだのか?隠岐に散った生涯60年
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景時は京都にいた頃には和歌を学んでいました。
そうしたこともあってか、荒々しい坂東武者の中でも何か違うと高い評価を得ております。政治工作もしておりました。
しかし、後鳥羽上皇の命令はあくまで「くすぐる」こと。本気でもらいに行くつもりでもないようです。
決して表には出ない義村の陰謀
景時が、義時に別れを告げています。
過ちは過信だったと語る景時。
鎌倉殿も御家人たちも、どちらも意のままに操れると思い込み、どちらからも疎まれた。
義時はそんな相手の一日も早い復帰を願っているといい、そのために動いているとまで語りかけます。
ここで景時は、捨てる神あれば拾う神ありと、上皇からのオファーを告げてしまいます。
どうするつもりか?と義時に問われ、鎌倉ではもう先が見えたと返す。
「いてもらわねば困ります」
「それがしはもはや……」
そう花瓶に活ける枝を切っていた鋏を置く景時。洟をすすり、涙ぐんでいるのでした。
実衣が琵琶をぼんやりと弾いています。
すると、庭ではこっそりと、義村が朝光に姿を隠せと告げていました。
なんでも例のことを実衣に相談したのは、朝光の一存ということにしろと。朝光はそんなに梶原殿が憎いのかと義村に聞きます。
「別に。ただあいつにいられると、何かと話が進まないんでね」
朝光はため息をつきます。
感情を一切抜きにして、その方が己の理に叶うと誰かを血祭りに上げる――それが三浦義村ですね。
加害と被害。その動機を探るとなると、怨恨からたどることが近道に思える。
和田義盛に同じ問いかけをしたら、唾を飛ばしながらいくらでも恨みつらみを語り出すことでしょう。
でも、そうして感情に任せて誰かを害してしまうと、いざという時、即座に誰の犯行かバレてしまいます。
その点、義村は怨恨では動かない。理屈で動く。駒を動かす上で邪魔だからと相手を消す工作をする。自分はその陰謀の裏にいて表に出ない。だから尻尾すら掴めない。
三浦義村は狡猾とされ、例えばイラストではいかにも陰険そうな顔で描かれます。
◆読むらじる 三浦義村 鎌倉幕府で暗躍した御家人(→link)
でも、この作品の義村は飄々としている。
まるで「今日の朝飯、何だった? 聞いてくれよ、オレはさ……」ぐらいの感覚で、サラッとさりげなく陰謀を語る。人が死のうがそのことを冗談にすらしてしまう。
悪の境地かもしれないけれど、感動しました。タランティーノのことも思い出します。
今ではもう大御所のタランティーノは、ブレイクした時、世間にショックを与えました。
彼の映画に出てくる悪党ともは、いとも簡単にさらっと残酷なことをして、しかも楽しそうにしている。心にひっかかりもしないし、殺したことなんて明日には忘れちまう。
そういう軽妙さやユーモアとともに残酷なことが起きていく。そこが斬新だった。
タランティーノが斬新なんて2020年代に言うべきことでもないだろうけど、大河にもそういう流れはちゃんと来ているんですね。
『麒麟がくる』の織田信長は、プレゼント感覚で生首を箱詰めにしていました。それとは異なるカジュアルな残酷さが三浦義村にはあります。
華々しく戦で死ぬおつもりだ
景時が頼家と向き合っています。
頼家は、彼なりに、我が手のものから聞いたと前置きしながら話します。
京都からのオファーを把握したうえで、わしに仕えなかったということは、その気があるということか!
景時は否定しません。
「忠臣は二君に仕えず……お前は自分が忠臣でないことを認めたわけだ! この鎌倉に忠義を誓わぬものはいらぬ! 奥州外ヶ浜に流罪とす!」
そう宣言されます。
正治2年(1200年)正月――景時が竹を斬っています。
中村獅童さんですから、そりゃもう圧倒的に美しい。
こんなに武勇に長けた者が滅びてしまうのか? 見ているだけで胸が苦しくなるような武者ぶり。
こうして演じることで、素晴らしい人物が生き返る歴史劇って、やっぱりいいなと思ってしまう。
義時が、焦りながら比企の館に向かっています。
すると能員も待ち受けていた。このことを知っているのは他にいるのか?と確認すると、いないと返ってきます。
義時は任せるように言う。能員は万一のことがあれば比企は終わりだと焦るばかり。
「一幡をお助けください!」
そう言われる義時ですが……この構図がゾッとしてしまう。後に酷い展開が待ち受けていますので覚えておくことオススメです。
穏便に済ませるよう頼まれた義時は、奥へ向かいます。
そこには梶原景時と一族がいました。
一幡が人質に取られていたのですね。京都に着いたら一幡様は送り返すと景時は言いますが……。
同時に景時は、上皇様の件を鎌倉殿に伝えたのは義時だとも言い切ります。彼にしか漏らしていなかったのでしょう。
それを指摘すると、義時は鎌倉を守るためだとキッパリ。
「ひけらかすものではないな」
「誰にも見せず、破いて捨てるべきでした」
あっぱれ、この江間小四郎義時こそ、鎌倉の忠臣です。
義経から鎌倉を落とす策を書状で送られている本作の景時。
鎌倉のことを熟知している景時。
それが京都からくすぐられたならば、討ち果たしてこそ鎌倉への忠臣になれます。
「刀は切り手におって名刀にもなまくらにもなる。なまくらで終わりたくはなかった……」
そう告げると、景時は一幡を返すように目で合図します。そしてこれから外ヶ浜に向かうと告げ、出立するのでした。
一行の進路を阻もうとする者に通すよう告げた義時に向かって、景時が念押しします。
義時はかつて上総広常に、我らは坂東のために立ち上がったと言った。源氏は飾りにすぎぬと。
「忘れてはおらぬな。己の道を突き進め。置き土産じゃ。これへ。おぬしに譲る」
そう言いながら、差し出したのは、なんと善児!
義時にとっては兄・宗時だけでなく、舅であり祖父である祐親とその子の祐清、八重の子である千鶴丸の仇になるのですが、それを忘れて使いこなすということでしょうか。
もはや人間というより、何かの象徴のように思えてきます。
かくして別れると、義時はすぐさま兵を整えるよう命令を出します。
頼時が驚いていると、さらにテキパキと言います。
梶原景時は奥州ではなく都を目指す。ゆえに東海道で討ち取る。
「わからぬのか? 梶原殿は華々しく戦で死ぬおつもりだ。武士らしくな。急げ!」
そう指示を出し、ため息をつく義時でした。
MVP:梶原景時
梶原景時は不運な人物です。
史実でも十分不運といえる。
死後もそうでして、義経を陥れる悪党としてさんざん悪役にされてきました。
それをどう落とし込むのか?
考え抜いた果ての、三谷氏ならではの解釈を見た気がします。
この作品の景時は優れていた。戦略家としては義経より合理的なこともしばしばあった。
景時が嫌われたのは、時代の先を行き過ぎていたのかと思えました。別の時代ならば、ここまで嫌われなかったかもしれない。
景時は確かに本作から浮いているというか、他の人物とも違いました。
出演者の皆さんも、中村獅童さんの役は笑える場所がないと語っていました。
そう、常にシリアスでしたね。
そういうノリの悪さも災いしたのではないかと思えました。
景時はなぜ嫌われたのか? その美点は何か?
そう考えるだけで頭をものすごく使う。それが歴史を学ぶおもしろさだと思える。
そういう歴史を学ぶ醍醐味がみっちり詰まった人物像でした。
これを中村獅童さんが演じているということそのものが、私にとってはショッキングでして。
歌舞伎でずっと培った所作やさまざまな要素が噛み合って、この役を演じ切れている。
そういう梶原景時と中村獅童さんの人生が噛み合って、さらにすごいものが生み出せているような、火花が散る見事さが常にありました。
そういう火花が他の出演者も刺激して、現場そのものを底上げしている――そういう凄味があって、見ていて飽きることがなかったのです。
でも、もっと見たいというのとは違う。
完成度が高いから、これで充分満足です。
すごいものを見られました。大河はこういうものかと圧倒されました。
安達景盛の頼朝落胤説
今回登場した安達景盛は、頼家と不仲とされます。
その背景として、頼朝落胤説があります。頼家からすれば異母兄にあたるゆえ、対立が激化したというのです。
どういうことか?
◆頼朝はよく安達盛長の邸を訪れていることが『吾妻鏡』には記載されています。そんなのただ盛長に会いたいだけだと思いたいところですが、果たしてそうなのか?
『鎌倉殿の13人』では、頼朝が北条義時の邸宅を訪れ、八重に迫る場面もありましたね。そういう下心ありきではないかとも思えなくもないわけでして。
◆文治2年(1186年)、安達盛長の妻であり、景盛の母である丹後内侍。彼女が病気になった際、頼朝が祈祷を頼み快癒したとあります。
◆そもそも丹後内侍とは、頼朝の面倒を見ていた比企尼の娘です。頼朝の面倒を見ると、その相手先にいる女性と関係が生まれる。八重もそうだし、政子もそう。
怪しい……決定的証拠はないけれども何かある。
こう考えているのは、実は当時の人々もそうでした。
景盛の孫の代、泰盛のとき、源氏の血を引くとアピールするようなことをして、【霜月騒動】につながり、安達家が破滅する一因となっています。
死後も祟る頼朝の女遊び。
北条泰時は『御成敗式目』で不倫禁止を制定しましたが、納得のいくことです。
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女好きも大概にせい!大進局に子を産ませ 兄の元嫁も狙っていた頼朝
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妖艶、倫落……あまりにけしからん大河
えげつない。なんていやらしくてけしからんのだ!
そう呻きたくなるほどの妖艶さが先週からありましたね。
いやらしいというのは、誰かが裸で登場すればいいってもんじゃない。露出度より心の問題で、恋に落ちる瞬間がいやらしいのです。
それでも娘時代の政子は健康的ですね。
政子が鏡に向かって化粧する場面がある。これは素晴らしいことでした。
彼女の頼朝への燃えるような恋心が表現されていて、色気がありました。健康的な色気です。
それが爛れていて崩れているからこそ、どうしようもなかったのが、先週からの実衣ですわ。
既婚者が琵琶を習って心惹かれる。そんなけしからんことがあっていいものか?
いやらしい、なんということかと戸惑いました。
けだるげに琵琶の弦を鳴らす実衣なんてもう、触れたら花びらがホロホロとくずれてきた花のようで。こういう人妻を倫落だのなんだの言うのです。ものすごいエロスがありました。
そしてそんな倫落を誘う結城朝光を演じる高橋侃さん。
本作のみならず、ここ数年の大河でもトップクラスの妖艶さでした。
中川大志さんの畠山重忠は、今週出てきたように、見栄えが良すぎる。清潔感があって、完璧すぎて、かえって妖艶ではない。
高橋侃さんは、完璧ではない何かがある。隙がある。そこが妖艶さにつながる。
とはいえ、結城朝光は立派な人物です。
露骨にいやらしいことはしない。礼儀正しく、きちんとふるまう。それなのに妖艶。ものすごく高度な仕上がりを見せてきていると思えました。
弓を射ながら顔を伏せるところなんて、ともかく美しい。
でも何かが妖しい。
声? 動き? なんだかわからんが、けしからんな! そう言いたくなる吸引力がありましたね。
そして琵琶ですね。
いま、東洋の伝統楽器を弾く美男はちょっとしたブーム。華流の『陳情令』が代表例です。
そういう流れに乗ったというわけではないでしょう。ともあれ、伝統楽器を奏でる人は美しく魅力的だと示しました。このドラマに琵琶が出て本当によかったと思います。
このドラマには歴史を学ぶ醍醐味を思い出させる要素があまりに多い。
そこがいやらしくて、けしからんのかもしれない。
はっきり言って、今年の大河は面白いのです。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト























